178話 ナンパはお断りですが、彼の場合はありよりのあり
「じ、訊太郎、それは本当なのか?」
俺に向けられた険しい視線が、眼鏡の奥でキラリと光る。
うーん、晃夜って顔立ちが整ってる分、鋭い目付きになると冷たい印象を人に与えるんだよなぁ。クラスの女子がちょっと近付き難いけど、涼しい表情がたまらないよね! とか、遠目でキャーキャー言っている事を俺は知っている。
まぁ本当は、冷徹とは程遠く、ちょっと暑苦しいぐらいの漢気を発する奴なんだけどな。
それに、そんな晃夜の涼しい魅力? も、家族に外面が超絶クールな姉がいる俺としてはなんとも感じないし、むしろ長い付き合いなので、チッ俺にも少しぐらいそのイケメン指数を分けて欲しいとしか思わない。
「うん、相当つらいクエストだったよ」
「ご、ご令嬢の護衛クエストね……」
俺の答えに穏やかな笑みを浮かべ、神妙な顔つきで相槌を打つ夕輝。
爽やか好青年と言えば爽やかなのだが、こいつの内心は常に俺か晃夜をいじるという腹黒い狙いが潜んでいるので、女子達がとろけるイケメンスマイルも、俺にとっては悪魔の嘲笑に他ならない。
そんな夕輝の油断ならない笑顔も、身内に怒ると鬼や般若に豹変する姉がいるから可愛いものだ、ぐらいにしか思わない。他に感じるモノと言えば、俺にだって女子に騒がれる含み笑い的なものを、一度でいいからしてみたかった。
「クリアした後の演出はけっこう意味深だった。イグニトール令嬢を雪国ポーンセントの街に入れて、領主館まで連れて行ったんだけど……」
俺は現在、『ゲームが現実に浸透している』という現象について話し合い兼、遊びに来ている。クラン・クラン内で会議するというのもありなのだけど、どこで聞かれているかわからないという問題点に気付き、なるべくこの件については現実で顔を合わせて報告と相談をし合おうという結論に至ったのだ。
それで今回は晃夜の家にお邪魔させてもらっている。
「令嬢どころか、どこかの国の王位継承権を持ってる人物だったらしいんだよ……年齢の重ねを感じさせないピシッとした老執事と、数人の騎士っぽいNPCが感極まった様子でお出迎えに現れて、盛大に令嬢の存命を大喜びしてた」
「は、早い話、お姫様だったってわけか」
「う、うーん。で、でも、報酬とかしょっぱいよね?」
報酬金は2000エソで、正直言えば働きに見合わない量だと思ったのも束の間、老執事から特別報酬として『炎聖の短剣』という武器をPT全員がもらい受けたのだ。
性能はそこまで高くない、というかぶっちゃけると低い。それでも装飾品的な価値は高いようで、道具屋での売却値が4万エソを超える壊れ物だった。説明文にはイグニトールの家紋が施された高価な短剣、としか表記されていなかったけど、『鑑定眼』や『知識眼』での詳細をまだ調べていないので、売らずに取っておいてある。
「にしてもよ、い、いろいろ釈然としないな」
「そ、それね。仮にも一国の主に連なる血筋の人物だったのに……ご、護衛にしろクエスト発注にしろ、不自然だよね」
「は、早い話、ほんとに支配者なのか?」
イグニトール姫の身柄を引き受けた老執事の言い訳曰く、ハーディ伯爵が姫を狙っているとの情報を察知した時は、全てが時すでに遅しといった状況だったらしい。姫は外交のために他国へ訪問し、その帰り際にハーディ伯爵の手勢に奇襲をしかけられたそうだ。姫の護衛達は、戦争をしに行く訳ではなかったので、僅かな手勢だけで応戦。どうにか二人の騎士と姫だけが、その場を離脱する事に成功したそうだ。後は知っての通り、苦渋の選択の末に傭兵に頼むしか選択肢は残ってなく、俺達との逃避行劇ってわけだ。
イグニトール家の者たちも姫の所在地を正確に掴んでなく、戦力を分散して捜索するしかなかったようだ。ポーンセントにはその内の一団が到着したばかりで、まさにそれが老執事を代表とした200騎あまりの精鋭騎士団だったのだ。
「その辺は色々とあっちにも事情があるっぽかった」
「は、早い話、政変とかに巻き込まれたのか? そ、それとも権力闘争の類か?」
「そ、その線もあるけど……け、継承者が狙われてたって事は、その令嬢の国を敵視する勢力の暗殺計画って線も……あるよね」
「……戦争をしている敵対国とか、か」
晃夜と夕輝が出した結論に、俺は頷く。
「ハーディ伯爵って人物が、イグニトール令嬢と敵対してるって点は間違いないと思うよ」
「そ、そうか……じ、訊太郎の方は概ね問題なさ、そうだな」
「だ、だね。その辺の事が、現実に影響を出してるって情報は今のところボクらの耳に入って来て、ないよね?」
「うん、多分」
「お、俺らの方も特に現実に浸食した、ゲームの内容は、な、ないな……」
「そ、そうだね……ない、ね……」
いつにも増して、二人は真剣そのものだ。
というかさっきから、微妙にぎこちない。
「それにしても、太郎が受けたというそのクエスト。何らかの人為的な意思が明らかに感じられるわね。難易度が不自然に高過ぎるわ」
親友二人が硬くなっている原因とも言える人物が腕を組み、堂々と意見を言い放つ。
「姉……二人を睨むの、やめてくれない? というか、ここは晃夜の家なんだけど……」
そう、余程のヒマ人なのか、俺の姉もわざわざ晃夜の家まで来てお邪魔させてもらっている。
というか、俺が晃夜の家に行くって言ったら、ついて来ると言って譲らなかったのだ。『浸食加減を話し合うなら、私も出席しなければならないでしょう』という姉の意見も尤もではあるけど……姉って何故かこの二人に威嚇的な態度を取るんだよなぁ。
「悪いな、太郎。お前も知っての通り、私の目付きは生まれつき細いんだ」
いやいや、ちょっと切れ長なタイプではあるけど、二重だし一般的に大きい方だよ。家じゃすっごく、ほにゃってしてる時もあるのに、何でそんなに釣り上がってるんだろう。トイレとか我慢してるのかな、だったら姉弟のよしみで言っておくけど、早めに行った方がいいよ。俺みたいに悲惨な事になりかねないよ。
「トイレ? 何だそれは。私がここにいるのはな、弟が日頃からお世話になっている……こ、う、や、君、だっけ?」
『こうや』と発する姉の声音がやけに低く、ニコッと晃夜に笑いかける顔はどこか鬼気迫るモノを感じられた。
「ひぃっ! は、はい!」
そんな姉の動作一つに、眼鏡イケメンは正座しながら背筋を正す。
隣に座る夕輝は顔が青くなってるし、話をふられた晃夜は青を通り越して白くなっていた。
「そう、晃夜くんの家に姉である私がご挨拶に伺う、なんて自然な事だろう? ちゃんと手土産も、ほら持ってきているわ」
そう言ってお茶菓子の入った袋を持ちあげる姉。チョイスが渋い。
「で、話を戻すけれど。太郎が受けたクエスト、そもそもクリアさせる気がないってぐらいのハードさがあるわ」
「うん、まぁ……最後、400人近くの敵がいたときは、絶対に無理だって思った」
「そ、それを訊太郎は突破したわけだ」
「さ、さすがはお姉さんの弟だね、訊太郎。すごいよ」
夕輝、やけに姉にごまをするな。
って、姉よ。どうして夕輝に顔を近づけてるんだ?
「ゆ、う、き、くんだっけ?」
「は、はぃぃぃ!」
おいおい、息が吹きかかるんじゃないのか? そんなに接近してキスでもしちゃうのか!? いや、俺的に夕輝はいい奴だけどさ、姉が友達に惚れるってなんか、こう……複雑というか……あ! そうか、姉はツンデレなのか!
これで、ずっと険悪な態度を二人に取る理由に納得がいった。
俺は姉の恋愛話を聞いた事がない。正直、姉が過去にどんな恋をしたのかなんて想像もつかなかったけど、そうかそうか……姉はツンデレなタイプなのか。
晃夜も夕輝もイケメンだし、姉としては緊張やら異性的な意識やらがあったわけで、ついつい好みのタイプには冷たく当たっちゃうってお年頃なのか。
ふぅーん、なんだかそう考えると姉って可愛いな。
「キミに義姉さん、だなんて言われる筋合いはないわ。次に言ったら……」
「も、もう2度と言いません。け、決して」
「よろしい」
うん?
お姉さんって言われるほど、歳をとってないって言いたかったのか?
女性って年齢には敏感って聞くし、姉も好きなタイプには神経質になるのかもな。
「じ、訊太郎。お前ら、本当に姉弟で仲がいいのな」
「きょ、姉弟がいて羨ましいよ」
ぎこちなく硬い笑みを浮かべ、親友二人はポソポソと言う。
夕輝は一人っ子だからな、兄弟とか憧れるのかもしれない。というか、晃夜にだって兄弟がいるじゃないか。
今日は見てないけど純くんという、ちょっと大人しめの弟がいるのだ。
俺達が中学生の頃はたまに遊んだりもしたけど、高校になってからは一度も会ってないな。
「晃夜だって、純くんとは仲良しじゃないか」
「お、おう。まぁお前ら程じゃないと思うがな」
「そう? そういえば、純くんは?」
なんとなく気になったので聞いてみる。
「おう? あぁ、あいつな。大好きな昆虫採集に行ってるぞ。中学の夏休みになっても、小学校の時とやることは何ら変わってないんだ」
「そういえば純君は、虫の標本を作るのが好きだったね。ボクもあんな可愛い弟がいたら、家でも楽しそうだなぁ」
「笑えるだろ。でも、あいつの作る標本って割と本格的でよ。そろそろ戻って来るんじゃないか?」
採集かぁ。
なんだかゲーム内のジュンヤ君を思いだすな。
「お、噂をすればってやつだな」
玄関の扉が開く音に、晃夜が反応する。
「わるいな、すぐにリビングに行くと思うが、採集した虫だけでもここに置かせてやってくれ」
ちなみに晃夜の家は2LDKのマンションで、晃夜と純君は二人で一つの部屋を使ってるのだ。そのため、俺達が遊びに来たら純くんも多少なりとは気を使うわけで、悪いと思った俺達は晃夜の家に遊びに行く事は少なく、集まるとしたら夕輝の家か俺の家が多い。
「気にしないでよ晃夜。むしろ、一緒に純くんも会話に加わって……あ、そっか……純くんもクラン・クランをプレイしてるのか」
「あぁ、キャラクリをガッツリいじっての……な」
それなら……純くんはゲームが現実に浸食しているとの認識がないのか。
晃夜の複雑そうに歪む表情が、家族と共有の認識を抱けない苦悩を物語っていた。
少し沈んでしまった空気が俺達の間に流れる。
そんな中、部屋の扉が開かれた。
「失礼します」
晃夜の弟、純くんはおずおずと頭を下げながら部屋に入って来た。
兄が涼やかな美男子なら、弟は保護欲を駆り立てられるイケメン予備軍、って感じだ。晃夜よりもつぶらな瞳は愛嬌があり、ほんのりと癖のある柔らかそうな髪の毛はちょっと子犬っぽい。
前に見た時よりもずいぶんと身長が伸びていて、少年といっても今の俺より高さがある……。
「ボクは晃夜兄さんの弟、純夜です。朝比奈くん、久しぶりです。えっと、それではみなさん、ごゆっく……り……」
そう言って、俺達に礼儀正しい素振りを見せた純くんだが。
夕輝、姉、そして俺へと視線が移ったところで、動きを完全に停止させた。
彼は時が止まってしまったかのように、俺を凝視し始めた。
「え、あ……え?」
そしてポトリと、持っていた虫カゴを床に落としてしまう。
俺の知っている純くんにしては、尋常じゃない程の驚きようで、ほんのちょっとだけ傷付く。やっぱり、俺の見た目は外国人だし、ビックリするんだろうなぁ。
彼のそんな反応に、どうしても自分が変わってしまったと実感せざるを得ない。けれども今は、こんな事でウジウジする俺でもない。純くんはまだ中学一年生で、俺は年上なのだから先輩らしい振舞いと気遣いを見せるべきなのだ。
「…………」
そう言えば、俺は純君になんと名乗ればいいのだろうか。
ここは普通に仏だよ、性転化しちゃった、と正直に言いたい所だけど……なぜだろう、純君の反応が度を超す驚きようで、これ以上ビックリさせるのも気が引けた……。
「あの、虫カゴ……落としたよ?」
とりあえず、俺のせいで落としてしまったカゴを拾ってあげ、手渡そうと差し出す。
すると純くんはそのまま数秒が経過しても、ただただ俺を見つめるばかり。
「え、えーっと……純くん?」
「じゅっ!? はっ、はい!」
ビクリとした純くんは、チラッと晃夜へと視線を移す。
そして何故か照れくさそうに頬をかいた。
「えと、その……」
乙女かよ! と突っ込みたくなるようないじらしい目付きで、おずおずと遠慮がちに何か言おうとする純くんの姿は微笑ましい。
思わず何かに目覚めそうだ。
「あ、の……お名前を聞いても、いいですか?」
そんな純くんが所望したのは俺の名前だった。
「ほぉーう、いい度胸だな、少年?」
するとなぜかズイッと姉が前に出て、俺と純くんを遮る壁になった。腕を固く組み、泣く子も黙る鬼の形相で純くんを見下ろしたのだ。
ナンパはお断り、とでも言いたそうな凍てつく眼光を放ち、これに純くんは『ヒクッ』と喉を鳴らして怯えてしまう。
「やめてくれ、姉」
今のは俺に対して名前を尋ねたのであって、姉にではない。そう言外に伝え、姉を諌めにかかる。
そもそも中学生の男子にツンデレを発動するとか、そりゃあ純くんはしばらく見ない内に可愛らしい少年というか、さすがは晃夜の弟なだけあって系統は違えど、悔しいかな将来を約束された有望株だわ。
そんな少年にツンデレとか、姉はショタコンですか!
「はぁ、姉よ。がちでやめてくれ」
思わず溜息がこぼれ、俺は姉を押しのけた。
ブックマーク、評価、よろしくお願いします。
ちなみにクラン・クランは
現実で成長期である傭兵に対し、一カ月ごとにキャラクリの成長パッチがあてられ、骨格がゲーム内でも誤差5センチ以内に設定し直す必要があります。
計測方法は企業秘密だそうです。




