197話 銀麗にして氷獄
妖精の舞踏会で絡んできた、ジョージの知り合いです。
すごーく久々の登場です。
俺ァ、生まれつき体格にめぐまれていた。その甲斐あってか、今もこうして馬上にいる中で誰よりもデカく、視界がひれぇんだろうな。
だから、味方の後方と前方が慌ただしい動きをしてんのが見えちまって、少し気がかりだ。
「ベンテンスさん! 敵傭兵の中に、『鉄血』と『風の狩人』がいるみたいです!」
後詰の主力兵が奇襲を受けたと知り、立て続けにそんな報告が入ってきたのは敵の槍部隊と衝突し始めた最中だった。
「おぉう? 今回は酒の肴としちゃぁ貧乏くじを引いちまったな。だがまぁ、久々に歯ごたえのある奴らとやり合えるのは、上等じゃねえか」
どちらも良く知った名だ。
生産職トップクラスの傭兵団『サディ☆スティック』の副団長にして、数多の漢ではない男を泣かせた『鉄血ジョージ』。PvP特化でその界隈じゃ最強説が浮上している傭兵団『首狩る酔狂共』の団長『風の狩人シン』。
二人とは顔見知りでもある。ジョージの傭兵団にはよく武器の調整を依頼するし、シンのとこの奴らとは共闘したりもする。『妖精の舞踏会』じゃ、妙チクリンな嬢ちゃんを庇って結託していた節を見せてきたが、よもやこの継承戦争でも手を組んでるとはな。
傭兵団『黄昏時の酒喰らい』としちゃぁ、『サディ☆スティック』と『首狩る酔狂共』とも仲良くしていたが、今回は別だ。イベント戦とならば、双方に遺恨は残らねえだろ。
この際だから、酒は酔いしれるもんじゃねぇ、喰らうもんだと教えてやるか。
「こちらの後方部隊は『鉄血』の奮戦で押され気味のようです。数では勝っているはずなのに……どうやら尻を抑えて怯えている傭兵がいるとか……」
「先頭の騎馬隊も思うように機能していません。敵の槍部隊との相性も悪く、何より『風の狩人』の獅子奮迅にみな及び腰になっているとか」
仲間の報告は苛立つモノばかりだったが、焦っちゃいない。
「戦場に噂はつきものだとぁ……良く言ったものだなぁ……」
噂や名声なんてのは、せいぜいが俺達を楽しませるだけの酒のつまみにしかならねぇ。最初は俺もそう馬鹿にしていたが、情報は馬鹿にできない重要性を帯びている。かくゆう俺らも、騎馬隊を手に入れるために占領下においた村々から馬を飼育している場所はどこか聞き出し、そこをピンポイントで襲って回り、こうして騎馬隊を編成しうるだけの戦力を得た。
「噂ごと喰らい尽くせ。じゃねえと、孤独をこじらせた狼共に笑われるぞ!」
気に入らねえ傭兵団『一匹狼』と同じ陣営でクエスト受けたのは、まだ許容できた。だが、あそこの団長であるヴォルフが『指揮官』なんて特別な地位をもらい、NPC兵の能力を向上させる馬鹿げたバフを笠に、グランゼ侯爵の傭兵陣営の中心になりやがって。みんな腹の底では面白くもねえくせに、唯々諾々としけた顔しやがってよ。
つまらねえから抜けた。
俺はヴォルフがデカい顔してるのが我慢ならねえ、だから別行動をしてでも、兵士を強化していき、ここまで駆け上がってこれた。
ここで負けるわけにはいかねぇんだよなぁ。
「NPC民兵の数は同等以上だろーが! 兵種も質もこっちが上回ってるはずだぜ! 捻り潰してやれぇ!」
「「「おう!」」」
「ベンテンスさん、俺らもいきます!」
「副団長の突進について行くぞ!」
威勢のいい『小隊長』たちの返事を聞き、まだまだ戦いはこれからだと内心で笑む。
間近に迫りくる敵民兵の槍を手持ちの剣で払い、馬の瞬発力で横をすり抜ける。すれ違いざまに剣を一閃し、一撃必殺。
ふぅん、俺の火力でも一発でキルか。ぬるい民兵だな。練度がこんなもんって事は、まだ10回も戦闘をくぐりぬけてねぇと見た。
「歯ごたえがねぇな! もっとつえー奴はいねえのか!」
俺ら騎馬隊の勢いは敵の先鋒である槍部隊には止められねぇ。
残念な事に、まだ『風の狩人』とは対峙できてねえが、このまま敵の本丸を叩かせてもらうぜ。
「天使閣下に続けぇぇー!」
「「「サァーイェッサー!」」」
おう? なかなかに士気の高そうな奴らと相対しそうじゃねえか。潰し甲斐があるなぁ。
どれ、喰らってやるか。
まずは部隊の頭を叩く。
装備を剣から手斧に切り替え、傭兵らしき人物を見定める。
いたぜぇ。
「『円環の俊斧』」
手持ちの斧をそいつ目掛けてぶん投げる。
何度となく行使してきたスキルは、俺の思い描いた通り、手斧をブーメランのように飛ばしてくれる。
まずは様子見だな。
こんだけ敵味方がうじゃうじゃとしちゃぁいるが、明らかに傭兵だとわかる俺を無警戒って事もないだろうし、かわすか弾いてくるか?
どちらにせよ、体勢を崩したところで馬の速度を利用して一気に攻め込むから、どんな方法で俺の本チャン攻撃に対応してくるか楽しみだぜぇ。
「ぐはぁっ」
おいおい、まじかよ。狙った獲物は他のNPC民兵との交戦に気を取られていたのか、もろに手斧が顔面に直撃してるじゃねぇか。
しかも、かなり体勢を仰け反らせている事からクリティカルとして命中したっぽいな。
拍子抜けだ。
あーぁ。
こりゃ勢いだけで、PvPの方はてんでダメな奴らか。
衝撃で驚きの表情になってるところ悪いが、とっくに斧は手元へ戻ってるんでな。しっかりと握って、すれ違いざまに頭を更に上からカチ割っておく。
『小隊長』一人をキル、これで10人ぐらいの民兵は弱体化、終了っと。
他の敵もどっこいどっこいで、うちの奴らに完敗してるじゃねぇか。
『首狩る酔狂共』は……ちぃ、見当たらねえな。なんか他に変わり種はいねぇのかよ。
「おぅ?」
なんだ、左の方が騒がしいな。
「あの子……知ってるぞ……」
「天使ちゃんだ」
何人かの『小隊長』が敵を攻撃するのも忘れ、どこかを見つめ呆けていやがった。何事かと思い、馬を寄せて怒鳴る。
「おい! 何やってんだおめぇら!」
「あぁ、ベンテンスさん。出ましたよ、天使ちゃ、強力な傭兵が」
そういって奴が指差す方へと目を向けると、『鉄血』と『狩人』が目をかけていた嬢ちゃんがいるじゃねぇか。
「なんだ、ありゃぁ……」
思わずそんな声が出ちまった。
それも仕方ねえだろ。
銀が流れ、青が揺らめき、白が爆発的に広がってるんだからなぁ。
銀髪のちびっ娘が素早い身のこなしで攻撃を避けながら、両腕を奇妙に動かす。指で何かしてんのか? その動きに伴って、まるでちびっ娘の守護者でも気取ってんのか、蒼穹のドレスを纏った真っ白な少女が味方兵を拳で粉砕してるだと?
平然と淡々と、動きに迷いがねぇな。まるで機械みてぇに、表情まで空白な奴だ。
お、どっからあんな氷みてぇな双剣を出した? 瞬時に双剣を生成したかと思えば、一種の竜巻じみた動きで多くの民兵を巻き込むように切り裂いていきやがる。
おう? 氷刃は消失させた? 魔法の剣なのか? ッて待て待て、周囲に白氷の花々を大量に咲かせていくじゃねえか……呑みこまれた奴は……動けねぇだと!? 綺麗さに目を奪われ兼ねねぇが、ありゃぁまるで兵達の自由を奪う牢獄だな。
あのままじゃ、あぁ畜生!
あそこの部隊は全滅じゃねぇか。
氷つぶてみてえのが、全弾頭部に命中してあえなく撃沈していくザマを見て……俺は心からの笑みを浮かべる。
「おもしろそうじゃねぇか」
鮮烈にして苛烈、『鉄血』。
勇壮にして残虐、『風の狩人』。
あの二人ならまだわかる。
だが、あのガキンチョはいったい何だ?
妖精の舞踏会でも奇妙な事をやって、役に立っちゃいたが……あくまでサポート役に過ぎなかった。結果的には灰塵王の出した課題をクリアするまでに至ったらしいが、要は『鉄血』と『狩人』のおかけで得た美味しいどこ取りってやつだろうと……思っていたんだがな。
ありゃぁ、本物だったか。
「天使ちゃんは、氷を生む……麗しの銀姫か」
一瞬にして氷の地獄絵図を創り出す、銀の麗し姫?
何人かは天使だと言っていたが、ありゃそんな生易しいもんじゃねぇ。
戦場に天使だと? 鬼か悪魔の間違いだろうに。
「おい、どこが天使だ。ありゃあ、人の肉と魂を喰らう鬼だろうが。銀麗にして氷獄ってとこだろ」
「鬼……確かに」
「氷で、兵士を飲み込んでいく……」
「……『戦場の銀氷鬼』」
誰が言ったかわからねぇが、しっくりくるじゃねぇか。
銀麗にして氷獄……『戦場の銀氷鬼』がもたらす被害が瞬く間に広がっていく、か。
「あの強さは尋常じゃねえな。あいつは俺がもらうぜ」
「ベンテンスさん! 危ない!」
「あ? 落ち着け」
俺が銀氷鬼へと向かうのを邪魔してえか。
神官服のガキがよ。
「天士さまの邪魔はさせません!」
飛んでくる炎弾は三つ。展開しておいた『防魔の結界』を自身に付与し、軌道を見極めて片手斧で順番に叩き落とす。
タイミングも軌道も真っ正直で、フェイクのフェの字もねぇ、ぬりぃ攻撃だな。が、魔防を高めてもこのダメージをくらうたぁ、なかなかの魔力の高さだ。
「ま、おめぇらの動きはとっくに把握済みだがよ」
派手な魔法攻撃が幾人もの味方の民兵を襲ってるのは、さっきから気付いてたぜぇ。神官服のちっちぇえ奴が、めんどくせえな。そいつよりもめんどいのは、神官服の動きをうまくサポートしてやがる、鋭く狙い澄まされた矢だ。こっちの『小隊長』を的確に射ぬいて民兵の指揮を妨害してやがったな。
と、あの金髪女は……男を騙して宝をくすねる『賊魔リリィ』じゃねえか。
どれ、準備運動には丁度いいかもな。
「お前らは先に、あの銀氷鬼とやり合ってろ。俺はあいつらから片づける」
さっきの奴らより、ちっとは歯ごたえがありそうか?
まずぁ、神官服のチビからだな。
詠唱が終わりきる前に馬を走らせ、突進だ。もちろん弓持ちのリリィが黙ってねえんだろうな、左の親指を弾いておくか。
「あぁ?」
ダメじゃねぇか。
リリィが放った矢は俺の頭をかすめて通過してゆく。
「こんなもんかよ」
再び矢をつがえてスキルを発動しようとしているリリィに向かって、親指を続けて弾く。
俺の小さな妨害によって、一気に発射された三本の矢は惜しくも俺から外れていった。
なんてことはねぇ。ただの投擲スキル、初歩中の初歩でこのザマかよ。
このゲームってのは存外にリアルでな。少しの刺激でも慣れてねえと気が散る。飛ばすなら石コロの方がダメージも入るし、照準もぶれるんだろうが、その分投擲スキルのLvを上げる必要がある。じゃあ何を使うかって?
決まってる、コインだ。そう金だよ、エソだ。
このゲーム、通貨は他の傭兵には特別なイベント期間中じゃなければ、譲渡できない仕様になっている。当てれば弾かれる。ちょっとした衝撃が生まれるな。少し器用な奴ならけっこう使う手段でな、特に弓使いの手元を狙ってやれば、この通り狙いがぶれちまうって寸法だ。それに人間ってのは光ってるもんが飛んでくるとつい目でおっちまう、反応しちまうんだよな。
「相手になんねぇんじゃねえか? 早く鉄血か狩人と対面してぇもんだな」
てんでダメだな、こいつらも対人戦に慣れてすらいねぇ。大方リリィは不意をつく対人戦は得意でも、真っ向勝負じゃこの程度か。
「ひ、卑怯ですわよ!」
惰弱なメスが何か吠えてんな。そこは軽く無視して神官服のガキを横薙ぎに手斧で振り払う。
「きゃっ」
おおーう、勢い良く吹き飛ぶなぁ。
やっぱり神官服のチビは魔法戦だけが取り柄の論外な奴か。
「くっ、ミナヅキさん!? 大丈夫かしら!?」
「ベンテンスさん! 俺達も加勢します!」
おうおう、他人の心配してる場合じゃねーだろ。俺の味方の突進で、紙きれみてーにペラッとリリィも飛ばされてるじゃねぇか。
これって俺はもういらねぇというか、さっさと銀氷鬼を片づけに行った方がいいんじゃねぇか?
だがなぁ、乗りかかった船だし。トドメをサクッと刺しておくか。
転がる神官服の少女に追い打ちって事で、馬を再び突進させる。
「うっ、やめっ、きゃっ」
そのまま何度か踏みつけさせる。あとはほれ、土にまみれて横たわった隙に、俺の手斧でズガンと一発……。
「おい、待てよ」
透明だが怒気のこもった声が響き、横合いから急に斧が弾かれる。
ってぇな。右手が軽く痺れたろうが。
苛立ちと共に見れば、氷つぶてが手に突き刺さってるじゃねえか。
「ミナ……下がるんだ」
銀麗と白氷、表裏一体となった好敵手が煌めく雪結晶をまき散らし、俺の前にふわりと立ちはだかる。どういう仕組みで、そんな動きができんのか気になるな。
っつうかよー、ちっちぇのに狩人のシンに雰囲気が似てんな。激怒してっと目がすわってるとことか、ほんと鳥肌もんだわなぁ。あぁ、おもしれぇ。
「戦い方が汚いな。泥臭いぞ、ベンテンス」
ほう、この銀髪っ娘。俺の名前を覚えていやがったか。
妖精の舞踏会で、たった一度きりしか会ってねぇのにな。
「ブルーホワイトたん、掃除の時間だ。氷の潔癖さを思い知らせろ」
「かしこまりましタ。私と主様の純白ヲ、咲かせマス」
なんだこいつら、主従の関係なのか?
なんだか知らねえェが二人まとめて、かかってこいよ。
「おうおう。そっちから来てくれるたぁ気が利くじゃねぇか」
少しは楽しめそうだ。
しかし泥臭いか。こいつは綺麗ちゃんに収まり過ぎて、戦いの本質ってもんをわかってねぇんじゃねぇか? どんな手段を使っても勝ちゃぁ酒もうめえし、それでいいんだよ馬鹿が。
「その傲慢ごと、喰らってやるぜぇ」
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