198話 戦火の忠誠
「天士さま、私も一緒に戦います」
ボロボロになったミナがそう喰い下がってくるが、俺は首をすぐに横へと振った。
「ミナ、今は下がって」
「で、でもっ」
ミナの顔に暗い影が射してしまうけど、ここは譲れない。今、『小隊長』であるミナが何かの拍子でキルされてしまったら、味方の民兵のステータスが下がる。それに混戦の中でミナを守りながら、敵の代表格と戦うのは俺には不可能だった。
「ダメだよ」
精一杯の笑みを浮かべ、味方の民兵達のいる場所へミナをそっと押す。
そうしてベンテンスと対峙すれば、
「大きいな」
思わず呟かずにはいられなかった。
妖精の舞踏会で絡まれた時も思ったけれど、ベンテンスは大きかった。
肉厚な胸と盛り上がった肩周りは、鎧越しでもはち切れんばかりの筋肉があると主張している。それに加え相手は馬上にいるので、威圧感が凄まじい。
だが、それがどうした。
ミナをキルしようとした落とし前はつけてもらうぞ。
しかも未だにリリィさんもピンチに陥ってるので、早めにコイツを片づけておきたい。
「嬢ちゃん、見誤るんじゃねぇぞ」
間合いの話か? と懸念した瞬間に、ベンテンスは動いた。
馬の重量と突進力を活かした正面突破に、俺は一早く『導き糸』に繋がる右手指を動かした。敵の持つ手斧の間合いに入らないよう十分に警戒しながら、ブルーホワイトたんを左へ動かし、俺自身は右へと散開する。
思ったよりも容易にベンテンスの馬力を活かした面攻撃はかわせた。
どうやら、見た目通りの力で押し切るパワータイプらしい。
「『氷装弾』」
こちらも、ただ避けるだけでは芸がない。
機動式ギミックを稼働させるよう指を細やかに動かせば、ブルーホワイトたんの指先から小さな氷つぶてが生まれ、相手を突き刺す複数の棘となって飛翔していく。
これがなかなか自分が移動している最中にするのが難しい。
つい指元に気を取られてしまうけれど、戦いが始まってしばらくしたら少しだけ慣れてきた。ぼやっとしているとブルーホワイトたんの身体を動かす事を忘れがちになりそうだけど、この張りつめた戦場でそんな愚行が犯せるはずもない。
「ふん、そのアビリティはさっき見たぞ」
どうやらこちらの戦い方を観察されていたっぽい。ベンテンスは氷の弾丸全てを避けきれないと判断し、迷いなく馬の横っ腹に隠れるように自身の上体を傾けた。馬そのものを盾にしたベンテンスは颯爽と下馬する。もちろん馬は氷装弾の餌食となってしまったけど、手斧を片手にすぐさま俺に狙いを付けて向かってくる辺り、馬の犠牲は織り込み済みなのだろう。
「クソみてえに物足んねえな!」
ベンテンスは何もない地面に手斧を打ち付ける。その結果、土塊が舞っては地面が大きくえぐれていた。無意味に振るった攻撃ですらその威力なのだから、これで相当なパワータイプの傭兵だと確信できた。
「主様、もっと私を使ってくだサイ」
そう言われても……ブルーホワイトたん、君のギミックはほとんどが範囲攻撃で、こう乱戦だとまずい。味方の民兵を巻き込む危険がある。
よく使用する『氷花』は周囲を凍らして、美しい氷の花々を咲かせる。敵民兵の密集地帯には有効だけど、今は近くにミナの部下である民兵も戦っている。
と、なると……ピンポイントで狙えるギミックがほぼ皆無なので、俺は一つの選択肢を取る。ここ周辺の敵味方を同じ条件にしてしまえば、あまりこちらの被害は出ないのではないか、と。
ベンテンスが距離を詰める前に、俺はブルーホワイトたんを大きく跳躍させた。何かを察したのか、ベンテンスは左手からキラリと光る物をこちらに飛ばしてくる。どうやら俺の手に狙いを付けてたっぽいけど、俺の素早さからしたらそんなものを避けるのは造作もない。
さて、ブルーホワイトたんは……ちょうど俺とベンテンスの間を飛翔し、顔を真下へと向けていた。激しくたなびく青のドレスとは正反対に、酷く冷たい表情でベンテンスを凝視している。
よし、ここでギミックを発動すべく再び指を動かす。
「『魔氷の吐息』」
兵士やベンテンスの頭上から降り注ぐ風。それはブルーホワイトたんの口から、夜の黒に真っ向から反発するような純白の息。
状態異常『凍傷』Lv1をもたらす範囲ギミックだ。
ベンテンスは近距離型のパワータイプであるなら、近付いてくる前、武器の届かない範囲から攻撃を加えれば問題ないはず。状態異常『凍傷』にし、動きを緩慢にしてから抑え込んでしまえば、意外と楽勝な気がする。
ブルーホワイトたんはベンテンスの近くで着地するが、俺は様子見で攻撃をすぐにさせず、少し距離を置かせた。あの手斧が攻撃手段なら、こちらはつかず離れずの距離を保って、『氷装弾』で一方的に削っていけばいいだけなのだ。
「10、9、8、ちぃ、仕方ねえ届かなそうだな。まずはそいつでいいか」
予想通り、ベンテンスの動きは鈍くなっている。
「見誤ったな、嬢ちゃん」
だがなぜか自信満々な奴に、警戒度をぐんっと上げる。
「俺は時限式魔法スキルをメインにした、器用貧乏な魔法使いだ。先にその人形みてえな奴から片づけるぜ」
そう言って斧を持ってない左腕を、ベンテンスは振りかぶった。
「おら、カウントゼロだ。喰らえ『魔犬の一噛み』」
彼の腕が黒い触手のように伸び、さらに肥大化して醜悪な犬の顔へと変貌した。突然の中距離魔法アビリティを発揮したベンテンスは、完全に俺の予想を上回っていた。ブルーホワイトたんに迫る魔犬の頭を撃退すべく、俺は指を必死に動かして『双刹刃・雪姫』のギミックを起動させる。
切り付けた者を氷塊と化す双剣、今の俺では状態異常『凍傷』の蓄積ゲージを上乗せさせるだけしかできない代物だけど、攻撃力は確かなものがある。
氷の刃を両手に持ったブルーホワイトたんに『魔犬の一噛み』をなんとか切り裂かせる事に成功する。
ふぅ、間に合ったか。
「そぉらよッ、『円環の俊斧』」
安堵したのも束の間で、ブーメランを飛ばす要領でベンテンスが持っていた武器を投げてくる。
今度の狙いは俺の方だったので、ブルーホワイトたんを操るのに夢中になっていた俺は反応が遅れてしまう。
投じられた手斧は左肩にヒットし、俺のHPがガクっと半分以上減ってしまう。
「ったく、必死すぎて足元がおるすだぜ。3、2、1 ……『地縛の無手』」
さらに俺の地面から土色の腕が二本、俺の両足へと絡みついてくる。
移動を制限するアビリティのようだ。事前にここまでの魔法を連続で発動していたとは……ベンテンスのPvP慣れが凄まじい。
「お嬢ちゃんはシンやジョージと仲が良さそうだからな。ついでに対人戦のアドバイスをしておいてやる。俺の見た目でパワー系って勘違いしたんだろうが、自身のメインスキルを隠しフェイクを入れるのは常套手段だ。俺の物理攻撃による一撃は軽い。それと時限式魔法はMPの燃費がよくて連発できるが、タイミングをとちれば無意味だし、扱いも非常に難しいんだな。斧を振り下ろすタイミング、敵に当たらねーから地面を陥没させたように見せかけるしかねぇ、とかな」
なるほど。最初の無意味とも思えた示威行為から、俺はまんまとベンテンスの罠にハマっていたと。
あれは発動したものの失敗だったからこそ、斧の一振りで魔法の発動タイミングと合わせてブラフを張ったのか。
「それとこの説明はカウントダウンのための時間稼ぎだ。見誤ったな」
ニヤリとベンテンスは相好を崩し、両腕を広げた。
その様はまさに必殺技を放とうとする仕草であり、傲岸不遜な表情が勝負は決したと物語っていた。
「カウント・ゼロ、『十斧衆の追悼』」
ベンテンスからは魔力で生成された10つの戦斧が浮遊し、それら一つ一つが無軌道にブルーホワイトたんにけしかけれた。
それならと、俺はベンテンスの魔法攻撃が発動した瞬間に『導き糸』での接続を切った。
「そっちこそ見誤ってるよ。ベンテンス」
敵の近距離攻撃が大した事ないとわかれば、もうブルーホワイトたんに距離を置かせるという選択はない。
そして俺がブルーホワイトたんを『導き糸』で動かすよりも、自律式に切り替えた方が彼女の動作は滑らかであり、柔軟な体術が可能だ。
現時点で、ブルーホワイトたんの最大の火力はその拳。俺が持つ『導き糸』ではブルーホワイトたんのギミック威力を十分に発揮できないから。
それを知らないベンテンスは見誤ってしまったのだろう。
「そもそも、これはPvPじゃない。ここでの戦いはただの練習だよ」
そう、これは俺にとっては戦いですらない。
ブルーホワイトたんのギミックを使いつつ、同時に自分の身体を動かす練習だ。そしてギミックの効果範囲などを把握したり、ギミックを使いこなすための演習だった。純粋な戦闘力、こと対人戦において絶対的な威力を発揮するのは、ブルーホワイトたんの高ステータスによる物理攻撃だ。
ベンテンスが生み出した戦斧はブルーホワイトたんへ殺到してゆくが、俺の束縛から解放された雪姫はそれらをことごとくかわしていく。その白き身体が動くたびに青のドレスがたなびき、優美にして優雅に敵との距離をあっという間に詰めてしまう。
「主様と対等に殺し合いナド、貴様如キニハもったいナイ」
ブルーホワイトたんの拳がベンテンスの腹部を撃ち抜く。
「がはッ」
メキメキと音が鳴り、熊のように屈強な身体が折れ曲がり、数瞬後にはその身で地面を削りながら吹き飛んでいく。
終着点が俺の足元だったので、ニコリと笑みを飛ばしてみる。もちろん俺の隣には既にブルーホワイトたんが着地していた。
「ちぃっ、なんつぅー高慢な嬢ちゃん達なんだ……」
地面に寝転んだまま、ベンテンスは観念したのか微動だにしない。
:敵『小隊長』のHPを1割以下に削りました:
:『外様の忠誠』を受ける事ができます:
:軍門に下るか勧誘してみましょう。自身の『旗手』に変更できます:
:『外様の忠誠』の受け入れ上限は200人です:
おぉ?
『指揮官』の意外な要素がログで流れるのを見て、俺はベンテンスに再度、攻撃を加えようとしていたブルーホワイトたんを手で制する。
「ベンテンス。勝負は決したな」
「なぜとどめをささねぇ」
ん。
おそらく、ここでの誘い文句は重要だ。だけど上手い台詞はすぐに思い浮かばないので、正直に語ってみることにしよう。
「簡単な事だ。お前をキルしたとしても同程度の勢力同士のぶつかり合いだ。こっちが勝ったとしてもかなりの消耗がある」
「だから、あんだよ」
「次の戦に備える気はないのか?」
「あぁ?」
そうだ、こいつは言動から見てかなりの戦闘好きに見えるし、好戦的な性格をしている。今度こそは見誤らないぞ。
「俺の下につけば、もっと激しい戦いを味わえるぞ」
「はっ。おもしれぇ……おもしれぇ奴だなぁ。打算的でありながら感情的だ」
反応は上々っぽい。
「ククッ、だがどうやって俺がお前の下につくんだ? 陣営が違うだろうに。俺はグランゼ侯爵家に雇われた、クエストを受注した傭兵だぜ」
「俺に忠誠を誓え。それで問題ない」
ログから察するに『外様の忠誠』は陣営そのものを変更できるはずだ。
「おまえ、まさか……」
「俺はイグニトール姫陣営の『指揮官』っていう役職でな。知ってるかわからないけど、そういう能力を持っている」
そう説明すると、ベンテンスは状況を忘れてしまったかのように大声を上げて笑いだした。そんな笑い声に釣られたのか、回りの敵も何が起きたのかと武器を振り上げる手を止め、俺達のやり取りに注目し始めていく。
「くはははっ。おもしれぇぜ。どのみち俺はお前に負けた」
ひとしきり大笑いをしたベンテンスは立ち上がり、俺の前で膝を突いて頭を垂れる。
「ヴォルフとやり合えるならよぉ、お嬢ちゃんの下につくぜ」
ベンテンスの口から、俺が大きな借りを持つ傭兵名が出てきた事に動揺してしまう。そしてその後、『副団長が付くなら、俺も銀姫に忠誠を!』『天使ちゃんに忠誠を誓うぞ!』と、ベンテンス配下達が『外様の忠誠』を誓いたいと、たくさんの傭兵が集って来る流れになってしまった事にも動揺してしまった。
戦闘はすぐに終息していき、俺達の戦力は一気に増大した。
ブルーホワイトたんが無表情で拳を振り上げ、殴られるだけの列ができあがる光景はシュールだった。
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