164話 強さなんて、忘却の彼方に捨て置いたよ
クラン・クランの1.1修正パッチ(改稿作業)により、一部のアイテム名が変更されました。
・翡翠ポーション → 翡翠の涙【使用すると一瞬でHPを150回復する】
NPCなどが販売している、通常のポーションの効果が変更されました。
・ポーション【1秒間にHPを2回復。これを1分間持続する(合計 HP120回復) ※この効果は重複しない】
アイテム効果の修正理由としましては、PvPがメイン要素の一つでありながら、金の力で無双できる状態を緩和させるためです。エソさえあれば、一瞬で! 何度もHPを回復できるなんて……上級の回復魔法アビリティを使うプレイヤー以外……そんな回復手段はあるはずもないです。たぶん。
しかし、タロの作るアイテムは偶然にも……。
『虹玉の崩炎石』をあげたお礼にと、ジュンヤ君は大量の『蛍石』を俺に譲ってくれた。
そうなるとじっくり試したい事もあったので、ジュンヤ君とは一旦別れ、我が錬金術の工房……もとい、輝剣屋スキル☆ジョージに急いで移動した。
「俺も自分の工房が欲しいなぁ……」
「あらぁん? 工房ならぁん、10万エソあれば持てるわよぉん」
店主のオカマは俺の独り言を聞き漏らさず、サラッと重要な発言をこぼしてきた。ちなみに『見識者の髑髏覆面』は30分経ったので取ってある。
「マジで!?」
10万エソとか、ありますけど!
「でもぉん、ウチみたいにぃん? デザインから内装まで拘る派ならぁん、テナントをレンタルするタイプのお店じゃあ、満足できないかしらねぇん。ほら、ウチは隠し工房とかもあるでしょぉん?」
「ほう……ぜひとも錬金術の工房は、世界の秘密を解き明かす場にふさわしいモノにしたい……」
ジョージが言うには、自分の店や工房を持つ方法は二つあるらしい。
一つ目は、各都市ごとに空き部屋や空き家がいくつかあるらしく、そのオーナーNPCと交渉してレンタルできるそうだ。都市ごとに値段も違うけど、だいたい初期費用は10万エソ前後。それから月々の維持費用は一切ないとのこと。
簡単に自分のマイホームをゲットできるというわけだ。空き部屋や空き家は限りがあるので、早い者勝ちと言ってもいい。もちろん手放すこともできるけど、その時は1エソも戻ってこないそうだ。
二つ目はジョージのように凝った建物を作るというパターンだ。こちらはレンタルテナントよりも、デザインの自由度が高く、物があれば好きなだけいじれるらしい。ただし、その分ハードルも上がって来る。まずは傭兵レベルが10になると解放されるクエスト『信頼たる流浪家』というものをクリアしないといけないそうだ。これをクリアすると、各都市やその周辺にある土地を買えるようになる。土地を購入するには信用を得なければならないとの事。レンタルテナント同様で、この購入可能な土地にも限りがあるらしく、良い立地条件を押さえるとなると早い者勝ちだ。
こうして土地を手に入れれば、後は建物を作るだけだ。具体的な建築方法は、資材を集め、組み立てたり設置する、といった行程のみらしい。ここで建物の資材の入手方法なのだけど、主にNPCが経営している建築屋から、柱や壁など購入していくそうだ。町や村、都市によって様々な家具や建築具が販売されているらしく、バリエーションは豊富らしい。どうしても『雪だるま』の置物や、動く雪景色が堪能できる『雪見のふすま』という家具が欲しくて、雪原地帯の町にまで足を運ぶ傭兵もいたようだ。他にも『風を呼ぶ風見鶏のアンティーク』を求めて、自分では到達不可能な『機甲街メディクル谷』の建築屋まで行くために、強い傭兵とPTを組んで攻略を頑張って進めた猛者もいたそうだ。また、知り合いの木工職人に依頼してオリジナルデザインの資材や家具を作成してもらい、マイホームを完成させる傭兵もいるそうだ。というか、ジョージはどうやら後者らしい。
「天使ちゅわんも、まずはレベル10にすることから始めた方がいいかもねぇん☆」
そんな工房にまつわる話を聞きつつ、俺は『蛍石』に拷問をかけていた。
「レベル、上げ、ね……」
『知識眼』の分析によると、『蛍石』はかつて『白宝の鍛冶師旅団』とやらにとって、鉄や銀晶箔の精錬時に相当役立っていたという文章が見受けられた。しかし、ジュンヤ君が鍛冶の場で熱すると砕けて消失するから使い物にならない、なんてぼやいていたわけで。
つまり、『蛍石』の耐性そのものを強化すれば良いのでは? と思い至ったわけだ。
ならば、錬金術アビリティ『調教術』を使って素材の丈夫さと火耐性を上げてしまえば問題なく、鍛冶や精鉄などの際に利用できるのではないかと踏んでみたのだ。
『復元を司る拷問台座』に用意された、剣、ハンマー、レイピアの三種の拷問器具を使い、流れてくるリズムに合わせて、『蛍石』をテンポよく痛めつけていく。
:『蛍石』が強化されました:
:『堅』+7:
「ふむ」
『蛍石』を台座で分析してみると。
斬 0
打 0
刺 0
柔 5
堅 9 (+7)
属性 なし
魔 3
と、各耐性が表示された。
「ふむ、堅さの補強は一旦ここで終了。次は問題の属性耐性か」
『復元を司る拷問台座』にて『紅い瞳の石』を『生贄』にし、『火ノ丸』を生成する。そして、『火ノ丸』を台座のくぼみにセットして、『蛍石』の属性耐性を強化すれば良いだけだ。
:『蛍石』が強化されました:
:『属性・赤(火)』+5:
これで火耐性も上昇したわけだし、鍛冶の場で使い物になる鉱物になったのではないだろうか?
しかし、こればっかりは実際に試してみないとわからないか。
一応は『蛍石』が完成の域に達したと判断した俺は、ジョージとマイホームの話を切り上げる。もちろん鍛冶傭兵団『武打ち人』へと営業をかけるためだ。
「またね、ジョージ!」
巫女服装備に着替え、俺は意気揚々と駆け出す。
実は最近、あの鍛冶集団の工房に入り浸る事が多々あるのだ。
◇
慣れ知った鉄火場に着くや否や、俺は堂々と大声で挨拶をする。
「こんちわー!」
おっと、つい鉄火場なんて思っちゃったけど、ここは賭博場じゃない。けれど、情報や利益を賭けた舌戦は繰り広げられる時があるから、俺の認識はあながち間違ってもいない。
「おおう? おめぇ、今度も何か面白いモン持って来たんか? こっち来て話そうや」
鉱山街グレルディにある『武打ち人』の工房に赴くと、出迎えてくれたのは二席にして副団長の禿頭ガンテツだった。
「ガンテツさん、一人占めはずるいっすよ。俺らも天使さんの話は参考になるんすから」
「そうっすよ。天使さんの方だって、俺らの鍛冶事情には興味あるんすから」
幾人かの高位徒弟も、わらわらと集まって来る。
「んだよ、おめえらも付いてくればいいだろうがよ」
最初にこの傭兵団に来た時とは待遇がだいぶ変わったなぁと思わなくもない。彼らの態度が軟化したきっかけは、おそらく『尊き地平の黄金』を何度も持ち込んで刀生成に協力するうち、俺が鍛冶の仕組みや拘りに興味を持って、話を聞き回り始めた頃からだろう。もちろん一方的に教授してもらうのではなく、情報交換を交えての対等なやり取りをしていたと自負している。価値のある情報をこちらが提供できないと判断した場合は、自作の回復アイテム、『翡翠の涙』を交渉材料にして渡したりもした。
「この『蛍石』なのですけど……鍛冶の使いモノになるか試してください」
「おおう? あーそれな、そりゃダメだったわ。うちの鉱石マニアが持って来た時があったんだけどよ。説明文を見りゃぁ、精鉄の相性が良さそうなモンなのによぅ! そいつは熱すると砕けて消失しちまうやつだったぜい」
「少し改良してみたので試してください」
「改良? むむむ……まぁ、おめぇが言うならやってみるとすっか」
それからガンテツに何度か精錬を試してもらい……その都度、俺は錬金術で『蛍石』の微調整、もとい微調教と拷問の果てに、『蛍石』を鍛冶の炉熱に耐えうる素材にせしめた。
結果的に言えば、『蛍石』の『堅』耐性を削り、『属性・赤』の火耐性を10まで強化すると、『蛍石』はかなり上質な精錬作業を行える鍵になるとわかった。
「おおい……武器の完成度までちがうじゃねえか……」
「従来の混ぜ物で精鉄した武器と、天使さんの『蛍石』を混ぜて鍛えた武器で、攻撃力のプラス補正が一段階、上っすね」
「それだけじゃない、基礎攻撃力も3~30も強くなってるっすよ」
その後は『蛍石』の交渉戦だ。
あちらは質の良い素材を他の鍛冶傭兵団に流されるぐらいなら、俺と『蛍石』売買の専属契約を交わして独占したいそうだ。もちろん、俺としてはそんな申し出をタダで呑むわけにはいかない。無差別に『競売と賞金首』で売り出せば、利益はけっこうな額になるだろうし、話題にもなる。そんなチャンスを捨てるのだから、それ相応の条件を言い渡した。
「できる限り、『武打ち人』には俺のバックアップをして欲しい。身の安全の保証、採取地の開拓、新しい武器や素材の情報提供などなど。もちろん、こっちからもそれなりの物を提供し続けるつもりだ。報酬は、その度にもらうけど」
端的に言えば、PvP発生時にこちらの味方についてもらう事。
未開の地へ、都合が合えば攻略の手助けをして欲しいとの事。
そして武器生成の最先端をいく傭兵団『武打ち人』の、取り扱う素材情報を開示する事。
この三つだ。
正直なところ、武器の基礎性能を向上させる『蛍石』の存在は『競売と賞金首』なんかに流したら、鍛冶関係者には瞬く間にその存在が広がって行くだろう。もちろん、『蛍石』の出品者の名前、つまり俺の存在も。そうなると、どこかの傭兵繋がりで、たまたま俺の名前を知った傭兵が、何かに利用しようと接触してくるか、もしくはもっと物理的に……襲撃してくる危険性も高まりそうだ。俺はどこの傭兵団にも所属してないわけで、反撃できる後ろ盾がない。その辺の弱みもあるわけだが、そこは表に出さず、自分の要求だけを提示しておく。
「……いいぞ……」
いつの間にか、団長であるマサムネさんが後ろに立って、ぼそりと了承してくれたのには正直ビビった。こんなにでかい図体してながら、俺は背後にマサムネさんがいた事に全く気付けなかった……。
「団長も承認したわけだし、具体的な値段の交渉は俺が引き受けるとしますか」
その後は三席である若手のゲンクロウさんが、『武打ち人』を代表して俺と『蛍石』の取引値段を決めた。ここまでの付き合いになれば、この『武打ち人』という傭兵団は接客や徒弟育成はハゲのガンテツが、経理や他傭兵団とのパイプ作りはゲンクロウが担っているらしい。そして、最終的な決定はマサムネさんが下すって感じだ。
というわけで、傭兵団『武打ち人』に卸す、俺特製の『蛍石』は今後、一つ500エソという高値で売買する事が決定した。ちょこっと加工するだけで、500エソとかなんて美味し過ぎる商売なんだ! おっと、ニヤけそうになる表情筋を引き締めねばなるまい。
「ふぅー……」
懐も心もホクホクだ。
ジュンヤくん、さまさまだよ。
そんな内心で上機嫌に浸っていた俺へ、不意にガンテツがとある指摘をしてきた。
「ところで、おめぇさんよ。刀の方は装備できるようになったんか? 見たところ、腰に差してねえじゃねぇか」
あ……。
レベル上げるの、すっかり忘れてた。
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