218話 降り注ぐは象徴の炎
俺がその騒ぎを聞きつけたのは、教会上層部の方々に『天使階級』とは何かというものを長々と説明された後だった。
「早く晃夜と夕輝に連絡を入れないと……ってなんだ? 騒がしいなぁ」
今後のブルーホワイトたんの管理はどうするのか、天使任命式の日取りや保護者に同席してもらうための連絡手段の確認など、それらの手続きを全て終えた俺はようやく解放され、講堂から出たところだ。
晃夜や夕輝がどこかで待っているはずだから、とりあえず二人にスマホで通話をかけよう。
しかし、一向に二人とも出る気配がないのでどうしたのかといぶかしむ。
「あちらの方が五月蠅いでス。主さマが望むのであれバ、静寂を落としまス」
背後で物騒な物言いをするのは聖遺物であるブルーホワイトたん。彼女にはGPSが付けられ、『常に教会側が位置を確認できれば良い』との事で管理が俺へと渡った。というのも、彼女が俺の傍から離れる事を頑として譲らなかったのだ。
燃料とか原理とか仕組みとか全く謎なので、俺としては一度教会の管理下に置いた方が安全なのかなぁと思っていたけれど、教会側が彼女の要望を受け入れたので問題はないのかもしれない。
そんな貴重な聖遺物である彼女に対し、俺は軽く笑いかける。
「いやいや、大丈夫だよ。でも、この学園であれだけの騒ぎっていうのも少し気になるから見にいこっか」
何の考えもなく、ただぼんやりと。
ふと強い日差しに誘われて上を見れば、良く晴れ渡った空で綺麗だなとか。このシスター服だと夏の暑さを感じさせない、程良い気温を体感できてぽかぽかお昼寝気分に誘われるなぁ、なんて思いながらのんびりと歩く。
騒ぎはどうやら、俺が講演会を開いた講堂の裏手の方っぽい。
おー、裏手側の壁際の窓にも綺麗な七色ガラスがたくさんあるなぁ
なんて講堂に埋め込まれたステンドグラスに感動していた。
だから、喧騒となっている現場についた時。
一瞬なにが起きているのか理解不能になった。
頭から血を流し、羽交い絞めにされている夕輝。
顔面を殴打され、吹き飛ばされる晃夜。
そして傍らで倒れているのは幼い少女――あれは紀伊子ちゃんか?
状況を把握するのにかかった時間は3秒程だろうか。
なぁ、そこの白い制服を着た人達。俺の親友に何をしている?
腹の底からわき上がる激情が全身に巡り、それは行き場をなくした津波のように荒れ狂い、憎悪が一気に氾濫する。
視界が怒りの炎で真っ赤に染まるような幻視さえ見えた。
「……ブルーホワイトたん、ちょっとした掃除を頼みたい。この辺を静かにしたいんだ」
「御意でス、主さマ」
◇
「俺のッ! 俺の親友たちに何してる!」
そう叫べば、一瞬だけ白制服たちの動きが止まる。
数は12人と多い。
そんな多勢に無勢で晃夜たちに酷い事をしただと?
「許さないぞ……」
心と頭脳の分離。
感情は煮えたぎる熱湯のように沸騰しているのに、思考はひどく冷たい。
どうやってこの場を乗り切るのが最善なのか。
怒りに身を任せて、白い制服を着た人達全員に殴りかかる?
違う。
「『叡智の集結』――タイプ四角形」
そう呟き、『才能持ち』としてゲームで手に入れた力を発動させる。
クラン・クラン内で習得した合成レシピがいかに重要か。
直感で合成可能な素材を把握したりはできても、何が作れるかまでは完全にはわからない。以前に晃夜たちに見せた、水道水とリンゴから作ったリンゴジュース等は予想できても、その結果は確実ではない。しかし、クラン・クランで一度作った事のある物ならば、合成結果が手に取るようにわかる。
先の演説会で行使した合成にも役立ったが、ここでもそれは十全に活きる。
講堂の窓、ステンドグラスに飾られた色彩豊かな原石。
その中から青い石を選ぶと、青の原石は砂塵のように変化し流動しては俺の手元にある四角形へと取り込まれる。
次に選ぶ素材は……紀伊子ちゃんが倒れながらも握っていた、口の空いた瓶。
演説中は聖水だか何だかと給水用に配られた物だが、それを選ぶと瞬く間に四角形へと吸収される。
それらの組み合わせを瞬時に四角形で色を揃えてゆく。
青と透明、色が混じり合い俺は一つのアイテムを完成させる。
ゲームでいうところの、『スライムの核』+『浄化水』だ。
その結果はもちろん『翡翠の涙』――ではなく、うん?
……ゲームと違って色が緑ではなく青い。
思考するよりも早く、本能的に『鑑定眼』を発動して出来上がった物を見分する。
ふむ、『蒼き純潔の涙』か。ちょっとゲーム内とは違う見た目のポーションになってしまったけれど、目的の効果を発揮する物は作れた。
アイテム作成に満足しチラリと白制服たちへと視線を運べば、ブルーホワイトたんが手加減気味に彼らを制圧してゆく。
俊敏な動きに合わせて彼女の青と白のドレスがはためき、その揺らめきの後に残るのは、白制服たちが苦悶する姿のみ。
「ゴホッ」
「痛ッ」
物理攻撃はブルーホワイトたんに全面的に任せる。
彼らがしでかした事を、最も後悔する形で思い知らせて欲しい。彼女の手加減は絶妙で、痛みによって意識を狩り取るまでにはいかない。
そうして何度も何度も痛みをじっくりと味わえばいいだろう。
顔が擦り切れ、口内に血の味が咲き、身体の至るところが痛みで悲鳴を上げる。夕輝たちにあんな酷い傷を負わせた奴らには当然の罰だ。
俺の意志を正確にくむ『剥製の銀氷姫』に冷たい称賛の笑顔を贈る。すると彼女も一瞬だけこちらを見ては絶対零度の優しい微笑で返してくれる。
そう、それでいい。
「ぐっ、貴女が皇太子殿下の婚約者たるとはいえッッやめなさいッ!」
「なんだッ!?」
「先に見た聖遺物!?」
「待てっ、これを壊す様な事をしてはマズイッ!」
だが、白制服の中には人間離れした身体能力を発揮し、オリンピックの体操選手以上の身のこなしでブルーホワイトたんの拳をかわす者もいた。
さらには手のひらから、クラン・クランのモンスターであるモフウサが放つような小さな火球を飛ばす奴までもいる始末。
ふぅん。『才能持ち』か、そうであるならばこちらだって容赦はしない。
「ブルーホワイトたん! あいつらの足元を……」
「はい、でス」
芽吹くは氷結の草原。
白制服の足元を埋めつくす透明な植物が、さざ波の如く生い茂る。それらは絡みつくように彼らの足首へと這い寄り、動きを封じた。
その隙に、俺は晃夜や夕輝へと駆け寄りポーションをふりかけていく。
「遅くなった。大丈夫か?」
「あぁ、助かったぜ……」
「じ、訊太郎、ありが、とう」
みるみるうちに二人の傷が治るのを見計らって、俺は紀伊子ちゃんにも残りの『蒼き純潔の涙』を垂らす。
「あっ……え? えと……」
意識を取り戻した紀伊子ちゃんは何とも言えない表情で驚いていた。そうして彼女が何かを言いかける前に、苛立ちを抑えきれない声音が強く響く。
「仏訊太郎は『虹色の女神』教会の一信徒である前に、火の丸を背負う日本の一国民である!」
「よって仏さんは、この聖イリス学園にいるべきではない」
彼らも『才能持ち』なだけあって、ブルーホワイトたんの加減した拘束ぐらい容易くふりほどいたようだ。
「我が学び舎、来航を退けた雷光を背負う日本皇立学園にその籍を置くべきだ!」
「ましてや日本の将来を担う、皇太子殿下の妻となられる身であるならば、その処置に疑問を挟む余地はない!」
というか、この人達は一体なんの話をしてるんだ?
日本皇立学園?
そこに俺が通わないと、何? それが晃夜と夕輝に暴力をふるった理由?
「訊太郎を物扱いか?」
「この間といい、今日といい。人の権利を容易にないがしろにする連中がいる学校に、訊太郎を誰が通わせると思う?」
俺の理解を超えた話題をする親友たち。
二人に対し、白制服たちは不遜な態度を微塵として崩さない。
「ほう。皇太子殿下と、イグニトール天皇家と繋がりのある我らに盾突くか?」
「日本全体を敵に回すは愚の骨頂。そんな失態を犯す者が、皇太子殿下の妻となる人物の傍に侍る事そのものが危険だというのだ」
警告は警鐘となり、脅しと暴力の合図となる。
そうして敵の詠唱が鳴った。
「『大球よ、大仇を焼き焦がせ』――」
あぁ、聞いた事のある台詞だ。
「『迅雷にて穿つは悪鬼。神切丸の雷光よ、我が腕にて宿れ』」
ふむ、こっちは耳にした機会はないけれど、内容からして雷属性か。
……いい加減にして欲しいな。
俺の知らない話で、何をそんなに熱くなってるのか。
さっさと冷ましてこの気に入らない奴ら全員を反省させるべきだ。
それから、親友達に聞きたい事もできた。
早急に事態の終息を望む。
「ブルーホワイトたん。もう完全に黙らせて」
「御意でス」
ブルーホワイトたんが了承した数瞬後に白制服の奴らは危険なアビリティを発動した。
「空を舞う火球!」
「雷網・飛切丸!」
迫りくる三つの火球。
直径にしてサッカーボール大程の炎、あんなのが被弾したらタダの火傷では済まない。
そして空中を走る電撃。
こちらは悠長に目で追える速度でなく、光が幾筋にも伸びて眩しかったのは一瞬の事。
それらと激しい爆発音を奏でて激突するのは、ブルーホワイトたんが生み出した千を超える氷針。
幾百も飛ばされた針たちは勢い留まらず、白制服たちのアビリティを瞬く間に飲み込んでいく。
そして行きつく先は、もちろん奴らの身体で――
まずい、やりすぎた。
このままではあの針が全身へと突き刺さってしまう。
大怪我どころでは済まない惨事、下手したら命を落とす悲劇になりえるかもしれない。
そう逡巡し、ブルーホワイトたんに『千本針』を収めてと叫ぼうとした直後――――
上空より爆炎が落ちて来た。
命を串刺しにする千本針の全てを包み込むようにして火の濁流が、天より下るカーテンの如く降り注ぐ。
その千の針だけを消滅させる器用な偉業に、その場の誰もが圧倒された。それは俺も例外でなく、視界いっぱいに広がる熱波にたじろぐ他なかった。
そうして超常現象の全てを握りつぶし、炎が渦巻きながらも終息したその地点には一人の少年がふわりと降り立つ。
燃えるような赤髪を優雅になびかせ、上質な白生地のブレザーに身を包んだ人物。彼の周囲には、先程の炎の残り香……狼の形をした炎がバリバリとプラズマを放出しながら煌びやかに漂っている。
「もういいよ、『焔雷狛狼の大神』」
少年がそう呟くと、炎狼は魔法のように虚空へと溶けて消えた。
その様子を呆気に取られて見ていた一同だが、特に白制服の奴らが激しく動揺している。
「殿下がなぜ……このような場所に……」
「皇太子殿下、お戯れを……」
白制服たちは先程の不遜な態度から一変して、平身低頭な所作で彼に敬意を示す。
それもそのはずで、赤髪の少年は彼らと同じ制服を着込み……先日、俺と顔を合わせたばかりの人物だからだ。
「君たち、ボクの婚約者を傷つけてはならないよ」
整った顔立ちに甘い笑みを浮かべているが、瞳には優しい光が一切こもっていない。その鋭い眼光に睨まれた白制服たちの何人かは委縮しているようだ。
誰もが予想できない事態。
急な皇太子殿下の出没に……俺の怒りの矛先は彼に向けるべきものなのか。
とにかく動揺を隠す事はできなかった。
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