154話 牙を砥ぐ錬金術士
傭兵団『武打ち人』の親方、もとい団長である『千年鍛冶の大老侯』が待つ鍛冶場には、全部で5人の傭兵が俺を待っていた。
案内してくれたゲンクロウさんも含めると、その場に残ったのは6人。
全員が例外なく、力強そうな風貌をしている。
いわゆるマッチョだ。
そんな集団の中で、最奥で椅子にどっかりと座る者がいる。
動かざること山の如し、と言うのはまさにこれだ、と思えるような男だった。白い長髪をボザボサに伸ばし、表情は前髪に隠れてよく見えない。しかし、長く太い腕、引きしまった身体、鍛え抜かれた全身から放たれるオーラは不動の山を連想させた。
あの大男が、『千年鍛冶の大老侯』なのだろう。称号通りの武骨な初老は、無言で俺を観察し、一切の動きを見せない。
そんな集団に、おずおずと挨拶を始める。
「今日は、俺のためにお時間をとってくれて感謝します。ありがとうございます」
「おい、おめぇさんよ。なんだ、そのヒラヒラした服は!」
メンバーの中で、一際目付きの悪い禿頭のおじさんが、そのぶっとい腕や胸筋を自慢するように両腕を組みながら、高圧的に話しかけて来る。
「えっと、俺の装備です」
さっそく、俺の装備が評価対象になっているわけか。
頼むぞ、巫女装束よ。なかなかのレアリティだと思うから、上手くいくとは思うのだけど……。
「ンな事はわかってんだよ! てめぇ、そんな恰好でウチに来るとはいい度胸だなぁ。裁縫職人の世話にでもなってろよ」
おっと、まさかの布物を着ていたのがお気に召さなかったようだ……。
「まぁまぁ、ガンテツさん。一応はあのジョージさんの紹介って事だし、話だけでも聞いてみても悪くないでしょう」
半ギレ寸前のガンテツとやらを諌めるゲンクロウさん。
どうやら、ゲンクロウさんは俺の持つ延べ棒に興味津々のようだ。さっき、見せておいたのも無駄ではなかった。というか工房で三番手のゲンクロウさんが、下手に出てるっぽいんだけど……まさかこのガンテツという男が、二番手だったりするのか?
「はん。まぁ、確かに珍しい装備だしなぁ、こちとら、ちびっ子をゆすって有用な情報が捻り出せるかもしれねェな?」
俺がマジで中身が十歳そこらの子供だったら逃げ出したくなるレベルで、怖い笑みを浮かべるガンテツ。
というか、やっぱりさっきから周りの視線や態度が痛すぎて、ただでさえ針のむしろ状態なのだ。威圧感もさることながら、俺がこの場に居ることが、ふさわしくないとでも言いたそうな目で見てくる徒弟共の視線に気が引けそうになる。
だが、俺にも誇りがある。
錬金術士というプライドのみで、踏みとどまっているようなモノだ。
「…………」
肝心の武器依頼を頼む予定の、『千年鍛冶の大老侯』は終始無言を貫いてるし。
聞いてた通りの無口な性格だけど、挨拶もなしとは……。
「えっとタロです……よろしくお願いします」
「よろしく言われる筋合いはねえけどな! 生意気にもおやっさんに鍛冶をしてもらいたい、だなんてふてぶてしい嬢ちゃんにはよぉ」
禿頭のガンテツに向けて挨拶した覚えはないのに、なぜか奴が返事をしてくる。
多少むっとしそうになるが、なんとか自制する。
「まぁ、いいだろう。おりゃぁ傭兵団『武打ち人』が副団長のガンテツだ。工房の二席を任されてるモンだ」
「さっきも挨拶したけど、俺はゲンクロウだ。工房では三席を任されている」
あとの数人も挨拶をしてくる。
どうやら、この場には工房内でも凄腕の職人がわざわざ俺の話を聞くためだけに集まっていたらしい。ジョージの影響力、半端ない。というか、この待遇からして『千年鍛冶の大老侯』は、俺を無下にするつもりはないようだ。
内心でホッとしつつ、最奥の大男に対する好感度がちょっとだけ上がった。
「……マサムネだ……」
団長殿はその場の全員が挨拶をし終えると、最後にその重い口を開け、ぼそりと自分の名前を述べてくれた。
『千年鍛冶の大老侯』のマサムネさんか。
「んで、おめぇは何の用でここに来たんだ?」
ガンテツが首をコキコキと鳴らしながら本題を尋ねてくる。
「刀を作って欲しいです」
すると一同は黙り込んだ。中には険呑な目付きで俺を睨みだす者もいる。
その不穏な空気に俺は口を出せず、相手の出方を見ることにした。
「おめぇ、その話をどこで聞いた?」
うん?
「おまえさんが、『武打ち人』が刀を作れるなんて与太話をどこで耳にしたか、って聞いてるんだ」
ゲンクロウさんが与太話と言った時点で、俺の期待値は斜め下へと傾ぐ。
そうかぁ……やっぱり作れないのか、刀。
それはそうだよな、刀系統の装備が存在してないって見解が一般なわけだし、刀を製造できていたら、傭兵団の名声や利益を更に高めるために積極的に宣伝するのが常道だろう。
それをしてないって事は……現時点では刀を作れないというわけだ。
そう結論付けて、俺は素直に質問に答える。
「ジョージから『千年鍛冶の大老侯』なら作れるかもって聞きました」
「ちぃ、あのオカマ野郎が、ふざけたことを言いふらしやがって」
「しかし、ジョージさんは口は堅いはず」
「じゃあ、なんだってぇ! おりゃぁ、さっきのやり取りを耳にしたがなぁ、この! 錬金術なんかゴミスキルを使ってる嬢ちゃんが、それだけ信用するに値する傭兵だから! あのオカマは刀が作れるかもなんて教えたのかぁ?」
「そうかもしれませんよ」
ゲンクロウさんは荒ぶるハゲをどうにか抑え、俺をフォローしてくれる。『尊き地平の黄金』がここまで役に立つとは。チラつかせる事を、勧めてくれたジョージのアドバイスには感謝だ。
「わかった……」
『武打ち人』のトップ2とトップ3の悶着に制止をかけるように、口を出したのはマサムネさんだ。
「「親方!?」」
「いい……」
二度の団長の肯定に、ガンテツは渋々と語りだした。
さっきのマサムネさんの一言で、団長の意向を窺い知れるなんて凄いと内心で舌を巻くが、表情には出さないようにした。
「はん……まぁぶっちゃけた話、できなくもねぇな」
「まだ完成した試しはないけど」
そこで補足を入れてくれるゲンクロウさん。
「刀という武器が作れる、という事しかわかっていない。ソレがウチの現状だ」
二人の話をまとめると、刀剣生成なるアビリティは習得しているそうだ。
一流の武器鍛冶傭兵団『武打ち人』の中でも、三人しか習得できてない高レベルのアビリティらしい。
一席である団長のマサムネさん、二席のガンテツ、そして三席のゲンクロウさん。
この三人が力を合わせ、そのアビリティを使用しても結局刀らしい刀身が出来上がる所で、ポッキリ折れてしまうそうだ。かといってハンマーで叩いて鉄を成形しないと、刀身がまとまらず、制作失敗という結果になってしまうらしい。
「何か現実で参考になりそうな、お手本を試すとか?」
鍛冶については無知なので、なんとなく呟いてみる。
するとガンテツが呆れたように笑った。
「おめぇさんよ。ここはゲームだぞ、現実なんか関係あるかよ」
そもそも、と語りだすガンテツ。
「観賞用や中国なんかで作られる粗製の刀なら、まぁ其処らでかいつまんだ知識が有用視されんだろうがよ。エルフ共から伝わった、人を斬り殺す日本刀は訳がちげぇ」
『銃刀法違反』って、知ってっか?
と、エルフの存在をごく自然に、現実で受け入れてるハゲのオッサンに確認される俺。
「銃刀法違反があるからよ、ネットや一般本で公開されてる刀のレシピなんざ、規制されたモンなんだよ。本職の刀鍛冶にロケでも申し込まねえ限り、刀生成の本質なんてわかるはずもねぇ」
そう簡単に門外不出のレシピを、ゲームなんかで再現されちゃあ敵わねえ話だがな。そうなったらお手上げだ、おれらじゃ作れねェ。と愚痴るガンテツ。
「鍛冶スキルは『力』ステータスが重要なんだ。それだけじゃない、隠し要素もたくさんある」
ゲンクロウさんがガンテツの説明を補足し、刀の生成が如何に難しいかという説明は締めくくられた。
錬金術にしたって、色々と傭兵間では知られてない事実があるわけだし、この辺はさすがクラン・クランとしか言いようがない。
「おめぇ……刀を作れるアビリティの存在はよ、まだ秘匿中の秘匿もんだかんな。わかってっと思うがぁ」
「他言はしませんよ」
俺は即答する。
貴重な情報を、喋ってくれて感謝を抱いてたりもする。
だが、タダではないようだ。
「なぜ、刀を欲する……」
そこで、マサムネさんが立ち上がった。
巨躯が大きな影を生み、俺を飲み込む。
「それは……」
「ジョォージの顔を立てて、おめぇを信用して! 刀製造のアビリティを習得してるっつーに教えたんだぞ、おい」
「お前さんの方もそれなりのモノを、親方に……俺達に示すのが筋ってものだろう。どうして刀が欲しいんだ?」
ガンテツやゲンクロウさんも俺に詰め寄って来る。
言っていいのか。
この場で、『刀術』スキルの存在を、公開して大丈夫なのか?
そんな俺の逡巡はすぐに消え去った。
というのも、マサムネさんの前髪から見え隠れする、真っすぐな緑の瞳に何かを期待する色が見えたからだ。あの視線に込められた感情……あれは、そう、上手くは言い表せないけれど、確かに共感できる何かを感じたのだ。
それは、未知の錬金術を前に胸を高鳴らせ、挑戦したいと望む時の俺と、同じ匂いだった。
「なぜ刀を欲しいか。答えは俺が『刀術』スキルを持っているからです」
厳かに言い切ると、場の誰もが口を閉ざし静まり返った。
「……証明してみろ」
そんな中、粛々と『千年鍛冶の大老侯』が俺を促す。
次いで、ガンテツさんもがなり立てた。
「ホレ、そこにあるだろ。作ったばかりの武器を試し切りする藁人形が立ってるからよ。そのカカシに向かって、刀のアビリティとやらを放ってみろや」
「本当に……刀スキルを持っているのか?」
疑うのも無理はない。
高レベル傭兵たちを相手に、日常的に取引きしている『武打ち人』ならば、刀術スキルを獲得した傭兵の情報をどこの傭兵団よりも早く耳にする事ができる可能性が高い。それこそ顧客の中に現れるかもしれないわけだ。
それが今まで、なし。しかも高レベル傭兵たちを差し置いて、ゴミと呼ばれる錬金術をメインスキルとした俺が、突然現れて『刀術』スキルを持っていると言い出したのだ。
信じられるはずがない。
こんな展開は目に見えていた。
だからこそ、俺は準備をしてきたのだ。
ぬかりはないはず。
装備ストレージから俺の初期装備でもある『木刀』を出し、右手に握る。
ガンテツが指したカカシは、俺のいる場所から6メートルぐらい離れた場所に立っている。
鍛冶場の隅に設置された藁人形を、静かに睨む。
一歩も動きはしない。
「木刀だぁ? おめぇ、今更そんなもんをここで出すたぁ、木工職人のところでも行って来いや」
野次は完全に無視。
ターゲットを定め、俺は『刀術』スキルLv1で習得するアビリティを発動する。
「初太刀――」
身体を前に出し、膝を軽く曲げる。そして木刀を、自身の後ろに流れるように横へと構え――
「――零戦――」
閃光の如き眩い光が、俺の視界を潰す。
次の瞬間には、すぐ目の前にカカシが唐突に現れた。否、俺が目標の傍に姿を現したのだ。そのまま、アビリティの成すがままに、真一文字に斬りかかる。スキルアシストが働いているからなのか、払った刃は滑らかな一閃を描き、カカシの狙った箇所へと吸い込まれていく。すると再び俺の視界は奪われ――
カカシから、約3メートル程離れた位置に立っていた。
「今のは、なん、だ……?」
「速過ぎる……」
「…………」
『初太刀・零戦』
その名の如く、瞬時に自分と敵との距離を無にし、零距離攻撃からの一撃離脱アビリティ。
敵との距離を一瞬でつめ、剣撃を一筋放つ。剣撃をヒットさせた直後、つめた距離の半数、ターゲットから離れた位置に自分を転移させるというアビリティなのだ。
「おい! なんだ、今のスピードはよおう!」
「高速、いや……あれは瞬間移動、ワープ系のアビリティ?」
このアビリティは、一方的に攻撃を浴びせられる特性を持つ。
ここに来る前に色々と試したが、武器や防具がぶつかった瞬間もこちらの攻撃判定に含まれるため、敵は俺の一撃を受け切ったとしても、次の瞬間にはアビリティの効果で離れてしまっているため、切り返すことができないのだ。
相手の反撃が範囲系統や遠距離攻撃の場合のみ、こちらが離れた距離によってはダメージを受けてしまうだろう。
難点としては、威力がけっこう低い。
それに再度、このアビリティを発動できるリキャストタイムは三分と、割と長めだ。
連撃をすることは不可能だが、追撃、反撃されることもない。
リキャストタイムの内容も相手に悟られなければ、瞬間ワープを警戒させ、牽制することだって可能だ。
とどめの一手、もしくは牽制の一手として重用できるはず。
ダメージが少ない点以外は、かなり強力なアビリティだと思っている。
「これが『刀術』スキルです」
そう、俺は自分に『刀術』スキルの輝剣を使用していたのだ。
鉱山街グレルディに来るまでに、もしくはこの傭兵団ともめて、万が一にもPvPに巻き込まれ、ドロップしてしまった日には後悔しきれない。かと言って売る気もなかった。となると、自分で使ってしまうのが一番だろう。
そうと決まれば、一通り刀術スキルを使用できる武器がないか、ジョージと話した後に自分の持ってる全武器で試してみた。
その結果、驚くべき事に初期装備である『木刀』で振るえたのだ。よくよく考えれば刀を所持していたエルフの武志からも、模擬戦の報酬で『木刀』をもらっていたわけだし、刀系統の武器である可能性は高かったのだ。
ただ、貧弱武器でもあり、大穴過ぎて『木刀』の存在を失念していた。
「ご覧の通りです」
俺は木刀を収め、唖然としている『武打ち人』たちに向き直る。
「今は木刀しか持ってないので威力も最弱。なので、ちゃんとした刀が欲しくて、噂に名高い『千年鍛冶の大老侯』に強力な刀を作って欲しく……」
自分より遥かに高い頂を築く大男を、挑むように見上げる。
「ここに来ました」
そんな俺に、巨躯の男はボソリと答えた。
「打ってみせる……お前に、ふさわしい刀を……」
かすかに口元を動かすマサムネさん。
『千年鍛冶の大老侯』は、確かに不敵な笑みを放っていた。
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