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155話 鉄の熱


 刀の鍛冶依頼をなんとか取り付ける事ができた俺は、更に武器を作る行程を見学したいと申し入れた。二席のガンテツは予想通り、俺の提案に対して強い反発を示したものの、報酬に持ってきた『尊き地平の黄金(プライド・ブロンド)』を傭兵団(クラン)()打ち(びと)』に譲ると言えば、大人しく引き下がってくれた。というか、逆にやる気をみなぎらせてくれた。



「まずぁ鉱物を武器の素材にするためにゃぁ、インゴット状態にするんだぜぇ!」

「お前さんの持ってきた金属は既にインゴット状態になっているため、加工する手間が省けるけどな」


 ガンテツとゲンクロウさんは『炉心(ろしん)』と呼ばれる職人キットの前に立ち、そう説明してくれる。

 大きな『かまど』みたいなモノで、火を燃やし続ける事ができる装置らしい。



「おら、見てろよ」


 どうやら、『()打ち(びと)』の三席、二席、そして『千年鍛冶の大老侯』がいるあたり、このトップ3自ら武器鍛冶の様子を見せてくれるようだ。

 一介の傭兵(プレイヤー)風情に有名傭兵団(クラン)のトップが、対応してくれるなんてかなりの好待遇なのではないだろうか。それだけ、俺の金属を高く評価してくれたのかもしれない。



「こうやってよぉ、溶かし、鉱石から不純物を取り除くンだよ」


 ガンテツは真っ赤な炎が噴き出す『炉心(ろしん)』の中に、慎重に鉱石を掴む器具を使って、いくつかの鉱物を入れていく。


「ふつーわよぉ、一種類の鉱物しか入れねえ。だけんどな、今回はちげー種類の鉱物をそれぞれ、入れてくんぜ」


「一種のみの鉱物を投入し、その金属の純度を上げる。これがセオリーなのだが、俺達が最近編み出した手法は、それぞれの鉱物を入れて特別なインゴットを作る事なんだ。もちろん、なんの鉱物をどのくらいの比重で入れるのか、さらにインゴットを無事に作成させるための難易度も格段に上がるけどな」


 

 ゲンクロウさんの簡易的な説明と補足を聞きながら、作業をじっくりと観察していく。

 ガンテツはふいごで『炉心(ろしん)』の中の炎を強くしたり弱くしたりしながら、鉱物を溶かし混ぜ合せていった。


 赤く輝く液体が、激しい炎の中で融合していく様は非常に美しかった。

 時折ガンテツが、青い光を手から放って何かのアビリティを発動していく。


 鉱物を混ぜるなんて、ちょっと錬金術の『合成』と似てるような部分もあるんだなぁと思いながら、俺はまじまじと観察していく。

 


「ちぃ、温度調節がやべぇな……ちぃとばかし(はや)り過ぎたかもしんねぇな」


 ガンテツはブツブツいいながら、白熱した炭のような粉を吹きかけていく。


「今のは『混ぜ物』を入れたんだ。それぞれの金属には相性の合う素材が存在していてな。鉱物を溶かし終えた段階でそれらを加えると、不純物を取り除くのに役立つ効能を持っているんだ」


 それはまるで煮えたぎる赤熱の海上を、白光する海鳥達が踊るように舞っているように見えた。それらがチリチリと染み込んでいくと、ガンテツは金属棒で炉をゆっくりとかき混ぜていく。すると茶色のカスみたいのが浮かび上がってきた。棒の動きを止めずに、カスを丁寧に取り除いていくガンテツ。

 その表情は真剣そのものだ。


「詳しくは話せないけど『炉心(ろしん)』内部の様子を見て、様々なアビリティを最適なタイミングで発動し、より純度の高い金属を生み出しているんだ」


 そうして、インゴットが出来上がった。

 鉱物の時とは考えられない程に()み切っており、その清廉さに感嘆する他ない。



「これが、クラン・クランの精錬(せいれん)ってもんよ。わかったか?」


「はい」


 出来上がったインゴットは、荘厳な色合いを帯びていた。

 一言で表すなら重い。

 鈍く黒光りしながら、その存在感をずしりと放っている、そんな雰囲気を漂わせるインゴットが目の前に置かれる。

 俺の持ちだした金属『尊き地平の黄金(プライド・ブロンド)』とは、正反対の性質にあるようでならない。金色に輝き、華々しくも優美で賑やかな黄金。それとは真逆に、漆黒は沈黙の証であるかのように、不動を示す重鉄。



「これが今、うちの主流金属、『黒耀(こくよう)鉄』だ」


「堅さは現時点のクラン・クランでは最高峰だかんなぁ。もちろん、こいつから創り出す武器も半端もんじゃねえぐらいかてぇ。難点としちゃぁ、こいつから作れる武器は重量があるから、どうしても力ステータスが必要になるのと、鍛冶中に折れちまう事が頻繁にあるっつぅーことぐれえか」



 ガンテツやゲンクロウさんが精錬について語り終えると、そこまで無言を貫き、その存在感を極限まで薄めていた『千年鍛冶の大老侯』が動きだした。



「…………」


 ハンマーをその手に持ち、ガンテツが作ったインゴット、『黒耀鉄(こくようてつ)』を(にら)む。



「やる……」


 ()る、と聞こえてしまうぐらい、マサムネさんの意気込みはその場の誰もを圧倒する凄みを持っていた。


「あ、あいよ。おやっさん、相のインゴットは何にするんでぇ? やっぱり、『剛鉄(ごうてつ)』か『キース鋼』あたりにすんのかい?」


(アクア)鉄っていうのもありだな」


 二席と三席が、一席の動きに合わせてハンマーを手に持った。



「いや……それだ……」


 おもむろに『千年鍛冶の大老侯』が指差したのは、俺が持ってきた『尊き地平の黄金(プライド・ブロンド)』だった。

 

「おやっさん、まさか……」

「その金属の特性上、たしかに……」



 今まで刀を打とうとすれば、細い刀身、反りの再現、そのくせ堅さは一級以上という特性から、難易度が相当に高いためポッキリと折れてしまっていた。しかし、柔軟性に優れた『尊き地平の黄金(プライド・ブロンド)』なら、柔らかい金属と混ぜ合せて打てば刀を作成できる可能性がある、とゲンクロウさんはブツブツと考察を述べていく。



「……刀を打つ……」



 二つしかない『尊き地平の黄金(プライド・ブロンド)』を、惜しげもない手つきで『千年鍛冶の大老侯』は作業台へ移動させていく。


 そこからは、何かを質問できる雰囲気ではなかった。

 三人は鬼気迫る顔でそれぞれのインゴットを加工していった。特に『尊き地平の黄金(プライド・ブロンド)』を熱して溶かす経過を、慎重すぎるぐらいに見つめ、輝く液体状に変化させた時には安堵の吐息すら漏らしていた。



「絶ち切る者を呼び覚ませ……『心刀滅却(しんとうめっきゃく)波紋(はもん)』」


 マサムネさんがアビリティを発動すると、刀の型のような(くぼ)みのある鉄板が出現した。

 そこへ液化した黒と金、二つのインゴットが流れ入って行く。

 

 ジュゥゥウっと音を立て、インゴットは見事に混ざり合った。

 マサムネさんはその様子を眺め、鉄板をひっくり返す。すると作業台へと垂れていき、落下するがままに固まっては、歪な形の塊と化した。



「『鍛炎(たんえん)・千』」



 そんな物体に手をかざし、何かのアビリティを放ったマサムネさん。

 すると先程まで黒金だった塊は、深紅へと鮮やかに染まった。おそらく熱か何かを付与したのだろう。

 その熱い輝きを見て、『千年鍛冶の大老侯』はハンマーを振り上げた。


 ギィ――ンッ!


 マサムネさんと金属のぶつかり合いが始まった。

 ハンマーの一振り一振りが重く、その音は心臓を鷲掴みするように激しくも優しい。

 アビリティで熱せられた鉄塊は、少しずつ、少しずつ、ハンマーによって剣の形に整えられていく。


 ハンマーと金属が響き合う度に、大小様々な煌めきを飛ばされる。美しさもさることながら、変化を遂げていく鉄塊に魅入ってしまう。いや、単純に金属だけに魅了されたわけではない。

『神をも斬り殺す神刀を打ってやる』と、言わんばかりの気迫を持って金属と語り合う『千年鍛冶の大老侯』の姿に目を放す事ができなかったのだ。

 


 俺にはわかった。

 あれは挑戦者の目つきだ。そして、職人の限界を超越した、常人には見えない世界を垣間見ている。打ちつける度に、神々しいまでの眩しい光彩を火花と共に叫ぶ金属。それに対し、マサムネさんはおもむろに会話を続けている。金属と鍛冶師、両者の在り方と見て、あの寡黙(かもく)な『千年鍛冶の大老侯』が、鉄を打つ時はこうまでして饒舌になるとは……。


 しばらくはスローペースでカンカンと叩き、刀の大まかな形を整えていく。

 すこし鉄が赤みを増したかなと思った刹那。

 マサムネさんの双眸が鋭くなった。



「熱が上がった……今が……『流閃(りゅうせん)』」


 現象は一瞬。

 ハンマーがぶれたかと思うと、数ヶ所を目にも止まらぬ速さで連打し始めた。

 どこをどう何回叩いたかなんて目視できない。

 かろうじてわかることは、ただ強く叩いているのではなく、極微弱な力で打つ事もある、というぐらいだろうか。


 金属の甲高い音が連続的に響くなか、『千年鍛冶の大老侯』は獰猛な笑みを浮かべた。

 最高峰と言われた鍛冶師の表情は、神々の領域に恐れ多くも、果敢に踏み込もうとしているソレだ。



「……『流美(りゅうび)』」


 激しく火花と汗が飛び散り、虹色の光を乱反射させた!?

 さらにその光が、ハンマーを握る右手になぜか集束させていく。



「『刃界(はかい)打ち』」


 振り下ろされた一撃は、神の咆哮に等しい畏怖をも抱かせる破裂音を響かせた。

 カカカーーーンッ!


 金属を覆う赤熱の色みが徐々に弱まりつつあったが、その(ひと)打ちで、息を吹きかえすように再び燃え立った。



「お前たち……」


 ここで初めて『千年鍛冶の大老侯』が金属以外に意識を向けて、ぼそりと声をかける。それに素早くガンテツとゲンクロウさんが応える。



「あいよっ! ここからが本番でぃ。打ち鳴らせ、『柳緋(りゅうひ)』!」

「今度こそ、成功させてみせる。打ち鳴らせ、『柳緋(りゅうひ)』!」


「……打ち鳴らせ、『柳緋(りゅうひ)』……」



 三人の職人が織り成す、相の手小打ち。しなやかに揺れる(やなぎ)の如く、繊細な金属打ちが始まった。次々と細かく形は整えられ、紅く光る金属は鋭い刀に変貌しつつあった。


 打たれる武器は歓喜に震えているようだ。

 

 交互にハンマーで叩いては整え、叩いては整える。互いの意志が結ばれていないと実現できない神業。まさに呼吸をするかのような一糸の乱れもない、圧倒的なまでの信頼と練度が、驚異的なスピードで一振りの刀を生み出そうとしていた。



 これが……鍛冶職人。

 まじパネェ……。



「……時間がくる……」



 どうやら武器作りには時間制限があるのか、『千年鍛冶の大老侯』は(うな)りを上げた。それに呼応して、『()打ち(びと)』の二席と三席はハンマーで打つのをやめ、代わりに刀身を支えるように、金属を掴む器具を使って刀を固定させた。


 その後『千年鍛冶の大老侯』は微動だにせず、ただ得物(えもの)を見据えた。

 その間、周囲の熱気が彼に付き従うかのように、彼の身体へと集まって行く。それらはオレンジ色のオーラとなり、漂い始めたではないか。



 そしてゆっくりと、大気をゆるがしながら、『千年鍛冶の大老侯』はハンマーを上へ上へと、掲げていく。

 その背後には神をも(ほふ)る、竜の形相が幻視できた。



「……『竜火打ち』……」



 鍛冶師からハンマーへと伝わる熱い想いが、その一の豪で武器へと浸透していく。全ての火を透明なままに、遥か遠くまで、刀の(ずい)まで、鍛え上げるためだけに、打ち付けられた。



 これが鍛冶職人の普通――――。

 彼らの武器に捧げる情熱の深さを思い知った。




「ふぅ……」



 巨躯の男が全身全霊を賭して気力を振り絞り、出来上がったばかりの刀を、ただただ見つめる姿には畏敬の念すら抱けた。


 俺はまだまだだ。

 まだまだ錬金術の真髄、深層、真相へは辿り着けてなどいない。


 だが、刀を生みだすには未だ一歩足りてない、という点では『千年鍛冶の大老侯』も同じだったようだ。




「……『黒耀鉄(こくようてつ)』、ではないか……」


黒耀鉄(こくようてつ)』では『尊き地平の黄金(プライド・ブロンド)』に合わない。マサムネさんはそう言ったのだろう。


 赤黒くひび割れてしまった刀らしき物を見つめ、『千年鍛冶の大老侯』は唸る。

 鍛冶を失敗し、貴重な鉱石を代償にしてもなお、その目に宿る燃え上がる炎は消えるどころか、勢いを増しているように感じだ。



「……どうだ、嬢ちゃん」


 おもむろに『千年鍛冶の大老侯』が尋ねてくる。

 きっと鍛冶を見た感想を求めてきたのだろう。



「途中まで、武器が……歓喜の声を上げていました」



 俺は深く考えずに、そう口走っていた。

 感じるがままに、率直な気持ちをマサムネさんに伝える。



「ほう……」


「よいモノを見せてもらいました。この光景は決して忘れません」


 

 鉄と語る。

 ならば俺も、錬金術の元となる万物と語らなければ、創造の深淵には到底辿りつけない。


「……今回は失敗した……」


「はい」


「……連絡を寄越してくれ……」



傭兵(プレイヤー)マサムネLv14から、フレンド申請が送られました:

:受託or拒否:


 俺はおずおずと頷き、フレンド申請を受託する。



「……いつでも、ここに遊びに来い……」


 白髪の武骨な初老は、好々爺のような台詞を吐き、大きな手で俺の頭をなでた。だが、その目は決して柔らかいモノではなく、むしろ猛禽類のような鋭い視線を放っていた。

 

「おやっさん!? こんなチンチクリンになんでぇ!?」

「お前さん、親方に気に入られたみたいだな」


 団長のそんな態度に、『()打ち(びと)』の二席と三席がそれぞれの反応を示す。



「……例の金属をくれるのならば……」


『千年鍛冶の大老侯』は二人をそのままに、俺と会話をボソボソと続ける。



「……刀はタダでくれてやる……」


 要は、珍しい金属を供給できる取り引き相手として認めてくれたのだろう。

 俺としては刀が無料で手に入るかもしれないという話は、願ってもない事なので喜ばしい事態ではある。


「わかりました。ただし、刀が出来上がってからは、俺の金属は有料での取り引きにさせてもらいますよ」


「……構わん。よろしく頼む……錬金術士殿……」



 ニコリと、豪快な笑みを静かに浮かべるマサムネさん。

 それに応じて、俺も笑い返す。



「こちらこそ、よろしくお願いします。天下の鍛冶職人殿」




 こうして俺は刀を手に入れる事はできなかったけど、クラン・クラン一と言われる武器鍛冶傭兵団(クラン)とのコネクションをゲットした。



 その後。

 ジョージの店に帰ってからも、俺の胸の内にある興奮は収まらなかった。

 あの鍛冶場の熱にでも当てられたのか、未だに(ほほ)の火照りが取れないのだ。


「もっと、もっと、錬金術を極める。それが錬金術士の在るべき姿だ」

 

 俺は思い当たる限りの手法でスキル『錬金術』を試し、研究に没頭していった。




刀を手に入れる日も近い……

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