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208話 紅の女王



 宝石を生む森(クリス・テアリー)に転移した俺は、すぐに妖精達に案内をお願いした。


「あるれ、あれれ。タロちゃん、こんにちは?」


「こんにちは、ミソラさん」


 空の賢者ミソラさんはいつもと変わらず、どこか浮世離れした様子で俺を迎え入れてくれた。

 青髪蒼目の美少女はやはりNPCとは思えない程、仕草や喋り方に個性があるなと内心で思う。



「今日は宝石を生む森の恵みをいただきに……素材採集に来たのではないのです」

「んんん? なんだろう、なにかな?」


 手早く事情を説明し、空にまつわる鉱石や宝石の類はないか聞いてみる。

 もちろん手に入れるのに、必要な対価や代償なども念頭において質問していると明言しておくのも忘れない。

 ミソラさんにはお世話になった事が何度もあるので、少し心苦しい半面……頼りやすくもあるので気楽でもあった。



「ふっふーん。なるほど、なるほどね」


 とんがりぼうしをこねくり回し、ミソラさんは何かを思案している。この様子だと確実に俺の要望と合致する物の存在を知っている気がする。

 ただ、タダでは教えない、という空気がまざまざと彼女から出ていた。



「あるよ、あるね。だけど、条件があるよ、あるね」


 予想通りだったか。

 


「何が必要ですか?」


「タロちゃん。キミだよ」

「え、と……はい?」


「キミが私の助手になる。どうかな? 以前は弟子にと誘って断られてしまったからね。今回は私の魔法薬を作る際、素材の調達や調合を手伝う助手になるっていうのはどうかな? いいよね?」


 それは願ってもない条件だ。

 魔法薬とか……錬金術に近い分野じゃないか!

 十分に学んだ事を活かし、転用できる余地がある。

 しかし、一つだけ懸念事項もあった。



「お誘いは嬉しいのですが俺は魔力も貧弱で、MPも多くはありません」


「あるれ? あれれ。素質ならその銀糸から流れる魔力の奔流、粒子が証明しているのだけど……私の目論見ハズレだったか、だったのかな?」


 ミソラさんは俺の称号『老練たる少女』の効果で生まれた、髪の毛に付随する光の粒子の事を指摘しているのだろうけど、残念ながら俺の魔力ステータスは1ケタだ。

 やはり賢者と言われるだけあって、魔法薬の生成には魔力重視の作業となるのだろう。



「でも、でもね? 魔力なんてなくてもいいんだよ、いいの。タロちゃんの錬金術師としての腕を買って助手になって欲しいと誘ってるんだ、誘ってるの」


「そ、それなら。よろしくお願いします」


「ふむほむ。じゃあ、この指輪が契約の証ね?」



 そう言って彼女は、青空を体現したかのような透明な蒼宝石が埋め込まれた指輪を渡してきた。



:『青き賢者の恩寵』【指輪】を手に入れました:




『青き賢者の恩寵』【指輪】


【空猛き賢人が自身との繋がりを証明するために創った指輪。装備者の様子が指輪にはめこまれた宝石を通して賢人へと映し出される】

【ステータス:MP+50】


【特殊効果:使用するとNPCである賢者ミソラと会話ができる。魔法に関する知識を頼るのに重宝できる】

【装備条件:賢者ミソラと助手契約を交わした傭兵(プレイヤー)



 また高性能なアクセサリ枠の装備品をいただいてしまった。

 というかコレを通じて、ミソラさんが望む素材採集などの効率を上げればいいのだろうか? どこに目的の植物が自生しているのか、などなど聞きやすくなるのは助かる。なにせ宝石を生む森(クリス・テアリー)には1日に1度しか来れないという縛りがあるのだ。



:称号【空(たけ)き賢人の助手】を手に入れました:



「なっ!?」


 さらに称号まで手に入れてしまったとは……。



称号『空猛き賢人の助手』

蒼穹(そうきゅう)(つかさど)る賢者に認められし助手。()の魔女の手助けとなる働きは、世界を変革させうるだけの力の一端を担う事になるであろう】

【ステータス魔力・MPを1.2倍に引き上げる。また、魔法のこもった素材や製品を製作する際の成功率と品質が20%アップする】


 

 驚愕の効能に腰を抜かしそうになる。

 この称号は……おそらく生産職にとって(よだれ)が出る程に欲しがる称号に違いない。そもそも魔法が込められた素材、製品だって? 魔法を取り扱う生産職、というのが今後は出てくるのかもしれない、というか錬金術で作る物にだって十分にありえそうな話である。


「それと、それとね。約束の品をどうぞ?」



:『駆動(くどう)蒼玉(そうぎょく)』を手に入れました:



『駆動の蒼玉』【魔導石(ドール・コア)

【創世の錬金術師ノア・ワールドが、賢者ミソラの大空魔法と掛け合わせて気まぐれに創った産物。創ったという事を忘れ、賢者ミソラの元へ置いていった代物でもある。強力な浮力を内包した宝玉は、どんな鈍重なものでも空へと羽ばたかせる事を容易とする】



 ノア・ワールドと知り合いみたいな発言は聞いていたけれど……まさかミソラさんが『天滅の十氏』、熾天種の錬金術師と共同作業を行っていたとは……驚きを通り越して言葉が出ない。



 とんでもない物を、にこにこ笑顔で譲渡してきたミソラさん。

 強大すぎる力をその笑みで覆い隠す(さま)を垣間見て、どこか黒いものを感じた。


 リッチー師匠に続き、俺はとんでもないNPCの助手になってしまったのかもしれない。



「ふふふ。これでいつでもタロちゃんを観察できるよ、できるね? ボクの、私の助手なのだからいつも一緒なのは当然さ? 当然だよね」





「うーん……ちょっと勝つのは無理があるんじゃないかな」

「早い話、兵力の差がありすぎるだろ」


 王都イグニストラに戻れば、完全に敵軍の包囲は完成していた。

 イグニトール姫は既に防衛指揮を取るために、一番高い城壁に移動しており、俺は彼女に会うために急いで晃夜たちと城壁の上を移動していく。



「壮観……ですね」

「万の軍を従える殿方NPCとは、一体どれほどの傑物という設定なのか気になりますわ」


 ミナとリリィさんも親友達と同じく、眼前に広がる敵軍の布陣を目にして圧倒されていた。張りつめた糸が今にも切れ出しそうな緊張感が防衛側のみなにのしかかり、辺りは異様なまでに静かだった。

 1万の軍勢が見事に隊列を組み、こちらをジッと睨みつけてくる。その万の圧力に恐怖をひた隠すように、誰かの生唾をゴクリと飲み込む音がやけに大きく響いた。


 これ程までのNPCが勢ぞろいで、俺達を覆い潰そうとしている。獲物を前にした獣の如き獰猛な牙を使うのが待ち遠しい、獲物を噛み砕くのは今か今かと待ちわびるように、敵兵にも不自然な静寂に包まれている。

 躍動の前の沈静。

 おそらく、こちらの5倍以上の敵兵が一挙に城へと攻め込み始めるのも時間の問題だろう。



「姫王家側、終わったな……」

「イグニトール姫の美貌に釣られてこっち側についたけど、グランゼ側についときゃよかったな」


 そんな中、やけに緊張感の薄い声が聞こえてくる。



「今更おせー。この状況を少しでも楽しもうぜ」

「たしかにこの臨場感は他のゲームじゃ味わえねーよな。すごいぜ、あの数」

「このザワザワした感じ、たまらねー」


 どうやらイグニトール勢に味方した数十人の傭兵(プレイヤー)たちも、この決戦の地に馳せ参じていたようだ。

兵卒(ソルジャー)』らしき風貌で単独参戦している者もいれば、3人、4人と数を減らした民兵を従える『小隊長(コマンド)』クラスの傭兵(プレイヤー)たちも散見された。


 そんな彼らが城壁を移動中の俺に視線を向けてくる。

 彼らは俺の『旗手(ロイヤル)』ではない。だからと言って、ここで負けて元々などと甘い考えで戦いに臨んで欲しくはない。そう感じた俺は、とっさに不敵な笑みを顔に張り付ける。



 この身を包むリッチー師匠より譲り受けた『探求者見習いのローブ』を優雅にはためかせる。厚手の漆黒布地、金刺繍が精緻に施された割と上品に見えるデザインのパフォーマンスを最高度で引き出すように。

 フードは被らず、自らの銀髪と同様に後ろに流し、不抜けた味方傭兵(プレイヤー)を一瞥する。



「我が陣営が敗北するだと?」


 ただの一言。

 険のある声音を意図的に作り、次いで挑発的な笑みを浮かべる。


「稀代の錬金術師である俺が来たんだぞ? 黄金比が絶対であるように、我が勝利の不文律は、何者でも(くつがえ)すなど不可能」



「なんだよあの子……痛いな」

「でも、めっちゃ可愛い」

「あの見た目、もしかして白銀の天使じゃないか?」

「おいおい、錬金術とか言ってるぞ」

「何かの冗談か?」


 ほう。

 お前らも錬金術を馬鹿にするか。


「万物の在り方を変容させる錬金術の前では、万の軍勢など下らない」


 自信をもって告げよう。

 お前らの常識は間違っていると。



「俺に続け。勝利は約束されている」


「「「サァーイェッサー!」」」

「「「天使閣下! 万歳!」」」


 言い切った直後、背後で待機していた銀の軍人(シルバーレイ)たちから雄叫びと、俺を賛美する唱和が放たれた。そのあまりにも恥ずかしい行いに……って、俺の方が恥ずかし過ぎる言動をしていた事に気付き、顔が一気に熱くなった。

 燃え上がるような羞恥に耐えつつ、一番伝えたかった事をどうにか口にする。



「と、とにかくですね。そ、その、俺を……俺達の勝ちを信じて、最後まで全力で挑んで欲しい」


 う、うまく笑えてるだろうか。ごまかせただろうか……。

 あぁぁぁ恥ずかしい。



「へっ? あ……はぃ……」

「わ、わかりました」

「ぐっ。痛い中二なのに、かわいい……」

「やるしかねーなー」


 銀の軍人たちの異様な圧力と眼光による賜物なのか、彼らは酷く動揺しながら何度もコクコクと頷いていた。

 俺は早々とその場を立ち去り、イグニトール姫が座する高所へ急いだ。





駆動(くどう)蒼玉(そうぎょく)』によって動き出した『鋼鉄の玉座』の姿は圧巻の一言に尽きる。

 小山の如く巨大な黒き船が空を飛んだかと思えば、敵の軍勢へと突進していく。その重量と堅固さ、巨体の前では、万の敵兵も蟻の子を散らすように無残にすり潰されていく。


 さらにそこから追い討ちをかける。

 船首にいたイグニトール姫の号令に合わせ、乗船している騎士たちが一斉に雷撃魔法と炎槍魔法を次々と放ってゆくのだ。


 もちろん敵も漫然と『鋼鉄の玉座』に蹂躙されるのに手をこまねているはずもなく、必死の抵抗で弓を射かけるが鋼の船には傷一つない。敵傭兵(プレイヤー)達の魔法もいくつか飛んで来たけど、大したダメージはなかった。

 乗船している騎士たちの被害が大きくなれば、浮遊という強みがあるため堂々と城へと帰還し負傷兵の傷を癒す。しばらくの間は、城壁での防衛戦に徹するものの、しばらくすれば再び『鋼鉄の玉座』が猛攻を仕掛け、城攻め途中の敵兵たちを横っ腹から叩き、大損害を与えていく。



 ちなみに大船の(かじ)を握る操舵手は、『魔導石(ドール・コア)』をはめ込んだ栄誉に(あずか)り俺だった。

 車を運転するのってこんな感覚なのかなー、なんて楽しみながら敵兵を潰していったのはここだけの秘密だ。



 そんな事を三度も繰り返せば敵の戦意は落ち、次第に攻め手の勢いは衰えていった。それを好機と見たイグニトール姫は、敵本陣と思しき箇所を徹底的に爆撃ならぬ雷撃と炎撃の雨を降らせた。


 しばらく後にグランゼ侯爵の戦死が伝わり、敵軍は降伏を申し出てきた。



「我が盟友、タロよ」

 

 

 (いくさ)終わりの夕映えは美しく、その紅に負けない苛烈な赤髪を揺らすイグニトール姫が俺の名を呼んだ。

 船首から(かじ)を取る俺の方へと華麗に跳び戻った彼女は、宙に浮く船からの眺めに目を細める。地平の彼方に沈む夕日の煌めきと同等以上の輝きを伴って、俺に笑いかけてくる。


 俺もそれに応え、笑顔を向ける。


「なんでしょうか、陛下」



「銀髪蒼眼の聖少女タロ。そなたのおかげでイグニトール家は勝利をこの手に収める事ができた。そなたの存在はイグニトール家に未来永劫に伝わってゆくだろう」


 大袈裟な文言に多少の照れはあったけど、スキル保持者が大量に増えるという事態をなんとか防ぐ事ができた達成感もあり、快く頷く。


「あぁ、私が男であれば、願わくばそなたを妻に(めと)りたいぐらいだ。我が一族は永遠にそなたがもたらした恩恵と助力を忘れない。感謝する」


 そう言って彼女は王にあるまじき行いをする。

 膝を突き、俺に感謝の意を表したのだ。船上にいた騎士たちから一瞬どよめきが走ったが、君主の後にすぐさま続き、その場で跪いた。



「グランゼ侯爵亡き今、正式に私が女王となる。ここに継承戦争は終焉を迎え、改めて宣言する!」


 イグニトール女王は凛々しく剣を天へと掲げ、沈みゆく夕陽に向けて堂々と言い放つ。



「我、イグニミア・トールン・フィア・イグニスがここに! 第十六代イグニトール女王となる事を宣誓す! ならびに聖少女タロを未来永劫、イグニトール王国の盟友として遇する事を、朽ち果てぬ世界樹より永きに渡る時の友好と義をここに誓う!」


 そう言って、女王は頭を下げた。



「正式に女王として即位し、初めにする事がそなたに(こうべ)を垂れるというのも悪くないものだな」


 夕日に照らされて、ニカっと笑う女王はちょっぴりイケメンだと思った。




昨日は読者さまの暖かい感想コメントや、ツイッターのリプに感動して思わず泣いてしまいました。

みなさまありがとうございます。


今日はみなさまにご報告もありますので、2話更新する予定です。

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