162話 命石学者
ジュンヤ君が言うには『採取』スキルの派生で『発掘名人』というスキルがあるらしい。これは鉱石を手に入れる上で必要な『採掘』スキルの上位版らしく、『採取』スキルから派生するという事はあまり知られてないとのこと。彼はそれを会得しているらしく、このスキルなどを使って鉱物を発見しているらしい。
スキル『発掘名人』の中には『命石学者』という、ストーン・サーチ系のアビリティがあるらしく、それを発動してモンスターを倒すと、そのモンスターにまつわる鉱石の採取方法が把握できるらしい。もちろん、鉱石と関係のないモンスターの場合は何の収穫もないため、活用している傭兵は多くないそうだ。
その『命石学者』を発動しながら、ジュンヤ君は『七色蛍』をペチッと潰したところ、鉱物に繋がる情報を得たそうだ。
「タロ君、見ててね」
俺はジュンヤ君についていき、背の高い茂みに二人して身を潜ませた。
彼の目線の先には一匹の蛍。
その七色蛍が地面に落ち、『うごめく樹人』がにょきにょきと生えた箇所を一心に見つめ、ジュンヤ君はじっとストップウォッチを片手に、息をひそめながらカウントアップを始めた。
「1、2、3、4、5、早くどこかに行こうよ、トレント」
じれったそうに彼は呟く。
「あぁ……時間が、間に合うかな……」
『うごめく樹人』がジュンヤ君の願いを聞き入れたのか、生えだした地点からぞわぞわと地面を這いながらどこかへ移動していく。
「よし! 40秒まで、まだ時間がある!」
そう言って蛍が落ちた地面のあたりを、急いで掘り始めるジュンヤ君。
鉱石を求めるのだから当然、採掘用のピッケルかつるはしで地面を掘り起こすかと思いきや、家庭菜園に使いそうな小さな片手用シャベルで土をすくっていた。
「七色蛍が地面に落ちて、トレントができる。その地中には、七色蛍の光が詰まった原石が見つかるんだ! ただしトレントが生まれて40秒以内ならの話だから急がないと鉱石の光が失われてしまう。だからって、焦ってシャベルを石に当てたりするとかなり脆い性質だから、砕けて消えてしまう。慎重にやらないとなんだ」
俺のスキルじゃできない芸当だ。
しかも、まさかあんな所から鉱石が採取できるなんて、と感心しつつも彼の作業を見守る。
ジュンヤ君は注意深く、丁寧にシャベルを用いて石を探していく。
「あった! あったよタロ君! ほら、綺麗な石でしょ?」
彼が喜びながら、土くれにまみれた手を差し出してくる。
その掌には、いくつもの立方体や八面体が重なり合った結晶のような石が鎮座していた。
緑や黄色、ピンクといった複数の色が混合している不思議な色合いを帯びている。
サッと『見識者の髑髏覆面』の『知識眼』でソレを観察し、内容を速読していく。
『蛍石』
【強い太陽光を浴びたり、熱や摩擦によって発光する鉱物。しかしその性質は脆く、非常に壊れやすい。様々な色の結晶体が生じ、その色は内包する不純物によって色彩豊かに変わる】
【無色透明の高純度の結晶は、様々な波長の光を透過するため、カメラや望遠レンズに使用される。また、鉄や銀晶箔の精錬の際に融剤として、『白宝の鍛冶師旅団』が多用していた。彼らは、より鉱物を輝かせるその性質から、『蛍石』に親しみを込めて石の女王と呼んでいた】
ふむ……まさかの『古びたカメラ』や『ゾディアークの望遠鏡』といった、錬金術キットの元となりえる素材かもしれない事には驚きだ。
さらに説明文が二つに増えたのは『知識眼』の第二段階詳細を知れる、という要素が深く関わっているのだろう。『白宝の鍛冶師旅団』……今は滅んでしまった『白宝都市ミスランティア』と深い関わりがありそうだな。
「これは当たりだよ。この『蛍石』は一個一個で色みが違ってるんだ。ほら、こっちのは違うでしょ?」
ジュンヤ君は今しがた採取した『蛍石』とは別に、リュックからもう一つの石を取り出して見せてくれた。
なるほど、ジュンヤ君が得意げに俺へ開示してくれた、もう片方の『蛍石』は青灰色と紫っぽい結晶の塊が合わさっている。
「ほらほら、こっちなんて、ただの透明な結晶に見えるでしょ? 何の色もないし。これはハズレかなぁ……」
さらに三つめの蛍石を惜しげもなく、俺に見せてくるジュンヤ君。
なんだか彼は、自分の好きなモノを誰かと共有したい一心で少しだけ警戒心が下がっているのではないだろうか、と心配になってしまった。しかし、ホクホク顔で、石を披露してくれるジュンヤ君は少しだけ可愛らしい。
結論から言うと後に見せてくれた石の数々は、先程発見した『蛍石』と比べると、どれも地味なモノだった。
「今回のは大当たりだよ!」
美しさを基準にするなら、ジュンヤ君の言う通り、取れたての『蛍石』の方が、価値が高いように見える。
しかし、『見識者の髑髏覆面』による、第二段階詳細を読む限りでは、無色透明な物の方が高純度だと書いてある。
「一つ一つで色が違うなんて、個性豊かで……まるで人間みたいだよね!」
うっとりと『蛍石』を眺めるジュンヤ君に、俺の考察を述べようか迷っていると。
「良かったら一つ、あげるよ」
彼は何の抵抗もなく、先程採取したばかりの『蛍石』を手渡してきた。黄や緑、桃色を帯びた、ジュンヤ君曰く一番のアタリ石をだ。
「え、いいの?」
「もちろんだよ」
「いや、でも悪いって……」
「いいから、いいから! 受け取ってよ!」
ちょっとした押し問答の末、俺は『蛍石』をジュンヤ君から譲り受けた。
「あ、ありがとう。ジュンヤ君!」
「お礼なんかいいよ、タロ君。この蛍石って、熱と相性がいいなんて説明欄には表記されてたけど、実際に鍛冶の場で加熱したら砕け散っちゃったし。今のところ活用方法は見つかってない鉱石なんだ」
ほ、ほう。
俺の見解が正しければ、そっちの無色透明で地味な『蛍石』なら、もしかしたら純度も高いだろうし、耐えられるのでは? と思い立ち、説明しようとするが、やめておいた。ジュンヤ君は自分が一番いいと思う石を、俺にくれたのだ。その手前、実はそっちの地味な方が純度が高いんだよ、なんて指摘は嫌味に聞こえてしまうかもしれない。
その代わり、俺は石を惜しみなく譲渡してくれた彼に誠意を示すものとして、正直に自分の事を言わなくてはならないと思い立つ。
「あの、ジュンヤ君……実は俺、採取スキルは取ってないんだ」
「えッ!?」
「あの、錬金術スキルを頑張ってて……錬金術スキルも素材とかけっこう必要で、それで採取に夢中になってたりして……」
「れ、錬金術!? ええと……タロ君ぐらいの年頃の間では、流行ってるのかな……?」
ジュンヤ君はもごもごと何かを言っていたけど、よく聞き取れなかった。
これは、やっぱり錬金術に対する悪印象が及ぼす影響か。せっかく友達になれそうな傭兵と出会えたのに、ちょっとだけ残念な気持ちになってしまい、言い訳がましい言葉を彼に吐いてしまう。
「も、もちろん、採取は好きだよ。でも、全ては『錬金術』スキルのために励んでいた事なんだ」
「ううん……ついこの間なんだけど……ボクの所属する傭兵団にも……れ、錬金術を使う……傭兵が来たって……さ、騒がれてたよ」
「そうなんだ」
妙に歯切れの悪い物言いからして、やっぱりあまり評判は良くないのだろうか。
「なんというか、少し悔しいなって! その傭兵って、けっこうな有名人らしくて……不遇と言われた錬金術で、珍しい鉱石素材を持って来たらしいんだ。ボクも負けてられないなって」
しかし、俺の予想に反してジュンヤ君は両目に熱い炎を宿し、まるでライバルか何かのように、その傭兵について熱く語っていた。どうやら錬金術に対する忌避感や、俺が採取スキルを持っていないという点について、落胆したわけではないと知り、ホッとしたのも束の間……俺は自分以外にも、錬金術に深く精通している傭兵の存在が気になり出した。
「ほう……もし、よかったら今度、その傭兵を俺に紹介してくれないかな」
「いや、ボクなんか話した事もないし。たまに見かけたりするけど、副団長とのやり取りや、他の腕の立つ傭兵さんと話し込んでる姿をいつも遠目で見てるぐらいで……紹介なんてできる間柄じゃないよ……」
傭兵団内で、腕の立つ傭兵や副団長と親しいだと……!?
戦闘面でも優れた錬金術士なのかもしれない。
ますます、興味が湧いてくる。
同じ錬金術を極めんとするその傭兵に。
「それならっ!」
しかし諦めきれない部分はあるけど、無理強いは良くない。
ここは一旦、引き下がるしかないだろう。
「そ、そっか……今のは気にしないで。もし今後、そういった機会があったら、お願いしても?」
「もちろん! ボクなんかにあんな子を紹介する機会なんて巡って来る気配はなさそうだけど、できそうだったら、話しかけてみるよ! ちょっと厳しめだけど、いや、うん、だいぶ近寄りがたい雰囲気というかね、とっても高嶺の……って感じで、あははっ」
そう快活に俺のお願いを承諾してくれたジュンヤくんに、俺まで自然と笑みが生じてしまう。もちろん仮面越しで相手には見えてないだろうけど。
こういう時は、ちょっとだけ『見識者の髑髏覆面』の呪いが恨めしく感じてしまう。
とにかく、俺は彼に好印象を抱いてしまっている。ましてや、他の錬金術士との繋がりを持てそうな人物である。
そのため、切り出すなら今だ。
「使うスキルは違うけど、採取が好きなのは本当だから。その、俺とフレンドになってくれない?」
「もちろんだよ、タロ君! 突然、ボクの傭兵団に現れた錬金術を扱う彼女のおかげで、ボクだって錬金術には興味があるしね。何より、採取を愛する同好の仲間として、タロ君とはぜひともフレンドになりたいよ!」
ほう、その錬金術士は女性なのか。
俺はジュンヤ君の手を取り、新しいフレンドが増えた喜びを噛み締めつつ、まだ見ぬ凄腕の錬金術士に思いを馳せた。
一体、どんな人物なのだろうか。
タロにとって、自分からフレンド申請を送ったのは初です。




