表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
188/360

186話 銀氷姫の目覚め



「た、タロ先輩! 受け取ってください!」


 まるで女子がバレンタインチョコを渡すかのような勢いで、妙に気合いの入った表情でジュンヤ君が鉱石を譲ってくれる。

 俺は受け取った鉱石をさっそく『見識者の髑髏(どくろ)仮面(バイザー)』による『知識眼』の発動で見定める。



『永劫にひしめく霜石玉髄(フロスラルダ)


【雪妖精の祝福を受けた玉髄(ぎょくずい)。冷気を生成する、微細な結晶粒が塊状になったもので、周囲に(しも)を張り巡らす鉱石。その効果範囲は微弱でありながら、放置する環境によっては様々な色彩の霜を発生させるので、観賞用の宝飾品とされている】

【非常に硬度が高い半面、熱には異常に弱い。一度、液化すると二度と凝固しない性質を持つ】



「素晴らしい。貴重な鉱石、ありがたく頂戴しよう」


 間違いなく相性でいうところの雪は該当しているし、霜も氷の結晶である事から、けっこう高品質な魔導石(ドール・コア)の素材に成りえるのではないだろうか。

 気になる点といえば、手に持った鉱石がさっきからジュウジュウと音を立てて、溶け始めている事だ。ちょっと内心で焦りつつも平常心を意識して、ジュンヤ君にはお礼として俺が珍しい鉱石を見つけた際は譲ると約束した。



「そ、そんな! タロ先輩の発見する鉱石ってどれも使用価値の高いものばっかりで……たしかにコレは貴重な鉱石だけど、使い道がなかったし……鍛冶じゃすぐに溶けちゃって、賞金首と競売(ウォンテッド)に出品してみても一向に売れる気配はなくて……」


『これ、多分500エソの価値もないよ……』と自信なさげに呟くジュンヤ君に、堂々と言い放つ。



「錬金術の進歩は、万金に(あたい)する。その時が来たら遠慮なく受け取り給え」


 それとも、これから行われる錬金術にはそれ程の価値がないとでも?

 ぐるりとジュンヤ君に首を傾げると、彼はビクッと肩を揺らし『ありがとうございます』と大人しく納得してくれた。

 

 さぁ、いよいよ『魔技手(ギフティ)』の見せどころだ。

 赤黒い靄をまとった手で、『永劫にひしめく霜石玉髄(フロスラルダ)』を持てば、次々とアシストログが流れていく。俺は錬金術の新たなる道を開拓していくために、その一文一文をしっかりと吟味していく。


:『魔技手(ギフティ)』が発動した状態で鉱石を持つと、触れた場所から鉱石を溶かし削る事ができます:

:『魔技手(ギフティ)』でサイズ、形状を調節し、ピッタリに近い『魔導石(ドール・コア)』を完成させましょう:

:魔導人形の素体の胸部に、魔導石をはめこむ箇所があります:



 なるほど、さっきから鉱石が溶けていくのは『魔技手(ギフティ)』の性質のせいか。


「うん? と言う事は、『雪姫人形』の胸に……『魔導石』をはめ込むための(くぼ)みがあるわけで、しかしそれは……」


 魔導人形の素体となる『雪姫人形』の造りは本物の人間と見まがう程に精巧だ。さすがに関節の部分などは人形っぽい可動式が採用されているけど、ぱっと見では十六歳前後の女子が眠っているように見えるのだ。


「この子の服をちょこっとズラさないと、胸の窪みは見れない……?」


 それはちょっと恥ずかしい。ブルーホワイトたんは生贄にされただけはあって、かなりの美少女なのだ。

 そんな人形の服をめくるだなんて、男として、紳士としてこんな事をしていいのか?

 でも、こうしている間にも俺の手に置かれた『永劫にひしめく霜石玉髄(フロスラルダ)』はどんどん削られている。急がなければ取り返しのつかない形状になってしまうかもしれない。


 しかし、しかしだ。

 俺のすぐ横ではトワさん……(あかね)ちゃんも見ているわけで、俺が人形とはいえ、年頃の女の子の胸をまさぐるような行為をしてしまったら……もうこの恋は終了してしまうのでは?

 チラリとトワさんの方へ目を向ければ、彼女は興味津々に俺が何をするのか眺めている。


 のぉぉぉぉおおう。

 このままでは錬金術士=変態=俺という不名誉な称号を得てしまうではないか。しかし、手からジュゥゥウっと鉱石の溶ける音がじわりじわりと、焦燥感をせき立てていく。

 錬金術と恋、どちらが大事だ……。

 そんなのはもちろん、恋だ!

 だが、だが、錬金術だって、リッチー師匠から引き継いだ意志も大事なんだ。きっと、ブルーホワイトたんを復活させる事ができるはずなんだ。それはリッチー師匠が目論んだ、死者蘇生と類似する点がいくつかある。


 ここで引いてしまっては錬金術士として、風上にも置けない存在へと成り下がってしまう。



「あの、天士さま……どうかされましたか? 顔色が悪いです」

「あ、えと、ミナ。この人形の胸元を開かなければならなくなって……それで、その恥ずかしいというか、人としてやっていいのかどうか……」

 

 俺の葛藤にハッとしたミナは、ジュンヤ君に店から出て行くように言った。それにジュンヤ君は渋々と頷きながら、お店の外へ出て行ってしまう。


「これで問題ないですね? 忌まわしい男性は消えましたので、ブルーホワイトさん人形のお洋服を脱がしましょうか?」


 ジュンヤ君と俺の葛藤に何の因果関係が?

 と困惑している俺に、トワさんがニコッと微笑む。


「タロちゃんはやっぱり紳士だね。ささ、錬金術を見せて?」


 う、ん?

 なんだかよくわからないけれど、最大の懸念事項であった茜ちゃん本人がそう言うのなら、大丈夫なのか……?

 トワさんの表情からは負の感情が窺えない事を確信し、俺はおそるおそるブルーホワイトたんの胸元をめくるべく、首元のケープとリボンから丁寧にほどいていく。

 なんというか、『雪姫人形』の服ってシズクちゃんやゆらちーが好きそうな系統のデザインだよなぁ。



「なんという、罪深い所業……ごめんなさい、ブルーホワイトたん……」


 そう断わりを入れて、胸元をそっとめくっていく。

 俺の想像とは違って鎖骨のすぐ下に窪みがあった。けっこうな盛り上がりを見せる胸まで、服を開く必要はないようだ。


「う、うむ」


 決して残念がってはいない。ちょっとホッとしただけだ。

魔導石(ドール・コア)』をはめこむ窪みは、やや楕円形で、親指ほどのサイズしかなかった。


「かなり小さい」


 その点は正直、助かったと思う。ここまで『永劫にひしめく霜石玉髄(フロスラルダ)』はけっこう溶けてしまっていて、俺の拳よりも小さい物となってしまっている。

 というか(くぼ)み自体が親指の大きさしかないって事は、指でなぞって削るレベルで細かい形を整えていかなければならないのか……。



「なめらか、そう優しく、包み込むように……」


 サイズの方はそこまで難易度が高くはないけれど、綺麗な楕円形を狙うのは非常に骨が折れる作業だ。しかし、これが出来上がる『魔導石(ドール・コア)』の品質に大きく影響するだろうし、手を抜けるはずもない。

 ぐぅぬ、ぬ。優美な曲線を描くのが難しい。



「まるぅ……まる、まるまるめこむ」


 指の腹でちょこちょことなでていく。そんな緻密な作業を繰り返していき、ようやく満足できる出来栄えになったところで、『雪姫人形』の胸に『永劫にひしめく霜石玉髄(フロスラルダ)』をはめこんでいく。


 ピッタリではないけれど、そこそこ合っているように思える。



:『導き糸』を装着し、アビリティ『人形の支配師(ドミネーター)』を発動すれば操る事ができます:

:また、素体に合う心を『魔導石(ドール・コア)』に重ねれば、自律的に動く事が可能となります:

:ただし、『導き糸』で操らないと、人形固有の戦闘アビリティは使用できません:



「これで……彼女がようやく目覚める……我が錬金術によって」


 俺は万感の意を込めて、淡い輝きを放つ光体『ブルーホワイトの心』を『魔導石(ドール・コア)』となった『永劫にひしめく霜石玉髄(フロスラルダ)』に重ねていく。


 すると『雪姫人形』は一瞬だけ青白い光に包みこまれる。

 俺はその眩さに目を背ける事なく、冷静に『知識眼』で彼女を観察していく。



『雪姫人形』

耐久値1200 → 心の開放時1800

殺傷値860  → 心の開放時1020

活動限界時間  ・・・


 という以前のステータスから変化が見られた。


耐久値820 → 心の開放時1100

殺傷値640  → 心の開放時820

活動限界時間  16時間(要休眠時間1時間~8時間)



 ふむ……まずステータスが大幅に基本値よりも低い……。これはおそらく完成した『魔導石(ドール・コア)』の品質があまりよろしくないのだろう。まだまだ上の素材があり、俺の技量を高める必要性を感じた。

魔導石(ドール・コア)』は着脱可能なので、また良い素材が手に入り次第挑戦しておこうと思う。

 次に活動限界時間に関しては2時間起動させれば、1時間の休息時間が必要で、最大16時間まで稼働させることができると。その場合、再度人形を動かすのに8時間必要なのがわかった。


 全体的に色々と課題の残る結果になってしまったが、今は喜ぶ時なのだろう。


 (まぶた)を閉じていた『雪姫人形』がそっと目を開いたのだ。彼女は何度か瞬きを繰り返し、その無機質な表情で俺達をくるりと見回した。

 それから自らの足で立ち、俺と向き合う。彼女のそんな行いに応えるべく、『見識者の髑髏(どくろ)仮面(バイザー)』を外す。彼女の方が身長が高いため、どうしても俺は見上げる形になってしまうけれど、威厳たっぷりに彼女に語りかける。



「よく目覚めた……さぁ、俺と一緒にこの世界のあらゆる物を見に行こう」


 彼女の生前の夢は、雪国ポーンセントを出て、世界のあらゆる場所を恋人と見に行く事だったはずだ。俺は彼女の恋人の代わりはできないけれど、せめて彼女と共にクラン・クランの世界を一緒に旅するぐらいはできる。



(あるじ)様……わたしの生きる理由を与えてくださリ、ありがとウ……」


 ブルーホワイトたんはスカートの裾を両手でつまみ、カーテシーのような上品なお辞儀を俺にしたのだった。

 ちなみに彼女の名称が『銀氷の雪姫人形・ブルーホワイト』に変わっていた。




 魔導人形の戦闘アビリティを発動するために必要な『導き糸』、それを生成するには『糸』という素材に自分の魔力を『魔技手(ギフティ)』で込めるらしいのだが……『糸』とやらはかなりの種類があるそうだ。そのへんは今度、裁縫職人のアンノウンさんに聞いてみようと思い、とりあえずは後回しにしておく。



「のぉおおおおん! 雪姫ちゃん、つよすぎぃぃいいん!」


 というのも、自律的に動く美しい魔導人形を作りだせた事で興奮した俺とジョージは、『銀氷の雪姫ブルーホワイト』の性能を見るべく『始まりの草原』で模擬戦をしていた。


 オカマVS雪姫の構図でだ。

 傭兵(プレイヤー)の中でもトップレベルを誇るジョージ自ら、雪姫の性能を見たいと申し出てくれたので、俺はその好機に便乗させてもらったわけなのだけど……華麗に青と白のドレスをひらめかせ、ジョージに無表情で肘鉄をくらわせたブルーホワイトたんは強過ぎた。


 たった一撃でジョージは数メートルも後方へと吹っ飛ばされ、瀕死の状態に追い込まれていた。殺傷値820であの威力って、耐久値の方は1000超えてるから防御面はもっと凄まじいって事かもしれない……。

 もしかして、とんでもない存在を創り出してしまった?



「燃えるわねぇン♪」


 しかし、ジョージは絶対的な強者のオーラを纏う雪姫に対し、果敢にも飛び込んでいった。俺が止める暇もなく、オカマは俊敏な動きとステップを混ぜて拳を振り放った。俺には幾重にもジョージの動きが重なり、どこから攻撃が飛び出るのか全く把握できなかった。だが、ブルーホワイトたんは颯爽と上半身を後方へと反ってかわす。しかも、その見事なイナバウアーの体勢から、右足でジョージの顎を蹴り上げた。そのままの勢いでバクテンをし、優雅な立ちポーズを決める雪姫。

 ジョージはといえば、よほど強烈な衝撃だったのか、錐揉みしながら打ち上げられ、絶命してしまった。


「は……ははは……は?」


傭兵(プレイヤー)ジョージをキルしました:

:2600エソと『乙女(♂)の心』をドロップしました:


 ブルーホワイトが倒した傭兵(プレイヤー)は、俺がキルしたという判定をもらえる事に驚く。もちろん意味不明なドロップアイテムとお金は、返却しておこうと固く決意しておく事も忘れない。


「ご、御苦労さま。ブルーホワイトたん」

「主さまと私の旅路を邪魔すル者ハ……駆逐(くちく)しまス」


「は、はい……」


 改めてブルーホワイトたんの強さに驚愕していると、晃夜(こうや)からフレンドメッセージが届いた。



『おい、訊太郎(じんたろう)。お前って夏休みの宿題とかしてんのか?』

『やばい、まだ終わってない』


 夏休みも半分が過ぎた今、晃夜の唐突な指摘によって終えるどころか一切手をつけていない宿題の存在を思い出した。



『だろうと思った。明日、夕輝の家で宿題をやるついでに、ちょろっとグラントール継承戦争の事を整理しようって話になってな。お前も来るか?』


『行きます! いかせてください!』


『おい、宿題は見せないからな?』


『晃夜さん、お慈悲を』


『ポーション10個な、錬金術士殿』


『仰せのままに』


 こうして俺は『翡翠(エメラルド)の涙』を大量生産するべく、先駆都市ミケランジェロへ、銀氷の雪姫ブルーホワイトを連れて引き返した。






〈クラン・クラン〉

【公式サイト 傭兵たちの宴会 掲示板】

〈ジャンル 生活系〉


スレッド名【美少女】NPCと傭兵(プレイヤー)【キャラ】



232:なぁ、呪いの雪国ポーンセントの話聞いたか?


234:あぁ。剥製の雪姫ブルーホワイト、消失したらしいな


235:地味にあのボスキャラ好きだった


236:物静かな顔で台詞は激しかったぽ。そこがいいぽ


237:ボスキャラで美少女っていうのも珍しかったしなぁ


238:もうあの街に行ってもブルーホワイトが出現することはないのか


239:ちょっと寂しいな

240:もう二度と会えないぽ……


241:何を申すでござるか。(それがし)、ブルーホワイトなる者を目にしたでござるよ?


242:は? 何言ってんのお前

243:ござる侍、詳しく頼むぽ


244:偶然、白銀の天使殿をお見受けする機会がござって、ブルーホワイトなる者が彼女の元に(はべ)っていたにござる


245:ぽおおおおおおおおううううう 天使ちゃんが一緒ぽ!?


246:はぁ? 傭兵(プレイヤー)とNPCが一緒にいるとか護衛クエストか何かじゃないか?


247:たまたま護衛対象がブルーホワイト似のNPCだったとか


248:いや、待てよ。白銀の天使って、始まりの天使か?


249:天使ちゃんは崇高なる傭兵(プレイヤー)でごわす


250:あー……初期街ミケランジェロに出没する噂の銀髪女児っ子?


251:俺も見かけたぞ。ブルーホワイトがしずしずと天使ちゃんの後に続いてた


252:ガチのマジか。さすが俺達の天使ちゃんだ


253:そういえば白銀の天使ちゃんって、賢者ミソラとも一緒に行動してなかったか?


254:妖精の舞踏会でもそんなような事あったよな


255:灰王との戦いの最中、天使ちゃんの助太刀に賢者ミソラが百雷と共に空から舞い降りた、だっけか


256:さようじゃ。あの時の戦いは胸躍ったのぅ


257:おいおい、本当っぽいぞ。俺のフレンドも見かけたらしい。しかも鉄血のジョージをぶっ飛ばしてたとか


258:天使ちゃんに近付く邪なる者を排除する雪姫ブルーホワイトか

259:なんか、それいいな

260:良いでごわすな

261;可憐な花には美しい花が集まると……


262:賢者ミソラに続き、剥製の雪姫ブルーホワイトまで手なずけるとか


263:美少女NPCをことごとく従えていく天使ちゃんって……


264:強者じゃな

265:アイドルぽ!

266:ガチ天使

267:大関でごわすな

268:希望の花だな

269:仕えるべき主君でござるな


ブックマーク、評価よろしくおねがいします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ