187話 機械たちの行進 ★
「それじゃ、姉。行ってくるよ」
夏休みの宿題を終わらすべく、俺は気合いを入れて家から出陣しようとする。
「待ちなさい、太郎。最終チェックがまだよ」
しかし、ドアノブに手をかけようとした俺を止めたのは姉だ。
俺の両肩を掴み、くるりと容易く身体ごと向きを変えてしまう。
「髪型よし、服装よし、日焼け止めよし……」
姉がつぶさに俺の全身をチェックしていく。今日の髪型は後ろ髪を二房の三つ編みにし、輪っかをつくるようにしてピンで留め、その上から小さなリボン付きのピンで更に崩れにくくなるように補強されている。これはなかなか首元が涼しいので悪くない。
服は薄手の生地だけど何故かパーカー付きという。フードには猫の耳がついていて、猫のエプロンパンツが前掛けとなっている、かなり甘いファッションだ。姉いわく『トゥーンアリス』というブランドで、ミシェルのお下がりでもある。
「これほど……幼さを強調した愛くるしい姿を見れば、奴らも変な気は起こさないわね」
ぶつぶつと慎重に吟味していく姉に、小さな溜息をこぼす。
あの二人が俺に変な気を起こすはずがないだろうに。ロリコンじゃあるまいし、といくら説得しても姉は頑として譲らなかったので、全身のコーディネートは任せたのだ。また前みたいに家まで付いてこられても困るし。
「飲料水は持ったの? 外は熱いでしょう」
「あ、忘れてた。ありがとう」
今更なんの確認かと思っていたけど、確かに水分補給は大事だ。途中の自販機で買うにも150円もかかるし、無駄遣いは避けておきたい。スーパーで買いだめしておいたペットボトル麦茶は1本なんと65円なのだから。
「待ってなさい、取って来てあげるわ」
「あ、うん」
こうして俺は姉の最終チェックをパスし、麦茶と勉強道具をカバンに入れて家を出る。
「あっついし……ちょっと重いなぁ……」
さんさんと射しこむ陽光に顔をしかめ、夕輝の家へと歩き出した。
◇
「まぁまぁ……本当に仏君なのねぇ。ささ、あがってちょうだい」
「ちょっと母さんは出なくていいって言ったのに」
「だってねぇ?」
夕輝の家のチャイムを鳴らすと、夕輝と夕輝のお母さんが玄関で出迎えてくれた。夕輝のお母さんはとろんとした笑顔で『可愛らしいわねぇ』と頬に手を当てて俺を観察し、『こんな娘がうちにも欲しかったわ』などと呟いていた。
「おう、来たか。数学と現国のワークは終わってるから見せてやる」
晃夜はすでに夕輝の部屋で勉強を始めていたらしく、生物のワークに勤しんでいる様子だ。こちらに視線を向けることなく、机へかじりつくように没頭している。
「やった、さんきゅー!」
晃夜の鞄をあさり、お目当てのお宝を入手。
すると夕輝が呆れてた様子で俺にジト目を送って来る。
「晃夜、訊太郎に甘いよ。訊太郎もただ写すだけじゃなくて、しっかり問題を読んで、少し自分で考えてから晃夜の答えを写すんだよ? じゃないと頭に定着しないからね?」
「はーい!」
それから各自やりたい科目を潰していったり、時に俺より優秀な夕輝の頭脳を頼りにわからない問題を教えてもらったりして、あっという間に2時間が過ぎた。
「ふぅ……そろそろ休憩すっか」
晃夜が疲れを吐きだすように伸びをした。ガチ勉メガネの休憩宣言に俺と夕輝も休憩に入る。
「って、おい訊太郎。なんだ、その恰好は」
「え?」
晃夜は今までずっと一心不乱に勉強をしていたのか、俺の服装を今さら目にしたようだった。
「そんな恰好してると、誘拐されるぞ?」
「ちょーっと可愛すぎるよね」
「ったく……お前に何かあったら、あの鬼怖いお姉さんに俺らが殺されるからな。帰りは送ってってやる」
ふんっと鼻をならす晃夜に、夕輝がニヤニヤと指をつっついた。
「鬼畜メガネなのに優しいね~?」
「いや、お前も他人事じゃないだろ。あの姉貴に殺されたいのか?」
涼しい顔でいじりをかわした晃夜に、夕輝は乾いた笑いをこぼす。
「あ、うん……それはそうだねぇ、あははは……訊太郎をよろしく頼むよ晃夜」
「おうっ」
と二人だけで勝手に話が進んで行ってしまう。
「んじゃ、休憩がてらクラン・クランの話でもするか」
「まずは訊太郎から報告してもらえるかな? 剥製の雪姫ブルーホワイトが出現しなくなったって騒ぎ、どうせ訊太郎の仕業でしょ?」
「いや、そうだけども……何故わかるし」
話を聞く前から俺だと決めつけるあたり、親友たちが俺をいかに把握してるか理解させられる。
「だって、訊太郎がブルーホワイトの攻略法をフレンドチャットで聞いてきた数時間後に、ブルーホワイトが攻略されたって噂になってたし?」
「早い話、やらかすとしたら訊太郎しかいないだろってな」
そんな二人の言い分に、まぁそうかと頷きつつ、俺は銀氷の雪姫ブルーホワイトを人形として使役する事ができるようになったと報告した。また他の人形も発見次第、今後は活用できるかもしれないと付け加えておく。
「すげえな……ジョージさんを2発でキルって……」
「ボクらじゃ束になっても、勝てないんじゃない?」
「どうだろう……ブルーホワイトはともかく、主である俺を狙えばどうにかなるんじゃ?」
二人の予想に弱点は俺にあるんじゃ? と聞き返してみる。
「いやいや、お前も大概に爆弾だからな?」
「そうそう、タロって何が飛び出してくるか予測不可能だしね……」
などと、俺の活動に対する二人の総評は微妙な空気で締められた。
「んじゃ、俺達からの報告な」
「まず、グラントール継承戦争の勢力図が大きく変わったんだよね」
「王家であるイグニトール家と、謀反者であるハーディ伯爵一派、前はそういう構図だったんだが……」
ハーディ伯爵の討伐命令を受けた、国内最大派閥を誇るグランゼ家が姫王家から離反したそうだ。元々、グランゼ家は反乱を目論んでいたらしく、ギリギリまで兵力を集結させるために、王命を利用して戦力を増強した。いざハーディ伯爵領への討伐隊が編成されたところで、王都から進軍すると見せかけて自領に傭兵やNPC兵を招いて、ハーディ伯爵と同盟を結ぶ事を発表したそうだ。
これにより一気に姫王家の威信は崩れ、戦力的にもやや不利になってしまったそうだ。イグニトール姫殿下が旗頭となって周囲の貴族たちに呼びかけ、軍隊を集めていたけど、それもグランゼ家に集った大軍には及ばない。それどころか、最大派閥であるグランゼ家がハーディ伯爵に味方するとわかった諸侯たちは、イグニトール姫殿下よりも、その実弟でありハーディ伯爵が担ぎあげている幼き王子殿下の傘下に付く者まで出始めているそうだ。
「傭兵たちも勝ち馬にのりたいからねぇ……」
「イグニトール家からクエストを受注してた連中は根こそぎクエスト破棄して、グランゼ家からクエストを受注し直してるぜ……」
「それってつまり……」
「大勢の傭兵たちが、クリア報酬『スキル祝福の紋章』側に付いてるって事だね」
「早い話、イグニトール姫王家を勝利させないと、現実でスキル発現者が急増するな」
二人の報告に放心するしかない。
あまりにも絶望的すぎる。
グランゼ家側から出される報酬『スキル祝福の紋章』を使えば、ゲーム内でスキルポイントの増加に伴い、現実では通称『才能持ち』とかいう、ゲームスキルを行使できる人物になってしまうのが俺達の予想だ。それを防ぐには、イグニトール側でクエストを受注して継承戦争に臨まなければならないのか。
「圧倒的な戦力差がありすぎない……?」
「NPCの兵士数はそこまで姫王家側が不利ってわけでもないらしいが」
「傭兵の推移がね……決定的かも」
どうしたものか……。
室内は沈黙が満ち、不安が俺達に重くのしかかった。
だが、暗雲たる空気を壊すように晃夜がスッと立ち上がる。
「……足掻くしかねえな」
晃夜はボフンっと夕輝のベッドに寝そべって、大した事ないと宣言する。
それを見た夕輝も、朗らかな笑みを俺に向けてくる。
親友二人のどっしり構えた態度に、俺だけが不安がってたらかっこ悪い。
「不利な展開を覆してきたのは、今回が初めてじゃないもんね?」
「そうだよな、我らが錬金術士殿?」
なんだか凄く頼られてる感がある。たしかに、クラン・クランでの今までの戦いは劣勢が多かった。でもその度、俺達は乗り越えて来たじゃないか。
親友達の問いにちょこっと恥ずかしくなったけど、ここは調子を合わせて、錬金術士として胸を張るべき場面だ。
「お、おうっ。ご、護衛は任せたぞ、騎士殿」
「指一本触れさせねえよ」
「守り抜いてみせるよ」
フフっと笑い合う俺達は、しばらくしてまた勉強を再開し始めた。
◇
「あれ……? ちょーっとみんな、この記事を見てくれない?」
宿題処理も佳境にさしかかった夕暮れ時。小休憩を取っていた夕輝が、自分のスマホを晃夜に手渡した。
俺はワークに答えを書き殴っていた手を休め、晃夜と一緒になって覗いてみる。
「おう、ニュースか。おい、訊太郎、頭が当たっ近いし、見えん」
「あ、ごめん。それで何の記事?」
夕輝はいいから見てみなよ、と俺達が読むのを促してくる。
無機質な光沢を帯びたスマホの画面記事を、下へ下へとスクロールしていく。内容は商品紹介で、開発会社とリポーターのインタビュー形式が掲載されていた。
【次世代 家庭看護人形〈ケア・ドール〉が全国の家電量販店で発売!】
『ついに出ましたね。一般家庭用のお世話ロボットが』
『はい。当社の長年による研究で、開発に成功しました。お客様に低コストで家事のお手伝いなどができる自律式人形をお届けしたく、邁進してきました』
『正式な商品名はケア・ドールでよろしかったですか?』
『はい。武骨なロボットよりも、人間に近い人形タイプの方がお客様に親しみやすいかと考慮し、このような人形となったのです』
『いいですね。それで、発売日はいつごろになるのでしょうか?』
『二日後です』
『おお、もうすぐですね。家事を手伝えると仰りましたが、具体的にはどのような事が可能なのでしょうか?』
『はい、全てです』
『全て、ですか?』
『はい。当社が開発した家庭看護人形〈ケア・ドール〉は、実際に存在した人間の記憶の一部を埋め込んだ核があります。そちらの情報媒体を元に、主人認定された人物が口頭で指示を出せば、一通りの事が可能です。また学習能力もありますので、以前お願いした事はスムーズに行えるよう核に保存されます。もちろん記憶容量の限界はありますので、メンテナンスは必要です』
『それは素晴らしい商品ですね』
『はい。ただ、人形にもそれぞれの用途に適した種類がございますので、用途別でご購入していただくのがよろしいかと思います』
『おお、例えばどのような?』
『そうですね。高齢者さまの生活を支える看護に適した成人型人形。成長期のお子さんと一緒になって遊べる幼児型人形、料理に掃除などに特化した家政婦型人形と、様々ですね』
『なるほど』
『また性能には、もう一押しプラスしたいというお客様のために、カスタマイズ用製品もございます』
『それは便利ですね』
『〈導線〉というモノがございまして、そちらを指の腹につけていただき、人形の身体のどこでもいいので付けていただきます。〈導線〉は特殊磁気を刷り込んであるので、接着剤などは不要ですし、着脱も簡単です』
『その〈導線〉を人形に付けてどうするのですか?』
『〈導線〉にはそれぞれ人形をグレードアップする技能を内蔵しておりまして、主人認定された人物と繋がっている時に限り、その技能を発揮します』
『例えばどのような技能が織り込まれた〈導線〉があるのでしょうか?』
『そうですね、多言語の翻訳などもできます』
『それは……素晴らしいとしか言いようがありませんね。しかし、〈導線〉をくっつけていないといけないのは少し不便ですね』
『ペット犬の首輪にリードを付けて引っ張るようなものと一緒です。それほど労力はありませんよ』
『たしかに、それだけで様々な言語を翻訳できてしまうのは驚くべき性能ですね。学生のみなさんにはいい家庭教師役になるかもしれませんね?』
『もちろん、学業に特化した人形もございます。答えをただ言っていくのではなく、保護者様の設定により学業を教授するシステムもございますのでご安心ください』
『人形を使って宿題などを仕上げてしまうお子様も出てきそうですもんね』
『それに〈導線〉は不正ソフトや不正な製品活用の予防に繋がるシステムになっていますので、外せない要素なのです』
『なるほど。主認定されたお客様との繋がり、専用の〈導線〉のみが高性能にカスタマイズできる、というわけですね』
『はい。また〈ケア・ドール〉は、〈人形の支配師〉という〈才能持ち〉の方に限り、自衛を目的とした特殊ツールが使用できます』
『〈人形の支配師〉ですか……聞いた事のない〈才能持ち〉ですね』
『そうですね。かなり稀有な〈才能持ち〉でして』
『ただ、使える人が限定されてしまうのは顧客側としてどうかと思いますよ』
『仰る通りですね。しかし、人間の記憶を媒体にしている以上、主人認定されたお客様と、周囲の人々への危害を加えないように抑制システムを搭載しなければなりませんでした。倫理的かつ自衛目的として、極限られたケースで積極性のある動きを可能とする技術はなかなか実現し辛く……』
『そうですか。希少な〈才能持ち〉のみが稼働できるシステムを搭載した意味はなんでしょうか?』
『はい。昨今、急増している犯罪率を懸念し、将来的にはか弱い利用者の自衛手段の一つとして搭載したシステムです』
『犯罪、といえば〈才能持ち〉による犯罪件数も若干上昇してますよねぇ。その辺も踏まえて、今後の展望などがございますか?』
『もちろん、次のバージョンリリースに向けて改良を重ね、万人がとっさの時は護衛として活用できるようなタイプを開発してゆく予定です』
『すばらしい理念ですね。では気になるお値段の方は?』
『はい。種類にもよりますが、6万円から25万円のタイプがございます』
『それは、とても安いですね! 驚きです!』
その内容を読み終わり……俺達は顔を見合わせる事しかできない。
「これ……クラン・クランでの魔導人形のシステムに似てる……核、導線なんか『魔導石』と『導き糸』そのまんまだ……」
「そうだね、うん」
「だな……しかし、こんな性能が良くて6万って、何かがぶっ壊れてるな」
俺のせいだ。
俺が、ブルーホワイトを救いたい、なんて思ってしまったから。
「俺さ、『人形の支配師』ってスキル、持ってる」
「う、うん。そうだね」
「だ、だな……」
俺が剥製の雪姫ブルーホワイトの心を手に入れなければ。
攻略を成功していなければ、『人形の支配師』なんてスキルも習得できなかったし、魔導人形なんてコンテンツも発見できなったのではないか? そして、現実で魔導人形が実装されるなんて事も回避されたのでは……。
俺がゲームをしない方が、現実に影響をする事案が減るのではないのか?
そう思い至ると、俺は……俺達はゲームをするべきではないかもしれないと思ってしまった。
ブックマーク、評価よろしくおねがいします。
○ゥーアリスのお洋服は可愛い物が多いです。
イメージ通りの服のデザインを描いてくださった
ぽよ茶さま、ありがとうございます。
素敵です!




