185話 支配師の始まり
呪いの雪国ポーンセントの街が本来の姿に戻った事で、一件落着というわけにはいかなかった。どのようにして『白青の雪姫ブルーホワイト』を攻略したのか、と攻略を目指していた傭兵たちに問い詰められたのだ。
俺も全てを素直に教えるつもりはなかったので、『錬金術スキルのおかげだ』と答えれば、傭兵たちは口をそろえて『あんな不確定要素の多いスキルに貴重なスキルポイントを振り割く余裕はない』『スキルポイントが大量に手に入ればなぁ』とぼやいていた。
これで少しでも錬金術が日の目を見ればよいのだけれど……と考えていれば、隣にいるジョージからのぼやきも止まらなかった。
「あぁん……もぉん、結局あちき達の『冬の落とし子』は回収できなかったわねぇん……」
輝剣屋スキル☆ジョージに戻ってもオカマの嘆きは続いたので、俺はそれとなくフォローを入れておく。
「また一緒に作ろうよ。大丈夫、俺はいつでも協力するし」
「あらぁん! 天使ちゅわんがそう言ってくれるならぁん、あちきご機嫌♪」
「『冬の落とし子』の代わりと言ってはなんだけど、変わったアイテムもゲットできたわけだしな」
そう言って俺はインベントリから、白青の雪姫ブルーホワイト戦を終えた後にドロップしたアイテムを取り出す。そしてデイモンド師匠から譲り受けた『見識者の髑髏仮面』を装着し、第二段階詳細を知れる『知識眼』でアイテムを調べる事も忘れない。
『雪姫人形』
【剥製の雪姫ブルーホワイトの抜け殻。精密にして精緻に作られた美しき人形は、人間による技術で再現する事は不可能に近い】
【極めて魔道人形に適した素体と言える】
写真を手渡した後、『白青の雪姫ブルーホワイト』は一切動かなくなったかと思えば、アイテム化してしまったのだ。どうやらこのままの状態だと妙にリアルな等身大のお人形として、家具などに分類されるアイテム扱いらしい。
ちなみに『白青の雪姫ブルーホワイト』は二度とボスキャラとしてリポップする事もなくなり、ポーンセントに黒い雪が降らなくなった。
ともかく、このアイテム。
ただのインテリアで終わるような代物ではないはずだ。
俺は手元にある『錬金術の古書〈人形の支配師〉』を見つめる。
『錬金術の古書〈人形の支配師〉』
【入手条件:スキル錬金術Lv30以上・アビリティ『空気を詠む』の習得・1体以上の『人形の心』を所持している】
【錬金術アビリティ『傀儡話術』と『魔技手』、『人形の支配師』を習得する】
この古書を見て、錬金術士として胸が躍らないはずがない。
おそらくだが、『雪姫人形』に深く結びついた何かを実現できるに違いない。
期待と興奮で破裂しそうになりかねない頭を一度冷やす。冷静にならねば、錬金道を極める事はできないのだ。
「フッフッフッフッ……」
突然に黒い笑みを浮かべてしまったからだろうか。
傍にいたジュンヤ君が怪訝な顔をする。対するミナは『天士さまの大事な錬金術のお時間が来ました。みなさん、くれぐれも邪魔をしないように』と勝手知ったる優雅な態度で、トワさんやジュンヤ君を後ろに下がらせる。ジョージはといえば、いつもの如くカウンターで肘を突きながら、無駄に目をキラキラさせてこちらを見ている。
俺はすぅーっと息を吸い、そして『錬金術の古書』を紐解いた。
三つのアビリティを習得し、それぞれの効果を吟味する。
まずは一つ目の『傀儡話術』だ。
『傀儡話術』
【古く、想いが込められた人形には自然と心が宿る。心を持つ人形とある程度の会話、意思疎通ができるアビリティ】
【人形の心を手に入れるための、等価交換を成立させるためのアビリティ】
ほう……。
「そう言えば、『錬金術の古書』の入手条件に……『空気を詠む』の習得があったのは意外だな……あれは、もしかして……」
ポーンセントで見かける人形に、なんとなく不気味な雰囲気を俺が抱いていたのは『空気を詠む』という、NPCとの関係性を読み取るアビリティを持っていたからこそなのかもしれない。人形たちから伝わってくる感情めいたものをうっすらと読み取っていたと。そうであれば、ブルーホワイトから聞こえてきた妙な歌声にも納得できた。その上位互換ともなりえるのが、この『傀儡話術』だろう。人形とコミュニケーションを密に取り、相手の望む物を渡せれば、等価交換としてその人形の心が手に入ると。
次のアビリティは『魔技手』だ。
『魔技手』
【魔導人形に装着するための『魔導石』を作るアビリティ】
【魔導人形を操るための『導き糸』を作るアビリティ】
「ククククッ」
これが笑わずにいられようか。
魔導人形とはすなわち、人間では到底不可能な事も可能とせしめる、不屈の物質。脆弱な人の身では生存不可な環境下でも探索をやり遂げ、老いで朽ちゆく人に反し、永い時の狭間で遺跡の守護を司る事もできる叡智の結晶。その希少な存在をこの手で作れる日がこようとは。
「『魔技手』、発動!」
俺は執刀医のごとく、洗練された手つきで右手を横に流す。
今、俺の両の手は赤黒い靄をまとい、怪しく揺らめいている。
:魔導人形の素体と相性のいい『魔導石』を作りましょう:
:魔導石の素材になりうる鉱石類を選びましょう:
「ほう……ジュンヤくん、鉱石の準備を」
へ? と首を傾げる彼に、俺は有無を言わさぬ目付きで諭す。
キミは今、歴史が変わる瞬間に立ち会えている事を認識しているのか? と。
「は、はいっ」
すると彼はこの場にいる重要性にようやく気付いたのか、慌ててインベントリを探る段階に移った。
それでよい、と俺は頷く。
次に魔導人形の素体となる『雪姫人形』に両手で触れてみる。
するとさっきまでは表記されていなかったステータスが、目の前に突然浮かびあがったではないか。
『雪姫人形』
耐久値1200 → 心の開放時1800
殺傷値860 → 心の開放時1230
機動式ギミック
『急速冷却』『氷装弾』
『約束の千本針(心の開放時)』
魔法式ギミック
『氷花』『魔氷の吐息』
『双刹刃・雪姫』
『凍てつく血涙(心の開放時)』
好相性 氷・雪
開放可能な心 『白青の雪姫ブルーホワイトの心』
活動限界時間 ・・・
:耐久値、殺傷値、ギミックの威力は使用される『魔導石』によって変動します:
:使用する『導き糸』に備わるギミックを、新たに追加する事もできます:
これは……やはり、と言うべきか。
ステータスとログを読み終わった俺は、雪姫人形を魔導人形として運用できる、という確信に至った。
思わず歓喜で震えてしまう。
「すばらしい……託された心、存分に使わせてもらおう」
しかもステータスを見る限り、ブルーホワイトの心を持っているといないでは大きな差があるようだ。使えるギミック? も増減するようだし、カスタマイズ要素もありそうだ。
「問題は作れる『魔導石』の質と相性か……」
となれば、素材となる鉱石選びも責任重大だ。
俺は真剣にジュンヤ君を見つめ、目を細める。対するジュンヤ君は『うぇ?』っと動揺したように奇声を小さく上げた。何とも情けないその反応に、俺はシャキッとしたまえと思いを込めて力強く頷く。
「ジュンヤくん。それでは、氷か雪にまつわる鉱石類を頼む」
好相性の項目には氷か雪と記されているのだ。この見解に間違いはないだろう。俺は気合いを入れて、『魔技手』が発動している自分の両手を見つめる。
「この手で、必ず最高のキミを創り出してみせる。待っていてくれ……哀れなる雪姫、ブルーホワイトたん……」
それには、これから作る『魔導石』が最重要課題なのだ。
だというのに、ジュンヤ君は『え? えっと、雪? と氷の……?』などと逡巡している。一抹の不安を覚えた俺を察したのか、ミナが彼を咎めるような冷たい口調で言い放った。
「何をしてるのですか。天士さまにしっかりとした鉱石を渡してください」
ミナが更にジュンヤ君にプレッシャーをかけるように、じーっと見つめていく。
「いいのを渡せないと、天士さまに嫌われちゃいますよ?」
「ひ、ひぅっ」
ジュンヤ君は猛然となってインベントリを漁り出した。
頼むよジュンヤくん。キミの鉱石を見る目、信じてる。
 




