152話 武器を鍛える街
傭兵団、『武打ち人』。
それはゲーム、クラン・クラン内で最も武器鍛冶に特化した傭兵団と言われている集団。
傭兵団のメンバーは総勢74名。
構成員の全てが例外なく、何かしらの武器を生成する職人スキルを所持している。現時点でダンジョンドロップやモンスターからのレアドロップを除いて、最高峰の武器を手に入れるには、この傭兵団に頼み込むのが一番の近道だという評判を持っているそうだ。
「ここが傭兵団、『武打ち人』の工房……」
そんな有名傭兵団の本拠地に、俺は単身で向かう事になったのだけど。いざ、辿り着いてみると腰が引けた。
というのも、『武打ち人』の工房は、『鉱山街グレルディ』という採掘業が盛んな町の中にあった。近場に傭兵たちが鉱物を採取できる鉱山があるだけに、鍛冶系等のスキルを持つ傭兵が多い。
ここで店や工房を構え、鉄などを鍛えて武器や防具を売る。
そんな傭兵たちの聖地と言っても、過言ではない程の盛況さを誇っている。鍛冶に関係のない、夕輝たちの傭兵団『百騎夜行』のホームポイントも、鉱石を売れば金策になるというわけで、この町に登録してるぐらいなのだから、人の多さには目を見張る物があった。
傭兵人口だけではない。
俺がホームにしている先駆都市ミケランジェロと違うのは、圧倒的に石で作られた建築群が多い事。火を扱う傭兵が多いからなのだろうか、木造建築があまりない。それに加えて、鉄を鍛える作業が多いこの町は、そこかしこから灰色の煙が上がっている。そのおかげで町が全体的に、薄暗い雰囲気を漂わせている。
ただ、それも決して活気がない、という部類のモノではない。
武器の仕入れ交渉に、喚く転売屋。あらゆる工房からは、鉄を鍛え叩くハンマーの高い衝撃音が聞こえてくる。断続的な音色が通りに響き渡り、一種の曲めいた雰囲気を醸し出す。
どの素材が良質な武器を作れ、どの武器が主流になりえるか、果ては最強の武器とは何か、職人たちが語らう声。
雑多な喧騒、それら全てに灰の霧がかかり、暖を取っているような空気。
灰の下には、確かに赤く熱く、燻る火種があった。
まるで戦場に集まる軍や兵士たちの熱気を、直接肌で感じているような感覚。
ミケランジェロを遥かに凌ぐ、荒くれ者どもの巣窟。
そんな匂いがするこの町で、一際、武骨な造りの四角い平屋を見上げる。
「ここが目的の工房で、間違いないのだろうけど……大きい」
ジョージがここの傭兵団長とフレンドで、俺が訪れるという話は通っている。
何も問題はないはず。
だけど、やっぱり躊躇ってしまう。
この町に着いてから、ずっと思っていた違和感。
それは俺が、物凄く場違いだという事。
職人気質で一癖も二癖もありそうな男衆が闊歩するこの町で、女子の傭兵なんてほとんど見当たらない。ましてや、ちびっこが一人で歩いてるなど、珍妙に映るのだろう。
ここに来るまで話しかけられはしなかったが、色物を見るような、こちらをせせら笑うような視線をいくつも感じだ。
『お嬢ちゃんみたいなのが、何の気まぐれでこの町に?』
『冷やかしで来たんなら、その肝を逆に氷点下まで冷ましてやるぞ』
『そりゃあ、眠気も冷めらなぁ』
『俺らが易々と、お嬢ちゃんの頼み事を引き受ける夢でも見てるんじゃ?』
『お花畑は、頭の中だけにしておくんだな』
終始、彼らからは無言の威圧を覚えた。
だけど、ここまで来て引き返す、という選択肢は無論ない。
「何も問題はない……はず」
準備はぬかりない。
時間通り、いや10分前についている。
ジョージのアドバイス通り、錬金術で生み出した手土産の金属も二つ持参してきている。
ジョージの話だと、『千年鍛冶の大老侯』は有名職人傭兵にありがちな、『気に入った傭兵』にしか武器を作らないそうだ。
性格はとにかく無口、らしい。
気難しい人物なのかもしれない。
しかも、工房には徒弟じみた傭兵たちが何人もいて、常に一緒に武器を作っているそうだ。
ハードルが高い。
だが、俺は意を決して工房内へと足を踏み入れた。
「失礼しまーッ……!」
熱風がふわりとそよぎ、前髪を揺らす。
思わず、そのうだるような暑さに顔をしかめそうになるが、寸でのところで止める。なぜなら懸命に鉄を熱し、打ち、作業に没頭する傭兵たちがチラリとこちらを見たからだ。何人かはポカンと口を半開きにして、俺を眺めている。
しかし、彼らはすぐに作業へと集中し直し、そのうちの数人が腰を上げてこちらへ歩み寄って来た。人数は全部で6人で、だいたいの傭兵が中年男性の風貌をした見た目をしている。
そのグループの中央にいた、唯一二十代と見える若い男性傭兵が、俺の前にズイッと立ちはだかった。
おそらく、態度から察するにグループの中心人物的な存在だろう。
傭兵団の副団長、もしくは幹部らしい風格を持っている。
「俺達、『武打ち人』に何か用でも?」
眉間に皺を寄せ、いかにも鍛冶職人だと言わんばかりの頑固そうな青年だ。
そして俺と目が合った瞬間、その堅い表情を崩しそうになったのか、口元をもにゅもにゅした後に、への字に曲げた。
「武器依頼のお話をすると、約束をしていたタロです」
「えっと、お前さんが……ジョージさんの紹介の……」
「はい。本日は忙しいところ、ありがとうございます」
「い、いや……俺はゲンクロウと言う。親方が最奥の工房で待っている……」
ゲンクロウさんは俺を上から下へと、何度も何度も見返しながらそう言った。
取り巻きの連中たちも、しきりに渋い表情でこちらを威圧するように観察してくる。
「は、はい……」
ぶっちゃけ、そんなあからさまに見られると恥ずかしかった。
しかしジョージ曰く、職人は依頼人の装備品を見る。場合によっては、俺が身に付けている装備で、依頼を受けるかどうかが決まるかもしれないのだ。というわけで、刀を作ってもらうためにも手抜き装備で挨拶できる相手ではない。
『それにぃん、巫女服なら刀も似合うでしょん。天使ちゅわんならぁん、あいつの創作意欲に火をつける事ができるわよん、きっと』
という訳で、俺は狐耳尻尾を装着し、なおかつ巫女装束でこの場に挑んでいる。
タロを町中で見かけた、鉱山街グレルディの職人傭兵たち。
『なんだ、あの装備は……』
『あんな防具、巫女装束か……見たことないぞ』
『それに耳と尻尾がついてらぁ……アクセサリー枠の装備か?』
『おい、メイン武器を持ってないぞ。魔法スキル持ちか』
『魔法使いが、鉄武器や防具を求めに、この町に来るかよ』
『ありゃあ、武器の作成依頼と見たぜ』
『一体、どんなスキルを主軸にして戦うスタイルなんだ?』
『おりゃあ、メイスと見た』
『いや、短剣だろ』
『ちぃ、詳しく聞きてえなぁ』
『やめとけ、俺達だけじゃないぞ。あの子に注目してるのは』
『わかってるよ。客でもなけりゃ、武器や装備の詮索はできねえ、それがこの町の客足を途絶えさせねぇ不文律だってな』
『誰が好き好んで、自分の手の平を明かしたがる傭兵がいるかって話だぁな』
『しかし、気になるな。あの嬢ちゃんわよぉ……』
真剣にタロの珍しい装備を観察し過ぎて、ガン付けているようになってるだけです。装備について聞きたいけど、相手が年端もいかぬ美少女だから聞くに聞きにくい。さらに職人同士の牽制もあり、結果として悶々とフラストレーションのたまった視線がタロに突き刺さるのでした。




