21話 天使様と神官さん
「ミナヅキってさ、なんかおかしくないか?」
この一言が始まりでした。
「もう、レベル8だよね? 青と赤と緑の魔法スキルをつかえるのはいいんだけど」
「初級魔法しか使えないよな」
お世話になっている傭兵団メンバーが、疑問を口々にしてきます。
いつも、モンスターとの戦闘が苦手な私は、ひたすら街のNPCに頼まれるお使いクエストでレベルを上げていました。
そんな私を、たまに狩りへと連れ出してくれる人達。
私と同じ、15歳以下のプレイヤーが集まっている傭兵団メンバーにはすごく、感謝しています。
「うん……」
私は前々からわからなかった事を聞こうか迷う。
「ミナヅキもレベル的には、そろそろ大人達を食い潰す団員にしたいって、団長が言ってたけど」
「今のままじゃ、キツイよな……」
傭兵団、『一匹狼』は15歳以下の傭兵ばかりが集まるところなのです。なぜ一匹狼なのか、というと、団員以外の〈大人〉たちとPTを組んでしまうと、そのPTメンバーが他の傭兵をもし攻撃してしまったら、自分も攻撃対象になってしまうから。
常に独りでいれば安全は確保される、という事を忘れないように、団長さんはこの名前にしたそうです。
「初級魔法しか発動できないのはなんで?」
みんなの質問に、私はずっと相談しあぐねていた件を告白することに決めました。
「じ、実はMPが足りなくて……私もおかしいなって。みんなはどうやってMPを増やしてるの?」
わたしのキャラ、ミナヅキの。
現在のステータス。
HP130 MP15 力40 魔力600 物理防御29 魔法防御20 素早さ62 知力6。
赤魔法スキルLv10
青魔法スキルLv6
緑魔法スキルLv7
メイススキルLv13
残りスキルポイント8
「は……? MPの増やし方って」
「いまさらだろ……?」
わたしの質問に傭兵団のメンバーは、心底あきれたように驚きました。
魔法を使ってみたいという憧れ一心で、できる限り魔力にレベルポイントをふってきたわたし。
すごい魔法使いになりたくて。
でも結果はMPがなかなか増えなかったです。
護身用のメイススキルが今では、一番レベルが高い……です。
わたしが小さい頃から大事にしている『魔女の冒険』っていうお話には、魔法は魔力の大きさで決まるって書いてありました。
魔力が高ければ高い程、MPも上がっていくはずなのに。
それに団長さんも、魔法使いはレベルポイントを魔力にふっていくのが大切って言ってました。
「まさか、ミナヅキ。レベルポイントをMPにふってないのか?」
……。
…………?
一瞬なにを言われているのかわかり、ませんでした。
「え……?」
「おまえ……レベルポイントの項目、よく見た?」
そう指摘され、わたしは今までレベルポイントの欄をしっかり確認したことはなかったと気付きました。なんだかHPと魔力を上げないとって気持ちでいっぱいになってて。あとは、メイスの装備必要ステータスで力を上げたり、今着ている『癒しの法衣』シリーズを着るために、すばやさや物理防御にふったり……。
わたしは震える手で、レベルポイントわりふりメニューをタップして、ちゃんと確認します。
HP、MP、……二個目にあった。
いつも、HPにふって、すぐにタラーっと下にスライドして魔力にふってたから、全然気付きませんでした。
「ミナヅキ……レベルポイントって振り直しできないぞ……」
「スキルポイントなら高価なアイテムで振り直しできるけど……レベルポイントはキャラを作り直すしかない」
わたしのコツコツレベルを上げてきた一カ月は、なんだったのでしょう。
周りのベータテスターの子たちは、戦うのに怯えず、どんどんわたしを置いて強くなっていきました。それでも戦い以外で、レベルを上げる方法はあったから。なんとか、がんばってきたのに。
「しかも、クラン・クランって8レベルから、レベル上がるのがすごい時間かかるぞ……戦闘でも積極的にしない限り……」
「ミナヅキ、何やってんだよ」
「まじかよーー役立たずじゃん」
「俺達がこいつを連れてレべリング手伝った意味」
「無駄な時間だったってわけかよ」
「ありえねーー」
「ろくな魔法も撃てないのに、9レベル帯のモブ狩りに連れていくとかだるいっしょ」
「っていうわけで、ほかの魔法使いPTに誘うから、ミナヅキわりーなー」
「次はMPにレベルポイントふっておけよ~~」
「あいつ、ボケっとし過ぎだろ」
「ミナヅキ一人で、戦闘なんて一生無理なんじゃね?」
こうして、私は傭兵団【一匹狼】を脱退しました。
自分が悪いのはわかっています。
ちゃんとレベルポイントふりわけ項目を一つ一つ、目を通す必要があったのに……。みんなができていることが、どうしてわたしにはできないのでしょう。
悔しくて、涙が出そうになります。
結局、わたしはリアルでも、この世界でも誰にも必要とされないダメな子なんだ。
もう、何かもが嫌になって。
でも、わたしはあきらめたくなくて。
夜のミソラの森へと駆け出します。
――――
――――
「グルルウウ」
口からよだれをたらし、覗かせる牙は鋭いです。
凶悪な顔でこちらを睨むウルフ。
クラン・クランの世界は建物も魔法も全てがリアルで。
やっぱりモンスターの迫力もすごくて。
とっても怖いです。
でも、でも、わたしは恐怖を押し殺して、右腕をウルフに突きだします。
「『陽の元よ、わたしを照らして』」
一番使いなれた、満足のいく魔法を詠唱します。
わたしのMPじゃ、たった三回しか撃てないけど。
:3×4×5=?:
発動のための問題が、詠唱を口走ると共にログで表示されます。
:60!:
すぐに答えて、呪文名を声に出す。
算数は得意なのです。
「小さき灯!」
掌から、メラメラっと炎の筋がウルフ目掛けて飛びだす。
赤い魔法にその身を焼かれた敵は、ひるんで後方にあとずさる。
それにホッとしたのもつかの間。
もう片方のウルフが飛び出してきました。
わたしは左手で握ったメイスを、ふりかざし、なんとか攻撃をあてることができました。
や、やっぱり怖い。
と心の中でつぶやく。
弱気になったのがいけなかったのでしょうか。
気付くと目の前にウルフの顔があって、押し倒されてしまいました。
「きゃっ、やめ」
もう一匹も噛みついてきて、思うように身動きがとれないです。
HPもどんどん減っていきます。
目の前にオオカミの口が、顔が、目が、牙が、爪が、すべてが私の命を狩り取ろうとしています。
その狂気に満ちた敵の表情に、わたしは恐怖し、絶望しました。
あぁ――――。
やっぱりダメなんだ。
やっぱり、わたしなんかじゃ、何にもできない。
モンスターも倒せない。
レベルも上げられない。
魔法も使えない。
そっと、目の前の怖い光景から逃げたくて瞳を閉じようと、あきらめかけたそのとき。
何かがウルフたちを飛ばし、私の手を強く握って立たせた。
「逃げるよ!」
透き通った声。
たなびく銀髪は、どんな邪なものも跳ね退けるように強く輝いて。
青宝石にも似た不思議な粒子をふりまく美少女が、天使のような可愛らしい子が、私の手を取っていました。
彼女は私の救世主さまでしょうか?
天使様はなんの魔法を使ったのか、一瞬であたりを白いもやもやにしました。
「えっ、あ、あの」
天使様は、わたしの手をぐいぐいと、ひっぱっていきます。
PT申請が届き、戸惑いつつも受託すると、彼女は私よりレベルが5も低い子でした。アバター的にも、わたしと同年代かそれより1個か2個下に見えます。
「ワオオオオオンっ!」
情けない気持ちでいっぱいになりつつも。
背後から響く、オオカミの鳴き声に、おびえながら。
まるで絵本の童話から出てきたような天使様の輝きを見失わないよう、彼女の手を離すまいと、必死に後をついていきました。
――――
――――
「ふぅ、ここまでくれば……大丈夫だな」
天使様は腰に手をあて、男の子のような仕草で空を見上げてました。
私達はなんとか、あの場から逃げ切ることができたのです。
息がととのったころに、天使様は私にどうしてあんなとこに一人でいたのか、聞いてきました。
「わたしの魔法でもあそこのモンスターを倒せるって、証明したくて……」
「いや、でも。初級魔法じゃ、あの通り……」
天使様はとうぜんのことを言ってきます。
「そんなのわかってる! でも、私はレベルポイントをHPと魔力にしか振ってないの! だから初級魔法でも、威力はすごいの! MPが15しかないから、三回しかうてないけど……」
つい、自分より小さい子に当然のことを指摘されて、大きな声が出てしまいました。天使様はわたしを助けてくれたのに。こんな風に言ってしまった自分が、もうどうしようもなく、悲しい。
きっと、前の傭兵団メンバーの子たちみたいに、なに駄々こねてるの、知らないよ、そんなことって言われるに違いないです。
「それで、あんな高レベルモンスター相手に、初級魔法しか撃てないキミが戦っていたわけか」
だけど。
わたしの予想とはちがって、天使様の声はすごく穏やかでした。
こんな自分なんかに接してくれるその優しさが、なんだか逆に悲しくなってしまい、もうどうしていいのかわからなくなってしまいます。
こみあげるやるせなさが、瞳の奥から熱くこぼれおちてしまいました。
「はぁ……わたし、なんか」
むしゃくしゃになって、勝ち目のないモンスター攻撃して、こうやって他人に助けてもらって。
そして、はじめて会う人の前で、泣いちゃってる。
「やっぱり、ダメな子なんだ……」
お父様やお母様が言うように。
傭兵団のみんなが言うように。
また、お荷物だ。
きっと天使様にも、使えない子って思われたのかな。
「いや、キミも俺も同じだって」
こんな私と天使様が同じだって、言う。
そんな見え透いた嘘で、励ましてくれなくてもいいのです。
「周りはゴミスキルって言うよ。でも、それでも楽しいから、俺は錬金術を続けている。やっぱりそういうのって普通に悔しいから」
……錬金術?
あのどうしようもなく、使い物にならないって言われている錬金術スキルを使っていると言う天使様。
彼女は、まるで翡翠宝石のような色をしたポーションを取りだし、いたずらが大好きそうな男子のように笑う。
「だから、まぁ、お互いがんばろう。役立たずなんて、言わせないようにさ」
この天使様についていきたい。
さっき、彼女が必死になってわたしの手を握ってくれた。
伝わってきた手のぬくもりは。
すごくあったかくて。
今も天使様の言葉が、わたしのむねにぽわっとしみるのです。
「私とフレンドになってくれませんか?」
やっと、天使様の顔をはっきりと正面から見る。
雪のように白い肌。
やっぱり、銀色の髪の毛には青い光の粒がただよっていて。
「え、あ。俺でよろしければ……?」
そんな天使様がそっと、手を差し伸べてくれる。
「あ……」
天使様へ、手を伸ばそうとして気付きました。
彼女のうしろには、それそれは綺麗なピンクの花が、桜が咲き始めたのです。
「月の光で花を咲かせるのか……だから『月光樹の丘』」
天使様はそう呟きました。
月明かりに照らされて、桜舞い散る夜空を見上げる銀髪美少女の姿は、やっぱり天使様そのものでした。
――――
――――
『月光樹の丘』の光景に見惚れて、しばらく。
俺は座り込んでいるミナヅキさんに、再び手を差し出す。
「天使さまは、わたしのことをミナって呼んでください」
しかし、彼女は俺の手を取らず、膝立ちで両の手を握り祈るポーズをしながら、そんなことをのたまってきた。
「いや、その天使様ってなに……俺がミナって呼ぶなら、キミもタロって呼んでくれ」
「天使さまがいいです」
ぽーっとミナヅキさんは俺を見つめながら、頑なになる。
「そ、そうか」
俺のことを天使様なんて呼ぶ法衣姿の金髪少女は。
なんか神に仕える、堅苦しい物静かな神官少女に見えた。
「えっと、じゃあ……ミナヅキ、さん。フレンド申請するね」
「ミナで……」
しゅんと悲しそうにするミナヅキさん。
ぐ、ぬぅ。
「ミナさん」
「ミナで……」
もはや、彼女は俺にそう呼べと神に祈っているかのように嘆願してくる。
「ミ、ナ……フレンド申請……」
「はいっ天使さま!」
『ミナ』とぎこちなくではあるが、呼び捨てにした瞬間、彼女の顔はパァーッと明るくなり、朗らかに笑った。
ここまで、ミナヅキさんの暗めの顔しか見ていなかったので、若干、俺はそのギャップに見とれた。
「では、よろしくです。天使さまっ」
「あ、うん……よろしく、ミナ」
こうして俺達はフレンドになった。
なんだか少し変わった子だけど、レベルは俺より高いし、それなりに頑張ってるのだろうな。
ふと、薄紅色の花びらが俺の頬にヒラリと貼り着く。
『月光樹の丘』の大木が咲かせた花だろう。
それをつまんで取ると。
:『月光の福音』を手に入れた:
とログが流れる。
こ、これは。
素材だと!?
おそらく天候と場所での条件が整った時のみに採取できる素材に違いない。
そうと決まればすることは一つ。
取りまくる!
よくよく観察してみると。
落ちゆく花は、草地に接触すると消えているので、落下中に掴むのが採取の肝だろう。
ヒラヒラと俺の手をかすめる花弁。
俺はぴょんぴょん跳ねながら、キャッチしていく。
『月光の福音』を5枚採取し、6枚目を手に取った瞬間。
:採取限度数に達しています:
:これ以上の採取は不可です:
というログが流れてきた。
ふむ……。
各傭兵の一度にゲットできる数の上限が、この素材には設定されているのか……。
と、なると。
おれはチラリとミナヅキさんに視線を向ける。
彼女は俺を見ているのか、月光の丘の風景を見ているのか、焦点の定まらない笑顔を浮かべていたが、それでも俺の視線に気付いたのか、小首を傾げてくる。
「ミナヅキさん! この花弁をゲットして!」
「……誰のことでしょうか?」
わざとらしく、とぼけるミナヅキさん。
名前呼びじゃないとダメらしい。
「ミナ、はなびら、取ってほしいな」
「はい、天使さま」
嬉しそうに頷き、彼女も俺に倣って月光が降り注ぐ桜舞い散る夜に、ぴょんぴょんとジャンプし始めたのだった。
それから俺達は『始まりの草原』を通り、先駆都市ミケランジェロを目指した。
途中で何匹かのスライムと交戦し、『スライムの核』を何個か入手。
『翡翠ポーション』を補充するのに丁度いい、なんて思っていたら、レベルアップの音が鳴り響く。
:レベル4に上がった:
:レベルポイントを100取得しました:
:スキルポイントを15取得しました:
「お」
「天使さまっ、おめでとうございます」
連戦に次ぐ連戦で、レベル4になるまでもう少しだったようだ。
まさか、スライム相手でレベルが上がるとは。
「天使さまっ、レベルアップのお祝いです」
そう言って。
:ミナヅキより『月光の福音』×5の譲渡申請がきてます:
:受託or拒否:
なんと、ミナヅキさんは先ほどの素材を俺に渡すと言ってきたのだ。
さっきは思わぬレア素材との遭遇で、興奮してしまったが、ミナヅキさんが採取しても、俺の取り分が増えるわけではない。
だがしかし。
彼女は俺が『月光の福音』を発言から欲しそうにしていたことは丸わかりだったようだ。
なに、この子。いい子すぎる。
というか11歳前後の少女に、自分の気持ちが筒抜けだった事に少し恥ずかしさを覚えた。
「え、えっと、いいの?」
「はい、助けてくれたお礼ですっ」
うほ。
この子かわいい。
健気な感じのミナヅキさんに押されて、おれは受託した。
「ありがとう、ミナ」
「はい、天使さま」
こうして、『月光の福音』を10枚も手に入れて、ホクホク顔で俺は先駆都市ミケランジェロへと帰還したのだった。
レベルポイントとスキルポイントをどう振るか、俺は胸を躍らせる。
「ふふふのふ」
新しい素材の錬金も楽しみだ。
それと、賢者ミソラさんからもらった馬車のフィギュアも気になるし、やりたいことは盛りだくさん。
そんな折に、怨嗟のようなフレンドメッセージが届く。
『ダロォォォォオオ……』
賢者ミソラの件で巻き込まれた晃夜の存在を、スッカリ忘れていた事に気付いたのは、『天球任せな時計台』で割れたメガネをかけ、ぐったりとした学友を目にしてからだった。
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