169話 戦端を崩すは見目麗しき少女
「まだ、いけるんだけども……ちょっと疲れてきたな」
敵の襲撃も五度目に及び、徐々に勢いが増してきた相手を何とか屠り終えたところ。マモル君達に少しだけ疲弊の影が見えた。
そんな頑張ってる彼らに対し、俺はちょっとした罪悪感を抱いていた。というのも、俺のレベルが8に上がったのだ。なので、さっそく『力』ステータスに9ポイント振り、『燈幻刀・鏡花』を装備しておく。
「マモル君、俺も出来る事はあるから……戦闘に参加するよ?」
「いや、ジュンヤとタロ君はギリギリまで戦闘に加わらなくていいんだけども。危険すぎる」
「う、うん。わかったよ」
マモル君の方針に了承の意を示しつつ、俺は腰にある刀を無意識に撫でてしまう。『見習い探求者のローブ』に隠れるように装着されたこの刀は、人の目に止まりづらく、これなら『零戦』による完璧な不意打ちも可能なのではと、いざとなった時の自分の有用性を再確認する。
「少し急ぎ過ぎかもしれないって感じ?」
「おう! ペースを緩めるぞ!」
何度も交戦したのに、ケイ君やダイスケ君はその蓄積された疲弊を吹き飛ばすような声音で、これからの移動ペースを話し合っている。
俺達はすっかり白い雪に閉ざされた道の上を走りながら、更に『呪いの雪国ポーンセント』を突き進んでいるのだ。というのも、敵を突破する毎に追手が差し向けられるようになっていた。さすがに連戦し続けるのは消耗が激しいので、なるべく急ぐ必要がある。しかし、かといって待ち構えているハーディ伯爵の警備兵と、追手勢による攻撃が重なるのは最悪なので、挟撃を受けないように進行速度というかタイミングを上手く調節しながら移動していた。
その調節の中に、採取をする時間を上手に織り込んでいくというもので、マモル君たちはこのクエストに関してすごく綿密な計画を練った事がわかる。
「タロくん! こっちには『黒雪の妖石』なんてのがあるね! マモル達、こっちに採取ポイントがあるよ!」
「おお、ジュンヤ君! こっちは『白雪草』があるよ! って、待ってジュンヤ君、その石をよく見せて」
ジュンヤ君はマモル君達を採取地点へ誘導しつつ、俺に発見したばかりの石を手渡してくれる。もちろん『見識者の髑髏覆面』による『知識眼』で第二段階詳細を読むためだ。ちなみに、これまで一戦として俺は戦闘には参加してない。先のやり取りでわかる通り、『採取組は待機だけんども。万が一、キルされたらもったいないからな』と、俺とジュンヤ君のHPの低さを考慮して前には出させてもらえない。『翡翠の涙』で回復するにも、そこまで派手なダメージをみんなが負わないので自然治癒で事足りていた。
そんな寄生プレイも甚だしい手前、採取方面では全力を尽くさないとみんなに顔向けできない。
『黒雪の妖石』
【『うごめく雪人』から取れる妖石。この黒く呪われた石が、確かにこの地で息果てたスノーマンの存在を証明するものとなる】
【ポーンセント一帯に降り積もる慟哭、黒き雪の犠牲者が今日もまた一人増える。その度、悲運にも失われた命はこうして妖石となり、人々に凍える寒さよりも虚しい、黒き憎悪と不信を植え付けていくのだ】
なんて、不吉な内容なんだ……。
『七色蛍の樹刑地』もそうだったけど、クラン・クランの世界って不穏な空気がビシバシ漂い過ぎじゃないか!?
この地には一体なにがあったんだ……。
「ええと……黒い雪? には気を付けた方がいいらしいよ?」
よくはわからないけれど危うい説明文がある以上、みんなに警告はすべきだろうと考え、自分の考察を述べる。するとマモル君が黒い石を採取しながら、何故か感心してくれた。
「ようよう、こっちは下調べしてるから知ってるんだけども。素材を見ただけでこの辺の事情がわかるなんて、錬金術もなかなかだ」
「黒き雪が降るのは、呪われた剥製人形が今も寂しく愛した人を欲する証……って感じ?」
「ワハハッ! 『剥製の雪姫ブルーホワイト』の悲しみが、人を雪人形へと変えてしまう、だっけか! 根暗な女だよなぁ!」
「か、かなり、きょ、きょ強力なボスらしいです」
マモル君を皮切りに、みんながこの国について詳しく語っていってくれる。
『呪いの雪国ポーンセント』は国と言っても、その面積はかなり小さいそうだ。しかも人々が生活する場所は、ポーンセントという街が一つだけ。かつては、いくつもの村や町が存在していたのだけど、『黒い雪』のせいで人口がじわじわと減っていき、今では首都だったポーンセントのみが人の生活圏となっているそうだ。そんな弱りきった街は、他国からの侵略対象としても外されているようで、ひしひしと静かに滅亡の一途を辿っている。雪と寒さに覆われた土地を好んで自領にしたいと思う輩もいなく、ましてや『黒い雪』などが降る不気味な場所なんて欲しいと思わないのだろう。
「その黒い雪? っていうのは何?」
「この辺は白い雪と黒い雪が降るらしくてな。その黒い雪に触れると、ポーンセント生まれの人間はスノーマンになってしまうんだけども。俺たち傭兵には関係ない現象だけんども」
「スノーマンっていうのは、雪のモンスターって感じ?」
「雪が降り止んで、しばらくすっと元の人間に戻れるらしいぜ!」
「す、スノーマンはたお、倒しちゃダメです。ま、元は、街の人間、NPCです」
「スノーマンはもちろん倒せるんだけども。倒すと、ポーンセントのNPC達が……そのスノーマンの肉親が仇とか言って襲ってくるらしいんだけども」
「襲い来るそのNPCを撃退すると、次はポーンセントに住むその友人知人のNPCが襲ってくるって感じ? そんで、いつの間にか街全体に敵視される流れになるって感じ?」
「やっかいだよな! スノーマンと戦う時は、防戦一方で耐えきるしかないって事だ!」
「す、スノーマン自体、そ、そんなに強くないです。う、動きも遅めですから。で、でも、攻撃される度に状態異常『凍傷』の、蓄積度が、お、多いです」
ほう。
まさに呪われた国ってわけだ。
「って不吉なエリアって言われてるんだけども、俺たち傭兵からしたらソレだけじゃないんだ。ちょうど、ほら現れたんだけども」
マモル君は『説明は終わり』と締めくくり、前方を睨みながらガチャリと大盾を持ち直した。
「はぁー、やっぱこの辺から出てくるって感じ? 護衛クエストがあれば、その護衛対象を暗殺するクエストもあるって感じでさー」
「ま、情報通りだな! どのみち、切って叩いて潰すのみだ!」
「だ、第四陣以降に、待ち構えてるって確率、た、高いです」
リーダーに合わせて、メンバー達も一斉に戦闘態勢へと移行していく。それもそのはずで、マモル君達の視線の先にはステッキを持った英国紳士風の男が一人、漂々とした佇まいで出現していたからだ。忽然と姿を現した人物は頭にかぶったハットを丁寧に外し、芝居がかった仕草で一礼をしてきた。
「お集まり頂いた紳士淑女のみなさま、こんにちは」
ニコッと口角は持ち上がったけど、彼の表情は能面のように感情が表に出ておらず、不気味なピエロを連想させるような笑顔だった。微笑みながら平然と殺しを犯す様な、そんな類の狂気を滲ませているのだ。
「そして、今日は死んでください」
ステッキを軽く片足で蹴り上げ、クルンっと回転させる様は手品師の振舞いにも似ている。
「さてさて、どうかここより始まるマジックショーをお楽しみください」
マジック、ショー……?
再度、優雅に頭を下げるその人物の正体は……何だ?
「あれは傭兵だけんども……やっぱ、こういうタイミングで仕掛けてきたか……」
「っていうか、一人だけしか傭兵がいないって怪し過ぎって感じ。どこかに潜んでるのが濃厚って感じ」
なるほど、マモル君達の発言で概ね現状は理解できた。俺達の護衛クエストに対になるように、護衛対象を……レディ・イグニトール嬢をキルするクエストを受注した傭兵がいたという事だ。
「護衛クエスト受注側の条件が、6人PTが上限でLv10以上の傭兵が4人って縛りだけんども。暗殺クエスト側は8人PTでLvの限定はなしだ」
うん、クエストの受注段階で大きな差があるのか。
しかも最悪な事に、ハット紳士の後方からは10人以上ものNPC検問兵が大挙して来たのだ。
幾度と襲いかかって来るハーディ伯爵のNPC兵士達。それに加え、イグニトール嬢狙いの傭兵陣営の存在。
どうして今までクエストクリア者がいないのか。その謎の答えは至極簡単だった。
「この戦力差を覆すのって……厳しめだ」
今回はさすがに俺も後方で引っ込んでいる、というわけにもいかないだろう。
俺はこれから繰り広げられるPvPに備え、視界に制限がかかるフードを降ろし、装着してとっくに30分経った『見識者の髑髏覆面』を外した。
これで全体的に薄暗いヴェールに包まれていた俺の視界はクリアに戻る。
「よし! 今度は俺も参戦するから!」
迫りくる敵勢力を見据えながら、気合い万端に鬨の声を上げる。
「ようよう、タロ君にもジュンヤにもこっからは……」
振り返ったマモル君がガランと大盾を落とし、俺と目が合った瞬間に硬直してしまった。敵を前にして、何とあるまじき油断。俺は急いで、大盾を拾ってマモル君に押しつける。
「マモル君、盾を離しちゃダメだよ」
「あ、いや……それは、そうなんだけんども……」
我らがリーダーはひどく動揺しているようで、あの紳士風の男がそんなにヤバい傭兵なのだろうかと、少し不安になってしまう。そこにケイ君が、いつもの軽薄そうなノリでマモル君の肩を抱き、俺達に目配せをしてきた。
「今回ばっかりはねー、一緒に頑張ってもらっちゃ……う……かん……じ? え?」
ケイ君までもが俺の方を凝視して、言葉が尻すぼみになっていく。ついには状態異常『凍傷』になっていないのにフリーズしてしまった。
おいおい、キミ達さっきまでの歴戦の猛者然とした態度はどうしたんだ。
「ワハハハ! タロ君は美少女だったのか! ワハハッ!」
混乱する俺達に、そんなダイスケ君の直球な台詞が響く。
あぁ、そっか……。
彼のおかげで、どうしてマモル君とケイ君が驚いているのかようやく把握できた。
今まで仮面を被っていたので、俺の素顔が見れず、俺の喋り方やジュンヤ君が俺に接する態度とかで男の子だと思っていたのか。自然に俺の事を男子扱いしてくれるこのPTの居心地の良さに、うっかり失念していた。
いや、正確には俺が男子という点において間違ってないし、それが正解だと自負はしているけど、この見た目でそんな意見を押し通すのは今の状況下で無理に等しい……。
「あ、あ、お、おいら、しししし知ってる。た、た、タロくんって、てん、『天使ちゃん』、だった、のですか……」
マホマホ君に至っては、何故か両膝を突いて何かに祈りを捧げるように、プルプルと身体を震わせていた。なんだか、その反応は大袈裟すぎはしないだろうかとモヤモヤするものがあったけど、マモル君たちの反応から察するに……これでは、『七色蛍の樹刑地』から知り合ったジュンヤ君になんて言えばいいのか、わからなくなってしまった。
恐る恐る、彼の方へ視線を向けると。
ジュンヤ君は目を点にして、俺をボーっと眺めていた。
「タロくんが……タロちゃん、で……白銀の、天使さん?」
「いいえ、君でお願いします」
ジュンヤ君の独り言に対し、反射的に君呼びを所望してしまった。
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