158話 残念無双 ★
「こ、こんにちは!」
急ぎ、『武打ち人』の工房へ駆け込んだ俺を迎え入れてくれたのは、意外にもガンテツだった。
禿頭の二席は『ついてこい』と一言だけ放ち、他の徒弟たちの忍ぶような機敏な動作で、工房の最奥へと案内してくれる。
待ち構えていたのは、現段階で最高の武器鍛冶師と言われる『千年鍛冶の大老侯』マサムネさん。そして若手にして有望株である三席のゲンクロウさん、そこにガンテツも加わる。
二人は無言で作業台に置いてある一振りの剣……刀を眺めながら、ただひたすらに静寂を貫いていた。
俺が入って来てから、二人はうんとも寸とも言わない。
その重苦しい雰囲気に釣られて挨拶をかわす事ができず、ただただ完成した刀へと目をやる。いや、最初から視線を釘付けにさせられた。
刀身は地平の彼方を明るく染める、朝焼けのような薄い金色。
雲の隙間から降り注ぐ太陽の光筋、天使の階段を彷彿とさせる壮麗さと美しさがあった。
非常にカッコイイ刀が出来上がっていたのだ。
息を呑むとは、この事だろう。
きっと他の三人もこの感動を、共有してくれているはずだ。
いや、作った本人達だからこそ、苦労の感動も合わさってひとしおだろう。
「綺麗、ですね……」
静寂を邪魔しない程度の声音で、ぽつりと感動を示す。
「んにゃ、まぁ見た目はきれぇっちゅぅもんだけんどよ……」
「たしかに、美しくはあるが……」
「…………」
あれ?
よくよく見ると三人とも、どこか不満そうな顔をしている?
「えっと、何か問題でも? 俺はこんな立派な武器、見た事もないですよ?」
「おめぇが喜んでくれるのは嬉しいんだがなぁ……」
「逆にそこまで希望の眼差しを向けられると、こちらも堪えるものがある……」
なぜか二席と三席は沈痛な面持ちで、もそもそと歯切れ悪く呟いていた。
「大言壮語したってのによぉ、自分が情けねぇや」
「ステータスの知力がこんなにも必要だったとは……」
うん?
やはり刀の装備条件は知力重視だったのか。
刀術スキルの習得条件も知力が関係していたし、そこはある程度認識済みだったから問題ないけど。
「……知力は、武器を扱う『技量』と同義なの、か……」
マサムネさんが無念そうに、考察を述べた。
あ、なるほど……。
そう言えば、小太刀【諌めの宵】も技量補正Gって表記があったなぁ。気付くと攻撃力が上昇していったのは、あれは俺の知力ステータスが上がってたから、それに付随して攻撃力にプラス補正がかかっていたのか。
クラン・クランの知力とは、繊細な武器である刀を扱う上での【技量】を体得せしめた知恵という扱いでもあるのか。
「……すまない……」
今、俺達に作れる刀はこれが精一杯だ。
とでも副音声が付くぐらい残念な空気を肩に背負って、マサムネさんが頭を下げてきた。
「知力が250も必要なんつぅ武器はよぉ、誰も装備できねえわな」
「作ったはいいものの、依頼人の振るえない武器など意味がない」
二席と三席まで、俺に頭を下げてくる。
俺はそんな三人に慌てて、顔を上げてと懇願する。
「ちょっと、みなさん! 俺は知力305なんで全然問題ないですよ!」
そう叫ぶと、ハゲのガンテツはさっきまでの気難しそうな渋面を崩し、ポカーンと間抜けな表情でこちらを見つめ出した。
ゲンクロウさんも同じような顔で俺を眺める。
マサムネさんに至っては、時が止まったように微動だにしない。
「おいおい、そりゃ本当か?」
「俺達に気を遣って、そんな事を口走ってる訳ではなく?」
「……?」
「はい、本当です。素晴らしい刀をありがとうございます!」
俺の感謝の言葉に、場の空気はさっきとは打って変わって瞬く間に明るいものへと変化していく。
「だぁぁらぁあああい! だから言ったろうが、鍛冶ってのは最高なンだよぉう!」
「フッ……フフフッ。全く、おまえさんには驚かされるというか、呆れるというか。とにかく、無駄にならなくて良かった」
両手を上げてドヤるガンテツや、ニヒルな笑みで喜ぶゲンクロウさん。
「……ありがたい……」
マサムネさんはホッと胸をなでおろしては相好を崩した。そして、俺に出来たてほやほやの刀を手渡してくる。
「たしかに、受け取りました。ありがとうございます」
「……いい……希少な金属、助かった……」
『千年鍛冶の大老侯』から受け取った『刀』を手にすると、俺は堪えることができなくなった。
喜びに溢れ、刀を素早く確認する。
燈幻刀【鏡花】
【淡い燈籠のような輝きを帯びた刀は、甘美な匂いで幻視を見せると言わている。厳格なる太陽の光を吸収して育った金属は、人を酔わし惑わす麗らかな花を宿らせ、その刀身に咲かせ昇華せしめた】
レア度:8
ステータス:攻撃力+68 技量補正E
特殊効果:光の屈折を発生させ、蜃気楼のように装備者の位置を偽る幻惑特性を持つ。
固有アビリティ:『対極影』『浮かび水連』【使用発動条件:知力300】
「すごい……合わせの金属に関して、少し聞いても?」
鍛冶師たちに尋ねると、三人は鷹揚に頷いてくれた。
「おう、もちろんよ。だが外部には漏らすんじゃねえぜ」
「今回のように、お互いウィンウィンでいこうか」
俺が『尊き地平の黄金』を生産できると知られれば、他の傭兵に狙われる危険度が増す。何かの拍子で、それこそ奪われて市場に出回る機会が増えれば、研究される可能性も出てくるし、最悪製造法が露見してしまう恐れもある。なので秘匿した方が利益を上げ続けることができると。それは『武打ち人』も同じで、刀を形にできる希少な金属の取引相手を独占できる、という交渉と信頼の元に情報の共有を以前に決定したのだけど、再度確認してくるあたり用心深い。
「もちろんです」
「まずぁ芯鉄はよ、おめぇの『尊き地平の黄金』だわな」
「これに見合うインゴットがなかなか見つからなかったが、うちにはひ弱だけど優秀な鉱物コレクターがいてな。そいつが妙な事を言ったんだ。太陽の光なら植物なんかは相性がいいかもってな」
なるほど、確かに光合成とかで成長するわけだし?
「そこで、この鉱石の出番よ。ぶっちゃけ、あんま良質な鉱石とぁ言わねえがよ。そいつのコレクション以外にゃ、使い道もない用途不明の素材だったしなぁ」
参考までに一つやんよ、とガンテツは緑とオレンジが混ざったお世辞にも綺麗とは言い難い石コロを俺に手渡してくれた。
『金木犀の貴石』
【『天候:雨』のときにだけ咲き誇る金木犀。その花弁から稀に生成される石】
金木犀……か。
現実にある植物だよね。
かなり甘い香りがして、小さな橙色の花を咲かせるんだっけ?
そんな花から石が取れるとかファンタジーだなぁ。というか、クラン・クランにも金木犀ってあるんだ。
「……同じ、『金』というワード……」
マサムネさんは、相性も良さそうだったと言いたげだ。
うまい具合に『尊き地平の黄金』に秘められた太陽光を、光合成かなんかの特性を受け継いだこの鉱石が吸収し、金属を成長させる事ができたって感じかな?
「この『金木犀の貴石』でどんなインゴットを作ったかは秘密だぜ」
「そちらも『尊き地平の黄金』の生産方法を開示するなら、考えるけどな」
おっと。
こちらも稼ぎネタを商売相手にそう易々と明かせないので、追求はしないでおく。
「まぁ、この刀の攻撃力は、レア度に比べて最弱の部類だがよ」
「レア度8の平均攻撃力はだいたい、武器の種類にもよるけど、150以上はくだらない」
「……刀は速い……」
マサムネさんの結論に、二席と三席は刀に対するそれぞれの思いを述べていく。
「刀という武器種がぁよ、振りやモーションを素早くこなせる片手剣だと思えば納得だぁな」
「その分、片手剣よりは威力に劣ると。耐久値も低いから、壊れる前に修理に出す事を忘れるなよ」
「特殊能力の件だが、ゲンクロウが言うにゃ金木犀らしいっちゃ、らしいとの事だってよぉう!」
「『燈幻刀【鏡花】』は、如実に『尊き地平の黄金』の特性と、『金木犀』という花を体現した武器と言っても過言ではない」
ゲンクロウさんの説明によると、金木犀には『気高い人』『謙虚』『陶酔』『真実』、『初恋』などと言った花言葉があるようだ。
『気高い』という部分に関しては『尊き地平の黄金』と重なる点もあるだろうし、刀身がくどく派手な金色ではなく品格のある薄金、『謙虚』さをにじませた控えめな金色の刀という事で、金属の特性を十分に引き継いだ一品とも言えるそうだ。また、金木犀は強く甘い香りを放つ花であり、その匂いは『陶酔』の情を引き起こすそうだ。その反面、咲く花は小ぶりでギャップがある。芳醇な香りばかりに気を引かれるが、実物は全く違う姿を持っているという『真実』。
この性質から、光と虚像の刀は生まれた。
金木犀の在り方と、太陽光が込められた『尊き地平の黄金』が合わさり、光を屈折させるという蜃気楼のような効果が生まれたのではないかと、マサムネさん達は推測しているようだ。
『燈幻刀【鏡花】』の固有アビリティ『対極影』をさっそく発動すると、ターゲット選択をするという流れになった。
試しにガンテツに指定してみると……。
「おおう? 嬢ちゃんが……さっきまで左にいたのに、右にいるじゃねえか……」
と、明後日の方を指差して俺の存在位置を誤認していた。
どうやら、『対極影』は対象とする傭兵から見て、自分の位置を左右逆転させてしまうようだ。ちなみに対象の傭兵から見て自分が正面に立ってしまうと発動できず、『対極影』を成功させても、こちらが動くとその幻は解除されてしまう事がわかった。
もう一つの固有アビリティ『浮かび水連』に関しては、ターゲット傭兵の指定はなかった。誰からも、俺が実際にいる位置よりも上に浮かびあがって見えるそうだ。効果時間は4秒だけど、近接戦闘中では致命的な時間になるだろう。ただ立っているだけでは、不自然に俺が浮かび上がっているだけに見えるから怪しむ傭兵もいるだろうけど、走り込み、跳躍をした時点で発動すれば話は変わってくる。上方にジャンプしての切り込みをかけてきたと見せかけ、その実、下方から接近攻撃を仕掛けていると悟らせない技だ。なにせ敵からは、俺の姿は実際よりも上部にいると見えるのだから、相手が幻へと反撃でも防御でも対処している間に、こっちは攻撃を浴びせられると。
どちらも蜃気楼のようなを現象を発揮するアビリティだと言える。
「……鏡花水月……夢幻の如く……つかめない……」
「花言葉の『初恋』たぁ、うめぇこと言ったもンだぁな? おめぇの初めて手にする刀が、つまり初恋相手っちゅうのが、この『燈幻刀【鏡花】』ってことだぁな!」
すごい、すごいぞ、この武器は。
自分の幻影すら生み出し、敵を翻弄して一撃を与える。
まさにアイテムを駆使して変則的な戦闘スタイルを地で行く錬金術と、相性バッチリの固有アビリティじゃないか。
嬉しくて嬉しくて、仕方なくなって、よーく『燈幻刀【鏡花】』見て、気付く。
「ア゛……」
我ながら、地獄の底から響く怨嗟のような声を出してしまったと思う。
「あぁ?」
「どうした?」
「……?」
燈幻刀【鏡花】
装備条件:知力250 力10
……チカラガ、10、ヒツヨウ?
あいむ、のっと、ぱわー。
ぱわー、いず、1。
俺の力ステータスは1しかない。つまり、装備するには9足りてないと。
たった一ケタ。
されど天と地の差がある数値、9という存在。
「ぐはっ」
俺はその絶望の前に両手を突き、悲しみと共に屈した。
「どうしんたんでぃ!?」
「何があった!?」
慌てて俺に駆け寄るハゲと若。
「何か問題でもあったんか!?」
「何らかの条件で、相性が合わないとかか!?」
今は……今だけは、そこに触れないで欲しかった。
しかし、武器を作ってくれた本人達を前にして言わないわけにはいかない。
「……ちから、1しかないです……」
俺はマサムネさんの如く、単調で静かに、本当に蚊の泣くような声で三人に真実を言い渡す。
「「ウソだろ!?」」
その後、再起動にはしばらくかかった。
なんやかんやでガンテツやゲンクロウさんに励まされ、俺はレべリングに行く決意をした。早く、力ステータスにレベルポイントを振って、力を10にしなければ……。
かつて【合成】で作った『過激なあめ玉』があります。
イモムシ+ミコの実→『過激なあめ玉』
【イモムシ風味な過激な味がする。使用すると1分間だけ、ステータス・力+10になる】
これがあるので、時間制限付きで装備できると言えば装備できます。
イラストは更級さまより、いただきました。
可愛いし、綺麗だし、かっこいい……。
たまたま私が落ち込んでいる時に、ツイッター上から頂いたイラストでして。
すごく執筆の励みになりました。
そして、やはり刀身が素晴らしい色合いですね!
ありがとうございます。




