209話 プロポーズ
「乾杯!」
「やったな」
夕輝と晃夜が祝杯を上げた。
「やったね! タロちゃんナイスふぁいとー!」
「私達、あんまり活躍できなかったね。ごめんね?」
「じんた……天士さまはやっぱりすごいのです。あとゆらちさんとシズクさん、天士さまから離れてください」
「ふぅ、やっぱり一番の功労者は私の太郎ね」
「姉……みんな頑張ってくれたって……」
とりあえずは一件落着というわけで。
俺は傭兵団『百騎夜行』のメンバーとミナ、姉と打ち上げも兼ねて現実でオフ会の真っただ中である。
姉の行きつけカフェでプチ宴会としゃれこんでいる。
モカペチーノ苺シェイクが最高に美味しいです、はい。
しゃきしゃき氷粒と甘い苺シロップに加え、チョコモカという深みある苦くない甘さ!
「それにしても、現実のミナヅキちゃんもかわゆい!」
「これは着せ甲斐があるねー」
ゆらちーとシズクちゃんが邪悪な笑みを浮かべるが、俺は我関せずを通す。またいつかのようにロリィタ服なるものを着せられては耐えられない。なにせ今回は親友達がいるのだから、そんな恥ずかしい恰好は見せられるはずもない。
ちなみに晃夜と夕輝には、琴ちゃんが実はミナだったという件はミナ本人の口から言う事なので黙っておいてある。
だから微妙にそわそわしていたミナだけど、程良い感じで女性陣たちが絡んでいるので空気は和んでいる。俺の舌も和んでいる。
うむ、至福の一時。
「俺らにだってできる事はあったな」
スキル保持者である『才能持ち』の大量発現を阻止した事に、晃夜は満足気に眼鏡をクイっと整える。
「タロ、チートじゃない? あんなでっかい船を動かして敵を殲滅とかさー」
夕輝は夕輝で、呆れているのか安心しているのかわからない態度で俺の行動に突っ込みを入れてくる。
「でもあれ、イグニトール王家のものだから。もう俺に扱わせてくれないよ」
「そうなの? なんだ、残念」
「さすが腹黒だなユウ。一体、あんな化け物大船とタロを利用して、何を仕出かそうと企んでいたのか、怖い、怖いな」
「いやいや、さりげなくボクのハニーミルクラテの、ミルクと泡の上部を三分の二も横からつまみ食いするコウ程じゃないよ?」
「早い話、これは報復だ。俺の持ってきたミルクを無断で使ったろうが、この甘党が」
「ミルクぐらいで目くじらを立てない。ほら、そんなだからコウのエスプレッソがボクに飲まれる……にがっ、にがぁ」
「おまえ、ふざっ!」
なんと。
晃夜がそこまで所望するハニーミルクラテとはいかほどの美味なのだろうか。
蜂蜜といえど、カフェのハニーは甘いだけではない。ちょっとした苦みが含まれているのだ。しかし、そこに夕輝は更なるミルクを追加している。
つまりは十分に甘い!
「ユウ、俺にもハニーミルクラテを一口だけ飲ませて」
「うん、いいよ。って、え、あっ……待って」
一度承諾したのに、夕輝は慌てて蜂蜜ホイップに手をかけた俺のスプーンの動きを制止させる。
「タロちゃん、ユウと間接キスになっちゃうよ?」
「タロちゃん、ハニーミルクラテならあたしのあげよっか?」
ふぉうっ!
甘き錬金術の産物に目がくらみ、いつものノリで傍にシズクちゃんやゆらちーがいるのをすっかり失念していた。
「ほらタロちゃん、あーん」
いやいや、待ってゆらちー。
それだと、ゆらちーと俺が間接キスをしちゃうじゃないか!
迫り来るスプーン。
「あ、いや……そ、その……」
どう答えるべきか、まごついていると……不意に横からボスッとスプーンを強引に突っ込まれてしまう。
「天士さまはハニーミルクラテより、私の抹茶ラテが飲みたいそうです」
ふぉおおう。
まろやかな苦みのなかにも、ひんやりとした安堵する心地よい甘みが舌から口内へと広がっていく。
って、これも間接ちゅーじゃないか!
しかも琴ちゃん、と……。
「ちょっ、みふぁ!?」
「ドレ、ミファ?」
小首を傾げ、ミナはキョトンとしている。
こやつ、確信犯か。
さては俺に抹茶ラテの素晴らしさを布教し、抹茶ラテ教に改宗させる腹積もりなのか。
「ミナよ。まさかと思うが、この苺教に宣戦布告か?」
「受けて立ちますとも。戦争です!」
あーんと口を開けるミナ。
ふふふ、貴様がその覚悟ならとくと味わうが良い!
この苺の素晴らしい酸味と甘味を!
スプーンをもち、たっぷり旨みのある部分をすくい、いざ出陣しよう! ……としたところで我に帰る。これも間接キスになってしまう。
ミナのはあまりにも奇襲すぎて、恥ずかしさをすぐに脇へと追いやる事ができた。だが、今回はどうだ?
正面衝突でぶつかり合えば、双方に多大な被害を受けるのは想像に難くない。
くっ。
だからといって!
恥ずかしさに負けて、苺教の布教を断念すると言うのか!?
男、訊太郎。
ここにきて究極の選択を迫られる。
自身で苺教の旨みを独占したかに見せ、己の口でパクリと緊急回避か。
しかしその場合、ケチくさい男だと思われてしまうだろう。
ならばミナを苺教というこちら側に引きずりこむ覚悟でねじこむか。
しかしその代償は、俺の精神が恥ずか死ぬ。
くっ。
「なぁ戦争と言えばさ。世界が大変な事になってんな」
「虹色の女神教会と、その他の宗教が立ち上がったってやつね」
丁度よい話題転換に感謝しつつも、選ばれた話題は重いものだった。
「争いは早めに終わって欲しいね……」
チラリとミナに視線を送り、終戦の合図とする。
なぜかすごく悔しそうなミナが気になったけれど、晃夜も夕輝も続きを話す素振りを見せたので、そちらに思考を集中させる。
「クラン・クランをプレイしてて、なおかつキャラクリがリアルモジュールじゃないとゲームの浸食には気付けない、というのが今までの俺達の予想と認識だったはずだが……」
「その推論は破綻したね……海外じゃクラン・クランは実装されてない。サーバーは日本にしかないからね」
「日本は間違いなく、ゲームをしてない人もプレイヤーもほぼ認識汚染されてるよねー」
「私にとっては……キリ、スト教……? イスラム教と、仏教? って宗教があるのが初耳」
この場で唯一、リアルモジュールじゃないシズクちゃんが不安気に独白する。
「また振り出しに戻った気分だな」
「世界中が汚染されてるわけではないって認識でいいのかな……あんなに地域がバラけてたら、クラン・クランっていうゲームが関係ないって線もあるね……」
「それはないわ……その件だけど、ここに来てクラン・クランは全世界にサービスを拡大、リリースする事を発表したわ」
姉は静かに紅茶をすすりながら、衝撃のニュースをもたらしてきた。
「感染しなかった人類の存在に慌てて、世界にサービスを開始したって線が濃厚?」
「っていうと、ゲームが浸食しているという認識阻害の感染源って……やっぱりクラン・クランなのか?」
「だとしても……どうして世界には感染した人間と、しっかり現実の変化を把握している人間で別れているんだ? キリスト教を覚えている人と覚えてない人が住む地域、広まっている宗教圏だってほぼ同じだし。場所は関係ないのか?」
「いや、それがな。おそらく場所が関係しているはずよ」
姉はノートパソコンを開き、自作したであろう簡易的な世界地図をみんなに見せてくれる。
「例えば、アメリカ。キリスト教の存在を主張するのはフロリダ州近辺とテキサス州ね。タイだったら南西部が仏教徒の行進を始めてるわ。イスラム圏は……イランとパキスタン……それにトルコ、ね……」
トルコって……父さんやミシェルがいる国じゃないか……。
電話をしてからもうすぐ2週間が経つから、そろそろ帰って来るとは思うけど、姉の言動にはひどく不安を覚えさせられた。
姉自身も内心は俺と同じようで、妙に歯切れの悪い説明となっている。
「他にも所々あるけれど、大きな勢力はこの辺ね」
溜息をつき、姉はアイスティーを再び口へと運ぶ。そして俺にだけ聞こえる声音でそっと呟く。
「これ……父さんたちが……戦場ジャーナリストとして赴いてる地域と、ほぼ被ってるのよね……」
「……」
「場所が関係しているって言っても……位置も方角も、てんでバラバラで何も共通点なんて見つからないじゃないか」
「無理ゲーだね」
晃夜たちがお手上げ状態なのに、姉は何も言おうとはしない。だから、俺も何も言えず、ただ熟考しているフリをした。
口から喉を滑ってゆく苺の甘さなんて、とっくに消え失せていた。
◇
「うっわー、すごい人だかりだね」
「何かイベントでもあるのか?」
ひとまず打ち上げは終わりという事で、俺達はカフェを出て、街のメインストリートへと向かった。買い物をしようという話になったのだが、親友たちが驚くように、大量の人が熱気だって日の丸国旗を片手に立ち並んでいたのだ。
『正午より、天皇陛下のパレードが開催されます』
ほぇーとか、ふーんって感じで、アナウンスをみんなあまり興味のない様子で聞き流す。
天皇様か。
そういえば直接見た事ってないな。
『現在、世界各地で起こる悲しき暴動やテロ事件に、天皇陛下は憂いました。陛下の指針で多数の日本企業が虹色の女神教会に対し、多額の寄付金を贈呈しました。陛下の御心に応えた誇りある企業へ、賛辞を呈するようです。また世界が揺らぐなか、今こそ日本の揺るがない意志を強固にし、日頃から自身を支持してくれる国民みなさまに感謝の意を表したい、との事です。週に一回のパレードが慣習になってるとはいえ、その尊き御身を日本国民にお見せになる天皇陛下に、万歳!』
うん……?
政治関係の分野に天皇様って口出しできるんだっけ?
というか、天皇陛下のパレードって頻繁にやってるものだっけか?
『また今年で14歳になる皇太子殿下のお披露目もあるそうです』
姉を見れば、俺と同じくいぶかしんでいた。
アナウンスを聞き続けていたみんなも同じようで、唯一シズクちゃんだけが『天皇陛下、万歳だね?』なんて平和な笑みを浮かべている。
『炎槍と神雷を以って火の丸の国、我らが日本を治め守護する偉大なる天皇陛下におかれましては、既に街道に集まってくださった国民のみなさまを見て、大変喜んでおられるようです』
はい?
炎槍と神雷?
『イグニトール天皇陛下のご登場です』
は……?
天皇家が、イグニトール?
俺の、俺達の驚きを周囲は置き去りにして、すごい熱狂と喧騒が辺りに満ちる。天皇陛下は屋根の空いた白銀の高級車に乗り、おだやかな笑みとともに手を振っている。隣に座っているのは皇太子殿下だろうか。陛下と同じ燃える様な赤髪を持ち、育ちの良さそうな美少年が微笑を浮かべている。ゆっくりと進む天皇陛下と皇太子殿下に、割れんばかりの喝采が送られ、歓声が鳴りやまない。
なんかすっごい人気っぷりだ。
というか熱狂的を通りすぎて、狂信的な何かを感じさせた。
「イグニトール王家が、日本の天皇家になってる……?」
スキル保持者の大量発生は防げた。だが、代わりに日本の象徴的存在が……いや、もはやこれは象徴的を通り越し、実権すら握っているのでは?
日本のトップが浸食された?
嫌な予想が胸をよぎるなか、どうしてか皇太子殿下と目が合ったような気がした。
それから数秒後、天皇陛下を乗せた車が停車したではないか。
一体なにが起こるのかと思えば、ドアがゆっくりと開き……皇太子殿下がのぼせた表情で俺を見つめながら、颯爽と車から降りた。
その何とも言い難い態度に俺は及び腰になる。
おいおい……まさか、まさか、ないよな?
『あぁ、私が男であれば、願わくばそなたを妻に娶りたいぐらいだ。我が一族は永遠にそなたがもたらした恩恵と助力を忘れない。感謝する』
ゲーム内でイグニトール女王が言った台詞が脳裏をかすめる。
まさか、ゲーム内の好感度的な何かまで現実化してないよな!?
突然、皇太子殿下が車から降りて歩み始めた事態に、観衆はどよめき始める。その視線を一身に浴びながら、まっすぐに俺へと歩み寄って来る。
そうして皇太子殿下は目の前で止まり……流れるような動作でサッと片膝を突いた。
「あなたに運命を感じました……いえ、素直に……一目惚れをしました。どうか私と結婚してください」
ゲーム内のイグニトール女王に良く似た凛々しい顔で、皇太子殿下は俺にそんなプロポーズを観衆の面前で堂々と言い放ったのだった。
講談社 Kラノベブックス様より書籍化が決定いたしました。
読者のみなさまのおかげです。
誠にありがとうございます。
また関係者各位様にも感謝しております。
詳しくは活動報告にて後日、書く予定です。




