156話 とある鍛治師の予感
新キャラ視点です。
またも、タロの預かり知らぬ所で……評価が勝手に……。
「ボクだって、集めます……」
妙な客人、というか冷やかし? が『武打ち人』の工房を出ていくのをぼんやりと眺め、ボクは何となく呟いた。すると日頃からお世話になっているガンテツさんが、ガハハっと笑い立てながら問い掛けて来た。
「なんだなんだぁ? 鉱物マニアのお前も焚きつけられたんかぁ?」
傭兵団の先輩でもあり、『武打ち人』を代表する職人傭兵でもあるガンテツさんは、珍しく晴れやかな笑みを浮かべている。
「ガンテツさんやゲンクロウさん、親方が認めるぐらいの鉱石って、なかなかないと思って……あの子は一体、何なのですか?」
「はん! 妙なガキだがぁ、いいモンは持ってんじゃねえか? 『白銀の天使』だなんだって、一部にゃ騒がれてる理由もわかるってもンだぁな」
ガンテツさんは、副団長の第二席である立場にいながら、末席のボクなんかにも鍛冶スキルのコツなどを教えてくれる親切な傭兵なんだ。
「はぁ……」
彼は言葉は荒いけど、その丁寧な指導を施してくれるスタンスで人望は厚かったりして、ちょっと憧れの存在。反面、自分が気に入らない事は絶対に受け入れない、曲がらない芯をもってて同性として兄貴ともお父さんとも呼びたくなってしまう。そんな人が、ふらっと現れた美少女を認定宣言したのだ。
そんな経緯もあって周囲の徒弟たちは、おもしろい気分にはなれなかったみたいだ。
「どうして錬金術士なんかに」
「ちょっと見た目がいいからって、わがままそうだったよな」
「ガンテツさん、まさかあの美少女にほだされて?」
「あの人に限ってそれはないだろうよ」
徒弟たちの愚痴じみた会話を聞きながら、ボクは急に訪問してきた謎の銀髪美少女の事を考えてみる。
確かにその美貌に一瞬クラっときたものの、みんなは炎に魂を捧げた身として揺らぐ訳にはいかなかったのだろう。事、職人業に関して、手の内を見せてくれという要望に、簡単にハイソウデスカと了承するわけにはいかないし。
「何か特別な金属を持ってきたらしいぞ」
「それを交渉材料に、か……」
「大方、あの美少女っぷりじゃ、貢いでくれる男傭兵でもいるんだろうよ」
「そいつから、特別な金属とやらを入手したってわけか」
「きたねえな……」
特別な金属……そう、ボクが最も気になるのは、彼女が役立たずな錬金術を使ってるとか、この世のモノとは思えない美貌の持ち主だとか、幼い少女だとか、そう言った要素じゃないんだ。『武打ち人』の上位三席が、武器作成の行程を見せても良いと承認する程の交渉材料、希少な金属を持っていた事実が気になって仕方ないんだ。
ボクは武具を作る傭兵団『武打ち人』に所属していながら、『鍛冶』スキルと同じぐらい『木工』スキルにも手を出している。そして実は、『採取』スキルというモノを本筋で成長させているんだ。
なぜかと言えば、ボクは鉱物や昆虫をコレクションにして飾るのが好きだから。
鉱石は元のままでも美しく、固い。秘められた可能性を色んな手法で加工することによって形を変え、より美しく強固な存在に昇華するところが魅力的なんだ。昆虫もやっぱり綺麗だと思う。小さく、短命であるにも拘わらず、個々の生態系や生息地の違いによって、様々な模様で身体を彩っている所が美しいんだ。
クラン・クランのフィールドや町、モンスターから取れる素材やアイテムはどれも現実にありそうでない、実際に在るモノも見受けられるけど、とにかくソレらが非常に魅力的に思えた。要は、謎と神秘、そして現実的な素材群にコレクター魂の火を付けられちゃって……。
現実じゃボクは中学生で、お金や距離の問題で欲しい物を手に入れる事がなかなかできないし。高校生になった兄さんにもよく『あまり無駄遣いはやめておけよ』と、世界の鉱石や蝶などの標本コレクションという趣味を否定されがちだ。仲良しのクラスメイトに、どんなにボクのコレクション達が素晴らしいかを力説しても、『おまえ、そういうとこが陰キャだよなー』『石とか虫とか興味ないし』『ちょっとキモいぞ』と、一歩引かれてしまう有様だったりして。
でも、ここは違うんだ。
いくらでも、無限大に、様々な物を集めることができる。
そして評価してくれる人たちも、今はいるんだ。
ボクが力を入れているスキルは、どれも戦闘向きじゃない。
だから当然、底辺傭兵の一人。
ましてや、採取と木工なんて『鍛冶』に関係ないスキルにのめり込んでるのに、自分でもよく武器鍛冶の最高峰と言われる傭兵団、『武打ち人』に所属できたなぁと驚いてはいる。
素材を採取して、それらを集めつつ、ダブった物は売りに出す。
そうして資金を貯めて、より効率のいい採取装備を手に入れ、ゆくゆくは自分の展示店を持つのがこのクラン・クランでのボクの目標なんだ。
あらゆる素材群を網羅した展示店。たくさんの傭兵たちが、ボクのコレクションを見て、入手場所はどこなのか、どんな方法で手に入れたのか、攻略の参考、知識を蓄えていく未来を想像したら胸が踊る。
それには、やっぱりお金がいる。
だから、採取した素材をただ売り出すだけじゃなく、加工して売った方が利率が上がるんじゃないだろうか、と思い至って『鍛冶』スキルと『木工』スキルを獲得したんだ。
ボクが主に採取したいのは、鉱物と植物、それに今はまだできてないけど昆虫の類。それらを加工すると言えば、『鍛冶』と『木工』、この二つが最適だと判断した結果なんだ。
もちろん、ボクみたいな半端者を快く入団させてくれる傭兵団は少なかった。『採取』という、戦闘に何の役にも立たないスキルにスキルポイントを全振りしているボクは弱く、ダンジョンに連れて行くのが負担だとバッサリ言われて、傭兵団を追い出された事もあるし。
当然と言えば、当然なのだけど、やっぱり悲しかった。
そんなボクは何を考えたのか、暴挙に出た。鍛冶傭兵団の最高峰と言われた『武打ち人』に入団したいと申請しちゃったのだ。
きっとあの時は、ボクを切り捨てた傭兵団員を見返したいとか、どうせ入るなら上位の傭兵団に所属して技術を盗んでやるとか、悔しさ紛れの悪あがきみたいな行動をしちゃってたんだろうな。
傭兵団『武打ち人』は簡単には入れない。
団長のマサムネさん自らが面接をして、副団長であるガンテツさん、第三席であるゲンクロウさんの承認を持って入団許可という運びになるんだけど。
どうせ無理だと思っていたけど、やるだけなら、と挑戦してみた結果……。
入団試験の面接と言っても、マサムネさんはほとんど無口で『どうして入りたい』と質問を一つ、浴びせてきただけだった。
そんな不躾な態度にバカにされているのかと思い、自暴自棄にも近い勢いで、鉱物に関する知識や美しさ、クラン・クラン全種の鉱石を集めてコンプリートしたいという思いを喋り続けたら、何故か合格をもらえた。
もちろん正直に、展示店を開くために『鍛冶』で金儲けをしたいからだとも言い放ったのに、だ。
『おめぇの鉱石に関する情熱や知識にゃあ、うちの手助けになんぜ。ここのみんなに活かしてくれや』
『鍛冶よりやりたい事があるのに、ウチに入ろうとするなんて、面白いなお前さんは』
ガンテツさんとゲンクロウさんが、朗らかに笑ってそう言ってくれたのは今でも鮮明に思い出す事ができる。思えばクラン・クランをプレイして、初めて他の傭兵に認められた瞬間だったのかもしれない。
「ガンテツさん、彼女が持ってきた金属、鉱石ってどんなモノでしたか?」
「おおう? まぁ詳しくは言えねえが……」
ううん、と低い声で唸るガンテツさん。
数瞬の間に生じた沈黙は、周囲にいる徒弟たちも彼女に何だかんだ興味を抱いている証でもあった。
「……黄金だ」
ざわり、と耳を澄ませていた徒弟たちが騒ぎだす。
ボクの心にも波紋は生じた。
金を生成する鉱物が見つかった? それとも作ったの?
ただの鉄を金に変える、なんて大それた眉唾ものの逸話がある錬金術師。
しかし、彼女なら本当に……まさに錬金術師然たる振舞いで、ボクら鍛冶師に嫌味を放ったわけで……金をどういった経緯で彼女が手にしたのか、わからない、わからないけれど、集めたい。
それが鉱石の類で金属に成り得るのならば、やはりボクのコレクションの対象内なんだ。
「マジかよ」
「黄金なんて、クラン・クランじゃまだ発見されてないよな?」
「でも、金じゃ武器生成には向いてないんじゃ?」
「現実と同じ性質なら、かなり柔らかい部類の金属になるわけだしな」
「殴って曲がっちゃう武器なんて、笑えるな」
「装飾品の類に混ぜるのが、せいぜいか」
徒弟達は彼女が持ってきた『金』をそう結論付ける。
だが、ガンテツさんがもう一唸りすると、各々はすぐに口を閉ざした。
二席が彼女の持ってきた『金』に対する考察を待っているのだ。
その態度が、口では貶していても内心では『金』の存在を無視できず、鍛冶師として気になりすぎる金属の一種だと、雄弁に語っていた。
「確かにありゃぁ……やわい金属にちげぇねぇがよ。ただの金じゃねぇ……うまく混ぜて、鍛えりゃぁ……化けるぜ」
あの嬢ちゃんも化ける可能性大だぜ、とガンテツさんは低く呟いた。
「ま! 武器鍛冶の傭兵団を相手に、切れねぇなまくら、木刀なんざを出した時きゃ、こっちをナメてんのかと思ったのは俺も同じだがぁよ!」
「木刀、だからこそ不戦の意味も含まれていたのかもしれないな。バカにする意図も敵対する意志もないと……」
ガンテツさんに続き、第三席のゲンクロウさんも話に加わってくる。
「昔の……伊達政宗が徳川忠長のクーデターの誘いを『謁見の場で、木刀を帯刀することによって断わった』っていう話もあるしな。刀の形をかろうじて保つだけの木刀のような存在、こんな使い物にならない私でよければ謀反に参加しますってな。しかし、この有様では私が参加しない方がいいでしょうって」
「というとなんでぇい! あの嬢ちゃんは、敵を切り! 打ち砕く武器を作るこの場所に! ドヤ顔で木刀を持ってきた。その真意は平和的でありながらも、鍛冶に関しては使い物にならねえと自身の在り方を謙虚に表明し、だけんども自分の意思は曲げねえって、俺らに言ってたわけかぁ!」
「しかるべき場所で、しかるべき者が刀を帯刀する。そこにどういった意味があるのか……あの子の意図を読み取れなかった俺達は、まだまだ武器を鍛え造る者として、未熟だったのかもしれん」
傭兵団のトップ二人が、さぞ愉快そうに談笑するのを徒弟たちは、やはり不満そうに聞いている。
「でも、錬金術なんかを使ってる癖によ……」
「偉そうな物言いだったよな」
「なーにが、『錬金術師は万物を相手にしている』だ」
「あぁ、それな。『錬金術のどこが鍛冶より劣っていると? 優れている点はあれど劣っていると言われる筋合いはない』だとさ」
「俺達の鍛冶の方が下だって? 生意気な事を言いやがって」
「ガンテツさん達はああ言ってるけど、ジュンヤもそう思うだろ?」
徒弟仲間の一人が、ボクへ急に話を振って来た。
確かに鍛冶スキルは、想像以上に難しい作業の連続で難易度が高い。
自分たちの頑張りや楽しんで打ち込んでいる事を下だと言われたら、いい気分にはなれない。
でも、元はと言えば徒弟たちやゲンクロウさんが、あの子のメインスキルがゴミと揶揄される『錬金術』を使用していると聞いた途端、態度が硬化したのが原因じゃないかなと思うんだ。
だから、仲間にどう答えればいいのか迷っていると……。
「……ばかやろう……」
山のような背丈、岩のような筋肉、鍛冶師の頂点にいる傭兵が唐突に話の腰を折った。
ボクたちの傭兵団長、マサムネさんだ。
というか親方が、鍛冶の話以外で口を開いた!?
その驚くべき事実に徒弟たちも、ボクも唖然としていた。
親方は、滅多に喋らない。そんな彼が、珍しく言葉を発したのだ。
「……あの目は、職人の目だ……」
誰の目、と団長は言わなかった。この場の徒弟たちは全員、それを口には出さないが感じ取っているはずだ。
ボソっと吐き出す言葉は単調。だけど、普段滅多に口を開かない人だからこそ、この発言はボクたちの胸に重くのしかかった。
「……あの嬢ちゃんは、俺達の鍛冶を見て……『途中まで、武器が、歓喜の声を上げていました』と言った……」
ゆっくりと、だが揺るぎない口調で白銀の天使を語る親方。
「……炉の熱さにたじろぐでもない。鉄の硬さに慄くでもない。鍛冶の美しさに魅せられるでもない。あの視線は、そう。『もっと語り合いたい』だ。そういう目をしていた……」
何と語り合いたいのか。とは、誰も質問をしない。
まがりなりにも、ここにいる子弟たちは職人の端くれだから。
職人なら誰もがわかる。
ボク達が語り合うべき相手は、武器の根源となる金属なんだ。
あの子が、彼女にとっての語り合いたいモノとは――――
確か、白銀の天使は『錬金術の相手は万物』だと豪語していた。
「……あの嬢ちゃんが、『噂の』天使か……」
深く、息を吸って吐く団長を前に、今や彼女に不満を覚える徒弟はいなくなってしまっただろう。錆ついた剣が再び、その鋭さと輝きを取り戻すように、ボクたち徒弟衆の曇った認識は研ぎ澄まされていく。
「……これは、負けてられん……」
クラン・クラン最上に位置する鍛冶師、ボクたちの団長マサムネさん。
『千年鍛冶の大老候』という類稀なる称号を所持する親方は、彼女を相棒と認めたようにボクは感じた。
変な勘違いあるある。
深読みし過ぎる鍛治師たち。




