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182話 雪姫の物語り


「あっ! 天士さま! お人形屋さんがありますよ!」


 ミナに呼ばれ、道沿いにあったショーウィンドウへと目を向ける。


「ほう、どれどれ。なかなか精巧な造りだな」

「あのゴシック調のドレスを着せてもらってる、紫玉色(アメジスト)の目をした子なんて可愛いと思いませんか?」



『月に(おぼ)れて』と看板が立てかけられた店は、この町にしては珍しいレンガ造りだ。ガラスの奥で着飾った人形達が、ちりばめられた宝石類と共に静かに鎮座している。

 ミナが気に入ったという人形に目を向け、その細部まで(こだわ)り抜かれた出来栄えにちょっとした感動を覚えていると、その人形の目が俺を見るかのようにギョロッと動いた。


「ひぃっ」


「天士さま? どうかされました?」


「いや、今さっき……」


 人形の目がこっちを向いた、とミナに伝えようと、再び紫玉色(アメジスト)の目をした人形へ視線を戻すと……視線は元通り真っすぐになっていた。


「天士さま? ステキなお人形さんじゃありませんでしたか?」


「あぁ、うん。とても良くできてると思う。今にも動き出しそうな不気味……リアルさがあるな」

「はい!」



 俺達は『呪いの雪国ポーンセント』にて、ジョージが『熟成』のために置いてきた『輝剣(アーツ)』を回収するべく、観光を(よそお)ってこの町を散策している真っ最中だ。

 と言うのも、装飾職人は『輝剣(アーツ)』を『熟成』から回収する際が、他の傭兵(プレイヤー)から1番狙われやすいのだ。『熟成』中の『輝剣(アーツ)』は完全なるオブジェクト化してしまうものの、回収時はスキルを習得するためのアイテム『輝剣(アーツ)』に変化する。そのタイミングでPvPをふっかけ、『輝剣(アーツ)』を奪おうとする傭兵(プレイヤー)(まれ)にいるとの事。

 ジョージが職人傭兵(プレイヤー)でありながら、対人戦を心得ているのも納得ができる。



「それで……ジョージ、(くだん)の『輝剣(アーツ)』はどこで『熟成』してるんだ?」


「もうちょっと町の中央よォン♪」


「そもそも、この町が『冬の落とし子』の『熟成』に適した場所なのか?」



 スキル『冬の落とし子』輝剣(アーツ)の『熟成』場所に関するヒント説明はこうだ。

【熟成】雪に覆われた大地に安住の地はない。古き民はこの厳しい寒さに凍えないよう、一時の()()として灯を()くだろう。



「雪に覆われた大地っていうのは当てはまりそうだけど……」


「あちきも色んな場所を試したんだけどねぇん……雪原の休憩地、『旅人眠る焚火(たきび)』とかねぇん? でも違っててぇ……一時の寄る辺と灯、これって心情的な意味を持つって考えるとぉん、この町かもぉんって思ったのよォんッ☆」


「ふむ」


「一時の寄る辺っていうのは、自分たちが犯した罪に対する心の()り所ねぇん。灯っていうのわぁん、贖罪という行為を重ねていれば、いつかは許されるって希望の光。それらを象徴する場所があるのよねぇん」


「ん、罪? ここの町の人達は何かの(ごう)を背負ってるの?」


「そぉねん……『剥製(はくせい)の雪姫ブルーホワイト』ってボスキャラがいるって言ったわよねぇん」


「その人が『黒い雪』を降らせてる人物なんだよな」


「その子、実は可哀そうな子なのよ」


 オカマは切なげに、灰色の空を見上げる。はらはらと振り落ちる雪をしばらく眺めた後、『この町は昔、若くて美しい女性を生贄にしてたのぉん』と語り始めた。



 雪国ポーンセントは昔、人形作りが盛んな町だったらしい。そんな国柄に目を付けたのか、人間を意思なき傀儡(くぐつ)人形に変えてしまう強力な悪魔が出現したそうだ。その悪魔は生きている人間を殺人マシーンという名の人形に作り変え、自ら(あやつ)り月に1、2度のペースで人間の命を多数奪っていった。悪魔はとある趣向を持っていて、人形にする素体に容姿の美しい娘を選ぶ事が多かった。町の人々も狙う人物が分かればと、若い女性達が奪われないように護衛し、悪魔に対抗し続けてきた。一度、本格的に町長が討伐隊を組織し、悪魔に挑んだのだが全滅という結果に終わった。この事件で悪魔の力は強大であり、本気を出せば大量虐殺など簡単にできるとわかった町の住人達は怯えた。そうして悪魔とポーンセントの人々の戦いが5年続いたある日、その悪魔がとある提案を持ち出してきた。



 悪魔は言った。



『なぜ人形を作り、この町の住人を襲わせているか』


『人間を殺すのが目的ではない。人間が生み出す、負の感情……近しい者が死んだ時の絶望、無力を嘆く悔恨の涙、そういった美味なるエネルギーを食すため』。


『もちろん人間の臓物も美味だから、人形にする前に内臓を余すことなく取り除き食していた』


『私が作る人形は美しくあらねばならない』


『だというのに近頃の人間は美しい娘を寄せ付けぬ。ならばと妥協し、人相に劣る少女たちを人形にしてきたが、それも飽きた』


『だから私から条件を出そう』



『5年に1度、この町で最も美しい女性を生贄(いけにえ)に差し出せ』


『そうすれば、他の人間を襲う事も殺しもない』


 これはポーンセントの人々に取って、かなりの好条件だった。町の娘たちを守るために戦い、死にゆく住人は少なくない。人形となってしまった女性の犠牲も含め、年間で50人以上にも及ぶ。それが5年に1度、1人きりに減る。


『そうだ。私が求めているのはソレ(・・)なのだよ。貴様らは我が身かわいさゆえに、若くて美しい娘を、自ら貴様らが忌み嫌う悪魔と呼ぶ存在に捧げる。その無力と罪悪に塗れた感情が、永遠にこの町に巣食う。そして私の手元には最も美しい人形が残る』


 お互いの利益は合致していた。

 それから、悪魔とポーンセントの密約は何十年と続き、何度目かの生贄の少女が選ばれる。選ばれた当時、その少女は14歳という若さでありながら、町一番の美貌を誇っていた。

 その少女は生贄のその日を迎えるまでより美しく成長し、そして内に爆大な魔力を持った人物であったため、町の人々から一目おかれる存在となっていた。



 彼女には一つの夢があった。

 それを傍らにいた恋人の少年にいつも語っていたそうだ。

 少年もやがて彼女と同じく成長し、彼女の夢に寄り添うと誓ってくれた。16歳となった二人が抱く夢の内容は、彼女が先頭に立ち、町の住民達と協力して悪魔を討伐すること。そして、町の責務から解放された後には、二人で曇天と雪に閉ざされたこの町から出て、世界のあらゆる場所を見て回りたいと。


 だが、その夢は叶わなかった。

 悪魔を討伐できる確証もなく、失敗すれば悪魔の逆鱗に触れ大惨事になりかねない。町の人々は娘の戯言に耳を傾けるより、悪魔の囁きに耳を傾けたのだ。14歳から死を定められた不憫な少女は、自分の抱く希望を信じ、町民を信じ、恋人を信じ、睡眠薬を盛られ、意識不明のまま悪魔の生贄に捧げられてしまった。



 しかし、人形となってしまっても少女の意思は潰えなかった。生きたまま内臓を抜かれ、剥製(はくせい)と化し、悪魔の傀儡(くぐつ)人形となっても、強力な魔力のおかげで記憶は消えなかったのだ。人形としての身体能力向上は純粋に戦闘力の上昇を意味し、持ち前の魔力を活かして、悪魔の隙を突いてポーンセントの宿敵を一人で討つ事に成功する。



 そうして人形になっても、愛する恋人の元へ駆け寄った彼女を待っていたのは。


『化け物』と怯える恋人の姿だったそうだ。


 彼女は悪魔に手を加えられた物体、その容姿は永久に衰えない美そのもの。しかし生身の頃とは変わり果ててしまった。町民は彼女にしでかしてしまった罪に怯え、復讐されるのではと恐慌し、あろうことか彼女を破壊すべく襲いかかる始末。


 身も心も救われない彼女がとった行動は自衛という名の抵抗、虐殺だ。

 そして結果は文字通り、殺人人形と化した。


 そう、彼女こそが『剥製(はくせい)の雪姫ブルーホワイト』なのだ。

 自らに犠牲を強い、自らを陥れ、自らを化け物扱いし、自らの死を願う町民に対し、彼女が憎しみの感情を抱くにはそう時間はかからなかった。

 


『それなら、あなたたちも化け物になる気持ちを味わえばいイ』


 彼女はそう嘲笑ったそうだ。

 こうして雪国ポーンセントには『黒い雪』が降り始めるようになったのだ。

 ちなみに、彼女はけっこうな頻度でこの町に出没するらしく、傭兵(プレイヤー)たちの間では突発的に行われる強ボス戦と認識されているようだ。

 特に『黒い雪』が降り始めたタイミングでのポップが多いらしい。



「悲しいお話よねぇん。生涯を誓い合った男にすら、化け物扱いされるなんてぇン……そんな男、許せないわァン……」


 オカマはこの町の物語に対し、ひどく憤慨しているようだった。ジョージの瞳は森の奥にひっそりと佇む湖のような静けさをたたえ、揺れていた。

 この話に、何かしら思う事があるのだろうか。


 オカマ(こいつ)の伴侶となる男に警告しておきたい。間違っても、飛び抜けたセンスをお持ちのジョージに対して化け物扱いしてはいけないと。

 そんな感じでオカマの話を聞きながら歩いていたら、目的地についたようだ。



「ここに、あちき達の子供を置いてきたわぁん」


 そこは教会だった。

 扉の両脇を固めるはお約束で、傭兵(プレイヤー)同士の争いを仲裁、もとい制圧する神兵(デウス)が二人。そこはどの町とも共通の風景。けれども扉を開いたその先の内部は、なんとも異色な光景が広がっていた。



「うわー、ミケランジェロの教会と全然ちがうね」

「……ちょっと怖いね、ここは……」

 

 トワさんとジュンヤ君が驚くのも無理はない。


 普通は教会内部といえど、色ガラスや天窓などのおかげで室内でも明るいのが基本だ。しかしここは薄暗かった。まるで死者をそっとしまっておく、(ひつぎ)であるかのような冷たさと静けさを帯びている。


 それに祈りを捧げるための、信徒が座る長椅子が一切置かれていないのだ。

 代わりとでもいうかのように、左右にはいくつもの人形が置かれていた。人形が配置されている場所は、段々になった構造で、壁際に近付くにつれその高さを増していっている。そのため、無数の人形に見降ろされているような気分になる。

 

「天士さま……可愛いお人形さんがいっぱいです!」


 いやぁ、ミナさん。

 かなり不気味じゃない?


「そ、そうだね。奥にあるアレって、祭壇だよな」


 本来、祭壇となる場所にはろうそくが何十本も灯されており、その頼りない炎が揺らめく度に、人形たちの顔にかかる影が動く。



「ここはねぇん。かつて悪魔の生贄として捧げられた少女達のために作った、慰霊人形の安置所なのよぉん。人形ちゃんたちは、なるべく犠牲になった少女に似せて作られてるらしいのぉん」


 なるほど……。

 ここなら確かに『冬の落とし子』に最適な『熟成』場所かもしれない。


 一時の寄る辺……消えぬ罪の意識を緩和させるための、心の拠り所。だが根本的に少女たちを犠牲にしてきたという事実は消えないからこそ、一時の寄る辺か。贖罪という行為を繰り返せば、いつかは許されるかもという希望の光。ろうそくに灯る火はその象徴、か。



「ほら、あったわぁん」


 ジョージは人形たちが見下ろしてくる不気味な間をどんどん進み、ろうそくが大量にある祭壇の手前で止まる。たしかに、結晶に突き刺さる短剣のオブジェクトがあった。


「他の傭兵(プレイヤー)は誰もいないようだしぃん、このまま回収しちゃうわよぉん……」


 そうブツブツと呟きながら、オカマは手を伸ばす。

 なんだかな、とちょっと暗い気持ちになる。

 あの『輝剣(アーツ)』が黒い雪に有効だった場合、すこし罪悪感を抱いてしまいそうだ。


 犠牲になった少女たちは、こんな場を作られて気は晴れるのだろうか。そもそも彼女達のためではなく、町人達の罪悪感を払拭するための場所なのかもしれない。だとしたら、それは報われない話だ。



剥製(はくせい)の雪姫ブルーホワイト』が降らせる『黒い雪』にしたって、彼女達が被った痛みを、緩やかに、永遠に与えるためだろう。

 それは彼女たちの黒い涙なのかもしれない。



「男でもない、女でもない、人形になってしまったン……そんな苦悩を分かち合い、受け止められなかった男の事なんてぇん、忘れちゃいなさいな……」


 今、数多(あまた)の無念を抱えた人形たちが並ぶこの暗がりで、黒い雪が降り出した(・・・・・)。そんな中、男の裏切りを決して許さないオカマが結晶(アーツ)へと手を差し出す。

 その光景はどこか粛々としていて、オカマ自身この町の人々を救えるかもしれない鍵である『輝剣(アーツ)』を本心では手に取りたくない、と思っているように感じられた。



「あれ? 黒い雪?」


 建物内なのに、雪?

 そう疑問に思った瞬間、漆黒のカーテンが視野を塞ぐように広がった。



「素敵なプレゼント(・・・・・)をありがとウ、ウ、ゥ」



 突如として吹き荒れる黒き風に混じり、少女の声がこだまする。

 キシキシと、どこか歯車がかけたような声音にゾッとくるものがあった。

 そんな声の発生源たる黒は奔流となって集束し、その中心から夜闇(ドレス)をまとった白髪の少女が出現した。


 宙に浮かぶ彼女は凍てつく瞳の色を浮かべ、俺達を見つめていた。

 そして、手にはジョージが取ろうとしていた『輝剣(アーツ)』が握られている。


「あらァン。『剥製(はくせい)の雪姫ブルーホワイト』ちゃんねぇん……」

 


 ちょ、マジですか。

 ジョージの指摘通り、つぶさに彼女を観察すれば確かに関節の節々は人形のような造りになっていて、およそ生者の装丁を持ってはいなかった。

 病的なまでに磨き抜かれた白亜の肌は物体そのもの。精巧にして、美麗な顔は生物の温かみを感じられない。


 まさか、この町に呪いの雪をもたらすボスモンスターが、黒い雪を排除できる可能性を持つ『輝剣(アーツ)』を取得するこの絶好のタイミングで出現するとは。



「ここノ。ありとあらゆる雪はネ、ネ。私の耳、目、そして絶望を喰らう口なノ」


 この地域周辺に降る雪全てが彼女の一部?

 だとしたら、雪も耳であるのなら、俺達が雪を操れる輝剣(アーツ)を取りに来たというのも容易に知れる……邪魔をしにきたのか?


 だが、俺の予想は大きく覆される。

 なぜなら、彼女は『輝剣(アーツ)』を……『冬の落とし子』スキルが内包された短剣を、結晶からゆっくりと引き抜いたのだ。そして、傭兵(プレイヤー)たちがスキルを習得する時と同じく、自身の薄い胸にその短剣を突き立てた。



「もしかしてぇん、スキルを習得しようとしてるかしらん?」


 ジョージの疑問は確信へと変わっていく。



「今までは自然の摂理に従う雪にしカ、呪いを込めれなかったけド、想像通りネ、ネ?」


 彼女は右手から雪を発生させたかと思えば、激しく吹き流した。それは雪を自ら生み、自らの意思で動かせる事を証明している。



「これで、雪を好き勝手にできル。例えば、私の雪が降ったララ、屋内に逃げ込むこの町の卑怯な住人が隠れる場所にネ、ネ? 送れル、ル」


 甲高い声で嗤う彼女に、俺達は唖然と見上げる事しかできなかった。



「アァ、私の雪は人々の絶望を喰らう口なノ。とっても美味しいのヨ」


 

 背筋が凍りつく程の美しい笑みを咲かせる少女は、歓喜に打ち震えているようだった。

 少女自身も、悪感情を喰らう悪魔の一部を受け継いでしまったのだろうか。

 悪魔からつくられた人形、『剥製(はくせい)の雪姫ブルーホワイト』。



「黒く染まったこのココロ、ロ。同じ絶望の色をこの町に落としてあげル……」



 黒というには、この場の全員が疑問に思っただろう。

 なぜなら、彼女が身に付けたドレスの意匠がもはや黒檀ではなかったのだ。

輝剣(アーツ)』を胸に突き立てた瞬間から色彩の変化は起こり、まっさらな空の青と、何よりも純粋な白のドレスとなっていたのだ。

 そして、それは流れるログからも判断できた。



:『剥製(はくせい)の雪姫ブルーホワイト』は『冬の落とし子』を習得しました:


:『白青(はくせい)の雪姫ブルーホワイト』が出現しました:



 俺達はうっかりしていた。

 町の人を救うつもりが、呪いの元凶であるボスモンスターを強化してしまったようだ。




「ヤッちゃったわぁん♪」

 

 ジョージの横顔はちょっと晴れやかで、本来ならオカマに事後報告されても気が滅入るだけなのだが。

 何故だろう、俺も悪い気分ではなかった。




読んでくださりありがとうございます。

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[気になる点] 取られるのはいいが完成品を見たかった。 メッセージ変わらないならいいけど。 [一言] この風景を写真とか鏡に写したい……でもタロさんはしないだろうなぁ。
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