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167話 イグニトール家のご令嬢


 さる高貴な家柄の生まれであらせられる、レディ・イグニトール嬢。

 彼女を護衛しつつ、『呪いの雪国ポーンセント』まで送還するというこのクエスト。


「ねね、ジュンヤ君。このクエスト内容って、ちょっと怪しいよね」


『鉱山街グレルディ』を出発し、(くだん)の国を目指して進む道中。

 俺達の後ろには護送車にしては、ちょっとみすぼらしい風体の馬車が続く。その小さな車窓から覗く、赤髪の令嬢をチラリと盗み見て率直な感想を漏らす。



「確かにそうだね、タロ君。立派な家柄なら、こんなにコソコソと移動しなくてもいいのにね」


「しかも行き先が『呪い』とか、不吉な名前のついた国だし。お嬢様がわざわざ足を運んで訪れるような場所って雰囲気でもない」


「護衛にボクたちみたいな素性の知れない傭兵を雇うっていうのも、お偉いさんっぽくないよね」



 集合と自己紹介を終えた俺達は、まず最初にクエストを受注して護衛人を引き受けるために『鉱山街グレルディ』の領主館に行った。すると、顔を出したのは三人のNPCだった。

 まずは護衛対象となる、レディ・イグニトール嬢。彼女は目が覚めるような、深紅の髪の持ち主で美人だった。年齢は二十代前半と言ったところで、凛とした佇まいが確かに高貴な血筋を匂わせる女性だと思った。

 そして、そんな彼女を守るように立ち並んでいたのが二人の若い男性だ。動作がいちいち、紳士然としていて少しだけ鼻に付く。ぶっちゃけて言うと、慇懃な感じもしてちょっと苦手なタイプだった。なんとなく、イグニトール嬢の従者とか騎士っぽい雰囲気だ。彼らはアレンとエレンといい、今は馬車を挟むように馬に騎乗して並走している。腰には立派な剣が吊るされているけど、武装は最低限って感じだ。


 三人のNPC達はみな一様に、地味な服装をしているけど……所作が激しいミスマッチを起こしているのだ。イグニトール嬢にいたっては、その特徴的な紅く輝く長髪を隠すようにフード付きのマントまで被ってる始末。まるで誰かに見つかる事を恐れ、警戒しているようなスタンスだ。もちろん、お偉いさんのお忍び、という線もあるのだけど。それにしたって直属の護衛が二人だけとか、いぶかしんでしまうのも当然の事だ。


「怪しい……」

「怪しいよね……」


 そんな風に、ジュンヤ君と感想を言い合っていると、話にマモル君が入って来る。



「ようよう、怪しいのは確かだけんども。タロ君の装備も怪しさにかけては負けてないよ」


 おおう、確かにその通りだ。俺の今の服装で、人の事は言えないか。

 マモル君に続き、各メンバーも今回のクエストについての感想を言い合っていく。



「わはは! 俺は美人なら何でもいいけどなー!」

「俺っちとしても、あの炎が燃え立つような赤髪は魅力的に思えるって感じ」

「お、お、おいらは、き、き、すごく綺麗な人だなって、き、緊張します」


「ま! 護衛対象が美人で良かったじゃねーか!」


 ダイスケ君が(わめ)くのを、マモル君はさりげなく制した。


「ようよう、浮かれるのはいいんだけんども。しっかりモンスターへの警戒を(おこた)るなよ。それにジュンヤとタロ君は、採取ポイントを発見したら逐一(ちくいち)報告してくれ」


「わかってるよ、マモル」

「はいッ! マモル君」


 ふふ、久々に他人とPTを組み、それぞれの役割を全うしようとするこの空気。悪くない。



「情報によると『呪いの雪国ポーンセント』まで、俺達が……馬車が通るであろうルートに、噂の『巨人の死骸』が散見されてるらしいんだけども。今は昼だし、万が一それらが動き出すって可能性はないだろな」


「おっと! 天候が月夜の時に動き出す、だったけか! 俺はぜひとも巨人ゾンビとやらと戦ってみたいもんだ! ワハハッ!」


 思いもよらない時に巨人ゾンビの話題が出たので、ちょっとびっくり。『地下都市ヨールン』から出ずる『東の巨人王国(ギガ・マキナ)』の住人がこんな所にも出没しているなんて。

 マモル君とダイスケ君の『巨人の死骸』オブジェクトに関する考察を耳にいれながら、月夜というか、正確には月光を浴びて動き出す、なんだけどなと内心で加えておく。



「ようよう、そろそろ雪が見えてきたんだけども。各自に必要な装備とアイテムを配るぞー」


 ちらほらと地面に雪化粧を見受けられるようになった頃、マモル君が俺とジュンヤ君にとある装備を譲渡してくれた。

 それは太陽を象った不思議なデザインのイヤリングで、ちょこっとオシャレな物だった。



『陽だまりの耳飾り』(装備)

【暖かいお日様の匂いがするイヤリング。くすんだ黄色が、穏やかな太陽を彷彿させる。商人達の間では、森の木漏れ日が集まって妖精たちが魔法で作ったと言われている。しかし、それは神秘性を持たせるための宣伝文句の一つであろう】


レア度:2

装備条件:HP30

ステータス:防御+3


特殊効果:装備している限り、1分間につき凍傷状態を30回復していく。




「アイテムはこっちだけんども」


 無償で受け取っていいものなのか、わたわたしていると、更にマモル君は別のアイテムを譲ってくれた。



暖炉(だんろ)トローチ』×2

【使用すると凍傷状態を100回復する】



「この先からは、ただここにいるだけで状態異常『凍傷Lv1』のゲージが少しずつ蓄積されていくんだけども。この装備があれば、それも防げる」



 ゲージが100になると『凍傷Lv1』という状態異常にかかるらしい。

 状態異常『凍傷Lv1』は、身体に鉛が帯びたように動きがわずかだけども緩慢になるらしく、端的にいうと動作が遅くなる、素早さの低下を招くそうだ。



「こんな装備にアイテムも……もらってもいいの?」


「ようよう、イヤリングは1個200エソで取引されてるんだけども。トローチなんか20エソだ。クエストをクリアすれば、大した金額にならない」



 いや、それでもPTメンバー全員分の買いそろえるのに1200エソもかかっているわけで……トローチ代も含め、クエスト報酬の2000エソを差し引いても600エソの利益にしかならないじゃないか。なんて太っ腹なリーダーなんだ。



「それに俺が用意したのは、ジュンヤとタロ君の分だけなんだけども」


「え? マモル、どういうこと?」


 ジュンヤ君がマモル君に問い質すと、彼は……彼らは順々に状況を説明していってくれた。



「実はこのクエストって、受注条件があるんだけども。1PTにつき、レベル10以上の傭兵(プレイヤー)は4人までって限定されてるんだけども」


「それに加えて、最大6人までしかPTを組めないって感じ? はぁー難易度、高いって感じだし」


「だからこそ、俺は燃えるぜ!」


「お、お、おいらは、み、みんなと一緒にでき、できるなら、な、何でもいいです」


 うん……?

 確かに俺達のPT構成は……レベル10以上の傭兵(プレイヤー)が4人だ。



 マモル  Lv14 HP530/530

 ケイ   Lv13 HP360/360

 ダイスケ Lv14 HP350/350

 マホマホ Lv12 HP200/200

 ジュンヤ Lv7  HP120/120

 タロ   Lv7  HP90/90


 実はこの4人はかなりレベルが高く、俺とジュンヤ君の採取組は断トツで低い。


 条件は満たしているけど……ますます、きな臭い話になってきた。

 そもそもクラン・クランの最大PT人数は8人だ。それなのに、6人だけとわざわざ制限をかけるなんて、護衛のNPC二人も戦闘要員の内という意味だろうか?



「このクエストってクリアできた傭兵(プレイヤー)がいないんだけども」


「え!? だ、だからマモルはエソを預けておけって言ってたの!?」


 そういえば、ジュンヤ君からエソはなるべく銀行に預けておいてとフレンドメッセージで言われたな。という事は、キルされる可能性が高いってわけか。というかクリアした人がいないって……。



「ま、そういう事だけんども」


「そんな、ひどいよ! ボク達はてっきり……ご、ごめんタロ君……」


 レベリングもできて、クエストもクリアできて、活動範囲圏も広げられると思っていた。しかし、よくよく考えてみたら、このクラン・クランという世界がそんな甘いわけがない。人と人との欲望がぶつかり合い、無法者集団の傭兵たちが跋扈(ばっこ)する世界なのだ。たとえ友人という関係でありながらも利用できる時はする。それが傭兵の鉄則であり、生き残るための賢い選択なのだ。



「ジュンヤぁ、そう焦るなって感じ。俺っち達はこのクエストのために、めっちゃ準備してきたわけだし」


「まだ、誰も達成した事のない偉業を成し遂げてこその男だろう! この胸の熱さがジュンヤにはわからないのか!?」


「そ、そ、それに、レ、レベル上げも、ぜ、絶対にでき、できるよ。さ、採取も」


 マホマホ君はクエスト達成と『呪いの雪国ポーンセント』に辿りつけるという2点において、保証するような発言はしてくれなかった。



 話をまとめると……他にこのクエストを一緒にやってくれる傭兵(プレイヤー)がいないから、戦闘は苦手でもいないよりマシ、という判断かつクエストが失敗した時のリスクをカバーするための、素材集め……金策手段として俺達は呼ばれたようなモノだった。


 この扱いなら……うん、今までの好待遇も(うなず)ける。

 ちょっと汚い手で誘われたとはいえ、彼らはクエスト達成のための情報収集や下準備を全てしてくれているわけで、装備まで用意してくれているし。差し引き0なのではないだろうか。



「もうみんな、ひどいや。てっきりボクは本当に必要とされてるのかと思ってたのに」


 しかし、ジュンヤ君はどうやら納得していなかったらしく、まだプンスカしている。



「ジュンヤ、怒ってる場合でもないんだけども。ほら、さっそくレベル上げの時間のようだ」


 マモル君がそう言いながら、前方へと顎をしゃくったので、俺とジュンヤ君はその仕草に釣られて視線を動かす。

 すると、こちらへ駆けつけてくる10人あまりの兵士が見受けられた。そのうちの一人は馬に騎乗している。みんなが全員、統一された規格の板金鎧(プレートメイル)と毛皮のマントを()け、手に持った剣と盾まで共通だった。どこかの軍隊みたいな様相に、どこかの組織、あるいは誰かの勢力圏に属する部隊だと推測できる。


 だが、焦る事はない。なぜなら、マモル君の口ぶりからは余裕が滲み出ているわけで、この事態は予測済みのようだ。



 彼ら歩兵達は俺達の行き先を塞ぐように、扇状に素早く隊列を組んで立ち止まった。

 そして、その陣形の中央にいた指揮官らしき兵士が、兜の面頬を降ろし、馬上から大声でこちらに警告をしてきた。



「貴様ら、止まれい! 今、この街道一帯は『グラントール王国』のハーディ伯爵様の命により、通行人の検問を行っている。その馬車の中を大人しく見せよ!」


 かなり高圧的な態度だ。

 まさか、このNPCらしき奴らと戦うのか?

 

 これからどうするのかと、マモル君を仰ぎ見ると。

 彼もまた、後方の馬車へと振り返っていた。



「押し通せ!」

「戦いの時だ!」


 馬車の両脇で馬を並走させながら護衛していた、NPCのアレンとエレンは腰に吊るした剣を勢い良く引き抜き、突撃の意を示したのだった。

 どうやら、馬車の中身……レディ・イグニトールご令嬢は、奴らに知られてはならない存在らしい。

 


「数はあっちが勝ってるんだけども、余裕そうだ」


「俺っち、やっちゃうよ?」


「フハハハッ! かかってこい、雑兵共がぁ!」


「だ、だ、第一陣(・・・)の、お、おでまし」


 気合い満タンの戦闘組は、各々の武器を構え前方から現れた敵達を見据える。

 俺も彼らに倣い、各種アイテムをいつでも使用できるように準備しようと身構えると……マモルくんが、それを制するようにズイッと前に出た。

 

「ようよう。今はまだ、戦いの方は俺達に任せておけ」

 

 どうやら、マモル君たちはボク達を戦場に引きずり込んだ手前、パワーレベリングをしてくれるようだ。

 これでジュンヤ君の憤りも少しは収まるだろう。というか、これって俺達……寄生プレイなんじゃ?



「NPC相手にレベリング……?」

「っぽいね」


 俺は困惑するジュンヤ君に相槌(あいづち)を打つのだった。




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