214話 聖教画に描かれた少女
「あの、はじめめして」
噛んだ。
背後からクスリと声を押し殺し、笑いを堪える親友達の忍び笑いを聞き漏らしはしなかった。
むっとなってしまうけれど、気を取り直して小学生女児たちに再び笑顔を向けて話しかける。
「はじめまして。俺は朗読会の読師として来た者なのだけど……事情があってこの校舎に来るのは初めてなんだ」
もしかして、君たちも朗読会に行く途中かな? よかったら一緒に講堂までどうかな?
と続ける前に、シスター服女児のうちの一人、丸眼鏡をかけたショートボブの女の子が興奮した様子で喋りかけて来た。
「あのっ、あのっ! もしかして、皇太子殿下のフィアンセさんですよね!? プロポーズされてたっ!」
おおう……。
テレビの影響力すごいな……こんな小学生までに知られているとは……。
『本物だ……すごい』と、目を眼鏡よりまん丸にして呟く少女にどう答えたものか迷っていると、興奮する丸眼鏡っ娘の肩が横から軽く叩かれる。『落ち着いて』と囁き、妙に大人びた対応をしたのは黒髪ストレートロングの女児だった。
「皇太子殿下のプロポーズ騒動も注目すべき点ですけど、明日香信仰補生。私達は虹色の女神さまの信徒ですよ? もっと違った面で彼女を見て、聞いて、信仰するに値するのか考えなくてはいけないと思います。テレビの中継で彼女を見た時から、教典『聖童女の系譜』や『白銀の天使と野獣たち』、聖典劇の『銀氷姫に送る救済』や聖教画『女神なき廃色』に描かれている聖少女と似ているってわかりましたよね? レアン司教様も彼女の事を『女王の卵』とまで言っていたのですから」
その娘はちょっと説教臭さをにじませながらも、色々と気になる事を口にした。
「だって、だって、すぅーっごく綺麗なんだよ? 清里奈ちゃんもそう思うでしょ?」
「女神さまのような美しさがあるのは認めます」
なんて勝手に彼女たちの俺に対する印象が謎な方向で定まってゆく。どうしよう、と親友二人を見返せば苦笑をこぼすばかりで頼りにならない。
とにかく二人の名前は、丸眼鏡ッ子が明日香ちゃんで、黒髪ロングが清里奈ちゃんだと脳内メモに追加しておく。
俺としては教典に出てくる少女と俺が似ているという点が気になったので、その辺を問いただして会話を広げようかと思った。
「あの、教典に出てくる人物? と俺が似てるって話なんだけど、その教典? ってどういう内容なの?」
「はぁ……」
答えの代わりに返って来たのは、大きな溜息だった。
そんな呆れをぶつける仕草をしたのは三人のうち、最後の一人。厳しい目付きで俺を睨むベリーショートの女の子だった。
「交換留学制度で他校に行ってる子と、合同で朗読会をするって聞いてはいたけれど、まさかその子がアンタみたいな子だったなんてね」
こちらが気に入らない、といったオーラをガンガン飛ばしてくる女子小学生に思わず面喰ってしまう。
「しかも、教典の内容を聞くほどに勉強不足。こんな子が『女王の卵』? 私たちの事をバカにしてるとしか思えない」
「紀伊子信仰補生。レアン司教様の言葉をたしなめるのはよろしくないですよ」
「わかってる。私はこんな信仰心の薄い子が、今日の朗読会に……しかも、正式な『読師』として来てる事が不満なの」
「それもレアン司教様がお決めになったことです。紀伊子信仰補生」
「清里奈! 私だって信仰補生ごときが口出す問題じゃないのはわかってるけど! 私達と同じ年頃で『読師』よ!? どんな立派な子で敬虔深く、どれだけ秀才な信徒なのか期待するのは普通でしょ!」
攻撃的なベリーショート、紀伊子ちゃんはターゲットを俺から黒髪ロングの清里奈ちゃんに変えたかと思えば、悔しそうに瞳を潤ませた。
「清里奈だって……今日の朗読会で読み聞かせできる権利をもらうのに、どれだけ頑張ったか……」
「紀伊子ちゃんっ、落ち着いてよ」
怒りで肩をふるわす紀伊子ちゃんを、明日香ちゃんが必死でなだめ始めるけれど、彼女が俺を睨めつけてるのを見るに爆発した感情は一向に収まりそうもない。
「あんたは何となく朗読会に来たのかもしれないけど! 今日の朗読会で読み聞かせの栄誉をもらえるのは、小学4年で信仰学の成績上位3人だけなんだから!」
こっちとしては知らんがな、と言いたいところだけど……なるほど、一生懸命がんばった側としては俺の存在は面白くないだろうな。
紀伊子ちゃんの勢いは留まるどころか加速し、忌々しそうに俺へと指を突きつけてくる。
「神聖で誉れ高い朗読会を……こんな見た目だけよくて、皇太子殿下の寵愛を受けて、浮かれてるだけのバカ女と一緒にするなんて!」
「紀伊子ちゃんっ、言い過ぎだって……」
「うるさい! 明日香だってこの子が着てる修道服が……『彩色の修道服』だって気付いてるでしょ」
「熱さも寒さも防ぎ常温を保てる、全ての色を彩り変換させる特別な修道服。女神様の祝福を受けた者のみが、その身に纏う事を許された『彩色の修道服』ですか」
仏のような無関心顔で解説を挟む黒髪ストレート女児の言葉に、俺がシスター・レアンからもらって着ている修道服は、彼女たちとは違う物だと気付いた。真っ白な生地という所までは同じだけれど、彼女たちが身につけているのは黒色の刺繍が施されている。俺の方は薄い金色だ。
「こんな子が待遇も特例で、修道服も私達と違って特別製……少しは文句も言いたくなるでしょ。特別なら特別な子にふさわしく、凡人の私達が構う必要なんてないからさっさと講堂に行こっ!」
有無を言わさぬ剣幕で紀伊子ちゃんは、あとの二人の手を掴んで講堂の方へと歩み去ってしまう。
後に残された俺はポカンと途方に暮れてしまった。
こんな一方的で理不尽な怒りをぶつけられれば、こちらとしても不快だけれど……正直、あんな幼い子に突然このような態度を取られては戸惑うばかりだ。
「いやー……さすが訊太郎。小学生に嫌われつつも、しっかりと重要な情報は手に入れたわけだ」
「収穫はあったね。教典に訊太郎と似た女の子が出てくるとか、『女王の卵』って言葉だね」
固まりかけた空気をほぐすように、気楽な口調で親友たちが先程のやり取りをまとめてくれる。
「早い話、次なるクエストが提示されたぞ?」
「彼女たちと仲良くなって、気になった事を聞き出す、だね?」
「任せろ、俺達はクエストの発行とクエスト後の反省会には参加してやる」
「うんうん、あとはもしもの時に備えて身辺警護だね」
「クエスト名は『小学生女子の攻略』だな」
「なんだか怪しいメガネ男子高校生が言うと、危ない単語に聞こえるね?」
「おい、うるさいぞ腹黒やろうが」
あの子たちと再び絡むのか……アウェー感があり過ぎて厳しい……。
「……あの子たちから聞きだすのか?」
他の子達でもいいんじゃないのか? と言外に匂わすと、親友達は何を言ってるんだとこちらを見つめ返してくる。
「早い話、優秀そうだったじゃないか」
「情報もたくさん持ってそうだね?」
まぁそうなるよなぁ……。
特に黒髪ロングの、清里奈ちゃんとか勝手にペラペラ喋ってくれて便利そうだし。
気のりはしないけれど、せっかく聖イリス学園まで来たのだから女子小学生に妬まれただけでした、では帰れない。
「おお? 我らが錬金術師殿が、何やら小学生女児を利用する悪巧みに頭を回転させているようだ」
「さすがだね。腹黒なボクでも訊太郎さまには叶わないな」
「うるさいな。そんな風に誘導してるのはお前らだろうが」
まぁ親友達の提案が、ベストを突いてるっていうのも理解してるから仕方ない。
どうすれば彼女たちと仲良くなれるのか……特にベリーショートの紀伊子ちゃんを攻略するのは至難の業と思えた。
何しろ俺は……見た目だけは彼女たちと同じ年齢ぐらいかもしれないけれど、あの年頃の女の子が何を考えているのかさっぱりわからないからだ。
「「クエストをこなすのは、もちろん訊太郎だな(ね)」」
それはもちろん親友達も同じようだった。
ハモってこのクエストを押しつけてくる晃夜と夕輝だけど、今回の件は俺が二人に付き合ってもらっている面が強いので何も言い返す事はできない。
だから舌を出し、せめてもの反撃をするしかなかった。
「訊太郎……あっかんべーって……」
「おい、本当に小学生に見えるぞ」
二人には問答無用で肩パンを叩き込んでおく。
俺の鋭い拳が身長差のせいで……二人の脇腹あたりにヒットしてしまったとしても、これは肩パンだ。
怪我人相手にこの所業は恥ずべき行為だったかもしれないけど、二人はビクともせず、拳を痛めたのは俺の方だった……。
「二人とも……堅すぎ……」
「お前が柔いだけだろ」
「ステータスが反映されてるの、忘れてない?」
か、勝てない。
妙な敗北感に包まれながら、俺は講堂へと歩を進めた。
ブックマーク、評価よろしくお願いします。
 




