201話 雲一つない夜に
一般の傭兵視点です。
『一匹狼』率いる敵勢が攻めてくる。
そう聞いてから、砦の全てを見渡せる最も高い場所で既に20分は待機している。
『黄昏の酒喰らい』に所属している俺は、護衛役に向いている大盾スキル持ちだってのが認められて、ベンテンスさんの横に配置された。
おかげで俺達の指揮官、護衛対象でもある噂の美少女傭兵、『白銀の天使』を間近で拝める機会をもらえたけど……すごいぞ、ほんとに。
俺に少女趣味なんてものはなかったけど、噂以上の可愛さで何かに目覚めそうになってしまう程だ。『風の狩人』シンもすごい別嬪だが、この少女もやばい。
団員の中であの少女に声を一言かけられた、というだけで舞い上がっていた奴がいたけど、それにも頷けてしまう。
「おいおい、ヴォルフの野郎はいつくんだよ。もう夜になっちまったじゃねえか」
ベンテンスさんがぼやくのも当たり前だ。
クラン・クラン内の時間ではすっかり夜になっていて、群青の空には薄い月まで顔を出している。
「そうだな……みんなは敵の出方をどう思う?」
『白銀の天使』はワンマン気質なリーダーではなさそうだ。事あるごとに周りの意見をつぶさに聞いて、それを噛み砕いてから自分の結論を出している。そもそも、最初は可愛いだけが取り柄で周りが持ち上げているだけの存在かと思っていたけど、この少女の強さは尋常じゃない。正確には『白銀の天使』の背後でひっそりと控えている『剥製の雪姫ブルーホワイト』が桁違いなのだけど……そんな化け物を従えている、というだけでも傭兵として一目置かざるを得ない。
『白銀の天使』には計り知れない力がある、というのが先の戦いで敗北した俺達の見解だ。なにせあのベンテンスさんを一騎打ちで負かした傭兵なんだ。力がモノを言うこのゲームで、これほど心強い存在はいない。
そんな幼い容姿と激しいギャップを持つ彼女が問いを投げれば、すぐに反応するのが両脇を固めるイケメン二人だ。
「こっちはなんとなく敵の位置は掴めているらしいけど……点々と目撃地点が変わってるらしいよ」
「早い話、撹乱か陽動……どっちにしろ、奇襲でも狙ってるんだろうな」
『白銀の天使』を守る二人の騎士、と言った風情で爽やかイケメンと眼鏡イケメンは訳知り顔で頷きあっている。こいつらの『白銀の天使』に対する余裕な仕草が、いちいち癇に障る。
「姿を見失う、という点に関しましては自分に心当たりがあります! 偽装スキルの『黒塗り』に似たアビリティで、ある程度の距離からでは集団の姿を視認しづらくする幻影魔法アビリティの存在が懸念できるであります!」
こっちのちっこい青髪美少年は、親密な間柄を匂わせる騎士様気取りと真逆でギチギチに堅過ぎる。軍隊にでも所属してるような素振りに辟易している奴らもいるけど、中には程良い緊張感が生まれるから、あいつらを見ると身が引き締まるといった意見もあったな。
「そうか……RF4-youの指摘通りだとしたら、相手はいくつかの部隊に別れて守りの薄い箇所を狙う算段かもしれない。そのために姿をギリギリまでくらましている、と予想できる」
「はっはっは。だとしてもどうすんだよ、こっちは700ぽっちの戦力で砦全てをまんべんなくフォローできる数はそろっちゃいねえぞ。敵が攻めてくる方向や場所が事前にわかってりゃ、話は別だけんどよ」
難なく敵の思惑を察した『白銀の天使』に対し、我らが『黄昏の酒喰らい』の副団長、ベンテンスさんは尤もな返答を出す。
それからしばらく何か考えにふけるように『白銀の天使』は夜空を眺める。
そんな何気ない動作でもってしても目が惹かれてしまうほどに、あどけない少女は美しかった。
これでは噂になってしまうのも仕方ないだろう。
そう感慨深く思っていると、RF4なんとかって奴がコソコソと動き出した。
「撮影員、急げ」
「イェッサー、幻影魔法スキルの拡写アビリティ、投影アビリティともに準備完了です」
小声だが、俺の位置だとばっちり聞こえた。
「拡声員、準備はいいな?」
「イェッサー、伝令スキルの号令アビリティ準備完了です」
どうやら『白銀の天使』には聞こえないように、『隠密』スキル系統の小声アビリティを使っているな。
RFなんとかって奴の部下だかフレンドだか知らないけど、二人の傭兵達がこっそり何かを準備しているのに俺は気付く。
「よし、発動せよ」
「「サァーイェッサー」」
怪しげな軍人もどきが命令を下すと、映画の投射機でも使ったかのように夜空へと『白銀の天使』の今の様子が映りだした。神秘的な雰囲気を醸し出す銀髪の美少女が、何かを胸に秘めた表情で夜空を見上げている様は神々しい絵画でも眺めているように思えた。
砦内にいる傭兵達の中には、それに気付き出した者もいるようでほんの少しだけざわめきだす。
ちなみにその映像は『白銀の天使』のちょうど真後ろあたりに、投射されているので、かなり拡大されているのに本人は気付いてない。
「タロ閣下のご尊顔を拝謁できたのであるならば、来たる作戦に怯えの色を見せるウジ虫共も血気盛んになるでありますな」
アールなんとかは士気向上のためにやっているのか。
確かに、戦の直前でこんな映像を見せられてしまえば俺達には女神か何かがついているように錯覚しかねない、というかゲームの中での演出とわかっていてもこれはなかなかに風情がある。
むさくるしい男を見るより、守るべき美少女を眺める方がやる気も出るというもの。
「月が出てる……」
『白銀の天使』は砦中の傭兵達に注目されてるとも知らず、独り言を呟く。
そしてあろうことか、この大衆目にさらされている中で可愛らしい少女の人形を抱きだした。
「そうだ……ルナリー、おいで」
「ご主人さま、どうかした?」
このなんとも言えないファンシーな映像を見せられている俺だが、俺達は彼女の動向を真剣に見守る。
「『月夜の道しるべ』をお願いしたい」
「ご主人さま、敵がくるの?」
戦を控えた砦に詰める猛者たちが、今この光景を一心に見つめている。
白金髪をふわりと流すメイド服を着た幼気な少女人形と、それを抱えてお喋りに興じる麗しい『白銀の天使』。
戦とはかけ離れた、穏やかで上品な空気を醸し出す二人を、一同が異様な静けさをもって眺めている。緊張が辺りを包み、畏敬の念が人形を抱く美少女へと向けられている異質な空間。
ただ、渦中の本人だけは気付いてない。
人形と喋るのに夢中なのか、思考するのに一生懸命になっているのか。
「敵は来るよ。だから月に尋ねて欲しい」
「ご主人さま、わかったから安心してね?」
それから『いい子』と口にし、ニコニコとメイド人形の頭をなでる『白銀の天使』。
事情の知らない傭兵が見たら、さぞ不可思議に感じる状況だろう。
なぜこれほどの数の傭兵たちが、あの少女の一挙手一投足にそんな緊迫するのかと。
なぜ歴戦の荒くれ共が、あんな少女の発言に敬いを以って聞き耳を立てているのかと。
その答えは極々、簡単なものだ。
「敵の攻めてくる方向がわかった。砦の外に転がってるたくさんの石に注目して欲しい。あれが白く光っている方角に敵は潜んでる」
なぜなら彼女が、俺達を勝利へと導く指揮官だからだ。
その見事な手腕、防衛側が有利になる情報を即座に得る能力に感嘆してしまう。
「月光に照らされる限り、石コロに付与された効果は消えない」
『白銀の天使』はすぐにお付きの騎士二人へ、砦中の味方に知らせろと言う。けれど『それには及ばずであります閣下! 既に自分が全軍に通達したであります!』と恭しく述べるアールなんとか。
「今夜は雲一つない綺麗な月夜だ」
空に浮かぶ月よりも綺麗な顔で、『白銀の天使』は凄惨な笑みを浮かべる。
「だから勝利の道しるべとなる光は潰えない」
みなが奮い立ったのは間違いないだろう。
彼女こそが俺達の光であり、輝き。
俺達の指揮官は何よりも美しかった。
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