205話 天滅の十氏
結果的に言えばヴォルフが俺の『外様旗手』になった事で、砦攻めをしていた半数以上がこちらの『外様旗手』へと寝返った。
敵勢は集結しつつある援軍と合流を果たそうと、激減した残存兵力をまとめ即座に撤退していった。
俺達は俺達で恭順の意を示した、新しく加入する傭兵たちに弱体化してしまったブルーホワイトたんに代わって、姉が8割までHPを削り、俺が最後の1割を削っての『外様旗手』に変化させるという儀式に追われた。
美女と美少女に殴られる降伏、ならぬ幸福などとお祭りムードになっている傭兵もいれば、じっと俺を観察してくる子供傭兵たちもいて、なかなか心に負荷のかかる作業となった。
「それでヴォルフ。どうしてすんなり『外様旗手』になってくれたの?」
正直、戦わずにしてここまで順調にヴォルフを手中に収める事ができたのは予想外でもあった。
「フン。何を今さら、お前は知ってるのだろう……あぁ、こちらの内情を明かす説明も恭順の意を示す内に入るわけだな」
ベンテンスに苛立たしげな視線を送られ、姉や親友たちに厳しい目で睨まれているヴォルフは何かを勝手に察したようだ。
「グランゼ側がキルされた時点で負けるNPCは二人、グランゼ侯爵とハーディ伯爵。そのうち、ハーディ伯爵がキルされたからだ」
な、なるほど。
だからNPCの事情に精通しているのか、どうのって俺に言ってきたのか。
ごめん、ヴォルフ。そんなの全く知らなかった。
「キルしたのは『熾天種』と呼ばれるNPCの一柱だ」
「『熾天種』?」
初めて聞く情報だ。
それとNPCが大規模クエストに関わる重要NPCをキルするルートなんてある事にも驚きだった。
「最近、攻略先端組の傭兵間で噂になってるNPCの事ね。いるかいないか定かではないけれど、クラン・クランの各地に彼らの存在を匂わせた形跡や伝承が見つかってるわ。その力は強大にして超常、人数は全部で十人と言われながら三人までの存在が確認されてる、だったわね」
姉がしたり顔で頷いたので、俺は知ったかぶりのまま耳を傾ける。
「総称は『天滅の十氏』。彼らは世界を巡り、様々な観点から均衡を保とうと働きかける至高の調停者とも呼ばれている。クラン・クランの支配階級として君臨している、神人たちですら唯一恐れる存在でもあるわね」
さすが姉だ。俺が知ってないであろう事をさりげなく説明してくれるのは助かる。
これで『指揮官』としての威厳も保たれた。
それにしても『天滅の十氏』とは……『妖精の舞踏会』で多くの一級傭兵たちに挑まれ、容易に返り討ちにした無敵の力を持つ先駆都市ミケランジェロの支配者、灰塵王カグヤ・モーフィアスという神人クラスのNPC達が恐れるという設定を持った存在か。
一体、どんな人達なのだろう。
「『聖騎士』『竜宮使い』『錬金術師』、この三人のみ、極少の情報が出回っている」
「錬金術師だって?」
ヴォルフの言葉に俺は思わず身を乗り出してしまう。
「あぁ、お前なら聞いた事があるんじゃないか? 世界を変質させ、創造さえも容易く行う狂人……ノアって名前だけだが判明してるな」
ノア……その名には確かに聞き覚えがあった。そのNPCはミソラさんと知り合いで、リッチー師匠と同門、神智の錬金術師ニューエイジ・サンジェルマンの後継になったという……。
「創世の錬金術師ノア・ワールド……」
俺の呟きにみんなが唖然となった。どうして俺が『熾天種』のフルネームを知っているのかという驚きが、その場にいるメンバーの顔に如実に出ていた。
「ふん。それが『熾天種』が一柱、『錬金術師』の正式な名か。とにかく今回は、それと同じ『熾天種』である『聖騎士』にハーディ伯爵はキルされてな。原因は掴めず、いつキルされるかわからない頭領を抱えて、悠長に戦って勝てる見込みはない。クエスト失敗を避けたい俺達は、短期決戦にこうして出向いた訳だ」
「お前の話を信じる根拠は?」
ベンテンスが敵意むき出しでヴォルフへと詰め寄る。
「『聖騎士』をこの目で見たからだ」
「なんだと?」
「『天滅の十氏』なんて存在に、俺は元々興味なんてなかった。だけど雇い主の傍に『聖騎士』がいれば、話は別だ」
ますます訳のわからない状況だ。
グランゼ側に強力な『熾天種』がいて、そのNPCがグランゼ勢の重要NPCをキルしたと……。
「俺は曲がりなりにも、グランゼ侯爵から『指揮官』の地位をもらっている。だからなのだろうが、特例として俺はグランゼの私室に招かれた。その時に、自らを『天滅の十氏』と名乗るNPCと顔を合わせた。その際に俺と一緒にいた傭兵団メンバーも『聖騎士』を見ている」
確かに俺もイグニトール側の『指揮官』として、姫と私室らしき場所で直接面会したな。
「グランゼ侯爵の傍らにいた『聖騎士』は、『争乱の申し子 冥覇アレス』なんて大仰に名乗り出てきてな。聖騎士ってよりは闇騎士って相貌だったぞ」
『争乱の申し子 冥覇アレス』。それが『創世の錬金術師ノア・ワールド』に次ぐ、『熾天種』の正式な名だと判明した事に、一同は神妙な表情でヴォルフの説明の先を促した。
「どうやらこのグラントール継承戦争を扇動したのは『聖騎士』っぽいぞ。目的は不明だが、グランゼ侯爵を焚きつけ、イグニトール王家からの離反を画策したっぽいな。俺達の雇い主は『冥覇アレス』の言葉によく耳を傾けていた、というより、そもそもグランゼ侯爵は『聖騎士』に従っているように見えた」
ヴォルフの言を信じるならば、今回の大規模クエストの黒幕は『争乱の申し子 冥覇アレス』という事になる。
「『冥覇アレス』はこの戦いを勝利した暁に、神の力を開放し授けるだとか、神力を持つ強兵を与えるだとか、グランゼ侯爵や俺達に色々と吹き込んできたが……」
ヴォルフの言葉に、ゲームが現実へと浸食している事を察知している俺達は冥覇アレスの甘言の意味を正確に理解する。
神の力を開放し授けるとは、現実でのスキル保持を指しているのだろうか。次にグランゼ侯爵に対しての発言、神力を持つ強兵というのは傭兵自身の事を表しているに違いない。現に多くの傭兵たちはグランゼ側についてクエストを進行している。
「ここにきてハーディ伯爵の殺害は理解できない。『聖騎士』にとって気に食わない行いを、伯爵がしでかしてしまってキルされたにしろ、そんな不確定要素を抱えた陣営でクエスト完遂なんて御免だ」
ヴォルフはいつグランゼ侯爵が殺されてもおかしくないと、自嘲気味に説明を終えた。
結局、俺の予想していた内容は外れだった。援軍がヴォルフに対しての反乱分子ではなかったようだ。これで、なぜ急にヴォルフに非協力的だった傭兵らまで援軍として集結し始めた理由が明らかになった。グランゼ侯爵側の負け色が、『冥覇アレス』の行いによって見え始めたからなのだろう。
ヴォルフにとってこの砦で籠り、守りに徹していればグランゼ側は侯爵がキルされて自然消滅する可能性が大きい。それならば俺の下につくのも頷けてしまう。
「白銀の天使、このグラントール継承戦争後のお前の振舞いはわかってるだろうな?」
これで全て話したぞ、次はお前の番だ。とでも言うかのように、ヴォルフは俺に確認を取ってくる。
「白銀の天使って……タロと呼んでほしいんだけど。もちろん、戦後も傭兵団『一匹狼』と仲良くする。だろ?」
「あぁ、そうだ。よろしく頼むぞ、タロ」
「あいよー」
妖精の舞踏会での借りを返す、というヴォルフとの交渉事は『一匹狼』の団員と深い交流を持つ事で話がおさまった。子供傭兵たちのために、顔を覗いてやってくれというのがヴォルフの意見だった。
今後、『白銀の天使』は傭兵団『一匹狼』とも仲が良い、という悪評を背負い、なおかつ俺の背景にある『首狩る酔狂共』『サディ☆スティック』『黄昏時の酒喰らい』の威光でもって『一匹狼』に対して敵対行為を繰り返す傭兵団への牽制とするようだ。
「じゃあ大きな一戦も終えた事だし、守備の方はしばらく他のみんなに任せて俺は一旦オチるよ」
会議に出席していた各代表格にそう言い渡し、後は各々だれが交代で砦の守備を担うかの話へと流れていった。
『聖騎士』の手によってグランゼ侯爵がキルされる可能性もあるとわかれば、敵側の自然崩壊もありえる。砦の守備陣は予想以上に自分達が有利だと把握でき、安堵しているようだった。
俺はクラン・クランからオチる間際、同じくゲームからログアウトしようとしているミナに近付き、耳元でそっと囁く。
「さっきの友達、訊太郎って人の家に行こうとしてたって話。もう一度、その訊太郎って奴の家を訪問してみて」
「天士さま?」
どうしてでしょうか? とミナの顔にはありありと疑問の色が浮かんでいる。
だけど俺はそれに答えず、ただ安心させるように笑顔を向ける。
「直接、会ってみないとわからない事もあるだろうし……話して、確認したい事もあるから」
「えっと、……何を言っているのでしょうか?」
「またね、ミナ」
さっと手を振り、クラン・クランからログアウトする。
すぐに洗面所へと行き、気分を切り替えるために顔を水で洗った。
ミナにああ言った手前、自分の中での動揺や疑問は抑えたつもりだった。けれども鏡に映った俺の顔は……銀髪の美少女は不安そうに自分自身を眺めていた。
ミナと現実で邂逅する事が、何かの始まりのように思えた。




