195話 歴戦の傭兵部隊
「姉! すぐに敵が来る!」
勝ち戦から俺の元へ帰還して来る姉に、すぐさま警告を発する。『旗手』と民兵の実質的な指揮を取っているのは姉なので、俺の危機感をまず最初に伝えるべき相手は姉が適任なのだ。
「太郎、くわしく話すのよ」
「数は700強、南西の方角からまっすぐにこちらに向かって来てる。馬に乗ってる兵もいるって」
「……まっすぐに、か。こちらも大所帯だからな、遠目からでも捕捉されやすいのはわかっていたが……それに騎馬隊を所持している程の練度か」
姉は南西の方角に目をこらす。
「あの小さな煙、あれが馬による進撃の証である砂埃か……早いわね……」
懸念通りみるみる煙は大きさを増していき、移動速度が高いことを示している。
「近くに駐屯可能な村などがあればな……せめて柵付きの防衛駐屯地が欲しかったが、移動している暇がないわ。それに敵は厄介な奴らね。騎馬隊を保持しているなんて、相当に民兵を育成してる奴らだわ……」
まずNPCの民兵には『練度』と『疲労度』、『好感度』という三つのポイントがある。
練度は戦闘をくぐりぬけ、敵兵を倒す事に上昇していく。
それらは直接民兵のステータス上昇に反映され、さらに獲得した『練度』を消費して兵種を変える事ができる。例えば剣しか持たない歩兵から、槍を持つ槍兵などにだ。ただし、兵種には必要な装備があり、それら武器や防具などを調達できなければ、兵種の変更はできない。
その辺は駐屯可能な村々から調達したり、敵部隊を倒すと強奪できる。
敵にそれなりの騎馬隊がいるという事は……かなりの強者だと言える。馬を調達できる村はなかなかない。大規模な軍事拠点に駐屯地を構えているか、もしくは数々の村を略奪するか駐屯地として支配下においてないと、あの数を揃えるのは無理だろう。
次に『疲労度』だが、これは連続で民兵を従軍させすぎると疲労度が蓄積していき、バッドステータスが発生するというもの。この辺は駐屯地となる場所で休ませれば回復していく。
最後の『好感度』というのは、これが下がり過ぎると命令を聞かなくなったり、命令を下してからの反応が鈍くなったりする。『好感度』を上げるには駐屯地となる村々で調達した食事や、敵部隊より奪い取った物資を民兵に与えたりすると良いそうだ。さらにここが重要なのだが、欠員も補充できるようになる。
人気な『小隊長』部隊には人が集まるようで、村々に立ちよった際にNPC民兵が増員されてゆく。戦闘で減ってしまったNPC民兵を補充するどころか、初期の人数よりも増えている部隊もある。
「しかし700人、全員が騎馬隊であるはずもない。おそらく先発隊だけでこちらの準備が整いきらないうちに攻め立て、体勢が崩れたタイミングで後詰めの兵力を投入っていったところか……それなら騎馬隊の機動力を削ぐしかないわね」
「どうやって?」
「あそこなら敵の突進を受ける前に……ギリギリ迎撃体勢に入れるわ」
姉が指差したのは近くの丘だ。
なるほど、傾斜があれば馬の突進力も下げられる。
足場の悪い坂道を登るようなもので、馬のスピードもかなり減退させれるだろう。しかも丘の頂上に布陣できれば、上から矢を射かける事も可能だし、有利に立ち回れるはず。上手く行けば騎兵という部隊を全滅に追いやる事だって可能だろう。そうすれば、敵の後続がこちらに辿り着いた時には五分ぐらいの戦力に持ちこめるはずだ。
「みんな、すぐにあの丘の頂上へ移動だ! 早くしろ! 敵が迫って来ている! 長槍の民兵部隊を率いているのはゴランとモランとユキカゼ、セナにキリトだったな!」
姉の指示は的確だ。
騎馬隊というのは接近されれば、その突進力と勢いで歩兵であれば簡単に撃破される。しかしリーチの長い槍であれば、騎馬隊との相性もいい。相手が近付く前に突き刺して落馬させる事も、馬にダメージを与えて勢いを削ぐ事もできるのだ。
それに、何気なく銀の軍人の小隊長達の名前を暗記している姉がすごい。
「あとは大盾の民兵部隊を育成してるのはギルタとヨハンか! 長槍と大盾のお前らは南西の正面に布陣しろ! 弓兵部隊は大盾部隊のすぐ後ろへ! その他は頂上で待機だ!」
急げ、と姉が民兵を率いる『小隊長』たちに号令をかけるが、彼らに焦っている様子は見られない。どこか緊張感のない空気がただよっていて、それは連戦に次ぐ連勝によって生まれた油断だ。唯一、きびきびした動きを見せているのは姉と同じ傭兵団の『首狩る酔狂共』ぐらいだった。
「みなさん! 敵はすぐそこまで近付いています! ほら、あそこです! 私がキルされれば、みなさんの民兵が弱ってしまいます。どうか、どうか、急いでください!」
俺も必死に嘆願して、みんなが迎撃布陣を一早く整えるように促す。
「天使ちゃんが怖がっている……守らねぇと」
「あんな少女をなにビビらせてんだ」
「俺達がしっかりしないと……おら、いくぞ!」
「もたもたすんな!」
「総員、戦闘配備につけい!」
「「サァー! イェッサー!」」
すると『小隊長』や『旗手』はそそくさと移動スピードを上げてくれた。どうにか接敵までに、丘の頂上にみんなが着けそうだ。
「日が傾きかけている……夜戦になるわね」
「そうだね。でもこっちは高低差があるから、弓を一方的に射かけやすいね」
「丘は高度的に有利だけど、夜になっても常に敵から見える位置にいるから恰好の的になりやすいわよ」
「それでも今の最良は、ここでの布陣なんでしょ?」
「そうね」
二人で今後の戦局を見極めていると、各『旗手』と『小隊長』達が位置につけた事を報告してくれる。同時に敵も目と鼻の先まで迫って来ていた。
「敵が来たぞ!」
「長槍部隊は前面に出ろ! まだ突撃はしなくていいわ!」
姉が口早に伝令を飛ばす。
「騎馬隊が丘を登り始めたら、こちらも突撃開始! なんとしても騎馬隊の進撃を食い止めなさい!」
敵の騎馬隊が夕闇を背負って猛進してくる。それに呼応してこちらの長槍兵が丘から下るようにして突撃を今か今かと待ちわびる。
姉の予想通りと言うべきか、敵の後続は騎馬隊よりだいぶ後方にいる。先遣隊となった敵の騎馬隊の数はおよそ100人。
「あそこまでの数の馬を調達できるなんて……相当なやり手ね……」
そして俺達の懸念は的中してしまった。
こっちの迎撃布陣を見た途端、相手は丘に近付くと見せかけ、大きく右に迂回して十分な距離を保った状態で待機したのだ。後続と合流してじっくりと攻め立てる算段だろう。
「やっこさん、騎兵の消耗を避けたっすねぇ」
「あちらさん、なかなかに有能な奴がいやすねぇ」
トムとシェリーさんの指摘に同意せざるを得ない。
弓を射かけるにも、こちらの射程範囲を熟知しているのか、ギリギリ届かないラインで騎馬隊の足は止まっているのだ。
「丘による高低差があるのに、正確にこっちの射程距離を把握してるわね……」
そうしてしばらく、無音と言う名の緊張感が募っていくばかりの睨み合いが続く。敵に騎馬隊がいる限り、こちらはなるべく平野部での正面衝突を避けたい。それは相手も予測済みで、だからこそ後続との合流を悠々とした態度で待っていられるのだ。
「……ずいぶんと余裕を見せつけてくるわね……」
敵が民兵を操る様や、相手のそういった心理戦における立ち回り方から、かなり民兵戦において経験のある敵だと理解できた。
「けども、こっちの士気は高いっすねぇ」
「こっちの奴らは状況を理解できてねぇんすわ」
敵の方が数的に有利。500対700であり、いくらこちらが民兵のステータスを『指揮官』の効果で底上げしていたとしても、正面から戦えば不利だ。その上、さらに相手は冷静な戦術で俺達に戦いを挑もうとしている。
「連勝によるうぬぼれと楽観視が、今は仇になってないっすねぇ」
「勝てるって意気込み、思いこみは重要っすからねぇ」
気持ちでは負けていない。
けれど傲慢さは、判断力や初動を鈍らせる事が多々ある。現にこの丘に布陣するペースは遅かったのだ。
黄昏もすっかり消え失せ、辺りに夜の帳が舞い降りる。同時に死を招く矢も舞い降りた。
ヒュンッ、ヒュンッ、ギャッ、という音が断続的に響き、否が応でも焦燥感が沸き立ってしまう。
「なっ。こちらも応戦だ! 弓兵と大盾兵、前へ!」
姉の指令には少しでも射程距離を稼ぐといった思惑が含まれていたので、部隊を前面に押し出した。長槍隊は騎馬隊が突撃をかましてきた際、すぐに対応できるように二番手の位置で待機させる。
「姐さん、暗闇に紛れて他方から少人数で矢を射かけられてるっすねぇ」
散発的に色々な方向から矢が飛んできている事で、トムさんはそう予測する。更にそれだけではない。真正面からも多数の矢が一定の間隔で飛来するのだ。
「姐さん、まとまった矢数は間違いなく敵の本陣から撃たれてるッす」
「やっこさんは弓兵の派生筋、長弓兵をもってるかもしれねっすよ」
「敵さんの本陣はもしかしたら、無傷じゃねえっすかね。長弓兵の射程距離って通常の弓兵より1.5倍近くありやすよ」
「全部計算のうちかもしれねぇっすよ」
「あー、そうなると敵さん、手数は少ねぇが確実にこっちの兵力を削いでくる戦法っすねぇ」
「手数の少なさをカバーするのに、通常の弓兵を散発的に接近させて隠密で射かけてくると」
こちらの弓攻撃は届かず、あちらの弓は確実にこちらの民兵を射殺す。
このままではジリ貧だ。
「最悪だな……このままではこちらから討って出る他ない……」
姉の苦渋に満ちた表情が、討って出たところで騎馬隊の餌食だと言っているようなものだった。
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