159話 七色の蛍
「うわ、綺麗だけど……残酷?」
『七色蛍の樹刑地』と呼ばれる川に来てみて、その実態を知った俺はちょっと惨いと思った。
というのも、この川は何の変哲もない、水の澄んだ小川だ。
しかし『天侯:夜』になると、この清水が流れるフィールドには無数の蛍が湧き出てくるのだ。七色に明滅する蛍は、宙を飛び交い間もなくして川沿いの地面にその身を落とす。するとどうだろうか、ポトッと蛍が着地した場所からにょきにょきと虹色の植物が生え、メキメキと成長し、木々が生成されていくのだ。
あたかも蛍が種子かのように。
その命を賭して育ったそれらの樹木は、様々な色合いを帯び、多種多様な特性を持っている。
そして、一つの共通点がある。それは『うごめく樹人』化しているのだ。まるで川を侵す者は排除するとでも言うかのように、川沿いに来る傭兵を襲い、清水が穢されるのを守っているようにも思える。
蛍は綺麗な水辺にしか生息できない昆虫だけど、このトレント達がその在り方を守っていると……。
「俺のレベル的には、レべリングをする場所に最適って耳にして来てみたけど……なんだか悲しい所だなぁ……」
一見して、蛍たち自身が『うごめく樹人』を生成し、自衛しているという至極納得できる状態だと言えなくもないが、真実は違うらしい。
ここには千年前から伝わる、とある伝説があるようだ。その内容は、『七色蛍の樹刑地』から程近い場所に眠るように佇む廃墟、かつては宝石業で盛況を極めた『至宝の連盟都市《ミスラ・ディール》』と呼ばれる都市群が深く関係している。
ミスラ・ディールの中心都、『白宝都市ミスランティア』の何代目かの宝王は『蛍』を『生きた夜宝石』と命名し、この川に生息する蛍を根こそぎ乱獲、他国へと高価な宝石の一種として売り出した。これに川底で深い眠りについていた、流水の主たる大精霊『水聖宮の猛き乙女セレス』が怒り、その欲深き業を罰するために、都市群全体へと呪いを振りまいたそうだ。
都市に住まう人間一人一人の命を、一粒一粒の宝石に変えるという……一日毎に何百人単位で蛍に変貌させてしまう奇抜な呪いだった。
『どうだ、これが貴様らが欲していた者だろう? 自らが望む者になれて良かったではないか。一粒一粒を大事にするがよい、次なる宝石を生むためにな』。
そう嘲笑って、『水聖宮の猛き乙女』は宝王の前から姿を消したそうだ。
それから瞬く間に『至宝の連盟都市』は衰退し、滅び去った。
「樹刑地……元人間達が虫に姿を変え、樹に変化してしまう刑罰を執行する地ね……まさに川面の美しさを保つための流刑地か……」
その後、栄華を極めた『白宝都市ミスランティア』が貯蔵した財宝の山々はいずこかへ消えた。今では、川から姿を現す蛍こそが、失われた『白宝都市ミスランティア』の宝石の魔力から発生しているとも言われることもしばしば。もしくは、宝王たちの魂が呪いによって縛られ、何度も何度も蛍として召喚され、『水聖宮の猛き乙女』に酷使されている証左に他ならないと、この辺の遺跡究明者と廃墟漁りのNPC達に恐れられているようだ。
引用、ジョージより。
そんな場所で俺はソロでレべリングを試みていた。と言っても、いろんな事に興味をそそられてしまい、行動はあっちへ行ったりこっちへ行ったりと、我ながら一貫性に欠けていると思わなくもない……。
「太陽と月の子供達よ。我が灯に舞い戻り、その温かみを分けておくれ」
両手で種火入れを掲げ、戦闘のために放った『太陽に焦がれる偽魂』と『月に焦がれる偽魂』を回収する。
俺はリッチー師匠の資料室から頂いた素材群と、錬金術アビリティ『小さな箱の主』によって『月精を宿す種火入れ』を完成させる事ができたのだ。
さっそくという事で、太陽と月の二精を使役して『うごめく樹人』に挑んでいたのだけど。
この辺の『うごめく樹人』は七色蛍が元となっているため、木色もそれぞれ違う。もちろん色ごとに弱点属性が異なり、使用してくる属性攻撃も違う。例えば薄紫の『腐る樹人』は毒液をまき散らしたり、黒い『黙す樹人』はこちらのアビリティの一部を封印するなど、白い『詠う樹人』に至っては周囲の樹人を呼び寄せて、こちらが囲まれそうになったのには焦ったりもした。
なかには赤茶色の『燃ゆる樹人』は枝葉を燃やして攻撃をしてきたり、樹木のくせに自らを削って捨て身の攻撃をしてくるのはいかがなものかと思った。
総じて『うごめく樹人』は、高い背丈を活用しこちらを押し潰そうと倒れてきたり、長いリーチである太い枝を振り回す牽制が厄介だったが、火にとことん弱かった。そのため『太陽に焦がれる偽魂』の『熱球』攻撃は多大な戦果を上げた。このへんは青銅色の『滴る樹人』も同じだったけど、彼らに限っては自らの枝先から水を放出することができたため、鎮火作業という対抗手段に苦戦させられた。特に火に弱いのは暗緑色で、多量の葉を枝に付けた『茂る樹木』であり、その個体を狙ってレべリングにしばらく勤しんでいると、とある事に気付いた。
まず一つ目は、トレントの習性なのか同じ色同士、集まるという傾向があるようだ。
そして二つ目は深い茶色の『根付く樹人』は、こちらが襲わなければ静観し、戦闘に積極的でないただの木であろうとする節があったのだ。
「素直に土に還りたいのかも?」
唯一の安全地帯が『川沿いの小さな森』、いわば茶色の『根付く樹人』の密集地なわけである。
ちなみに新作である、『月精を宿す種火入れ』の性能に関してはなかなかに良い感じである。
『月精を宿す種火入れ』
【ランタンが耐久度を上回るダメージを受けると、『月に焦がれる偽魂』も消滅します】
【ランタンから出すこともできます。その場合、『月に焦がれる偽魂』それぞれ個体のHPが全損すると消滅します】
この辺は『陽精を宿す種火入れ』と基本仕様は変わらない。
『月に焦がれる偽魂』
HP40
【特性】
『種火住まい』:ランタン内にいれば、一分間でHPを10回復していく。
【アビリティ】
『ふるえる魔力』 :周囲に軽い衝撃波と【属性 白】による極僅かなダメージを発生させる。
『魔球』 :白球状態で敵にぶつかり、【属性 白】によるMP吸収を行う。任意で傭兵に触れれば吸ったMPを譲渡できる。
『原初の月』 :【属性 白・青】の魔法アビリティに+10~50ダメージを付与。
特性やHPなどは『太陽に焦がれる偽魂』と同様だけど、アビリティの性質が大きく変わっていた。陽精が目くらましや直接的な【属性 赤】のダメージ攻撃に対し、月精はMPの吸収と譲渡という、なかなかPT戦で汎用性の高いものを持っていた。
「これでミナや百騎夜行の人たちとPTを組んで役に立てる」
しかし、『月に焦がれる偽魂』の製造に成功したとはいえ、リッチー師匠と比べたらまだまだだと言わざるを得ない。
ランタン内に戻らないと生命を維持できない等、ホムンクルスの自律活動と、自動生成するクラゲなんかも生んでいる師匠とは、天と地の差があると痛感させられた。
「ふぅ……レベル上げも飽きてきたし。そろそろ、これの出番だ」
未だにレベルは上がってない。しかし、そこそこの経験値を得れたと確信した俺は、ここに来てからずっと試したかった事に取りかかろうと判断する。
「まずは、仮面を装着!」
そう、リッチー師匠の資料室からくすねた『見識者の髑髏覆面』を頭部へ装備したのだ。
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近々、クラン・クランはアップデート&メンテナンス修正がきます(改稿作業)
お話の本筋はほとんど変えませんが、少しだけ手直しする予定です。




