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217話 狂信者の猛威

書籍化作業がとりあえずは一段落しました。

更新が遅れてしまい、申し訳ありません。

今週からは、今まで通り週一話は更新できると思います!





 まるで魔法陣か何かのような文様が描かれた壁。窓には瀟洒な格子が施され、外から入る光は陰影がつけられ、室内に不思議な影を落とす。

 そして天井から吊るされた豪奢なシャンデリアが放つ光はあらゆる調度品に反射し、部屋全体には神聖な煌めきが灯っている。


 朗読会を終えた俺は、あれよあれよと言う間に『虹色の女神(アルコ・イリス)』教会の信徒たち、特に偉そうな方々に連れられてこの部屋に招かれていた。その中にはもちろんレアン司祭様(ビショップ)もいて、どうやら俺を入信させた事から彼女が俺の後見的な立場にあるようだ。


 ちなみに晃夜と夕輝はついて来れなかったので、校舎内で待ってもらっている。



「これより、天使認定議会を簡易ながら行う」


 真っ白なテーブルクロスがかけられた長大な机、それを囲むように配置された味のある木材製の椅子が12脚。そのうちの10脚が偉そうな人々で埋まっている。

 そんな人達の前に立たされた俺は緊張感でいっぱいだ。


「『読師(ヒスト)』、(ふつ)訊太郎(じんたろう)


 立派な法衣をまとった禿頭のおじさんの呼びかけに、素早く返事をする。


「は、はい」


「貴方は虹色の女神さまによる祝福を色濃く受け継いでおられる。彼女が起こした奇跡を見れば一目瞭然で、あの場にいたみながその証人である」


 その場のお偉方に語りかけるように両腕を広げ、俺の右斜め後ろに控えるブルーホワイトたんの存在を示すような所作をする禿頭おじさん。


「レアン司教の主張は正しかったというわけか」

「認めねばなるまいな」


「しかし、入信してまだ数週間と聞いているが……そんな信仰心の薄い者に天使の階級など……」

「では、あの奇跡は悪魔の偽りだと?」

「いえ……そのような事は……」



 ざわめく信徒たちを制するようにレアン司教様が立ち上がる。妙齢の彼女はこの場で唯一の女性だ。

 みんなが彼女の言葉を待つように静まり返った。


(ふつ)訊太郎(じんたろう)くんは信仰期間が浅いとはいえ、人の心色(しんしょく)に機敏で心優しい立派な信徒です」


 背筋を伸ばし、厳かに語る彼女の風貌には威厳さえ垣間見える。


「彼の純真なる御心を知った女神さまだからこそ、彼に祝福を与えたのではないでしょうか? でしたら信徒たる我々が取るべき行いは一つでしょう」


 言うべき内容は全て語り終えた。そう言わんばかりの堂々とした態度で着席するレアン司教様(ビショップ)を見送った各々には深い沈黙が流れた。

 それから数分間の時が流れ、最初にみんなへと天使認定議会を行うと言いだした禿頭おじさんが口を開いた。


「では……『読師』、(ふつ)訊太郎(じんたろう)の天使認定式の日取りを決めねば」


 禿頭おじさんの言に迎合するかのようにみなが重々しく頷いた。

 それから天使とは、教会内でどういった役割や立場があるのかなど、簡易的な説明を受ける。

 簡単に言えば、象徴的な存在で今まで通り何か特別にするような事はないそうだ。ただ権力や階級は読師よりも遥かにあるため、言動には気を付けるようにと忠告もされた。その辺はレアン司教様が面倒を見てくれる段取りになった。



 色々な説明を受けるなか、俺は早く帰りたいなと内心で呟く。

 晃夜と夕輝は何してるのかなぁ。

 退屈な話を聞きながら、俺は呑気にも校舎内見学をしてるであろう親友たちの姿を連想していた。






 厄介な事になっちまったな……。

 眼前にはびこる白服の奴らを睨み据えながらも俺、日暮(ひぐれ)晃夜(こうや)は内心でそう愚痴る。


「この間はよくもやってくれたな、非国民(ひこくみん)共が」



 講堂の裏手にて俺と夕輝を非国民と罵ったソイツ、喧嘩を売って来た白服のうちの一人には見覚えがあった。

 先日、『イグニトール殿下に粗相(そそう)を働いた低俗な輩』と罵倒してきて、問答無用で襲いかかって来た連中だ。イグニトール殿下が訊太郎(じんたろう)へ婚約を申し込んだ際、俺達が訊太郎への道を阻むように前に出た事がテレビ中継で放映されたのだが、その行いが気に食わなかったらしい。


 いつから日本は皇族を狂信的に崇め奉る国になったのか。そんな疑問と軽い皮肉を吐く間も吹き飛ぶ程に、過激な奴らだと身を以って知った。というのも、奴らは町中でありながら、堂々と俺を……俺達を複数人で囲み、殴りかかってきた事は記憶に新しい。



 早い話、右腕にギブスと包帯を装着し、肩から吊る事になったのはこいつらのせいだ。


 訊太郎から怪我について質問された時は『チンピラを殴り飛ばした』とごまかしたが、こいつらのしつこさと来たらチンピラなど相手にならないぐらいに筋金入りだぜ。



 白服の姿を聖イリス学園の講堂内で見た時、煮えくりかえるような憤怒が沸き立ったがそこは理性でねじ伏せた。それは夕輝も同じで、訊太郎には心配をかけたくなかったからな。

 あっちも俺達に気付きながらも、あの場では手を出してこなかったが……案の定、朗読会が終われば絡んできたってわけだ。



「綺麗な白の制服を着込んでいながら、やってる事は真っ黒な暴力行為。どこのヤンキー高校の人達かな?」


 夕輝の言葉に滲むのは明らかな挑発と苛立ち。こいつにしては珍しく、物事を荒立てる運びにしている理由を瞬時に把握する。

 伊達に夕輝と長く友達をやってるわけじゃないからな。



「知らぬふりをしても無駄だ。貴様らがイグニトール殿下に無礼を働いた事は『日本皇立学園』の全校生徒が把握している」


 そうだ。

 喧嘩をふっかけているのは『日本皇立学園』という、特殊な学院の生徒たちだ。こんな学校の存在は最近まで知りもしなかったが、怪我をさせられた相手となれば俺達が調べないはずがない。ましてや、訊太郎(じんたろう)にプロポーズした人物と関係のありそうな機関に興味を抱かないはずがない。


 結果として、『日本皇立学園』についてわかった事は日本のエリート予備軍の通う学校だという事。大企業や財閥の御曹司、政界トップのご令嬢などなど、将来的に大きな権力を握るであろう少年少女が集められた名門学校だった。

 もちろん、その学園の運営を仕切るのが現在の日本の頂点にある皇族、いわゆる天皇家だ。

 ったく面倒な野郎たちだ。

 そんな奴らを相手に、夕輝は積極的に事件を起こすよう促している。それはここが聖イリス学園の敷地内だからだ。



「イグニトール天皇家を敬う者として、お前らのような非国民は見逃せない」


「非国民がいるって言ったら、ほら。こんなに有志が集ってくれたぞ?」



 数にして12人。

 小奇麗な、皺ひとつない純白の制服をパリッと着こなす男たち。


 そんな大人数の『日本皇立学園』の生徒達が、世界的に影響力のある『虹色の女神(アルコ・イリス)』教会の御膝元、この聖イリス学園内で事件を起こせばタダでは済まないだろう。まして、奴らのトップとなる天皇家は聖イリス教会と協調する旨を正式に表明している。


 そんな状況でありながら、ここで暴力沙汰でも起こしてみろ。由緒正しき『日本皇立学園』は暴徒の通う危険な施設、という風潮は免れない。

 


「お前らさ、訊太郎をヤンキー高校に編入させたくて俺らにこんな嫌がらせしてるんだろうけど、無駄だと思うぜ?」



 訊太郎の姐さんから先日こっそりと聞いたんだが、訊太郎がこいつらの学校に編入手続きをされる立場になりそうだという。もちろんこれは訊太郎にはオフレコの話だ。


 その中でも問題なのが『日本皇立学園』は全寮制だ。

 訊太郎と同じ学校に通えなくなるのは嫌だ。それに得体の知れない施設にあいつを預けるなんて選択は……ありえない。皇族が未来の花嫁候補と同じ学び舎で過ごしたい、なんて要望がまかり通ってなるものか。


 大方こいつらの狙いは、訊太郎にとって親しい関係にある人間たちを周りからゆすって、訊太郎が『日本皇立学園』への編入を認めれば過激な行いも沈静化すると脅すんだろうな。

 やっている事が本当にそこらのチンピラと変わりない恐喝行為だ。



 先日、問答無用で殴りかかって来た奴らの中には明らかに『才能持ち(ホルダー)』と言われる特異な能力を持つ人間が何人もいた。今回もかなりの確率でいるだろう。


 俺と夕輝はおそらく常人より早かったり頑丈だったり、腕力が強くなっている。

 ゲーム内のステータスが現実の運動神経や能力に反映されていなければ、俺と夕輝は片腕の骨折だけでは済まなかったはずだ。


 刑事事件になりかねない行動をしたにも拘わらず、何事も無くこの場にいられる奴らを見る限り……相当な社会的権力を以って罪を握りつぶしたのだろうか。被害届も通り、賠償金などもこっちに支払われて少年院にぶちこまれたって話だったが……俺達の前に平然と顔を出せるのは、保釈金やらが大いに支払われたなど、そういう事なのだろう。

 


 ようは何度やっても許される立場にあると……。

 ならば何度やっても無駄だとわからせればいい。



「チンピラごっこを何度やっても無駄だぜ?」

「っそれはどうだかな……?」


 狙いを読んだ俺の指摘に、白服の一人が反論しそうな雰囲気を出すが、それを切って捨てるのは隣の相棒だ。


「由緒正しいヤンキーな君たちがいくらボクらを襲おうとも、さっき訊太郎が披露した朗読会を見れば結果は見えてるよね」



 懸念事項の一つは解消された。

『日本皇立学園』と事を構えた場合、果たして『虹色の女神(アルコ・イリス)』教会側は訊太郎(じんたろう)を守るのか、という不安はあったが……。


 さっきの演説会で、信徒たちの反応やその場にいたイリス教会のお偉方の反応を見るに、訊太郎の教会内での立場は貴重な存在であると察する事ができた。


 まるで聖人扱いだったからな。


 それで、そんな聖人を容易く教会が手放すか、といえば否であろう。

 聖イリス教会も十分に怪しい組織ではあるが、少なくともこんな暴力的な行動を許す天皇家、『日本皇立学園』の連中に訊太郎を引き渡すよりかはマシだろう。

 なにより教会の庇護下にあれば、訊太郎は俺達と一緒に今まで通りの生活を送れる。


 大きな勢力には大きな力で以って抗う。利用できるものは利用するってな。



 さて、あとは俺達の手で『日本皇立学園』は過激な学び舎である事を『虹色の女神(アルコ・イリス)』教会側に印象付け、教会の保護を名目に訊太郎を奴らの思惑から引き離すだけだ。



「おい、こら。覚悟はできてるんだろうな、ひ弱な(ぼっ)ちゃん共」



 元々、あちらから手を出す予定だったのだろうけど、それを促すように俺も挑発を施す。

 避けられないのなら、こうして上手い方向に持って行く他ない。


 唯一の懸念はこれが訊太郎に伝わってしまう事。正直、あいつには俺達が厄介な奴らに付きまとわれているのを知らせたくはなかった。

 心配をかけたくはない。だけどよ、俺達にも個人で対応できる限界点は存在する。当たり前だが、それは相手が大きければ大きいほど、とれる選択肢は、抗える範疇は狭まる。

 だから今は……教会の権力を笠にして、ここでの悶着をうまい方向に持って行く他ない。正直、悔しいが俺達には俺達に出来る事を一つずつクリアしていくのが大事なんだ。



「覚悟? 覚悟を問うのはこっちの方だ」

「あぁ、言い忘れてたなぁ。ここにいる三美士(みつびし)くんはね、彼の有名な三美士重工(じゅうこう)御曹司(おんぞうし)でね。つまりは跡取りなんだけどね?」



 ニタニタと下卑た笑みを浮かべる白服どもに、何が言いたいのかと夕輝が首を捻る。疑問に思う親友とは違い、俺は三美士重工と言う名が出た時に鼓動がピクリと跳ねてしまう。



「君、そこの君。名は日暮(ひぐれ)晃夜(こうや)といったかな? そして君の父君である日暮一夜(いちや)は、偶然にも三美士重工(じゅうこう)の下請けをしている子会社に勤めているね?」



 やっぱりか……。


「さて、この三美士(みつびし)くんが自分の父に、とある子会社への取引量を増やすのを引き換えに、とある子会社に務める一人の男を解雇するようお願いしたらどうなるかな?」


 なんて非道な奴らなんだ。

 頭が憎悪で熱くなる中、冷静になれと必死に自分を抑える声が響く。



「そのとある子会社は、莫大な利益と一人の男を天秤の計りにかけ、果たしてどちらに重きを置くのかな?」


「そういうわけだ。父親の職を、経済的な生活基盤を揺るがされたくなかったら、わかったな? 日暮晃夜?」


「哀れなシングルファザーで君らを必死に支えているお父さんのために、可愛い弟のために、家族のために、君ができる事はたった一つ」


「今回はそこで大人しく見ていろ(・・・・)



 なんて、なんて性根の腐った奴らなんだ。こんな奴らが……権力で人を脅し、抑えつけるような人間が日本の将来を担う人材だと?


 ふざけるな……ふざけるなよ!


 焼けるような憤怒が内心で荒れ狂い、今にも飛びかかって暴れ回りたい衝動に駆られるが……奴らを殴り飛ばすためにある、俺の左腕は震えるばかりで動きはしなかった。



「わりぃ……夕輝(ゆうき)、今回は俺、何も手出しできねぇッ……」



 本心とは正反対の、情けない言葉が口をつく。

 親友のために何かできないかと奮闘していた俺だが、家族を盾に取られたらこうも脆くなってしまうとは。そんな俺の非力さを嘲笑うように、白服の奴らは一歩一歩と近づいてくる。



「晃夜、気にしないでくれ。こんな奴ら、ボク一人でどうとでも――グッ」

「ならねぇええええんだよおお」


 励ます夕輝に容赦なく拳をめり込ませる白服の一人。

 ゲラゲラと笑い声を上げ、非国民には制裁だ! と叫びながら、次々と殴る蹴るの暴行が繰り広げられる。



「っち、こいつ一人の癖になかなかっ」

「っつう! こいつも『才能持ち(ホルダー)』か!? 硬いぞ!」


「なんだ、その反抗的な目は! 自分の身分が、家畜同然だって事を徹底的に教え込んでやるよ!」


「おらおら、勢いがなくなってきたなぁ?」

「そこで掴め! そうだ、身動きできなくしちまえ!」



 必死な奮戦もむなしく、4人以上の男子生徒に夕輝は羽交い絞めにされた。

 そして始まったのが、腹パンの殴打だ。

 さすがに騒ぎになってきたのか、周囲に無関係な人間が集まりだすのを横目に俺は歯を食いしばる。

 くそっ、誰か警察を呼んでくれ……。



「ちょっと! あなた達! 神聖な学び舎で何をしているの!?」


 暴力行為が渦巻く場所に似つかわしくない、幼い女子の声が唐突に響く。俺も含め、全員がその少女へと目をやれば、それは先程訊太郎へツンケンな態度を取っていた女子小学生だった。


 確か……名前は紀伊子(きいこ)ちゃん、だったか?

 彼女は恐怖を必死で抑えているのか、両足がわずかに震えている。それでも看過できない暴力を前に、健気にも仲裁に入ろうとしていた。

 手には先程の朗読会で披露した水の入った瓶を持ってな。どうやら自身の水剣を創り出す奇跡で、この場を収めようとしてるってわけか……だが、躊躇なく暴力を振るう奴らが相手じゃそんなもんは無意味だ。



「逃げろ! 警察に通報をッ――」

「おい家畜人間! 誰がしゃべっていいって言った!?」


 彼女への警告は横っ面を強打され、むなしくも中断されてしまう。



「おいおい、この教会は自分たちの立場を把握できない馬鹿ばっかりなのか?」


「神聖なる皇族がおわしめす日本国土に、お前らの信仰が在ると許可されている風情で何を喚く」


「子供は黙ってろよ!」


 紀伊子ちゃんが水剣を出すよりも早く、白服の一人が駆け寄った。そしてあろう事か、腹部を思いっきり蹴り上げやがった。

 その衝撃にぐったりとへたりこむ彼女を前に、俺の頭は真っ白になる。


 あぁ、こいつらはしちゃいけない事をやりやがったな。そう感じた俺は隣にいる馬鹿野郎へ拳を撃ち抜こうと――



「やめるんだッ! その子は関係ないだろう!」


 夕輝が制止の声を上げる。

『耐えろ、大丈夫』と、もうしばらくすればこの騒ぎを聞きつけて警察が来る筈だと。親友の瞳がそう俺に語ってきて、何も失うものなんてなくなると説得しているようだった。


 俺はその親友の意志を前にそっと震える拳を収める。だが奴らは止まりはしない。夕輝の言葉に呼応して、夕輝の身体を抑え込んでいた奴らが不気味な笑顔を浮かべ始める。



「なんだぁ? こいつ、自分の心配よりも他人の心配してる場合かよ」

「ナイト気取りとか、ウケるんですけど」


「その偽善に免じて、綺麗な顔を潰すのだけは勘弁してやる」



 振り被る拳の数々。

 一発一発が、夕輝の腹部深くへと突き刺さる。その度に親友はえずき、苦悶の表情を浮かべる。

 痛みに耐え、決して屈しない態度を貫く夕輝だったが、ついにはその暴力の的が違う箇所へと移った。



「はぁー君みたいな立場をわきまえてない非国民が一番きらいなんだよねぇ」


 そう言って、白服の一人が夕輝の顔面を殴り始めた。

 一発、二発、三発と重ねられてゆく暴力。しかし夕輝は、集団リンチを見せつけられる俺を慮っての事なのか、視線に宿る瞳の強さは揺らいではいない。

 しかも、『大丈夫だ』と力強くこちらに小さな笑みを向ける程だ。


 さすがにこの騒動を目にした周囲の人達が既に警察へと通報したのを察したが、まだ助けは来ない。


 ちくしょう、警察は……まだなのか!?



 親友が殴られるのを……ただ、眺めているだけしかできないなんて。しかも他人にすがって頼るだけしかできないとか……クソッ!


 悔しさのあまり、噛み締められた唇からは鉄の味がした。きっと夕輝は俺の何倍もの濃い味を、その口内いっぱいに広げているだろう。そう思うと、自然と自分の指が砕けそうになるほど力強く握ってしまう。



「なに、こいつ。頑丈すぎない?」

「ちょっとぐらい、これで殴っても大丈夫かな?」


 不穏な台詞を吐いた白服が、その手に持っていたのは炭酸飲料水の入った瓶だった。

 しかも二本。



「そ――」


 それはちょっと待て! 危ないだろう!

 と、俺の制止よりも早く、その凶器が夕輝の頭へと叩き落とされた。

 瓶は粉々に砕け、辺りへと散らばる。


「ぐぅぁッ……」



 痛みと衝撃で崩れ堕ちる夕輝。それに呼応して、下卑たせせら笑いを一斉に響かせる白服たち。

 激しく瓶を打ち付けられた夕輝の、頭部から顎へと一筋の赤い線が走る。


 流血だ。

 明らかに喧嘩の域を超えた所業に、俺はいてもたってもいられなくなった。



「痛そうだぁ、おらもう一発ぅ! おらおらおらぁ!」


「ぎぃッ……くぅ、はッ……」


 危険すぎるだろ!

 もう、家族がどうのと言ってられる次元じゃない。

 ついに俺は今まで堪えていたものを爆発させるように前へと飛びだした。


 お前ら、タダじゃ済まさない。



「うおおおお!」


 まずは夕輝を拘束する奴らに向けて、身体ごとタックルをかます。俺の奇襲に対応できなかったようで、無防備な顔に素早く拳を叩き込む。

 それから――


「ぐっ」


 右頬に強烈な痛みがねじ込まれる。

 俺の頬を殴打したのは、白服の中でも特にガタイのいい男の右拳だった。身長は俺より数センチ上、だが横幅がかなりある。その体重が十分にのったパンチを喰らって、たたらをふんでしまう。


 夕輝の方をちらりと見れば、何とか拘束からは解放されたようだが――


 片腕を包帯で吊ってる状態じゃ、ボコボコにされるのも道理だった。それは俺も同様で、複数人からなる拳のラッシュが、肩や胸、腹や足、そして顔面へと吸い込まれてゆく。

 痛みよりも悔しさが先行するなか、俺達はなすすべもなく暴力の名の下に蹂躙された。



「ぐぁあッ……ちくしょ、う」


 鈍痛が全身にのしかかり、周囲には不愉快な笑い声と悲鳴で満たされる。

 そんな中、全てを切り裂くような鋭い叫び声が――




 一つの凛とした声が唐突に響く。





「俺のッ! 俺の親友たちに何してる!」




 怒り心頭で濁った俺の視界はしかし、目も覚めるような銀光によって一瞬にして澄んだクリアなものになってゆく。




「『叡智の集結ルービック・アーキテクト』――タイプ四角形(キューブ)!」


 小柄ながらもその存在感は絶大。

 俺達の親友が、銀髪美少女になっちまった親友が助けに来てくれた。


「許さないぞ……」


 修羅、とも言える怒髪天を突く表情をしていながら。

 訊太郎(じんたろう)の奴は神々しく、綺麗だった。



 あぁ、ちくしょうが。

 あいつがこんなに眩しく見える日が来るなんてな。

 


 俺は目頭に込み上げてくる熱いモノを振りきるように、白服の一人を殴り飛ばした。




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― 新着の感想 ―
[気になる点] え?! 武器も防具も仕込んでないの?! すでに襲われて骨折してるのに!? ……タロさんなら許せるが、戦士二人はダメダメのダメですよ?
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