189話 美しい双子と魔女
勉強会から帰宅し、姉に家庭用介護人形〈ケア・ドール〉に関する全てを報告した。姉は大きな溜息をつき、『それはあまり心配しなくていいわ』と俺の頭を軽く撫でた。しかしその後、鋭い目付きで『もっとまずい懸念事項があるの』と表情を曇らせた。
姉曰く、いよいよグラントール継承戦争が勃発しそうな気配になってきているとの事で、姫王家であるイグニトール家と、ハーディ伯爵とグランゼ公爵率いる反乱軍が衝突する日も近いそうだ。
というわけで、俺はすぐさまクラン・クランへログインして、イグニトール姫王家側で参戦すべく晃夜や夕輝、知り合いの面々を集めて件の王国へ向かう事となった。
「この戦争イベントは負けられないね」
「早い話、敗北は許容されない」
親友達の闘志は高い。
「タロちゃんとうちらの力が合わされば、絶対に勝てるよ!」
「魔法の練習いっぱいしたから、たくさん役に立つよー」
「おー!」
「おー」
親友と同じ傭兵団『百騎夜行』に所属するゆらちーとシズクちゃんもやる気満々だ。
ちなみに姉とジョージは自分が所属する傭兵団を率いて、参戦してくれるらしい。リア友であるユウジことRF4youは、『ご命令、しかと了解いたしました! 精鋭部隊を率いてお迎えにあがります閣下!』と無駄に気合いの入った返事をくれ、後ほど合流する予定になっている。
精鋭部隊って……ユウジの奴、いつの間にこっちでいっぱい友達を作っていたのかと思うと、ちょっと羨ましい。
「タロさんがどうしてもって仰るなら、私が味方するのもやぶさかではありませんことよ」
そうだ、俺にだってこんなに素晴らしい友達がいるじゃないか。
口では高飛車な言動を発していても、集まってくれた時点で味方宣言と同義な行動を取る弓使いのリリィさんは信頼できる。
「はらはら、みなさん頼もしい限りでありんすね」
妖艶な微笑みを絶やさない和装の麗人、アンノウンさんは薙刀を構える姿が歴戦の姫武者の如く堂に入っていた。
「主様はワタシが、守ル……」
しずしずと俺の後をついてくるブルーホワイトたんも、見た目こそ可憐な少女だけど、その正体はかなりの戦闘力をもった人形だ。
「天士さまっ! グラントール王国に向かう前に、ちょっとだけお人形を見ませんか!?」
そんな戦への士気が高揚している面々を前に、ミナが急にほんわかした提案を持ちだす。
俺は内心で『へ?』と呆けるけども、周りの反応は違った。主に女性陣の。
「ちょっとシズ! あの子の服見てよ!」
「わぁ、ゆらちゃん! あのヘッドドレスのデザインすごいね!」
「人形とな……タロ氏、そういえば『導き糸』なるものの参考になるかもしりんす」
「あら? 可愛らしいお人形さんが多いですわね」
呪いから解放された雪国ポーンセントを経由し、グラントール王国へとクエストを受けに行こうとした矢先、ミナの一言で少しの寄り道をしてゆく事が決まった。
ポーンセントの街にある人形屋の前を通りかかったミナの、目を輝かせてショーケースを覗く様を見せつけられれば、誰もがその提案を断る事ができなかったのだ。
◇
人形屋には様々な人形が販売されているが、ブルーホワイトたんのように実寸大サイズの人形は陳列されていなかった。どの人形も腕で抱えられるぐらいの大きさで、一つぐらいならミナに買ってあげても良いかなと思える程の値段だ。
「どれもこれも綺麗ですね、天士さま」
「服装がどれも本格的なゴシック調だねぇ」
「それぞれの髪色に合った色彩が散りばめられてるのも素敵ー」
「頬がふくよか、瞳の造形が明瞭にぱっちり……肌も白い……フランス人形に近いようですけど、少々のアニメ調がアレンジで加えられているのかしら?」
ミナに続き、ロリィタ服好きなゆらちーとシズクちゃんも両目を輝かせている。意外な事にリリィさんも人形には詳しい様子だった。
「はらはら……この刺繍痕は、なかなかに興味深いでありんす」
現実ではファッションデザイナーを夢見、ゲームでは裁縫職人で腕を振るうアンノウンさんの双眸は真剣だった。
「あはは……確かにどれも良くできてるね」
「あぁ……だが、タロが連れてるブルーホワイトには劣るがな」
男衆は何とも言えぬ空気で店内をぼーっと突っ立ているだけだ。
そんな俺達でも、一際目立つ二体の人形を前に感嘆の息を漏らしてしまう。
「この二体はすごいね」
「早い話、傑作だな」
「確かに……美しい」
片方は少年で片方は少女の人形だった。
少年の方は太陽の輝きをそのまま宿したかのような豪奢な金髪を流し、執事服に身を包んでいた。
少女の方は夜空に浮かぶ淡い月に似た白金髪をなびかせ、メイド服を着せられている。
「双子かな?」
そう思ってしまうのは、二人ともが燃え立つ宝石のような紅玉色の瞳をしていたからだ。俺はほんの少しだけ、その血のような赤に警戒心を抱く。なぜならさっきからスキル『空気を詠む』の恩恵で、二人の物騒な囁きが断片的に聞こえるからだ。
「あぁ……その二体は少し特殊でのぉ……」
不意にそんな声がかかった。それは俺達の様子を見ていた店主のおじいさんNPCで、彼は双子人形にまつわる物語を喋り出した。
「双子である兄の方はヘンゼル、妹の名はグレーテルと言う。その人形の瞳は双子が生前、父親からもらった宝石での。双子が肌身離さず持っていたソレを加工して使ったのじゃ」
ヘンゼルとグレーテルは、とある貴族の子爵家に執事や使用人として代々仕えてきた家柄に生を受けたらしい。母を早くに亡くしてしまい、父親は違う女と再婚。幸せな家庭環境に包まれたのも束の間で、その継母は吸血鬼のような真っ赤な目を持つ双子を不気味に思い、前妻への嫉妬心に駆られて二人を森の奥へ捨ててしまったそうだ。父親が仕事から帰って来て事態を把握し、森へと捜索しにいったが、幼い二人の命は獣に蹂躙され潰えた後だったようだ。発見できたのは、人形の瞳に使われている形見の宝石のみ。
「その哀れな父親に『我が子を残してくれ』と依頼されてのぉ。人形を作ったのはいいんじゃが、その父親も急死してしまっての。買い取り手がおらんのじゃよ……」
なるほど……。
さっきから双子の人形は『命、もらう』『命、欲しい?』と命を所望する問答を互いにしていたのでちょっと怖かったけど、生きてお父さんの元に帰りたいのかなと思う。
俺は試しに人形と対話ができるスキル『傀儡話術』を発動してみる。
「ヘンゼルとグレーテル。初めまして」
スキルと共に二人へと話しかけると、ギギギッと僅かに首を動かして人形がこちらを見てきた。その変化に晃夜と夕輝がわずかに一歩たじろぐ。
『こんにちは』
『はじめまして?』
行儀よく挨拶を返してくれるあたり、危険な人形ではないように思える。
「わぁタロちゃん! その二人、すっごく可愛いね!」
「ほんとに綺麗な人形だねー。特に目がとっても綺麗」
ゆらちーやシズクちゃんが何事かと近づいてきて、双子人形を褒めまくる。
俺もそんな二人の空気に釣られて、ヘンゼルとグレーテルへ微笑みを向ける。
「ヘンゼルとグレーテルは何が欲しいの?」
さっき聞こえた『命が欲しい』というのは、どういう事なのか探るためだ。
『ぴかぴかに光る、元気な命』
『冷たく光る、静かな命?』
双子人形は口をそろえて、自分が欲する物を伝えてきた。
これはもしかして、等価交換を成立させる物のヒントだったりするのだろうか。さすれば、双子人形の心もブルーホワイトたんの時と同じように手に入ると?
双子人形の愛らしさを周囲が絶賛する騒がしいなか、俺は思考の海に沈んでいく。
ヘンゼルが元気な命を、グレーテルが静かな命を求めている。それが一体何なのか、実は俺には心あたりがあった。しかし、はいそうですかとすぐに手渡す事ができない。なぜなら、この双子人形が何を思い、何を目的として命を欲しているのか気になったからだ。
「その命を得て、二人は何をしたいの?」
『命くれた人、ボクらのご主人さまになる』
『おとうしゃんみたいに立派に仕える?』
なるほど。
継母によって貶められた命でありながら、敬愛する父親の姿は二人の記憶に真っすぐ根付いてたようだ。執事の家柄に生まれた誇りを未だに捨ててない二人に感銘を覚える。
この子たちはぜひ仲間にしておきたい。グラントール継承戦争では少しでもこちらの戦力を増強しておくに越した事はないのだ。
「……ヘンゼルとグレーテル」
しかし、二人の名前は有名なグリム童話を思い出させる。ヘンゼルとグレーテルという、森で迷った子供達を食べようとする魔女の末路は悲惨なものだったのだ。これから始まろうとする戦争に同行させようとしている俺は、童話の魔女よりも酷な人物なのではないだろうか。
そんな黒い感情を隠して、笑みを絶やさずに双子を見つめる。
「それなら、あげる。これでいいかな?」
そうして俺は二人が欲しがっていた、ぴかぴか光る元気な命と、冷たく光る静かな命を取り出した。
双子の人形の主となるべく、錬金術士としての交渉を始めたのだ。
ブックマーク、評価よろしくおねがいします。




