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203話 止まらない歩み



 月影のルナリーにお願いしたアビリティ『罠への報復』。

 それは双子人形の共鳴時に発動できる特殊なアビリティだ。共鳴とは兄である陽光のルチルと、妹である月影のルナリーの二人が互いに半径4メートル以内にいる時を表す。


 二人は俺のすぐ傍にいるため条件は整っている。


 『罠への報復』の効果は罠属性を持つアビリティやトラップを一つ撤去し、仕掛けた傭兵(プレイヤー)や魔物へ、魔導人形が持つ殺傷値分のダメージを与えるというものだ。

 今のルナリーの殺傷値は【天侯:月夜】の効果で3倍、つまり360ダメージを与える事ができる。防御力などの耐性は関係なく、呪いに近い効果でこのダメージを必中させるところが最大の強みで、つまりはHP360以下であった場合即キルである。

 


 どこにいるかわからない敵の子供傭兵(プレイヤー)には悪いけれど、こちらも出し惜しみなしでいかせてもらう。



「ご主人さま、これでやり返せたよ?」

「いい子だ。さぁ、次にいくぞ」


 俺達の周囲にあった沼はすっかり消え失せ、あえいでいた味方の民兵や傭兵(プレイヤー)たちが動きを取り戻す。だが、まだまだ別の箇所の沼は健在であるため、俺達は急いで他の沼解除に回り、傭兵(プレイヤー)たちへ『首狩る酔狂共』の援護に向かってくれと声をかけていく。



「天使閣下が危ない!」

 

 いくつかの沼を解除し終わったところで、傍にいた味方傭兵(プレイヤー)が叫びながら上を指差した。

 二人目の敵傭兵(プレイヤー)のキルログが流れた時点で、どうやら俺が罠解除をしている事がバレたようだ。数十本もの矢が空を駆け、俺達のいる場所へと降り注ごうとしている。


「ブルーホワイトたん!」



『導き糸』を素早く操作し、『氷花』を上空へと張り巡らす。

 空へ氷の花園を咲かせ、弓矢を見事に迎撃させる。次いで即座にアビリティを解除すれば、一瞬にして氷花は霧散し、勢いを失った矢だけボトボトと音を立てて落ちてくる。



「すごい……あれが白銀の天使か」

「空を、凍てつかせた……?」


「あの子が俺達の指揮官だぞ!」

「勝てるぞ! あの子がいれば勝てる!」


 なんとか弓矢の雨を逃れた味方兵に、俺は一刻の猶予もないと伝える。



「みなさん、早く『首狩る酔狂共』の増援に行ってください!」


「はい!」

「白銀の仰せのままに!」

「天使ちゃんに続け!」


 実はこの場での全面衝突はかなりまずい。

 砦というアドバンテージがあってこそ、俺達は有利に立ち回れ、数的不利を撥ね退ける事ができていたのだ。後に続く敵の援軍との戦いが控えている以上、ここで大きく兵を損耗できないのがコチラの現状だ。



 好ましいのは一撃離脱で敵を壊滅させる、もしくは戦意を(くじ)く。

 それに失敗した今、迫りくる敵兵を押し返すように反撃を浴びせ、すみやかに砦へと撤収する事が勝利の鍵を握る。

 


「ミナ! 大丈夫か!?」

「は、はい! ま、また助けてもらってしまいましたね……また足を引っ張ってしまいました……」


 ミナがハマっていた沼地を解除すると、やはりミナは暗い顔をする。

 だから俺は意識的に肩をすくめ、周囲で沼地にあえぐ仲間たちを見て言う。



「足を引っ張ったって……こんなのみんな普通だ。俺だってここにいたら、ハマっちゃうよ」


 後から来たからこうやって解除して回れる。

 完全に不意をつかれたら俺も沼地にドボンだったろう。


「だから、俺がもし沼にハマった時はミナも助けに来てくれただろ?」


 ミナは『それはもちろんです……けれど』と、自分が不甲斐ないとでも言うかのように目を伏せる。



「そうやって力を合わせるのが、仲間ってものだもんな」


 少し臭すぎる台詞を落ち込むミナへハッキリと伝える。

 足を引っ張るとか、協力し合うとか。そういうの全部ひっくるめて、一緒に戦うのが仲間。それを俺はこのクラン・クランで何度も教わったんだ。



「さーて、まだ助けに行かなきゃいけない仲間がいるだろ? ミナはここで待ってるのか?」


 笑顔を差し出し、手を差し伸べる。

 そうしてこの手を握ってくれると信じて、俺は『首狩る酔狂共』が叩かれている箇所へと視線を移す。

 

 数瞬後、俺の手には小さなぬくもりが落とされる。



「わたしも! 私も天士さまについていきます!」


「いい返事だ」



 俺はミナを引き連れ、最前線へと身を投じた。双子人形を両手の『導き糸』で操り、自身に襲いかかって来る敵兵の壁にし、決定打としてブルーホワイトたんの圧倒的な物理攻撃でもって次々と敵を砕きはらっていく。



「ミナ! 今!」

「はい!」



 敵の密集地帯にでくわしたら、ミナの魔法範囲攻撃で大ダメージを浴びせ、同時に俺の『狙い撃ち花火(小)』が派手に敵を混乱させる。そうして怯んだところで俺とブルーホワイトたんが突貫し、完膚無きまでに叩き潰す。


 早く、もっと早く姉の元へ。

 敵民兵が繰り出してくる攻撃を多少は受ける覚悟で強引に突き進む。残存HPが危なくなれば、『翡翠(エメラルド)の涙』をプシャーして前へ、ただ前へと走り続ける。



「なんだよ……あの子、止まらないぞ」

「おい、誰かあの子をキルしろ!」

「無茶言うな! 誰があんなの止められるって言うんだ」

「……白氷の銀姫……」

「やべえ! こっちくるぞおおおお!」



 敵が怖気づいたところで味方の兵を鼓舞しつつ、突進をかましていけばすぐに『首狩る酔狂共』の元へと駆け付ける事ができた。だが、やはり予想通りの痛手を被っている。姉は敵の攻撃が最も激しい地点で何とか踏みとどまっていたが、あのままでは数の暴力に押されてキルされてしまう惨状だ。

 波のように押し寄せる敵の波状攻撃をどうにか止められれば……撤退(てったい)の隙が生まれるかもしれない。



「今しかない、か……」


 双子人形のルチルとルナリーをしまう。


「ミナ、俺があっちで派手なアビリティを放つから、そしたらすぐに撤退して。みんなにそう呼びかけて」


「でも、じゃあ……あちらに行った天士さまはどうなるのですか?」


「大丈夫、戻って来るから。ブルーホワイトたん、抱っこしてくれ」


「はイ、あるじ様」



 お姫様だっこという点以外は大いに納得の抱かれ心地、安心できるホールド感を確認した俺は両の手をブルーホワイトたんと『導き糸』で結ぶ。



「あぁ、そうだった」


 姉の元へ飛び立つ前に、ミナには一番言っておかねばならない事を思い出す。



「友達の家に行こうとしてたって話、この戦いが終わったら詳しく聞かせてな」


「え? なぜですか?」


 その問いには答えられなかった。

 ミナへ返事をする前に、俺は『氷花』を発動してしまっていたのだ。

 姉が敵兵の剣によって身体を切りつけられたのが目に入り、急がねばならないと戦場に氷のアーチを生成していく。もちろんその上には俺とブルーホワイトたんの二人がいて、姉のいる場所への架け橋となる。


 白青の雪姫人形の腕の中で、敵味方双方の注目を浴びながら姉の元へ辿り着く。



「太郎! どうしてここに!?」



 姉は血相を変えて俺の登場に驚いてはいるが、その一言を吐きだすのが精一杯のようで、敵と一進一退の攻防を繰り広げている。

 俺がどうしてここに来たのか、言葉より行動で示せ。『指揮官(オフィセル)』である俺が、軍全体のリスクを天秤にかけてまで勝手に前線に出た理由を納得させるために。




「ブルーホワイトたん、『約束の千本針』をお願い」


 口よりも先に指を動かし、『導き糸』が紡ぐブルーホワイトたんの身体へと機動式ギミックの発動を命じる。



(あるじ)様……わたしト、約束されるノですネ?」


「あぁ、ブルーホワイトたんとずっと一緒だ」



 俺は彼女の手を取り、彼女は俺の手を握る。

 このような約束を結ぶ事がギミック発動の条件。

『約束の千本針』の行使後、ブルーホワイトたんの全ステータスが12時間の間100分の1になる。そう、つまりは普通の女の子になる。その弱体化期間に、もしブルーホワイトたんの耐久値が0になった場合、俺のHPも全損する。


 死んでも一緒という契約のもとで発動できるのが、『約束の千本針』なのだ。




「ァァァァァアアアアアアアアァアアア!」



 夜闇の中で、胸が張り裂ける程の悲鳴が辺りを震撼させる。美しき白青の雪姫人形は、真っ青なドレスを禍々しい深紅へと染め上げ、上空へ怨嗟の絶叫をほどばしらせる。それらはブルーホワイトたんの慟哭、生前に守られなかった恋人との約束に対し、裏切りへの報復の気持ちを込めた千本針へと成り変わっていく。


 針というには少々、大きすぎる。

 直径1メートルに及ぶ鋭利な針が、次から次へと前方から()き出る敵兵の上に容赦なく降り注いだ。


 今の(あるじ)である俺と約束を結ぶ事で、再びブルーホワイトたんの中で再燃する悲しみ、負の力を利用して行使する残酷な能力。瞬く間に敵兵の身体を串刺しにしていき、相手の勢いは一瞬で怯んだ。

 ほとんどの敵民兵はHPを全損させ、さすがに傭兵(プレイヤー)たちのHPは何割かしか削る事ができなかったけれど、突然の超特大範囲攻撃に唖然として動きを止めていた。

 それはもちろん敵だけでなく、味方の方も同様だったようでせっかく後退するチャンスなのにポカーンと、串刺しになった雑兵達の屍を眺め続けている。



「太郎……いったい、何をした?」


「ちょっと、錬金術士として本気を出しただけ」


 姉の問いにニコっと笑う。

 指揮官(オフィセル)っていうのは、いついかなる時もみんなの前で動揺を見せるな。そう言った姉のアドバイスに従い、サラッと錬金術スキルをアピール。



「ちょっと……だって? はぁ、ほんと私の太郎なだけあるわね」


「そんな事より姉、今のうちに逃げて! 敵の攻め手が止んだこの隙がチャンスなんだ! 俺も逃げるから!」



「そんな事って、あぁ、なるほど。初めから私達を逃がすために、ここまで来たのね。助かったわ、弟」


「助けてあげたよ、姉。少しは感謝してよ」


「はいはい、わかったわ。お礼と説教は後でしてあげるから、あんたもキルされずに戻るのよ! みんな、砦まで撤退するわ!」

 


 やれる事はやり尽くした。

 アイテムもストックがだいぶ減ったし、近接戦の頼みの綱であるブルーホワイトたんは超弱体化してる。正直、ボロボロで今襲われたら、ほとんど抵抗できずにキルされてしまうだろう。

 だからあとは全力で逃げるだけ。敵の攻勢が緩んだうちに、俺は堂々とした態度で敵を威圧しながら下がればいい。

 


「そう、うまくいかないか……」


 今、最も見たくなかった顔が目の前に着地した事で、俺の脚は止められた。

 そいつは圧倒的な素早い身のこなしで、抜き身のサーベルを俺の喉元へと突き付け、その切っ先をいつでも動かせると示威する。



「フン、久しぶりだな。白銀の天使」


 灰髪の少年、傭兵団(クラン)『一匹狼』の団長にして敵の『指揮官(オフィセル)』、ヴォルフの登場だ。



「ずいぶんと派手にやってくれたな」



 数瞬遅れて数十人の子供傭兵(プレイヤー)たちが、俺や姉を囲むように立ちはだかった。忍者かとツッコミたくなるような軽業師も顔負けの見事な動きを披露しながら、あっという間に包囲網が構築される。間違いなく精鋭部隊だろう。


 ほぼ撤退行動に移っていた味方の反応は敵の強襲に遅れてしまい、殿(しんがり)を務めていた俺と姉、そして周りにいた数人だけが取り残されるという事態に、動けずに動けない状態となってしまった。 


 ヴォルフが俺に攻撃を仕掛けてない以上、下手に動けないのである。

 一触即発の空気で、いざ戦いが始まればこちらの陣営、つまり俺の不利は目に見えている。それを理解して味方は動けずにいる。



「フン。あれ程のスキル、代償がないわけないだろう。再び発動できるわけがない。今が『白銀の天使』を、『指揮官(オフィセル)』を仕留めるチャンスと見て飛んできた」



 やはりヴォルフには見抜かれていた。

 おそらく沼解除時から、執拗に矢が俺の方へピンポイントに飛来していたのはヴォルフの指示だったんだろうな。その時から俺の動向を観察されていたはずだ。

 そして今が好機と出張って来たわけだが、だからと言ってこちらも負けてはいられない。


「こちらの思惑通り、そっちの『指揮官(オフィセル)』を引きずり出す事ができた。久しぶり、ヴォルフ」



 ふてぶてしく、余裕な態度を崩さない。


 正直、難易度は最高の状況だ。

 PvPをしたら負けは確定の布陣で、おまけにこちらは消耗しきっている。

 しかも、ただでさえこっちはヴォルフに借りのような物があるのに、味方の目がある以上、下手な発言は士気に関わるという縛り付き。



 さて……この局面、どうひっくり返すか……。




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