181話 冬の落とし子
「イグニトール姫の王位継承とぉん、それに反対するハーディ伯爵ねぇん」
「謀反人ハーディ伯爵討伐を任命されたグランゼ家から、クエストを受注するとクリア報酬が……現実でのスキル取得アイテム、ですか……」
姉の説明を受けたオカマことジョージと、ミナが神妙な顔付きで応じる。
俺達はレガシークエストが発生したという情報を得てすぐに帰宅し、クラン・クランにインしては、顔見知ったメンバーをジョージのお店に集め、会議を開いていた。
「もう何が何だかねぇん……」
ジョージはマリモ頭をモリモリさわさわと右手でいじりながら何かを熟考している。ミナは神官服の裾を落ち着かなさげに整えた後、意を決したように口を開いた。
「……わたしも天士さまやトワさんと同じで、『スキル祝福の油揚げ』を使った次の日に、身体がおかしくなりました……きっと、今回も同じ効力を持つアイテムだと思います……」
不安気に揺れるミナの金髪。俺はそれをそっと手でぽんぽんする。
大丈夫だよ、と安心させるように。
するとミナはぽわっと頬を朱に染めて俺を見つめる。
11歳かそこらの少女が、急に自らの手の中に不可思議な現象を起こす力があると知ったら、とても動揺してしまっただろうに。
「ミナ、それはゲーム内のスキルが使えるってことだよね?」
「……はい、天士さま」
「親御さんには相談してみた?」
「言ってみたのです……でも、わたしは元からそういう力を持ってるって……屋敷にいる方々も突然何をそんな些事で騒ぎだしたのか、って顔で私を見るばかりで……」
ミナは自分の力が怖くなって、現実ではほとんど使ってはいないらしい。それもそのはずで、ミナのメインスキルは魔法だ。しかも、火力だけはけっこうあるし。
スキル能力を得た人間全員が、ミナのように自身が手にしたスキルを行使しない、なんて事はありえない。ましてや、『ゲームが現実に浸食している』という事実を認識できていない人々は極自然にその力を使うだろう。
それはトワさん……茜ちゃんのように。
「……と、これらの話や推測をまとめると……現状、グランゼ家からクエストを受注せずイグニトール家から受注してクエスト参加、もしくはグラントール継承戦争に関わる傭兵全てを失敗に導く必要性が出てきている」
姉の言う通りなのだが、それは実質的にハーディ伯爵に味方し反乱側につくという事だ。ゲーム内のクエスト受注者全員を敵に回す動きをする事になりかねない。
「ここまで意図的にスキル取得を促進させるような工作、ゲームバランスをいじれる立場にあるのはゲームの運営会社以外ないようにも思えるわ。だから運営と繋がりのある私の後輩を通して、探りを入れているのだけど……今のところ、何をどうしたらいいのか、原因が何なのかすらわからないわ……」
後輩というのは姉と同じ芸能事務所に所属し、クラン・クランの夏祭りコラボイベントでゲリラライブを敢行したアイドルユニット『クラルス』のルルスちゃんだ。彼女ならゲームの運営チームと面識もあるし、何よりリアルモジュール姿でライブをしていたのだ。不安に思う立場は俺達と変わらないはず。
正直……事態を把握できない人が大多数の中で、解決と真相の糸口を見つけるのは至難の業だと思う。
以前に晃夜や夕輝が言ったように、一介の高校生である俺達にできる事って少ないし……何をしていいのかわからない。
姉ですら、芳しい結果を出せてないのだから。
「えーっと、話をまとめると、これからレベルの高い他の傭兵さんたちの邪魔するって事になるんですか? 味方も少ないんですよね?」
この場に初めて参加するトワさんこと、俺の片思いの相手でもある茜ちゃんが遠慮がちに手を上げて意見を述べる。
「概ね、そうなる可能性が高いわ。もちろん、どうするかの選択権はそれぞれに委ねるけど、私達がトワさんを信用してここに呼んだのは、うちの太郎からの強い要望あっての事。そのへんは理解してくれると嬉しいわ」
姉。それって言外に絶対に協力しろって言ってるようなものだよね。そんな脅すように険呑な視線を茜ちゃんにぶつけないでくれよ。
「えっと、ゲームが現実に影響を及ぼしてるとか……あんまりピンときません……けど、コウくんとかユウくん、タロく、ちゃんまでもが必死になってそう言うのだから……信じてみます!」
姉の重圧を気にも留めない素振りでピンと背筋を伸ばし、自分の意見を真っすぐに言い放つトワさんは凛々しい。
「もちろん、ここに私を呼んでくれたタロちゃんの判断力がない、なんてみなさんに思われたくないので、私にできる事は全力でやらせてください!」
俺の責任問題までフォローを入れてくれるなんて、トワさん、ええ子や。
あの姉の眼力を堂々と見返し、胸を張って言い切れる茜ちゃんが眩しいぜ。
「フフッ。いい子みたいね、太郎?」
そう言って意味深な視線を俺に寄越す姉。
なぜだろう。
なぜか、ネチョっと笑う姉にちょっと腹が立った。
◇
はらはらと、白い雪が降り注ぐ寒冷地。
色が抜けてしまったその大地には、幾重にも積み上げられた石があり、それは人々に暖をもたらす建造物となっている。
呪いの雪国ポーンセント。
雪国というだけあって、立ち並ぶ家々は内側に灯した熱を逃さないよう堅固な造りになっている。
一つ一つが重く、暗く、静かで、黒い雪という呪いに耐え忍ぶこの町の在り方を具現化したようだった。
「戦争が始まる、その前にぃん♪」
オカマ、雪町に立つ。
腕を組み、仁王立ちしながらジョージはそんな呟きを漏らす。
まるでコレから獲物(男)を一狩りするかのような、獰猛な笑みを添えて。
「オ・ン・ナはね、勝負前の準備が大切なのよぉん!」
テンションの高いオカマに連れられ、俺達は『呪いの雪国ポーンセント』へと移動していた。今回のPTメンバーはジョージ、俺、ミナ、トワさん、それにジュンヤ君だ。
なぜ、すぐにイグニトール王家の元へ『レガシークエスト』を受けに行かないかと言えば、例の『レガシークエスト』は受注できるものの、未だハーディ伯爵の領地に辿りつけないのが現状だそうで。つまり実際にはクエストを受注できるだけ、というのが現状らしい。
これはおそらく、なるべく多くの傭兵がクエストに参加できるための措置だ。さらに姉の予測では、グラントール王国は発見されたばかりであり、その周辺地域は未踏破。つまり傭兵達が一定以上、グラントール王国内を攻略したらクエストの状況が進展するとみなしている。
高レベル傭兵側の進行度把握と傭兵に対する妨害は、姉の傭兵団『首狩る酔狂共』が担当している。
「それでジョージ。準備はわかったけど、一体なにをするんだ?」
「んもぉうっ! 決まってるじゃないのぉん! 戦争と言えばァン、全ては武力と金がモノを言うのよん!?」
力と金、確かにそうだ。
「それで、なぜここ?」
「天使ちゃんったら、すっかり忘れてるわねぇン。あ・ち・き達の子供の件よぉん」
あぁ、そういえばジョージの装飾スキルと俺の錬金術のコラボレーションで生み出した、『冬の落とし子』という新スキルについて忘れていた。
たしかスキルを内包する『輝剣』の完成には、その『輝剣』の環境に適した場所へ、スキルの力が定着するように放置する『熟成』という手順が必要だったんだっけ。
新スキルの『輝剣』といえば、お金の匂いがぷんぷんする。
「あ、ごめん……色々あってすっかり。そういえば、『冬の落とし子』の条件に合う『熟成』場所が見つかったって、もしかして『呪いの雪国ポーンセント』?」
「そうよぉん。っというわけでぇーーーーんッ! 今回は天使ちゅわんとあちきの子供を迎えにいくのよぉん!」
「こど、こど、ど、子供!? タロ先輩と、こ、この人の間に子供!?」
ジュンヤ君が俺達の会話に甲高い声を上げる。
それを神官服の金髪少女が、妙に迅速な動きで押し退けた。
「うるさいですよ。今は天士さまとジョージさんが、重要なお話をしているのです。邪魔をしてはダメなのです」
「え、えっと」
「ミナヅキちゃん、彼はビックリしただけだと思うよ?」
ミナがジュンヤ君に対して厳しい。そんなミナをトワさんが『まぁまぁ』となだめている。
ジュンヤ君が同行している理由は、一緒に遊ぼうとお誘いをフレンドチャットでもらったからだ。俺は晃夜の断わりを得て同行をしている。できるのならば、弟である純くんに少しずつ現実で起きている事を把握させたいようで、『俺は以前、純の奴に思いきって言ったんだけどな……信じてもらえなかったし、逆にこっちの心配をされたぐらいだ……』と嘆いていたので、その辺は少しずつわかってもらおうって事になっている。
俺個人としても、前のクエスト中に言ってしまった俺の問題発言の数々が招いてしまった誤解を解くチャンスになると思っている。
「そもそも、この人は誰なのですか。モヤシっ子はどっかに行っててください」
「さっき、タロちゃんが紹介してくれてたでしょ? ジュンヤ君って人らしいよ?」
「この人、さっきから天士さまをいやらしい目で見てます。追放するべきです」
「それは……ジュンヤくん? あんまりタロちゃんをジロジロ眺めない方が身のためかもよ?」
「ええと……」
不穏な空気を漂わす女子二人と男子一名。
ジョージはそんな三人なんてお構いなしで、違う話題を俺に振って来る。
メンタル強いな、このオカマ。
「そういえば天使ちゅわんは、この町のお話を知ってるのぉん?」
「ん? 雪国ポーンセントの?」
「そうよぉん♪」
「たしか、黒い雪と白い雪が降るんだったっけ」
「そうねぇん。住民がぁん、黒い雪に触れてしまうとモンスターの『スノーマン』になっちゃうのよねぇん」
「それで、そのスノーマンを倒してしまうと、町の住人に仇として見られ、襲われるって感じだよね」
「さすが天使ちゅわんねン☆ でも、どうしてそんな現象が起きているか知ってるかしらぁン?」
「え、知らないけど」
バチッと両目閉じウィンクをかますジョージに、うろんな目を向ける。オカマは無駄にドヤ顔で俺を見返してきた。
「『剥製の雪姫ブルーホワイト』の呪いがあるからよぉん♪」
剥製の雪姫ブルーホワイト……そういえば、マモル君やダイスケ君なんかが雪国ポーンセントの説明をしている時に、そんな名前を口にしていたのを思い出す。
「その『剥製の雪姫ブルーホワイト』が黒い雪を降らせてるの?」
「そうよぉん。まぁん、この町のボスモンスターみたいなものでねぇん。何度も傭兵たちに討伐はされてるのン♪ でもぉン、そこはゲームなだけあって、数時間経つとリポップしちゃうみたいねぇん」
「じゃあ永遠にこの町の人々は、黒い雪に悩むってターンを繰り返してるのか」
「そこでぇん、あちきの心のように真っ白なぁン♪ 雪を降らせる事ができるスキル、『冬の落とし子』はこの町では役に立ちそうじゃないン?」
浅黒い肌の鍛え抜かれたマッチョオカマは、クネクネと身をよじっている。
「ううーん……でも、スキルで白い雪を降らせたとしても、『剥製の雪姫ブルーホワイト』が同じタイミングで黒い雪を降らせて来ちゃったら意味無いんじゃ?」
「チッ、チッ、チィン♪ 甘いわねぇん」
人差し指を左右に振り、そのまま自分の唇で咥える……不快な動作をするオカマ。
お前が、チンは甘いとか言ったらシャレにならないからやめてくれ、ほんと。
こっちはみんな、未成年なんだからな!
「黒い雪を白へと浄化できるスキルかもしれないわよぉん。『冬の落とし子』スキルの説明にぃん♪ 雪を操るアビリティを習得するって書いてあったでしょん? 黒いブツから白いモノを出すのン!」
黒いブツから白いモノ……またお前はなんて事を!
って、ちょっと待てよ。
オカマへのディスリは瞬時に脳裏から消え去った。
ジョージの言う通り、確かにその可能性はある。そしてもしソレが可能ならば、爆大な富を生むかもしれない。思わずオカマの黒いアフロに後光が差したかのような錯覚に陥ってしまう。
「な、なるほど! 雪を操れるなら、黒い雪も操作できるかもしれない!」
「そうよぉん! 金を持つのは男だけだなんて、ありえないじゃないぃん?」
なんて使えるマリモなんだ!
金を生むオカマ、ジョージさん。
パないです。
「新スキルとして高値で取引きできるだけでなく、『呪いの雪国ポーンセント』の住民を救えるスキル、なんて付加価値が付けば!」
「蝶よぉん! 高額まちがいナッッシィィイング!」
ナッシングの部分だけ、ジョージが野太く低い声で発声してしまった気持ちが俺にはわかった。これは力を入れざるを得ない。
「ひぃッッ」
なぜか子犬のように喉をならしたジュンヤくん。
だが、そんな彼に構っている場合じゃない!
これから何をするのか、それはもう決まっている。
俺とジョージは、阿吽の呼吸でニタリと微笑み合う。
「みんな! 今からこの、金を生むジョージさんについて行くんだ! 『熟成』中の『輝剣』を回収しに行く!」
「そうよぉん! それから雪が降り放題なこの町で、あちき達の子供を使用しまくりぃぃぃんッ! スキルLvをアップさせていきぃん!」
「わかってますともジョージさん! スキルの検証だな!」
実際に黒い雪をどうにかできるのか、『冬の落とし子』にさらなる付加価値があると証明できるか、検証する必要がある。
「そゔよ゛ぉ゛お゛んん!」
「ヒィィッ」
更に低くなるジョージの声に、ジュンヤ君は後ずさっていた。
オカマと初対面の彼にとってはインパクトが強過ぎるかもしれない。喉ちんこが見えるぐらい大口を開けたり、濃ゆいマスカラによる目力マックスからの両目閉じウィンクという訳のわからない挙動などなど。ビジュアルだけでも個性的なのに、行動までもがアグレッシブ。
だけどここは男として、先達を行く俺が一言導いてやらねばなるまい。
「ジュンヤくん。ビクついてる場合じゃないんだ。これは大切な事なんだよ?」
ニコッと笑いかけると、なぜか怯えるようにコクコクと頷いている。
そこへ『ふんっ、だらしないですね』と、ミナがジュンヤ君を嘲笑し、『せいっ! ジョージさん、騒がしいですよ!』と目潰しをくらわせていた。
もちろんジョージは両目を抑え、ゴロゴロと地面に転がりもがく。
南無。
なんて胸中で合掌していると、不意に右耳がこそばゆくなった。
「ねね、訊太郎くん」
「はふぃっ」
気の抜けた無様な声が、俺の口から飛び出てしまう。
俺の耳をこそばゆくした罪深い正体はトワさんだ。彼女はいつの間にか俺の横へと移動し、誰にも聞こえないように内緒話をする体で耳打ちをしてきたのだ。
「あのジョージさんって人。なんだか面白い人だね?」
ふわりと笑う茜ちゃんから秒で視線を逸らす俺。
ぐぅぅ、可愛い! そして近いし恥ずかしい!
って、そうだった。茜ちゃんもジョージとは初対面だったね!?
とゆーかトワさん、それは反則攻撃ですよ!
「う、うん。なかなか、いい奴だから……よろしく……」
彼女と目を合わせられず、俺はただただ下を向いて身を縮ませる事しかできなかった。
お読みいただき、ありがとうございます。
ブクマ、評価よろしくお願いします。




