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215話 TS少女が選んだ祝福

更新が遅れてしまって、申し訳ありません。。。


 講堂というより礼拝堂、と言った方がしっくりくる(おもむき)に普通校に通ってた俺達は圧倒された。


「俺達の学校にもこんな建物ができるのか?」

「ここまで立派な物ではないんじゃないの」


 晃夜(こうや)夕輝(ゆうき)が感動するのにも頷ける。

 壁際にはいくつもの縦に長いステンドグラスがはめ込まれていて、講堂内に色鮮やかな影を落としている。クラン・クランにある教会と酷似してはいるけれど、壁が石作りでないところが現代ちっくだ。

 参拝者が腰を落ち着けて祈りを捧げるいくつもの長椅子には、子供達を中心に中学生や高校生、大人の方までいてその数は200人を超えていそうだ。さすが小・中・高一貫のマンモス校なだけはあるけど……大人は教会関係者や信徒? それとも親子で来てるとか? ブレザー姿の男子生徒グループも見受けられるので外部の生徒も参加しているようだ。

 とにかく思った以上に朗読会の規模が大きくて、及び腰になってしまう。



「なぁ、あのステンドグラス……本物の宝石が埋め込まれてないか?」


 晃夜の指摘に改めてステンドグラスに目を向ければ、確かに七色に光る原石がいくつも散りばめられているように見えた。赤、青、緑、黄、紫、白、黒、と光の祝福を、講堂内へと入った者に注ぐ様はまさに圧巻ものだ。だけれど、あれは宝石なんて高価な物ではないと本能が(・・・)察知する。


「んー……うまく言えないけど、そこまで大層な物じゃないはずだよ。何かの原石、原鉱(げんこう)ではあると思うけど」


「訊太郎、なんでわかるんだ?」


「信仰の威光を知らしめるために、美しく教会を建築する事はあるけどさ。さすがに高値の宝石を見せつけるように配置するのは、成り金趣味っぽくて神聖な場でありながら(ぞく)なイメージをみんなに与えちゃうんじゃない?」


「なるほどな」


 夕輝が予測してくれたおかげで、俺は親友たちに『宝石ではない』とわかった理由を言わずに済んだ。



「それより朗読会の参加者、というか読み聞かせする人は関係者席で待機って書いてあるけど……」



 俺達が座るべき椅子は読み聞かせが行われる壇上のすぐ傍、最前列付近であり、そこまで辿り着くのにしばらくかかりそうだ。

 シスター・レアンから届いた資料を見ながら講堂内を歩いてはいるけど、やっぱりどうにも移動し辛い。

 というのも先程、紀伊子(きいこ)ちゃんが言った通りで俺が着ている修道服がかなりの特別製らしい。ひそひそ話はしてないけれど、視線がひどく集中してくる。まるで俺の一挙手一投足をつぶさに観察するかのような、無言の(あつ)が他方から寄せられていて、ただ歩くだけでも気を張り詰めてしまう。ただでさえ、シスター服を着たあの三人女子の綺麗な歩き姿を見た後だと、余計に自分の佇まいがこの場に相応しくないかと不安に駆られる。


 それに、もう一つの懸念事項もあった。


「なぁ、夕輝……あいつら」

「わかってるよ、晃夜。今は無視だ」


 晃夜が夕輝に何か言いかけたけれど、二人は素知らぬ顔で俺の後を付いて来てくれる。平然としている親友たちだけれど俺にはわかる。

 二人の纏う空気が、講堂内に入ってから妙にピリピリとしているのだ。

 どうやら夕輝たちが警戒しているのは、白のブレザー制服を着ている男子集団、他校から来ている生徒達のようだ。あちらも妙に険呑な視線で、俺達……というよりも晃夜と夕輝の二人を睨みつけている気がする。

 ちょっと遠目だから判別つかないけど、間違いなく感じの良いオーラは出していない。



「あの人達と知り合いなのか?」

「あれは『日本皇立学園』の生徒達だね」

「早い話、あそこにいる連中は特殊な奴らだな」


 有名校の生徒か何かだろうか?

 何で二人が警戒してるのか気になる所だけど、俺も集中しなければならないクエストがあるので彼らから視線を外す。

 

 というのも、目的の人物が視界に入って来たからだ。彼女は教会で見るいつもの黒を基調にしたシスター服ではなく、純白の立派な法衣を身にまとっていた。

 シスター・レアンのお出ましだ。

 にこやかに微笑む彼女がしとやかに手を上げ、こちらに来なさいと関係者席の方を示している。よくよく見れば、さっきの女子小学生たちが座っている隣の位置だ。


 

「『読師(ヒスト)』訊太郎、よく来てくれました」

「こんにちは、シスター・レアン」


 まずは挨拶をしなければと思い立ち、右手で胸の前に円を描き、虹色の女神(アルコ・イリス)教会独自の祈りの仕草をする。

 シスター・レアンも俺の祝福に対して、すぐに返礼してくれる。


「貴方はこっちの席よ。それと今の私はシスターではなく司教(ビショップ)なの。伝達できなくてごめんなさいね」


「司教さまですか。わかりました」


「今日は緊張するかもしれないけれど、他の方々も貴方が来るのを楽しみにしていたから、精一杯がんばってちょうだいね」


「はい、レアン司教様(ビショップ)


「いい子ね」



 にこにこと慈母のごとく笑みを絶やさない彼女だったけど、逆にそれが怪しく感じてしまうのは、姉が彼女の事をかなり警戒しているからだろうか。完全なる不信は抱いてはいないけれど、『虹色の女神(アルコ・イリス)』教会に対して、現実改変に関わっていると予想しているからどうしてもいいイメージを持つ事はできない。

 


 レアン司教様に薦められるがままに席へつくと、親友たちは俺の後ろの席に無言で腰を下ろした。どうやらレアン司教様に着席を促されたようだ。


「もう間もなく朗読会は始まるわ」


 レアン司教様の言葉を耳にして、俺は再度自分の目標を確認する。

 第一関門はしっかりと朗読会を終える事。

 第二関門はさっきの女子小学生たちに認めてもらう。

 そして最後の第三関門は、彼女たちから有益な情報を持ち帰る。


 この第一関門と第二関門は同時にできそうな気がする。というのも、一番反発心のある紀伊子(きいこ)ちゃんは、俺が『読師』にふさわしくない振舞いだったから攻撃的になっていただけなのだ。だったら、しっかりと朗読できる所をアピールし、無事に朗読会を乗り切れば自然と認めてくれるかもしれない。

 第三関門については、最初の課題をクリアしない事には始まらないので良案に頭を悩ませるより、朗読会を上手にこなすのに集中すべきだ。



 そんな風にして自分の目標を再確認していると、所々でざわめいていた人々が一斉に口を閉ざし始めた。何かと思って周囲を窺えば、レアン司教様の隣に座っていた好々爺とした老人が席から立ったのだ。まるで、その人物から静寂の波が講堂内に広がっていくかのように、数秒と経たないうちに物音が一切かき消えた。

 講堂には200人以上の人達がいるのに、この静けさは異様だ。

 

 

「朗読会を始めます」


 ただの一言、よく響く声で立派な法衣を着たおじいさんが開会を宣言する。

 すると『女神さまのお導きを』と人々は厳かに呟き、こうして朗読会が始まった。



 ◇



「人々は平等のもとに生まれはしません。それぞれの色、環境、才能を持ってこの世に生を受けます」


 朗読会の一番手は黒髪ロングの清里奈(せりな)ちゃんだった。


「されど悲観せずに生きるのです。生まれは選べずとも、生き方の選択は自由なのですから」


 彼女は三人のうちで一番信仰心が高いように思えたけれど、大人数を前にしてもその堂々たる朗読姿は信徒としてさすがと言えた。

 小学校中学年の女子が教典を手にし、教壇に置かれた給水用の瓶には一切口を付けずに語り続けている。そんな様子に若干気圧されつつも感心してしまう。俺だったら喉が渇いて、一口は含んでしまうと思う。

 そのために家からペットボトルを持参したのだから……。



「ですが、中には特別な存在もいます。それが『聖童女の系譜』であり『女王の卵』です。彼女たちは、崇高にも己がための生き方を選べず、我々を導きし存在……」


 女神の意志を反映して生まれた者。

 現人神(あらひとがみ)とも呼ばれ、女神の声を聞ける人間。それが『女王の卵』と呼ばれる存在のようで、教会内の歴史を辿っても、『女王の卵』になれた者は数人しかいないようだ。それが現在では、少なく見積もっても十人はいるとかいないとかと語られてゆく。

 


「いと天高き神々により愛されし(うつわ)。慈悲深き信徒を生む選ばれし系譜。虹色の神力を発現させる救済の鍵、それが『聖童女の系譜』なのです」


 女王の卵……卵というのは中身も含まれているのか? それとも(から)を指す言葉……中身が(かえ)ったら、器となっている人間? はどうなるんだ?

 かなり俺の不安を煽る語りだ。



「私達が享受している平和は、博愛と自己犠牲によって成り立っている事を忘れぬよう、日々に感謝しましょう」


 そう締めくくり、清里奈(せりな)ちゃんは最後に俺に微笑みかけて朗読を終了させた。

 彼女が朗読した教典『聖童女の系譜』の内容で、『女王の卵』に関する知識は漠然と知れたけれど……まるで彼女が俺に聞かせるために、この場で朗読内容を決めたのではないか、と少しだけ疑りの目を向けてしまう。

 それに『聖童女の系譜』が……虹色の神力を引き出す、という説明が妙に胸に引っ掛かった。仮に虹色の神力が『スキル』だとしたら……その発生源となっている、と言われているようなものだ。だって先程彼女たちは、教会内で俺が『女王の卵』だと(ささや)かれていると言っていたのだ……。

 


「時代は移ろい、文明や文化は風化する。それは生きとし生ける者全てに共通する事象であり、人もまた変化の中に身を置く存在です」


 清里奈(せりな)ちゃんが言っていた内容を吟味していると、二番手の読み手が紡ぐ教えが始まった。

 語りを担当するのは、俺にミーハーな思いを抱いていたメガネっ()明日香(あすか)ちゃんだ。



(とき)という名の箱庭に住まう以上、良き方にも悪しき方にも変化は訪れます」


 彼女は皇太子殿下の婚約騒動を話題に出していた時とは大違いの態度で、幼いながらも清らかなシスター然とした落ち着きはらった喋りで、『白銀の天使と野獣たち』という物語りを奏でている。



 世界で初めて聖人が現界した都市、『始祖の街』と呼ばれる聖都イェルサレム。そこはかつて、血で血を(あがな)う獰猛な傭兵たちが闊歩しており、殺し合いに興じる彼らは理性なき狂人者と揶揄されていた。そんな彼らの住まう街が、『暴食の野獣』たちによって襲われた。当時は『暴食の野獣』による大群が一度(ひとたび)通れば、街にいる人間、食糧、作物、ありとあらゆる物が喰い尽されると恐れられ、聖都イェルサレムにも天災級の被害が迫っている事を人々は滅びの絶望と共に知った。そんな時、傭兵たち狂人者をまとめ、滅びの運命に立ち向かった少女がいたそうだ。その娘こそ、虹色の女神さまが遣わした白銀の天使様であり、『みな仲良く』という彼女の教えに胸を打たれ、狂人者たちは彼女の前で恭順な戦士となった。そして最後の戦いと称し、この戦いを終えれば血の連鎖から解放される、と言われた傭兵たちは一丸となって困難に向き合い、見事街を救ったというお話だった。


 狂人者と恐れられていた傭兵たちも街を救った事で、人々に受け入れられ、平和を謳歌し、安息と幸せを享受して生涯を終えたそうだ。



「己が色をしっかりと持ち、虹色の女神さまの存在をその心に宿せば、必ずや良き方へと運命の道は切り開かれるでしょう」


 このお話はクラン・クラン内で、先駆都市ミケランジェロに飢餓で暴走し、大量発生したビック・スライムの群れが迫った時の事態に酷似している。やはり『虹色の女神(アルコ・イリス)』教会にはクラン・クランに関する攻略本じみた教典が眠っていると確信できる。



「悪しき心も良き色に染まる。この偉業にて、白銀の天使さまはその身を以ってこれを証明されました」


 そして明日香ちゃんも、ニコリとこちらに柔らかな笑みを浮かべ教典を閉じた。


「私達の心にも白銀の天使さまがおわす事を忘れなきよう、日々を慎ましく生きてゆきましょう」



 こうして『白銀の天使と野獣たち』の朗読は終わった。

 女子小学生のシスター見習いである三人中二人までもが、俺が質問を投げかけた教典の内容を朗読してくれた。これは教えてくれたと感謝するべきなのか、それとも妙に俺を意識していた点からプレッシャーをかけてきた、と見るべきなのか難しいところだった。


 そんな判断に困る彼女たちの朗読に悶々としていると、ついに三人目の読み聞かせが始まった。

 もちろん語り手になるのは、ショートカットが良く似合う紀伊子(きいこ)ちゃんだが、その様子は前の二人とは多少違っていた。


 まず彼女の後ろには黒い布が上から垂らされた大きな箱? のような物が鎮座されていた。さらにその手前にはワールドカップで優勝したチームが手にするような立派な金杯があり、何かのデモンストレーションが行われる空気がヒシヒシと伝わってくる。


 今まで静寂を保ってきた視聴者の中から、あちらこちらからどよめきが上がっている。



『聖杯……ひしめく……玉……』

『……物だ』

『…………姫…………?』



 周囲のひそまった声から、かろうじて聞き取れたのはどれも断片的な言葉で何が起こるのかは不明。だけど拝聴者のそわそわした様子から、紀伊子ちゃんの朗読が特別なものだとわかる。

 そもそも彼女は三人の朗読者の中で、順番が最後を任されている。その扱いからして、紀伊子ちゃんが信仰学の成績で一位を修めたのだと(うかが)える。つまり、この朗読が本日で一番、教会側が力を注いだ舞台なのだと理解した。


 そんな注目株が俺の前だとか……嫌がらせか?

 チラッとレアン司教様(ビショップ)の方に目を向ければ、ニコニコと壇上を眺めるばかりで俺の怨みがましい視線には一切気付いていない。



「女神さまのあるところに我らあり」


 紀伊子ちゃんは定型句とお祈りを捧げる仕草から入り、講堂内のざわめきを収めた。



「本日は敬虔なる信徒に集まって頂いた感謝を込めて、ここに聖遺物(デューレリック)を――」


 バサっと音を立て、紀伊子ちゃんの背後にあった漆黒の布が降ろされる。すると彼女の後ろにあるものが露わとなり、講堂内が再びどよめきに溢れた。俺もその例に漏れず、感嘆の吐息を漏らしてしまう。


「聖書『銀氷姫に送る救済』に記される聖遺物(デューレリック)、『剥製の銀氷姫』に拝礼する許可を教会より頂きました」


 ガラスケースには、見間違いようもない程に見慣れた人物が力なくうなだれていた。標本に吊るされるように保管され、厳かな装飾が施された服に身を包む姿は、その神聖性が強調されている。それは生きた美姫人形。



「ブルーホワイトたん……」


 彼女が現実(こっち)では聖遺物として扱われているのに驚愕を隠せない。なぜ、どうして、そして現実では完全に動かぬ人形になっているのに、胸の奥がチクリと痛む。

 そんな俺の内心を無視するように、紀伊子ちゃんは朗読を始める。


 彼女は祭壇に置かれた金杯を両手で持ち、厳かに『銀氷姫に送る救済』を諳んじている。しかし、俺は彼女の口から語られる物語が耳に入ってこない。なぜなら、紀伊子ちゃんがその手に持つ金杯に目を奪われてしまったからだ。正確には金杯の中に注がれ、置かれている青白い石だ。うっすらと金杯の淵に(しも)を走らせ、冷気をまとうその玉髄(ぎょくずい)には見覚えがある。

 


「街の救世主である銀氷姫を裏切ったのは、まさに救われたはずの街人たちでした」


 あの聖杯にあるのは、俺がゲーム内でブルーホワイトたんを雪姫人形として目覚めさせるために使った魔導石(ドール・コア)の素材、『永劫にひしめく霜石玉髄(フロスラルダ)』だ。



「――こうして白銀の天使様は、街の救世主である銀氷姫の無念を晴らし、罪深き街人への制裁を下したのです。しかし雪姫は人間の業に絶望し、その生を自ら絶ってしまいました。そして彼女の思いだけが、こうして永遠に残されるように、このような姿になって聖遺物(デューレリック)として後世に語り継がれてきたのです」


 紀伊子ちゃんは粛々と金杯を掲げ、『彼女、雪姫は死んでもなお我々を良き方へと導いています』と呟いた。



「みなさんはご存知かもしれませんが、発売されたばかりの看護用ロボット……通称『家庭看護用人形(ケア・ドール)』は信徒による救済と協力があったからこそ、開発が着手され、商品化に成功したのです」



家庭看護用人形(ケア・ドール)』……最近になって発売されたロボットには、まさかブルーホワイトたんの仕組みが採用されているのか?


「この聖遺物(デューレリック)『剥製の銀氷姫』に施された聖技術を提供する事によって、多くの人々に役立つ『家庭用看護人形(ケア・ドール)』は完成したのです」


 これは『虹色の女神(アルコ・イリス)』教会が人々の生活に役立つ存在だとアピールするだけでなく、日本の一企業といとも簡単に提携を結べる技術力、世間に強い影響力を持っているという示威の含まれたデモンストレーションだ……。



「聖遺物は多くの人々の手助けとなり、人々に幸福をもたらしています」


 すなわち、それだけ虹色の女神さまが偉大な存在であり、教会の力を知らしめ、社会的にも貢献していて、なおかつ一般の企業と協力体勢にもあると。

 この肝心な宣伝には、一番優秀そうな紀伊子ちゃんが選ばれたわけだ。



「これも白銀の天使さまが、裏切られた銀氷姫に救いの手を伸ばした聖行によってもたらされた、現在に生きる奇跡の結果なのです」

 

 紀伊子ちゃんは金杯を置き、次いで横にある給水瓶に手をかけた。清里奈ちゃんや明日香ちゃんは一口も含まずに朗読を終えたのに対し、彼女は喉が乾いてしまったのだろうか。



「もし、()が人を欺き、銀氷姫が受けた仕打ちのような、罪深き蛮行に至ったなら――」


 しかし、紀伊子ちゃんは瓶を口元に持ってゆく事はなかった。その代わりに何故か俺を厳しい目付きで見つめ、左手を虚空へと伸ばした。



(よこしま)なる者の罪を滅ぼし、切り裂け――」


 彼女はまるでゲーム内で魔法を行使する時のように詠唱じみた言葉を諳んじた。それに対し、ザワリと周囲がまたも波打つ。



『奇跡を起こせるのか……』

『我らに祝福を……』

 

 などと、そこかしこから畏敬のこもった囁きが流れてくる。



「『水聖(すいせい)流るる軌剣(きけん)』」



 その言葉が終わると、給水用の瓶から透明な液体が空中へと踊り出た。一瞬にして散布された水粒は、煌びやかに光を反射し、すぐに凝縮していく。そして紀伊子ちゃんの伸ばす右手に集束し、それは一本の剣と化した。


 鉄で生成されたような剣ではなく、あくまでもそれは水。

 だが(うごめ)く液体がその切れ味を、脅威を視た者全てに感じさせる。



「もし、()が人を欺き、剥製姫が受けた仕打ちのような、罪深き蛮行に至ったなら――(さば)きの剣が貴方の胸を貫くでしょう」


 まるで俺に言っているようなその仕草に、ちょっとだけビクリとしてしまう。


 というか紀伊子ちゃんも茜ちゃんや俺と同じで『才能持ち(ホルダー)』だったのか。前にゲーム内でシズクちゃんが青魔法スキルを使って、あんな感じの簡易的な斬撃武器を生成するアビリティを見せてくれたけど、もしかして紀伊子ちゃんは青魔法の『才能持ち(ホルダー)』なのか?


 魔法を扱える人間がいる……という事実が人々に受け入れられ、常識がゲームによって浸食されているのをまざまざと見せつけられた気分になるな……。


 紀伊子ちゃんが手も使わずに、水剣を瓶に戻した事で彼女の朗読会は終わりを迎えた。



『あの歳で女神さまの祝福に目覚めるとは……』

『奇跡を持つ者が教会にはたくさんいますが……珍しいですね』


 拍手も喝采もないけれど、彼女の朗読会は大成功だったのだろう。その証拠に、彼女を見る視聴者たちの雰囲気が冷静と情熱の間を行き交い、興奮と信仰心はかなり高まった様子。

 

 こんな後に俺の朗読ターンがやってくるとは……プレッシャーがキツイです。

 


「訊太郎……その、あまり気負わないようにね?」

「嫌がらせなんてぶっ飛ばしちまえ。読む練習ならしたんだし、大丈夫だ」


 夕輝と晃夜が俺に激励を飛ばしてくれるのに感謝し、俺は壇上へと登ってゆく。こちらへと降りてくる紀伊子ちゃんが、すれ違いざまに誇らしげに笑みをこれみよがしに飛ばしてくるが、俺も負けじと笑顔で応じる。



 壇上に立つと無数の視線が俺に集中し、突き刺さった。

 好意的な感じよりも奇異の目や、興味本位の目ばかりだ。正直、値踏みされているような空気でいい気分にはなれない。

 とはいっても、黙って突っ立っているわけにはいかないので、祈りの定例句と仕草をし持ってきた聖典を開く。

 

 

虹色の女神(アルコ・イリス)』教会では『才能持ち(ホルダー)』による力が、女神様に与えられた祝福、奇跡という扱いになっているのならば……俺も何かしないと認められないってわけか。



 その辺はなんとか乗り越えられそうか?


 幸いにも奇跡を起こすための俗物は揃っているようだし。



 神の定めた法を侵し、禁忌に触れる錬金術が……奇跡とも祝福とも呼ばれる日が来ようとは、あまりにも皮肉めいた事態に不敵な笑みを浮かべてしまう。




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