175話 次元の違いを示す錬金術士
うん、さすがに限界だ。
三十人以上の検問兵を相手に、突っ込み、包囲網を突破する。
そこまでは何とか乗り切った。
けれど、護衛対象の馬車は完全に壊れ、速度を失い、保護すべき令嬢すらも徒歩での移動を余儀なくされている。しかもイグニトール令嬢の従者であるNPC二人は敵の剣によって倒れ……マモル君の堅固な守りも、ケイ君の身軽なフットワークも、ダイスケ君の押し退ける勢いも、なくなっていた。
それは俺も例外ではなく、アイテムのストックは切れ、フゥがいなければとっくにキルされている状態だ。
「ハーディ伯爵とやらは、どうしてもイグニトール令嬢をキルしたいって感じだね」
「ほんと、しつこいんだけども」
執拗に追いすがって来る検問兵に、俺達は摩耗し、確実に限界を迎えていたのだ。
「ジュンヤ君、大丈夫?」
「……天使さん。ボクの事を心配するより、自分の身を案じて……ボクが傍にいたら足手まといになるよ」
ジュンヤ君は俺から離れるように身を引いて、ケイ君と並走し出す。その、さりげなく俺から遠ざかった行動を見て、胸がチクリと痛む。
彼が何を思い、何を考えて、そんな態度を取っているのか、聞き出したい衝動に駆られてしまう。
「ぐおおおッ」
しかし、ジュンヤ君に質問をしようとした矢先、急な雄叫びが上がったので反射的に振り返ってしまう。
「ダイスケ!? 大丈夫か!?」
それはダイスケ君の苦悶の叫びだった。
追手を最後尾で牽制していたダイスケ君が、背中から槍に突かれキルエフェクトを煌めかせながら散っていってしまった。
そうだ、今は敵から逃げている最中なんだから、集中しないとダメじゃないか……。
「ちくしょう。あと、もう少しなんだけども!」
検問兵たちが放つ矢からイグニトール令嬢を庇いながらも、マモル君は先に進む。
「限界が近いって感じ」
ケイ君は俺やジュンヤ君をフォローしつつ、剣と小盾を器用に持ち変えては、真後ろから突き出される敵の槍をいなしてくれる。
もう一度思う。
俺達は、既に限界を迎えている。
だけど、クラン・クランはそんな俺達にさらなる苦難を用意していた。
「ねぇ……あれって」
ケイ君の横をひた走るジュンヤ君が焦燥気味に、前方を指差す。
進行ルートの右には雪が積もった雄大な山が広がっており…………正面には見事な陣形を整えた兵士達の姿があった。ずらっと横に並び、鉄色の甲冑を着込み俺達を待ち構えている様は、小魚を呑みこまんとする鮫のようにも思えた。
それぐらい、敵との戦力差は歴然だった。
「間違いなく、あれが最終突破地点だけんども……学校の全校生徒が集まった時より多くないか?」
マモル君が呻く。
それもそのはずで、何せ相手の数が絶対に400人以上はいる規模なのだ。あの軍隊を突破するのは……追撃の手を振り切るのもままならない、消耗しきった俺達でなくとも不可能だ。
「クエストの難易度、おかしいって感じ。あれ500人ぐらいいるね」
乾いた笑いを浮かべ、ケイ君の顔はひきつっている。
「イグニトール令嬢を狙うハーディ伯爵って……何者? これだけの権力を行使できるなんて……」
状況はまたもや最悪。
だけど、まだ、まだ何か手はあるはずだ。
せっかくジュンヤ君に誘われて、マモル君たちとこうして頑張って進めてきたクエストを簡単に諦めたくはない。
何か他に、この状況を覆せる手段はないのか……。
:風呼び姫のバフ『優雅なる風の囁き』が発動しました:
む?
こんな時にログ? あ、妖精特有の着眼点で何かを発見するオートバフ、『優雅なる風の囁き』が発動? このバフが発揮したのは、『地下都市ヨールン』で『高貴なる巨人』たちに襲われた際に、神殿の抜け穴を発見した時以来だ。あの時、逃げ場をフゥが見つけてくれなかったら全滅していたと思えば、今回もこの窮地を抜け出せるヒントをくれるかもしれない。
「フゥ! 何かに気付いたの!?」
「たろん、知り合いさんの匂いが風に乗ってきたん♪」
「知り合い?」
頭の上でクルクル舞ったフゥは、500人弱の兵士たちが待機する横、雪山の方向を指差す。
あれは……急いで『望遠鏡』を取り出し、覗いてみると……あのシルエットは『巨人の死骸』?
「あっ!」
そういえば、マモル君がクエスト出発前に言ってたじゃないか。『馬車が通るであろうルートに、噂の『巨人の死骸』が散見されてるらしいんだけども』って!
「フゥ、よくやった!」
「むふふー♪ フゥ、えらい?」
「えらいぞ、フゥ!」
飛び回るフゥの頬をプニっとつつき、頭をなでりこなでりこしてあげる。
「タロちゃん、ピンチすぎて動揺極まって、妖精と憩ってる感じ?」
「やめてやれ、ケイ。あの子はあんなに幼いのに、ここまで頑張ってくれたんだ」
おっと、逃走中&絶望の最中なのに、なんたる醜態を……恥ずかしや。
素早く気持ちを切り替え、俺はみんなに呼び掛ける。
「まだ何とかなるかもしれないよ!」
「あれを見なよ、タロちゃん。あの大軍がこっちに気付いて、ぶわーって迫って来てる感じだよ? 正面からは500人? もたもたしてると続々増える追手、もう無理くない?」
「タロちゃん悪いんだけども、ここは観念するしかないと思うんだが。俺達はここまでだけんども、本当によくやってくれた!」
にっこりと優しい顔で子供を諭すような笑顔を浮かべるマモル君に、つい気圧されてしまう。
「ありがとう、タロちゃん」
それでも、まだ可能性は残されているんだ。それを伝えなくては。
『巨人の死骸』は、月光で動き出し、太陽光で理性を取り戻す。
俺にはその二つの光が手中にあるし、それに巨人たちとの関係性は良好だから、きっと助けてくれる。
「マモル君! 諦めないで!」
追手の攻撃を一手に受け続けるマモル君だけど、その表情や言動から諦めの空気がヒシヒシと伝わって来る。
「まだ、やれるよ……」
『巨人の死骸』があるのは、山腹をちょっと登ったあたりの地点だ。
通常だったら、あの斜面を登るのは厳しい。崖とまではいかないけれど傾斜がかなりあり、あそこまで辿り着くのにとても時間を要してしまうだろう。だけど、俺には『空踊る円舞曲』があり、傍らにはフゥがいる。
飛んでしまえば『巨人の死骸』まですぐに近付く事ができる。
「ジュンヤ君からも、マモル君たちに何とか言ってよ」
「諦めてないんだ……」
俺を誘ってくれたジュンヤ君なら同調してくれるはず、だと思ったけれど彼の口からは覇気のない冷たい声音がこぼれた。
「天使、さんは凄いんだね……」
「え?」
錬金術や俺の戦い方を称賛してくれたのなら、素直に嬉しい。けれどこれは違う。だって、ジュンヤの顔色は暗くて、とても人を褒めるような表情なんかじゃない。
まるで自分を責める様な、卑下するような眼差しだ。
「タロ、くんがボクの傭兵団で騒がれてる天使さんだったなんて事も知らず、ボクは……ボクなんかと……」
俺が素顔を晒してからの道中、ジュンヤ君の態度の原因について、ずっと考えてきた。
「えと、えっと、ジュンヤくん?」
「ボクなんかが……キミと一緒に」
考えて、俺が出した結論。それはきっと、無意識とはいえ仮面越しを利用して俺が男だと偽ったこと、女子である事を明かさないまま仲良くしようとしてた行いに腹を立てた、だろう。ビックリしたっていう線もあると思うけど……。
晃夜なんかに聞いた事がある。
ネットゲームなんかで、女子キャラを使って現実の中身が男だった場合、付き合いのあったフレンドは騙された気分になるという人もいると。ネットオカマ、通称ネカマなんて単語もあるらしいし。俺の場合はきっと、その逆で……本当は逆じゃないんだけど、今は逆で、ネットオナベ、通称ネナベにジュンヤ君から見たら該当するわけで。
あんなに素材の話で盛り上がって親しくなったのに、こんなにギクシャクするようになってしまったのは、俺がネナベプレイをしたのが原因なんだ。
きっと今、しっかりと謝っておかないと俺とジュンヤ君の距離は広がったままになってしまう。そんな事が彷彿されるぐらいに、彼の声は遠くに感じられた。
「ジュンヤ君、えっと……騙してたつもりはなくて、」
今は、身体は女子だけど、心は男で、だから、その……口調が素で男っぽくなってたのには訳があって……。
ごちゃごちゃになった感情は、上手く口から出て来てはくれなくて。ただただ、寒空の下に白い息を伸ばすだけになってしまう。
謝りたくて、これからも友達でいて欲しいって伝えないと。
「ごめん、その。これからも俺と友達で――」
「うわっ!?」
ようやく絞り出した俺の言葉を、ジュンヤ君は最後まで聞くことができなかった。なぜなら彼の腕にケイ君のいなしをすり抜けた追手の槍が刺さったのだ。
すぐにケイ君がジュンヤ君を攻撃した検問兵を屠ってくれたけれど、このままじゃ支えきれないと感じる。
「ケイ君、こんな時に話なんかしてて、ごめん!」
フォローしてくれたケイ君に謝るも、俺は小さな苛立ちを覚える。
それは、『またか』という感情。
何度目だろうか、こうやってジュンヤ君と話す機会を敵に奪われるのは。
正直、邪魔以外の何者でもない。
「ちょっと、行ってくるから」
「え? タロちゃん、どこに?」
ケイ君の質問には答えず、にっこりとみんなに笑顔を送る。
「マモル君たち、耐えてね?」
「おっ、あ、うん」
「えっ、でも、はい」
「えと……はい」
なぜだろう、三人はほんのちょっと焦るように背筋を伸ばし、顔が強張っていた。とにかく俺は、返事を聞くとすぐさまフゥにお願いして飛び立つ。
上空から見下ろすと、すでに大軍はジュンヤ君たちのそばまで迫って来ている。今は一秒でも惜しい、そんな一心で俺は空中でランタンを取り出す。
「月精よ、気高き巨人の骸に静かな光を」
太陽はずっと出ている。ならば理性は問題ないはずで、『巨人の死骸』に必要なのは月光のみ。
着地点は死骸の肩の辺を勝手にお邪魔させてもらう。
「オォォォ……」
ゆっくりと、ずしりと。
月精の光に呼応し、横たわたった巨躯が動き始める。『月に焦がれる偽魂』によって目覚めさせられた巨人が、雪原の山岳地帯に今、起き上がろうとしている。
「……ォォオオオオオオ」
その動きに合わせ、俺はフゥの力を借りながら巨人の肩から落ちないように風を利用するのを忘れない。
「コレハ……コレハ、コレハ、太陽ヲ司ル天使様。コノヨウナ所デオ会イスルトハ」
立ち上がった巨人の反応を見るに、やはりこの巨人はヨトゥン配下の者だったようだ。
「こんにちは、巨人さん。ちょっと肩に乗せてもらってます」
というか、この個体。巨人族の中でもけっこうな大きさだ。鎧も着込んでるようだし……あ、雪に埋もれて気付かなかったけど、立派な戦斧もお持ちだったのか。
自らの武器をまさぐり、握り具合を確かめる巨人の姿に得心がいった。
これはもしかすると、『高貴なる巨人』じゃないのか?
「私ノ名ハ……叩き潰ス巨人ナハク。大樹ヨリ生レシ王ヨトゥンノ配下」
「ナハクさん、急で申し訳ないのだけど頼みをきいてくれませんか?」
「解放者ニシテ、太陽ヲ司ル天使様……大恩アル貴方様ノ御心ノママニ従ウ」
ギロリと、若干腐敗気味の濁った両眼に目を向けられると、ちょっと怖かったりもしたけど、ヨトゥン同様に敵意はないので安心だ。
「ありがとう。じゃあナハクさん、あそこまで移動して欲しいんです」
「御意ニ」
雪山から、大きな一歩の地鳴りが響く。
その振動に身を委ねながら、ジュンヤ君になんて言おうか思考する。
俺はフレンドが多い方じゃない。
特に同性なんか晃夜と夕輝、ユウジとリア友ばかりだ。
ゆらちーやシズクちゃん、ミナやリリィさん、茜ちゃんなんかは異性で、やっぱり気疲れする時がある。ジョージは特別枠だし男子枠には入らない。
「ジュンヤくん……」
つまりジュンヤ君は俺にとって、クラン・クランでできた、初めての同性の友達。
このまま疎遠になるなんてのは嫌だ。
だから俺の何が彼を不快にさせてしまったのか、ちゃんと話がしたい。
あぁ……だけど、これじゃあ間に合いそうもない。
ジュンヤ君達と大軍との距離は目と鼻の先にまで差し迫っていた。多勢に無勢で、彼らが検問兵の波に呑みこまれてしまう。焦燥が俺の中の苛立ちを更に募らせてしまう。
「ナハクさん、飛んで!」
「御意ニ」
山腹を走り、巨体が跳躍し、飛ぶ。
激しい揺れにもフゥの風力が働き、俺は肩から落ちる事無く立ち続け、仲間に群がろうとする敵を睨む。
:エクストラアビリティ『巨人の落撃』を習得しました:
ん、気になるログが流れはしたけど、今はそんなの詳しく見ている場合じゃない。
巨人のナハクさんは、着地と同時に数人の検問兵を押し潰した。さらに大きすぎる戦斧を叩きつけ、十人程の敵を蹴散らす。
その激しい衝撃で地面が割れ、積もった雪が宙を舞う。
そんな中、囲まれつつあった仲間の安否を確認し、ナハクさんの肩越しから俺は叫ぶ。
「ジュンヤ君! おまたせ!」
ジュンヤ君、マモル君、ケイ君の三人は突然の巨人出現に驚いてしまったのだろうか、全員が全身を硬直させ、唖然と俺を見つめている。
「た、タロちゃん……?」
「巨人!?」
「……これが、天使さんの……」
みんな驚愕してるけれど、敵が巨人の出現に動揺してる今が、しっかりとジュンヤ君に気持ちを伝えるチャンス。
「本当は!」
だから、素直に俺の内心をジュンヤ君にぶつける。
「もうクエストなんて、どうでもいい!」
俺の周りには素材に強い興味を抱く友達はいない。ジュンヤ君は俺にとって気の合う存在で、鉱石が好きで、だからもっと語り合いたくて……そ、そうだ!
錬金術と鉱物は切っても切れない重要な結びつきがあるんだ。
「ただ――」
ただ、謝って、キミが何を俺に感じているのか、知りたいだけなんだ。
だから、遠ざからないで欲しい。
「ジュンヤ君と、話がしたいだけ!」
ふぅ、言い切ったぞ。
「……うん?」
「ほほぉーうって感じ?」
何か訳知り顔な感じで頷くマモル君とケイ君。
「えっ」
肝心のジュンヤ君はというと、キョトンとしつつも顔を真っ赤に染めている。
うむ、なんだろうね。そんな反応されると、こっちも何故か恥ずかしくなってきた。
って、また敵の攻撃がっ。
煩わしいな、俺はジュンヤ君と話がしたいんだ。
「だから、うっとうしい者全て、邪魔者は消えて」
「太陽ヲ司ル天使様?」
ナハクさんが、どうすれば? と、首を傾げてくる。
俺はそれに応えるように、地表でさえずる敵兵たちを見下ろし、一瞥する。
「叩き潰して、ナハクさん」
「御意ニ」
地鳴りと轟音、そして検問兵たちの悲鳴。
それらが、ナハクさんの攻撃と衝撃で吹き荒れた粉雪と混じる。
「巨人を使役するなんて、次元が違いすぎるんだけども……」
「俺、タロちゃんだけは敵に回したくないって感じ……」
マモル君とケイ君のそんな会話が聞こえたような気がした。
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