183話 氷花を飾る少女
ジリッと泡立つ感覚が背を走る。危険を知らせるシグナルだ。
俺は即座に対象との関係性を調べる『空気を詠む』を発動しておく。
NPC/モンスター 『白青の雪姫ブルーホワイト』
:傭兵タロとの関係性 → 好感度【無関心】
:失った者、失った心、失った愛を嘆き、憎む剥製人形:
好感度は【無関心】、という事は敵とも味方とも思っていない、はずだけど俺の内心では警鐘が激しく鳴り響いている。
目の前のジョージも同じ緊張感を覚えたのだろうか、急にピシッと背筋を伸ばし、気を付けの姿勢を取りだす。
「逃げるのよォォォォオオん!」
そしてジョージは弾丸ロケットのごとき勢いで、ピョーンと後方へダイブ。
うぁっ!? 頭からこっちに突っ込んでくるなよ、危ないだろう!
「まずいわぁぁん! 『凍傷』耐性アイテムがないとォン、あの子とヤり合えないわよぉおん!」
水面に響く波紋のように広がった、禍々しい漆黒の波動。『白青の雪姫ブルーホワイト』から噴き出たオーラは瞬時に青へと変貌し、そして白く、氷花のように咲き誇った。
――降り積もる孤独――
――霞んでは消えてしまった夢――
ん? なんだ?
鈴の音を転がすような凛とした旋律。これは歌?
「ジョージ、この歌声はなに!?」
「天使ちゅわん、こんな時に何を言ってるのォん!? いいから早くここから退散するわよぉん!?」
心が汚いジョージには聞こえてないみたいだ。となると、純真無垢なミナへと振り返って叫ぶ。
「ミナ、この歌声が聞こえてる!?」
「すみません、天士さま。わたしにも聞こえません」
「えっと、タロ先輩……ボクにも聞こえてない、です」
「私にも何がなにやらーって、タロちゃん! 逃げてっ!」
トワさんの警告は尤もだった。
『白青の雪姫ブルーホワイト』を中心に、氷の波と言えばいいのだろうか、正確には植物を模した氷なのだが、美しく幻想的な氷花が急速に広がっているのだ。それは教会内部の床から天井にまで張り巡る勢いで、当然俺達の足元にも迫って来ている。
――欠けた身体は元に戻らない――
――明日だけが、そっと逃げてゆく――
しかし緊迫した状況でも、奏でられる歌声は不思議と惹かれるモノがあった。
きっとこれは『白青の雪姫ブルーホワイト』の心象が歌に乗っているのだろうか。なぜ俺だけにしか聞こえないのか。
「天使ちゅわん! 急いでぇン!」
「ジョージ! もうちょっと待って! まだ歌を聞き終わってない!」
気になってしまったのだ。
だって、彼女の末路はあまりにも悲劇すぎる。
彼女がこの町に『黒い雪』という呪いを振り落としたのは、とても残酷な復讐だと思うけれど、どうしても放ってはおけない。
「もぉん! 仕方ないわねぇん! 女のワガママを真に受け止めるのもぉん、イイ女の証なのよぉん!」
さすがジョージさんっす。頼りになります!
急速に辺りが凍結していくこの状況下で、俺を庇うように堂々の仁王立ち。
「ひゅしゅるるるぅぅぅ……」
「ありがとう、ジョージ」
「長くは持たないわん……『無葬』」
腰を深く落とし、プリンッと突き出たお尻をキュッとひっこめたオカマ。瞬く間に生み出される大量の氷花に対し、何かをぶちかます魂胆なのだろう。
「『修羅道の三法・衝球拳』」
ジョージの両腕にチリチリと小さな光の球体がいくつも宿る。そしてオカマは目にも止まらぬ速さで、拳を討ち放った。拳と氷花がぶつかり合う瞬間、それは極小の爆発を生成し、連打によって氷花が次々と砕け散っていく。
「ふぉちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃっちゃオウッッ!」
拳と氷花の二重奏、それは小惑星の爆発めいた神秘さを伴い、美しい煌めきと残像を発生させる。あとに残るは拳を振り抜いたジョージの武道派姿だけだ。まさに修羅道を歩む人そのものを体現した技だった。
――壊れた時計は時を刻めない――
よし!
ジョージのおかげで、まだ歌を聴き続ける事ができる!
――壊れた人形も――
――壊した命も――
――彼の命も――
彼の命?
――この手で――
――全て、殺してしまった――
ブルーホワイトは……将来を誓い合った恋人に『化け物』と恐れられ、その悲しみに駆られて恋人も殺してしまったのか?
――小さな雪国見下ろす――
――約束の場所――
――枯れ果ての小岩――
約束の場所?
恋人と愛を確認し合った場所とか?
――欲しいのは、貴方の心――
――失くしてしまった――
――生きる理由――
……生きる理由を、失くしてしまった、のか……。
――呼び覚ます度に君が笑う――
――ただ、憎いはずなのに――
きっとまだ、自身が殺めてしまった恋人に未練があるのだろう。
そして自分の運命を呪い、この町を呪い続けているのだろう。
――私を――
――消して――
…………。
「天使ちゅわん! もう限界よぉん!」
「ジョージ、ありがとう……逃げよう!」
俺達は凍てつくポーンセントの教会から急いで離脱した。
しかし事態は教会内部だけでは収まらなかった。
「町が……氷に覆われていきます……」
胸元で両手をきつく結んだミナが、驚愕の眼差しで凍りついていく建築物を眺めている。
さらに教会の開かれた扉から、大量の雪が吹き荒れる。その雪は黒ではない。しかし、吹き抜ける雪が町を歩くNPCに触れた途端、全身が透明になり、パキパキと氷結していった。人間ではない別の生き物へと豹変していったのだ。四肢のある氷の化け物、といえば一番しっくりくるだろうか。
カチコキと奇怪な動きをするソレに、顔なんてない。タダの動く氷人形のようだ。
彼らの手は、一本の鋭くとがった氷槍に成り変わり……近くにいた傭兵へと襲いかかっていた。
「雪が……建物内にも入り込んでいる……」
もはやこの町の住人全てが、氷人間になる運命を辿っていた。
:『呪いの雪国ポーンセント』がダンジョン化しました:
:『贖罪の氷都ブルーホワイト』に変化しました:
町へと広がりゆく氷層は、まるで雪姫ブルーホワイトの心を代弁するかのようで。
希望を閉ざし凍えた彼女そのものだった。
姿形が変わり、恋人にすら化け物扱いされたブルーホワイト。
たかがNPCモンスターの過去だ。
だけれど……身体が少女へと変化してしまった俺には、彼女の絶望は他人事のように思えなかった。変わり果てた人形の姿で、信頼していた人間にどう見られるかという不安と戦い、会いに行った結果が。『化け物』と怖がられるだなんて、もし晃夜や夕輝に、そんな態度を取られていたら、俺もきっと誰かを憎む存在になっていたかもしれない。
「なんとかできないかな……」
「たしかに……町の人たちを救わないと」
ジュンヤ君はポーンセントの人々が被った惨状に慌てているようだ。
けれど、俺はそれよりもブルーホワイトをどうにかしたいと思っている。
「いや、別にそっちはどうでもいいかな」
寒空に閉ざされた町に、俺の本音が冷たくこぼれた。
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