171話 雪花火
明けましておめでとうございます。
今年も『美少女になったけど、ネトゲ廃人やってます』をよろしくお願いします。
亀更新で申し訳ありません。
俺達の護衛対象、レディ・イグニトール嬢。
燃ゆる赤髪を翻し、馬車の上に立つ姿は高貴な淑女の振舞いとかけ離れた蛮行。しかし、その堂々とした佇まいで、彼女の髪色と同じ炎の槍を検問兵へと容赦なく連射する様は、戦乙女を彷彿させる美しさを誇っていた。
そんなイグニトール嬢の凛々しい応戦も、数の暴力の前ではむなしく膝を折ることになる。
俺の放った『零戦』によって、逡巡するハット紳士に加勢するかの如く、検問兵らの進撃は止められそうもない。
そう分析するけど、それはこの場に俺だけしかいない場合の話だ。
「フゥ、奴らを近づけないで」
「たっろりーん了解♪ 任せてんっ!」
頼りになる相棒は、見た目こそ『風乙女』の時よりも優美になったものの、『風呼び姫』になっても元気いっぱいの返答をしてくるあたり、性格は変わってはいない。
しかし、『風乙女』の頃と比べ、その変化は誰が見ても明らかだ。フゥの小さな背には半透明の緑の羽が六枚、頭部には角らしきモノも生えている。『風呼び姫』のフゥは、どこかしら神聖な空気を纏っていて、常に周囲には緑の風がゆるやかに奔流しているのだ。その姿こそが進化した力の象徴であり証、とでも言うかのようにフゥは検問兵を一睨みして、うっすらと笑みを浮かべた。
フゥは三対の羽を震わし、子供がいたずらを仕掛けるような明るい声で叫ぶ。
「音色を弾き、風色を弾き、敵を弾く――『暴風壁』」
魔法詠唱から発動までのタイムラグはゼロ。つまり、傭兵が魔法を行使するのとは訳が違う、速効性のある妖精の力。
フゥがもたらした一陣の猛風はことごとく、検問兵たちを数メートル後方へと吹き飛ばして行く。
『暴風壁』。まさに一瞬の障壁となる活用幅の広いノックバックアビリティだ。ダメージを与える事が出来ないとはいえ、相手の動きを阻害しペースを乱すには最適。
『風呼び姫』の力を行使すると俺のMPは50ほど、ごっそり持って行かれてしまったが目的は達成できた。
というのも、増援の遅れはハット紳士の孤立状態を意味する。
更に言えば、奴は既に俺の手の内にある。それは、ハット紳士は明後日の方向、ちょうど彼を中心軸にして俺とは正反対の位置を警戒しているのだ。
彼の目には、そこにこそ俺が立っていると見えているのだろう。
「い、いつの間にあんな所に……? 私と同じ転移スキル持ち? いや、しかし……」
狼狽しつつも、杖をそわそわと構えているあたり、『燈幻刀【鏡花】』の固有アビリティ『対極影』は上手に決まっていると確信できる。本体が移動しない限り、奴には俺の幻影を見せ続ける事ができる。
さてさて、こちらも悠長に自分のアビリティの成果を確認している場合でもない。後ろを見れば、ジュンヤ君たちは左右から再度降り注ぎ始めた火つぶての対処に専念しつつ、転移アビリティを警戒しているのか、守り重視の動きを取っている。
しかし、『零戦』を持つ俺から言わせればそれは悪手。今こそ、ハット紳士をキルする絶好の好機なのだ。
瞬時に移動して敵を撃ち、即座に距離を取るアビリティ『零戦』。その威力は低いとはいえ、先手を取るには強力なアビリティと言える。そのアビリティがリキャストタイムが3分もあるのだ。そのリスクを考慮するに、奴は今、有効な攻撃手段があまり残されていないように思える。
転移に近い能力のあるアビリティを持つ俺だからわかる。
奴の転移アビリティは強力であると同時に、『零戦』同様そう簡単に連発できるものではない。大幅なリキャストタイム、もしくは大量のMP消費、特定条件下での発動を余儀なくされる類であるはず。
で、あるならば。奴は相手が俺に限り、自らの手の内をひけらかしたに等しい。
今はハット紳士の攻勢に警戒するのではなく、逆にこちらが攻めるべき時なのだ。
「マホマホ君の仇だ、覚悟」
そうして俺は地を駆ける。と、同時に『対極影』が生み出していた幻影……ハット紳士が見つめていた影は霧散する。
トップスピードで敵へと肉迫し、刀を構える。
そのまま突進するように跳躍し、奴へと攻撃を浴びせようとするが、さすがに相手も俺の接近に気付いたようだ。
「ま、またしても面妖ですね」
ハット紳士の体勢は整ってはいない。しかし、こちらを迎撃する意思は固いようで、手に持つステッキの先端を咄嗟にこちらへと向けてくる。
「ですが、このステッキがタダのステッキだとお思いですか?」
俺の刀が奴の胴を捉える手前、ハット紳士が握るステッキの先端から鈍色の光が煌めいた。そう、奴が手にしていたのは仕込み杖だったのだ。
先端から毒針のように鋭い一刺し、その意表を突いた反撃は確かに俺の眉間を貫いていた。
奴の目からは、そう見えるのだろう。
しかし、俺にとってその一刺しは頭一個分、上の位置を通過したに過ぎない。
これも『燈幻刀・【鏡花】』の固有アビリティ、『浮かび水蓮』の成せる技だ。
たった四秒間だけ、誰の目からも俺が実際にいる位置よりも上に浮かびあがっているように見えるという代物。ただ立っている時に発動しても、不自然に宙に浮いているようにしか見えないこのアビリティも、跳躍と同時に発揮していれば自然に映る。
飛び込むように攻撃を仕掛けてきたように見えるが、実は地面すれすれで突進をかましている。
蜃気楼のように掴みどころのない、『燈幻刀【鏡花】』。奴は今、まさにその実態を掴み損ね、俺の攻撃に絡め取られるのだろう。
「俺の刀も、タダの刀とでも思ったのか?」
太陽の黄金を秘める刀身が、奴を横薙ぎに一閃する。
「何が、起こっているというのです!? こちらの攻撃をすり抜けた!?」
ネタ明かしはしない。こちらにする余裕もなければ、してやる義理もない。理解できない現象を相手が飲み込んで、冷静さを取り戻す前に決定打を放つ必要があるのだ。
俺の一撃は軽い。
非力は重々承知しているから、攻撃の手を休めるわけにはいかない。
「弐ノ太刀」
超近距離から、刀術スキルLv5で習得したアビリティを発動。
「――時雨紅桜」
アビリティ『時雨紅桜』。
【目にも止まらぬ速さで、上段より細かく切り結ぶ。通常攻撃の0.5倍威力の斬撃を5~7回くりだす。二刀での発動の場合10~16回。アビリティが発動している間、自身の足がロックされ移動が制限される】
俺の腕がアビリティに引っ張られるように、早く、早く、無尽に駆ける。その軌跡は目の前の紳士に、降り注ぐ時雨のように、紅い痕をうっすらと残しては消えてく。
「ぐっ、なんと、美しい技っっ!」
その太刀筋が生み出すは、紅い桜が舞い散る儚い情景。それは血が吹きすさぶ事に他ならない。故に時雨紅桜と。
「しかし、こちらも反撃させていただきますよ!」
瞬時にして4回もの連撃を浴びせた俺だが、その一撃一撃はやはり軽い。『浮かび水蓮』による錯覚効果もとっくに終わり、さすがに紳士ハットも真の反撃を試みようとする。
『時雨紅桜』による連撃は未だに止まず、5撃目、6撃目と刀を振るう。
同時にアビリティの効果により足は動かず――――
桜の木の如く両の足は地に根を張り、敵の攻撃を避ける事は叶わない。
攻撃の手はスピードを重視する半面、自身のスピードは活かせない、使いどころの難しいアビリティ。けれども、俺はハット紳士が繰り出すステッキの針を何の不安もなく見つめていた。
「フゥ、あとは任せた」
「あいあいさーっ♪ 準備おわりーん♪」
打てば響く、といった感覚はこういう事を言うんだろうな。
自信に溢れた返事を背中越しより聞きながら、そんなふうに思った。
「風たちぬーん、回せよ回せ~♪ 『風車』!」
俺達を中心に風がざわめく。いや、地面に積もった雪が描く跡は、ハット紳士を中心に螺旋状に風が集束していくのがわかる。
次の瞬間、ゴウッと獣が吠え猛るような力強い音がしたと思えば、ハット紳士は遥か上空へと飛ばされていた。
『風車』は発動までに時間のかかるアビリティであり、その効果は定めた限定地点で発生する。つまり、傭兵をターゲットするのではなく、アビリティの発動位置を設定して、数秒後に発動するものだからヒットさせるのが難しいのだ。
その問題を解消するのが、足止めと言う名の連撃、『時雨紅桜』というわけだった。
当たれば強力な効果を発揮する『風車』。ダメージはもちろんの事、その地点にいた者を足元から上へと吹き飛ばすという。しかも、発生した風による爆発は回転がかけられており、受けた者はグルグルと錐揉みしながら舞うのだ。
まともな視界の確保もままならない、めまぐるしく回る世界の中で上昇と下降を味わうはめになる。
今、まさにハット紳士が置かれた状況である。
雪の粉が飛び舞い、それらと混じってハット紳士は何の受け身も取れずに落ちてくるだろう。空中なら身動きすら取れるはずもなく、ただ地面に向かって落ちゆく哀れな傭兵。刀の連撃とフゥのアビリティによって削られたHPはけっこうな数値になったであろうし、そんな彼に向かって俺は容赦なく『狙い撃ち花火(小)』を構え、打ち上げた。
ものの見事に、緑のキルエフェクトをまき散らしながら、花火の輝きに呑まれていった傭兵を見つめ、俺はそっと呟いた。
「雪原で見る花火も、けっこう乙なんだなぁ」
……おっと、降り散る雪と花火の破片を呑気に見上げる暇があったら、次の行動に移らないと。
フゥのノックバック攻撃から立ち直り、迫りくる大量のNPC検問兵たち。
それにまだまだ辺りに潜んでいるであろう、傭兵団『輝く大道化師』の傭兵たち。
「ハット紳士は倒したよ! でもNPC達が来てるし、どうすればいい!?」
後方でレディ・イグニトール嬢や護衛NPCと共に、火つぶての攻撃をきっちりガードしているマモル君にそう叫びながら、俺は検問兵たちから逃げるように下がっていく。
「タロ、ちゃん。すごいんだけども! あのNPC達もどうにかできたりしないか?」
「タロちゃん最強説って感じ」
「ちょっと、俺だけじゃ厳しそう。ごめん」
ハット紳士をキルするのに約半分程、MPを消費してしまったし。あの数を相手に物理戦を繰り広げるのは、俺の貧弱ステータスでは無謀すぎる。
「いや、さすがにあの数を一人では無理だよな。ある意味、安心したんだけども」
「じゃあ、このまま正面突破するって感じ?」
「そうなるんだけども、みんな馬車についてく準備はいいか!?」
「ほら、ジュンヤ、ぼーっとしてないで行くよって感じ」
ケイ君に急かされるも、ジュンヤ君は未だに俺の顔を見てポカンとしていた。
なんだか少しだけ、ジュンヤ君と気まずい。




