161話 石と植物だけが友達です
「声をかけたのはボクの方なのに、驚いたりしてごめんなさい」
大きなリュックを背に抱えた少年は、礼儀正しく非礼を詫びてくれた。
「い、いや……こちらこそ、なんだか驚かせてしまって申し訳ないです」
お互いにぺこりと頭を下げ、わずかな沈黙が両者に流れた。蛍が漂い、うごめく樹人が乱立するフィールドで、髑髏仮面な俺と登山家少年は見つめ合った。
しばらくすると、少年は自己紹介をしてくれた。
「えと、ボクはジュンヤと言います」
「俺はタロです」
何故かよろしく、と嬉しそうに握手を求められたので、おずおずと俺はそれに応じた。
どうやらジュンヤ君は、『採取』という行為に目がないらしく、同じく採取に夢中になっていた俺を見かけて、ぜひ情報交換をしたいと思い声をかけてくれたらしい。
「情報交換も重要だけど、何より採取を愛する傭兵と仲良くなりたかったってのもあるんだ」
「あ、愛?」
「うんうん! だってキミは、あんなにも感極まった様子で採取をしていたじゃないか。素材の考察とかについて呟いたり、喜びに打ち震え天を仰ぎみたり、不思議なカメラ? で素材を撮って資料として保存してるのかな? とにかく、これって『採取』に対する愛がないとできないでしょ?」
うぁ……見られていたのか。
なんだか、他人から錬金術に夢中になっていた自分の姿を、まざまざと説明されると恥ずかしいモノがある。
そしてジュンヤくん、キミは早口だな。
「ボクだって、集めます!」
彼は目をキラキラと輝かせ、興奮した様子で言い放つ。
まるで同好の士を発見した喜びを全身で表現するかのように、大袈裟な身ぶり手ぶりで、マシンガントークを続けてきたジュンヤ君。
「『採取』スキルに本腰を入れてる傭兵って本当に少ないからね。キミも同じ口なんでしょ? だったら、ぜひ親交を持ちたいなと思って。だってさ、『七色蛍の樹形地』ってレべリングでそこそこ有名な場所なのに、あえて『採取』活動に勤しむタロ君は! 強さよりも未知素材の発見を求めるその行動! ボクと同じ『採取』好きで間違いないなって!」
タロくん……。
いい響きだ。
「やっぱり採取はいいよね! ボクは特に鉱石や植物に興味があるんだ。いずれは現実みたいに昆虫採集とかできたらいいな、なんて思っていたりする!」
俺も錬金術に本腰を入れる傭兵に会えたら、嬉しくなってこうなってしまうんだろうな。というか採取をしてたのは、マイナーで人気のない錬金術スキルのためです、なんて言い辛くなってしまった。
「ボクは戦闘面に関してはからっきしでさ……ほら、『採取』スキルのポイントをけっこう振っちゃってて。タロ君も同じ口だったり?」
「ええと、まぁ戦闘は得意な方ではないかな」
「やっぱそうなるよね。ボク、いつもは同じ傭兵団の傭兵や学校の同級生なんかにくっついて、お世話になってる感じなんだけどね。こんなプレイスタイルだと、ダンジョン攻略とか敬遠されがちなんだ」
「その感じ、わかる」
クラン・クランを始めたばかりの頃、『百騎夜行』のゆらちーに、メインスキルが錬金術だと知られ、お荷物だから一緒にプレイするのを断わられた事を思い出す。今となっては錬金術の真価を認めてくれ、頼り頼られる仲間となってはいるけど、傭兵団『武打ち人』の時然り、錬金術に対する一般からの目は痛いものだ。
「それでもきっと頑張っていれば、価値あるモノだと認めてくれる傭兵はいるはずだ」
そうジュンヤ君に向かって言ったものの、わずかにあった自分の劣等感に対して慰めと希望の言葉を吐く。
「そうだね。うちの副団長なんかは、こんなボクを評価してくれてたりもして嬉しいんだ。自分が極めようとしてるスキルを悪く言うのもアレだけど……『採取』スキルを評価してくれる傭兵なんて、滅多にいないから、つい嬉しくって」
「その気持ちもわかる」
「うんうん! うわぁ、やっぱり嬉しいな! 採取仲間なんて今までいなかったから、こうやって話ができるだけでも楽しいよ!」
「あははは」
喜ぶ彼の姿を見て……。
どうしよう、ますます錬金術スキルですって言えない空気に……。
乾いた笑い声を俺が響かせると、ジュンヤ君はズイッと近寄ってきて何故かジッと見つめられた。
「その仮面でそんな笑い方されると、インパクトがあって怖いね! 最初はビックリしたけど、今はとても素敵な装備に見えるよ。こう、世界に散らばる宝を探し求める、死神さんって感じで最高にクールだ!」
おっと、ジュンヤ君もリッチー師匠が残してくれたこの覆面の良さに気付いてしまったか!
「採取は装備によって採取量が変化したりと奥が深いよね」
「それ、わかる」
ほうほう、採取家なだけあってその手の口にも詳しそうだ。
先程、探求者シリーズ装備や覆面の効果に感心していた俺にはタイムリーの話題だった。
「ボクもいい装備をそろえるために日々、奔走してるんだ。ボクの推測によると、タロ君が付けている、その拘り抜かれた意匠と迫力を兼ね備えた仮面は……ずばり、採取に役立つ効果付きの素晴らしい装備でしょ!」
ほほほう、まさかこの仮面の貴重性だけでなく、効果まで言い当てるとは。
ジュンヤ君はなかなかの慧眼の持ち主だ。
「実はこの覆面、モンスターや素材の詳しい情報がわかる装備だったりする。これは大切な装備で、俺にとっては思い入れのある一品なんだ」
「思い入れ……それ、ボクもわかるよ! 見て、ボクのこの鉱山師セットの装備を! 鉱物系の採取量を20%の確率で増やしてくれるって効果付きなんだけど、このセットをそろえるのに、すっごく苦労したんだ。でもさ、その分手に入れた時の嬉しさはおっきいし、愛着も湧くよね!」
あぁ、わかるぞ。
俺だってこの『見識者の髑髏覆面』を手に入れるには時間もかかったし、たくさんのイベントを乗り越えた果てに、棚ぼた的な感じで手に入れたとはいえ、とても嬉しかったものだ。
「すごくわかるよ、ジュンヤ君!」
「わかるよ、タロ君!」
うん、いつのまにか互いの両手を握って、歓喜に打ち震えていた。
なんだろうね、この感じは。嬉し恥ずかしなので、俺は慌てて離す。
「というか、すごいよその装備は! クラン・クランは戦闘面で弱いと風当たり厳しいゲームだけど、やっぱり情報はすっごく大事だと思うんだよね。ボクも素材に関するデータや、モンスターの生態系にはすごく興味があって、それらを観察、考察、調べるのに手間は惜しまない主義なんだ。結果的に採取の効率を上げる事に繋がるし!」
うんうん、わかる。
錬金術は素材が命と言っても過言ではないわけで、その元となる素材やフィールド背景の成り立ちなど、あらゆる角度から情報収集するのはとても大事な要素だ。未知なるものを追い求める上で、必須事項と言っていい。
「それをクダらないと、一蹴する傭兵たちの気持ちが知れないよなぁ」
「うん、それね! すごくわかるよ!」
「やっぱりわかる!?」
「もちろんだよ! タロ君!」
「嬉しいよ、ジュンヤ君!」
ふへへ。
なんだか使うスキルは違えど、ここまで共感してくれる傭兵との出会いはなかったので、嬉しみが深い。
またもや俺はジュンヤ君と両手を繋ぎ合っていた。
それに気付き、今度は彼の方がコホンと咳払いをして手を離した。
「この『七色蛍の樹形地』周辺の歴史、NPC達が噂する内容、素材やモンスターから取れる情報をまとめると、もっと貴重な鉱物が発見できるとボクは推測しています」
「ふむふむ。って、待って欲しい。さらなる貴重な鉱物と言う事は、既にこの辺で何かの鉱石を発見したの?」
「実はそうなんだ」
「それは非常に興味深い……」
「もちろん、タロ君には教えるよ!」
ニコッと人懐っこい笑みを浮かべ、快く無償で貴重な情報を提供してくれるジュンヤ君に、俺も感謝の笑みを返す。
おっと、今は覆面越しだから俺の表情すら見えないと気付き、ちゃんと言葉にしておかないと。
「ありがとう、ジュンヤ君!」
「別にお礼なんていいのに。ボクは……石と植物だけが本当の友達みたいな、陰キャだから。こういう話に興味を持ってくれただけで嬉しいんだ、タロ君」
それを言ったら……俺も晃夜や夕輝がいなかったら……ぼっちに近い学校生活になってただろう。
親友二人がいても、性転化した時点で引き籠りまっしぐらだったし。
それに、ゲーム内で錬金術スキルを活用している傭兵にも、未だに会った事はないわけで。
「俺だって、クラン・クランでは趣味の合う奴とかいないし。ジュンヤ君みたいな傭兵と話せて嬉しいのは、こっちの台詞だ」
そう伝えると、ジュンヤ君の暖かな笑みは一層深まった。
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