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179話 恥ずか死ぬ


 信じられない。

 兄さんの部屋にいた彼女が目に入った瞬間、ボクの心情はそんな気持ちでいっぱいになってしまう。


 一瞬ゲームの中に入ってしまったのかと錯覚してしまう程、ボクは動転していた。


 (きら)びやかに、だけど(しと)やかに輝く白銀の長髪は、ゲームで見るよりも絹のように滑らかで柔らかそう。

 その銀髪に負けないぐらい、透き通った白い肌はもう眩しくて(まぶた)を閉じそうになる。けれども呪縛にかかってしまったかのように目が離せない。どうしてか。そんなのは決まってる。


 彼女の瞳が、やっぱりゲームのキャラなんかよりも数段に綺麗だから。

 宝石の王様、ダイヤモンド。その中でも更に希少とされる、青い(ブルー)ダイヤモンドは持ち主に災いを呼ぶと言われ、呪いの至高石なんて由来があったりするけど。彼女の目の色はまさに、そんな青い(ブルー)ダイヤモンドよりも美しくて、その蒼さに惹きこまれてしまう呪いがある、なんて言われても信じてしまいそうだ。



「あの、虫カゴ……落としたよ?」


 夢にまで見た少女が。

 ゲームの中にしかいないはずの存在が。

 どうしてか目の前にいて、ボクの虫カゴを手渡そうとしている。


「え、えーっと……(じゅん)くん?」


 さらなる困惑がボクの胸中に、問答無用で襲いかかり、思わずむせそうになってしまう。


「じゅっ!?」


 彼女がボクを……(じゅん)くんって、ほんとに、なにが起こってるの?

 タロちゃんが、天使さまが現実にいるだけでも、もう何が何だかなのに。



「は、はいっ!」


 脳の処理速度が追いつかないまま、ボクは反射的に彼女に返事をしながら、虫カゴを受け取る。

 そこでボクは気付く。

 もしかして晃夜(こうや)兄さんが、ボクを事前に紹介してくれていた?

 だから、純くんなんて呼び方をしたのかな?

 

 あぁ、もうどうしよう。

 よくわからないけど、すごく、すごく嬉しい。


「えと、その……」


 恥ずかしい。恥ずかしいけれど、こんなチャンス、こんな偶然、めったにない事だから。普段のボクなら絶対にこんな大それた言葉を、女子に送ろうなんて思わないだろうけど。

 

「あ、の……お名前を聞いても、いいですか?」



 彼女を目の前にしたら聞かずにはいられない。

 ちょっとつっかえてしまったけど、しっかり言えたはず。

 タロちゃんの本名を聞いた後に、ボクが実はクラン・クランで一緒に遊んでいるジュンヤだって事を明かしたら、どうなるのかな。タロちゃんは喜んでくれるだろうか。だったらいいな。

 そんな淡い期待と幸せな未来を想像したのも束の間で……横から現れた女性に目を向けた瞬間、ボクの夢想は粉々に砕かれてしまった。



「ほぉーう、いい度胸だな。少年?」


 まるで恐怖の女王さまだ。

 とても綺麗なお姉さんだけど、その表情は般若で……口元は笑っているのに、目は笑ってない。


 全ての幸福を狩り取る死の女神さまみたいで……その冷徹な瞳に睨まれてしまったボクは、恐怖のあまりに足をつっかえてしまう。そのままタロちゃんの前で、無様にも後ろへと転んでしまった。





「えっと、うちの姉がなんだか威圧してしまってゴメンね」


 タロちゃんはお姉さんを押し退けて、尻持ちをついてしまったボクを気遣ってくれる。



「い、いえ。お姉さんでしたか」


 タロちゃんにはお姉さんがいたんだ。って、本当の姉妹なのかな?

 どう見てもタロちゃんって外人さんっぽいんだけど……お姉さんは日本人だし?

 

 複雑な家庭環境なのかな。あんまりつっこんだ質問はしない方がいいかも?

 というより、タロちゃんのお姉さんって凄く怖い。


 うあぁ……今でもボクを射殺さんばかりの形相で睨みつけてきてるし。

 あっ、タロちゃんが振り向くとにこやかなお姉さんになってる。あっ、タロちゃんが見てないと、ヒィィィッ。

 無駄に器用な顔面変換を行う恐怖のお姉さんだ。



 でも、これは僥倖(ぎょうこう)と言えるのかも。

 こんなに強そうなお姉さんがタロちゃんの傍にいるなら、変な男子は近寄り難いだろうし? ライバルも牽制できる……ってボクは何を考えてるんだ……。



「姉は純くんと会うの初めてだよね? って俺もこの姿では初めましてか……」



 なんだろう?

 よくわからないけれど、タロちゃんのそんな台詞で空気が重くなった気がする?

 晃夜(こうや)兄さんの方を見れば、ボクに苦笑いを向けている。

 なんだか、兄さんの目が昨日言った事を覚えているな? と念を押すようにも思えた。


 驚くな? だっけ。

 ごめん兄さん、そんなの無理だったよ。だって相手がタロちゃんなんだもん。

 でもあれ、こうして晃夜兄さんが自分の家に連れて来てるって事は……タロちゃんとは知り合いなのか。どうして兄さんとタロちゃんが現実で知り合いなのか不思議だ。



「えーっと。純くん……俺はね」


 タロちゃんが桜色の唇をほんの少し噛む。

 その仕草は何かを堪えるような、勇気を振り絞るような行いに見えて。

 彼女のそんな動作一つが、純真無垢な天使さまのようで、ドキリと心臓が高鳴ってしまう。


「……俺は、(ふつ)訊太郎(じんたろう)なんだ」


 うん、タロちゃんの名前は仏訊太郎って言う、ん……だ?

 ええと、うん?

 フツ、ジンタロウ……?

 仏くんって、あの晃夜兄さんと仲良しの、男友達の?

 

 ……ううん?

 仏くんの妹さんとか? でも兄妹で全く同じ名前なんてちょっと変じゃないかな?



「ええと、(ふつ)訊太郎(じんたろう)さん? 晃夜(こうや)兄さんのお友達の妹さんだったり?」


「うーうん、違うんだ純くん。たまに、晃夜の家に遊びに来た時、一緒に遊んだりした仏訊太郎なんだ、俺」



 うん?

 何を言ってるのかな、この子は。

 理解に苦しむ言動を聞いて、ボクは助けを求めて兄さんの方に顔を向ける。

 すると兄さんは、眼鏡の位置をしきりになおし始めた。

 数秒後、タロちゃんの顔色を(うかが)うようにして、ボクに説明してくれた。



「純夜。こいつは……正真正銘、俺と同級の(ふつ)訊太郎(じんたろう)だ」


「えっ」


 良く分からない事を言う兄さんに、『大丈夫、俺から言えるから』とタロちゃんが頷いて、ボクへと再びその美顔を向けてくる。



「困惑しちゃうよね……俺って性転化病っていう奇病にかかっちゃって。今はこんな姿になってしまって……それでも! 姿形は変わっても、キミのお兄さんの友達である仏訊太郎だから、よろしく!」



 せい、てんか?

 性転化病……?

 たしかテレビのニュースで、日本国内で数名の学生達がかかったって、ちょっと前に話題になってたけど、え……!?


 という事は。

 少し地味だけど、毎回うちに遊びに来るとボクの昆虫採集の話を真剣に聞いてくれた、あの気さくな(ふつ)くんが? 標本の自慢だって聞いてくれた、あの優しい(ふつ)くんが!?

 こんな美少女になっちゃったって事!?

 


 最高か!



 ……でもでも、待ってよ。

 うかつに喜んだりしたら、きっとダメだ。

 自分がもし突然、女子になんてなってしまったら……悩むどころの騒ぎじゃないや……。

 それに、あれ? ってことは、ボクは仏くんの事が気になってるわけで……晃夜兄さんの友達、男の先輩を好いてるって事?


 でも今は女子なわけだけど、元々は男の子で……。

 あれ、なんか複雑?

 ボクの気持ちは優しい男の先輩が好き? でも、異性としてもタロちゃ、仏くんの事を意識してて……?



「やっぱり、ビックリしちゃうよね。気味悪いって思うのも仕方ない事だけど、できたら今まで通り接してくれると嬉しい、かな」


「いえいえ、けっこん、けっこうビックリしてしまいましたけど! タロちゃん(・・・・・)(ふつ)くんでしたか! よろしくです!」


「んん……タロちゃん?」



 何気なく口から出てしまった仏くんのキャラ名に、ご本人様が素早く反応してくれる。この流れは自然に言えると思い、ボクがゲーム内で一緒に遊んでいたジュンヤだと、伝えておく。

 


「おっ、なんだお前ら。クラン・クラン内で一緒に遊んでたのかよ」

「へぇー、そんな偶然ってあるものなんだねぇ。ちょっとビックリだよ」


 晃夜兄さんや朝比奈くんが、ボクたちの偶然に感心してる中。



「えっ………」


 タロちゃんだけは、仏くんだけは石像のように硬直していた。

 


「あぁぁああぁッ、あう……ぁぁ」


 その後、なぜだか奇声を発したタロちゃんは、あわあわと自分の両頬に手を添え、ふるふると全身が震え出した。



 親友の弟にあんな事を連発し、あんな事を宣言しまくったなんて、とブツブツ言いだして頭を抱えるタロちゃ、(ふつ)くん。

 さらさらと清水のように流れる銀髪に、顔を隠すように俯いてしまう。

 うーん、動揺っぷりが本当に天使です。



「恥ずか死ぬ」



 そうして顔を真っ赤にしてうずくまってしまった、ボクの小さな先輩は……とっても可愛らしいです。


 


「おい、うちの太郎に何をしてくれたんだ? 詳しく聞こうか」


 こっちのお姉さんは怖いです。





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