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15話 強襲



 湖面に沈んでない大木を囲うように、草地で休憩していた俺たちだったが、不意に晃夜(こうや)が20メートル先の水面を指した。


「おい、あれは」


 いち早く夕輝(ゆうき)が剣と盾を構え、シズクさんも杖を持ち、そちらへと注意を向ける。


 何かがうねるようにジグザクな波紋を水面に広げながら、こちらにゆっくりと近づいている。



「ウォーターヘビィだね」


 夕輝の分析に晃夜も頷く。


「このメンツじゃあいつはかなりの強敵だ」


「タロさん、一緒にがんばろっか」


 PTの真剣な雰囲気が俺にも伝播する。

 ウォーターヘビィの姿を一目でもしっかり視認できるよう、凝視する。


 ふと水が途切れ、地面が盛り上がっている部分に蛇の頭が出現した。

 それは一瞬のことで、そのままスルスルと水中にもぐっていく。

 

 だが、長い胴体はその間も尻尾がおさまるまで確認できた。


 蛇の太さが細い丸太ほどあったことに戦慄(せんりつ)を覚える。


 長さからして、推定7~8メートルはあるだろう。



「ちょっと、コウ。あいつ、(へび)にしては大きくない?」


「あぁ、大きいな。しかも()まれると大ダメージ+状態異常『毒』をもらうぞ」

「それに、水中だと動きが速いし、勝ち目はないんだよね」

「魔法を使ってこないのが唯一の救いかなぁ」


 口々にウォーターヘビィの特徴を説明してくるお三方。

 だが、肝心の攻略法や指示が飛んでこない。


「えと、じゃあどうするの」


「地面が出ている、ここにおびき寄せて戦うしかないね」



 そう言うや否や、夕輝は「『アピール!』」とヘイトを集めるアビリティを行使した。



 スルーっと水面の波紋はこちらへと近づいてくる。


 晃夜(こうや)籠手(ガントレット)を装着したまま、短杖を取り出し詠唱を始めた。


「『共振せよ、我らに原初たる炎の御手を差し伸べたまへ』」


 夕輝(ゆうき)とシズクさんは、晃夜(こうや)の詠唱姿を固唾をのんで見守る。

 待機(たいき)すること数秒。



「ダメだ。解けない……」


 どうやら、提示された問題が解けず、魔法を発動することができなかったようだ。


「もう間に合わないから、このまま戦うよ!」


 夕輝(ゆうき)の号令にシズクさんと晃夜(こうや)が威勢よく答える。


「うん!」

「おう!」



 俺も小太刀を鞘から引き抜き、臨戦態勢に入る。

 

 だが正直、あの大きさの蛇はかなりやばいと思う。

 クラン・クランはリアルすぎる。


 チラッと見えた鱗はぬらぬらと光っていて見る者に不快感を与え、質量を間近で感じるほどの大きさには、どうしても及び腰になってしまう。



 あんな巨大な蛇は、生まれてからお目にかかったことがない。



「おい、タロ。びびってるのか?」


 敵が迫ってきているこの状況で、晃夜(こうや)はメガネの縁をいじりながら、俺をいじってきた。


「べ、べつに」


 精一杯の虚勢を張る。


「怖い役割は、マゾで人助けが大好きな夕輝(ゆうき)に任せて、俺たちは楽しめばいいんだよ」


 晃夜はガチっと籠手(ガントレット)を両(こぶし)で激突させ、ニマリと微笑(ほほえ)む。


「ちょっとコウ! それはひどいんじゃっ」


 夕輝(ゆうき)が不平をもらした刹那(せつな)、水中よりパックリと大口を開けた水蛇『ウォーターヘビィ』が水しぶきを上げて(おそ)いかかったきた。


『シャアッ』


 短い鳴き声と共に、盾を構えていた夕輝に噛みつこうとする。


 その大きなあぎとは、狙い違わず夕輝の胴体を吸い込ま、なかった。すんでのところで、蛇の顔面に剣を当てた夕輝は、軌道修正を施し、盾へと毒牙の矛先を変化させた。


「くっ」


 よほどの膂力(りょりょく)だったのか、牙が盾に食い込み、ウォーターヘビィは夕輝を離そうとしない。なんとか踏ん張ってその場にとどまっている様子だ。


「『水よ、我が怨敵(おんてき)を散らせ』」


 シズクさんが詠唱を発した瞬間、水中から長くしなった胴体がムチのようにうなって出現し、彼女を直撃した。

 

 晃夜と俺は、なんとか身をかわすことができたが、彼女は陸地から水辺へと飛ばされていく。


 PT画面でシズクさんのHPバーを確認すると150 → 80へと減っていた。

 ……一撃で70ダメージ。


 おれの現在の残りHPは37。


 あの胴体に一度でも激突したら確実に一撃死だ。

 


「はぁ!」


 吹っ飛んで水中にドボンしたシズクさんの行方を見ずに、晃夜(こうや)裂帛(れっぱく)の気合を放ち突進していく。


 ウォータヘビィが水中のシズクさんを狙ったら、マズイ状況になる。

 シズクさんが狙われないように、晃夜(こうや)はうねる蛇の胴体をかわしながら、殴りつける。



『シャァァッ』


 ウォーターヘビィのギョロリとした瞳が一瞬、晃夜(こうや)に向く。

 瞬間、晃夜(こうや)の足を尻尾がすくい、殴りかかっていた彼を転倒させる。


「くっ」


 俺は攻撃どころか、周囲をうねる水蛇のムチをどうにか避けきるので精一杯だった。



「『十字剣(クロスソード)!』」


 晃夜が転がってしまった直後、夕輝(ゆうき)はすかさずアビリティを発動した。


 握る片手直剣は淡い光を帯び、バッテン印を描くように素早くウォーターヘビィを切りつける。渾身のアビリティは、水蛇の硬い鱗を貫くこと(かな)わず、何枚かを損傷させる程度で終わった。


『シュウウウウ』


 夕輝の攻撃に反応したウォーターヘビィは、盾と剣を構えた彼に絡みつこうと、はげしい打撃を加え始めた。

 それをなんとか剣と盾で弾きながら、夕輝は束縛されるのを必死で回避していく。


「『六花(りっか)の道!』」


 その(すき)に晃夜が体勢を立て直し、アビリティを発動。

 籠手(ガントレット)がピンク色に発光し、すごい速さで一カ所を六回打ちつけた。

 殴打(おうだ)された部分は花弁の痕をくっきりつけられたように凹んでいく。

 

 

 俺もすかさず、小太刀で斬りつける。


 だが、大した手ごたえがない。



「『大球よ、大仇を焼き焦がせ』」


 ここで、ようやく水辺で立ちあがったシズクさんが詠唱を吐きだした。


「まずい、夕輝(ゆうき)のHPがっ」


 晃夜が夕輝のHP残存を心配して叫んだ瞬間、鋭い槍を打ち付けるが如く、晃夜の腹部を蛇のしっぽが強打した。


「くはっ」


 晃夜も水中へドボン。


 そして、度重(たびかさ)なる水蛇の攻撃を受けきっていた夕輝のHPが98になっていると確認した俺は素早く『翡翠(エメラルド)の涙』をアイテムストレージから取り出し使用する。


 パリンっとビンごと砕けて『翡翠(エメラルド)の涙+3』は消失した。

 代わりに緑の光が夕輝を包み込み、HPを318へと回復させた。



「タロ、ナイス!」


 俺の横やりに反応し、ウォーターヘビィは尻尾を先ほど晃夜にみまったように突き刺してきたが、しゃがんでかわす。

 小さな体がここに活きる。



「『空を舞う火球(ファイアー・ボール)!』」


 そして、なんとか問題が解けたのか、シズクさんが魔法を発動させた。


 目算50センチにも及ぶ火の玉が三つ、大蛇目掛けて爆散する。


『シャアアアア!』


 シズクさんの攻撃魔法を受けたウォーターヘビィはのけぞったが、息絶えはしなかった。

 

 ギョロリと彼女へと鎌首を向けた大蛇。

 そこで夕輝がさらにアビリティを発動する。


地縛り剣(バインドソード)!」


 今、ウォーターヘビィがシズクさんを狙って水中にもぐったら、水中戦を得意とする大蛇の前に、晃夜もろともキルされて勝機が消える。


 ゆえに夕輝は両手で握った剣を、蛇の頭部ごと地面へと突き刺し、大蛇の動きを縛りつけた。

 どう見ても、頭を貫通されているのに蛇の命は尽きることなく、夕輝の身体をギュルっと包み、しばりつけ始めた。


「『飛翔脚!』」


 晃夜は湖から飛翔し、弧を描いて蛇へと向かってくる。


「『地砕き!』」


 ジャンプの勢いを残したまま、着地と同時に蛇の胴体へと拳を振り下ろした。


 バキッと鱗がはじける音が響く。

 そこからラッシュで殴りまくる晃夜。


「ウォォオオ」


 雄叫びをあげるメガネ。

 ちょっと怖い。青い返り血を浴びたメガネ君とか怖い。 


 晃夜の猛攻にもひるまず、大蛇は夕輝を解放しようとしない。自身(ヘビ)の動きを封じている相手(ユウキ)にあくまでもターゲットを一点に(しぼ)っているようだ。


 俺も晃夜に続くように斬撃を放つが、まるで手応えがない。



 残す頼みの綱は、シズクさんの魔法攻撃。


「『大球よ、大仇を焼き焦がせ』」


 彼女の詠唱を背後で聞きつつも、俺たちは攻撃をふりかぶる。

 締め付けられている夕輝のHPがどんどん減少していく。


「ダメっ。解けなかった!」


 魔法を発動する際に提示される問題が解けなかったようだ。


「もう一度!」


 焦燥を押し殺し、晃夜が再度指示を飛ばす。


「ダメっMPがもうないっ」


 どうやら、シズクさんはMP切れのようだ。

 自然治癒でMP回復を待っていたら、夕輝が沈んでしまう。


「くっ、火力不足かっっゆらちがいればっ」


 晃夜が水蛇へと何度も拳を叩き込みながら、悔しそうにつぶやく。


「諦めるのはまだ早いよ!」


 俺は叱咤(しった)を飛ばし、ガリガリとHPを削られている夕輝にもう一度、『翡翠(エメラルド)の涙』を使用しておく。


 彼のHPが164 → 384と回復するのを確認して、俺は自ら水中にダイブする。



「おいっタロ! 水に入ったら危険だ!」


 じゃぶじゃぶと全然速くないスピードで、シズクさんの方へと移動していく。

 

 まだ手段はある。 


 花結晶+清潔草(クリアリーフ)+ようせいの粉、三つの素材を合成して作り出しておいた『森のおクスリ』だ。


 『翡翠(エメラルド)の涙』のように、使用してターゲットに回復を即時促すということができないアイテムなため、シズクさんへと渡しに行く必要がある。



「タロ、さんまで、(こっち)にきちゃ……」


 困惑するシズクさんの隣に寄り、『森のおクスリ』を渡す。

 


『森のおクスリ』

【使用すると、(しずく)のような蜜が一滴、花弁から垂れてくる。これを摂取するとMP40回復する。使用限度は3回】



「その花から出る(しずく)を飲んでシズクさん!」


「へ? シズクがシズクを?」


 自分の顔を指さすシズクさん。



「早く!」


「う、うんっ」


 俺の切羽詰まった気迫に押し負けたシズクさんは、森のおクスリたる花を顔の上にもっていき、垂れた(しずく)を飲んだ。



「これはっ、MP回復アイテム!?」


「そう! あと2回飲めるから、MP足りなかったら、飲んで!」


「は、はいっ」


 続いてコクっと二滴目を飲みほしたシズクさんは、颯爽(さっそう)と杖を構えてニコリと笑った。



「ありがとね、タロちゃん(・・)


 そして蛇を(にら)()え。



「『大球よ、大仇を焼き焦がせ』」


 数秒後。


空を舞う火球(ファイアーボール)!」


 どうやら無事に問題に答えることができたようだ。

 彼女が放った三つの火球は、見事ウォーターヘビィに命中した。


 夕輝(ゆうき)をしばっていた長い胴は、くたっと力が抜けたように地面にずりおちたかと思うと、モンスター消滅時に発する特有の光と共に消滅していった。




:『水蛇の毒牙』をドロップしました:





「「やった!」」


 俺とシズクさんの歓喜の声が被る。

 そして互いに見合い、クスっと笑いを漏らす。

 

 シズクさんは右手を掲げてきたので、俺もそれに(なら)い、ハイタッチを交わす。



「なんとか、勝利できたな」


 晃夜(こうや)が安堵の息を深く吐く。


「しかも、一回で『水蛇の毒牙』もドロップしたね」


 夕輝(ゆうき)は運動後に流した汗を爽やかに拭う仕草をする。


「タロちゃんの回復が間に合わなかったら、負けてたかも。ありがとね、タロちゃん」


 さりげなく、シズクさんの呼び名がタロさんから、タロちゃんに変わっていたことが気になったが、雰囲気的にツッこんでおくのはやめておく。



 彼女なりに親密表現のあらわれなのだろう。


「シズクさんの方こそ、すごい魔法でした」



 一緒に戦闘をくぐりぬけ、深まる友情。

 いい。



「シズクでいいよ」


 そんなことを言いながら、ぎゅむっとハグをしてくるシズクさん。

 おお、いいかほり。


「いや、でも」


「シズク」


 微妙に眉間にしわを寄せながら、シズクさんは念押しをしてくる。


「……じゃ、じゃあ。シズクちゃんで」


 恥ずかしさのあまり、(うつむ)きながら呼んでしまった。


「うふふータロちゃんっ」


 そんな俺たちに晃夜と夕輝が近づいてきた。


「おおータロが琴音(ことね)ちゃん以外に、ちゃん付けするのを初めて見たな」

「タロはシャイだからね」


 俺の幼馴染を引き合いにだして、シズクちゃんとの応酬(おうしゅう)をからかってくる二人。


「……(こと)ちゃんは関係ないだろ」


 ジロっと二人を睨む。



「あーそうでもないぞ?」

「そうだよねぇ」


 含みのある笑いをする二人はニヤニヤと俺を見ている。


「なんだよ、お前ら。琴ちゃんが、どう関係あるんだ」


 (こと)ちゃんとは、小学生まで俺の隣の家に住んでいた子だ。彼女は中学にあがる時に、家の事情で引っ越しをしてしまったため、別の中学校に進学していった。


 それから、たまにこちらに遊びにきたりするのだが、正直対応に困る(・・・・・)子である。


「だって、なぁ?」


 俺の質問に晃夜(こうや)がメガネをクイッと持ちあげる。


「琴音ちゃんに、タロがクラン・クランをするって言っちゃったんだよね?」


 夕輝(ゆうき)がおもしろそうに答える。




「な! それはつまり……」


「早い話が、琴音ちゃんもクラン・クランをやり始めるぞ?」


「おまえら……」


 琴ちゃんは、昔から、なんというか。

 俺の真似をして、よくついてくることがある。


 気さくで明るい子なので、地味な俺にかまってるヒマがあったら、違うことをしてればいいのに、と思うことがよくあった。


「はぁ……」


 俺の溜息を聞いて、あからさまに話題を変えようとする夕輝(ゆうき)


「それはそうと、MP回復アイテムとか前代未聞(ぜんだいみもん)だね」

「あぁ、そこには俺もビックリした。それもタロが錬金術で作ったアイテムなのか?」


「あぁ」


 生返事をする。

 琴ちゃんがクラン・クランを始めるのか……。

 なんだか自由な傭兵ライフができなくなりそう……。


「道具屋にもMP回復アイテムは売ってない(・・・・・)しね」


 思えば、彼女は中学が別れてから執拗(しつよう)に俺の前に現れるようになったんだよな。


「ポーション系とは、ちょっと仕様が違うようなアイテムだったな?」


 中一の頃とか下校しようとしたら、よく門で俺の帰りを待っていたこともあったっけ。

 わざわざ学校も違うのに、高級車に乗りながら。

 迷惑だからやめてほしいって言ったらやめてくれたけど。



「ポーションは使用すればすぐ効果があるもんね。タロちゃんからもらった、『森のおクスリ』? は雫を飲まないと効果が発揮されないみたい?」


 俺の憂鬱をよそに、三人はアイテム談義で盛り上がり始めている。



「それでも十分すごいぞ。MP回復アイテムがクラン・クランにあったとは」


 ピクッ。


「うんうん。しかも回数制で3回も使用できるの、コレ」


「錬金術士ってもしかして……」


 ……ピクリ。



「言われているほど弱くないんじゃ?」


 ヒクヒク。


「実はすごかったり?」


 ……。


 ふっふっふーん。



「ねね、タロちゃんが良かったら何か錬金術みせてよ」


「ふむ?」


 全然いいよ?


「シズク、こんなところで錬金術はちょっと」

「なにか起きた場合、対処に遅れそうだよ……」


「いいじゃない。ウォーターヘビィのリポップ率は低いんだしさ。モフウサぐらいなら二人だけでも処理できるでしょ?」


 そうだそうだ。

 素晴らしい錬金術を、ぜひ見ていくべきだよキミたち。



「それはそうだが……」


「それに二人も、タロちゃんの錬金術を見たいと思わないの?」


 どうだね。キミ達も未知の領域に足を踏み入れてみようではないか。



「うーん……気にならないと言えばウソになるかな」

「まぁシズクの言う通りウォーターヘビィの心配は当分ないだろうしな……じゃあ、何かやってみせてくれよタロ」



 くふふふ。

 きたきた、ついに錬金術の素晴らしさを広める時が!


「みんながそこまで言うなら……」


 ここは錬金術の魅せどころだ。

 気の進まない態度を取ってはいるが、内心は嬉し過ぎて、突拍子もないお願いをしてきたシズクちゃんに感謝していたりする。



「じゃあ、さっき手に入れた『モクモク草』を使おうか」


 モフウサの好物である草。


「お、さっきシズクの座っていた(そば)に生えてた、綿毛がくっついた植物か」


 晃夜(こうや)が察し良く答えてくる。


「そうそう」


 銅の合成釜を取り出し、ぽちゃっと『モクモク草』を放り投げる。

 現在、『モクモク草』の在庫は2個のみ。

 


 錬金術にせっかく興味を持ってくれた三人を前に、なるべく失敗はしたくない。だが、既存のアイテムを作っても味気ない。


 ならば、先ほど手に入れたばかりのフレッシュな素材を使って、錬金術をお披露目したいというもの。

 

 集中しつつ、2個目の素材候補を順々に釜の前に掲げていく。


「星空を保てたのは……『石ころ』と『紅い瞳の石(レッド・アイ)』、各種フン(・・)系統……それにやっぱり『ようせいの粉』か……」


「なんだかタロちゃん……本当に錬金術士みたい」


 ふっ。


 おれはしばし迷った後、『石ころ』を投入することにした。

 今回はフン系統を混ぜるのは避けさせてもらおう。なぜなら、イメージがよろしくない。


 やはり『石ころ』を投入しているので、ここは強火といきたいところだが、植物の『モクモク草』にも配慮して、中火で煮込んでいく。


 釜内部は……濁った灰色か。


「釜の中の変化を見極めながら混ぜていくのか」


「そうだ」


 ふっ。

 だがそれだけではない。

 

 ぐつぐつと釜全体に十分な熱が浸透(しんとう)したことを確認した俺は、ここで錬金キット、『ビーカー』を取り出して、アビリティ『飽くなき探求』を発動。


 液体化させるは、モフウサから取れる『紅い瞳の石(レッド・アイ)』。

 どんよりとした黒と赤の混ざった液体がビーカーの中に満たされる。



「えっ、今……赤い石が一瞬で液体になったよね?」


「これが錬金術なのだよ、ユウくん」


 ドヤ顔で言い放つ。


『紅い瞳の石』を釜にトポトポーっと追加投入。



 なぜ、俺が2番目の素材を『紅い瞳の石(レッド・アイ)』ではなく『石コロ』にしたのか。


 その理由は、『紅い瞳の石』は元々、熱をもっていそうだったから。仮に『石コロ』を3番目に投入した場合、火力を上げて溶かさないといけないと判断したため、その場合植物である『モクモク草』に悪い影響を与えるのではないかと踏んだのだ。


 『紅い瞳の石(レッド・アイ)』ならば元から熱そうだし、釜の温度を上げなくても上手く解け混ぜ合ってくれて、投入の順番的に最適な気がした。



 釜の色が濁った灰色から、薄いピンク色へと変化していった。


「臭いな……」


 まるで火薬のような香り。


 かき混ぜ棒の重みは、鈍くも軽くもない。

 ゆっくりとかき混ぜてゆき、仕上げの『フラスコ』を取りだす。

 

 『飽くなき探求』を再び発動し、金色のりんぷん、『ようせいの粉』を液体化。


「うわあ……綺麗……」


 フラスコの中で、金色の粒が踊る液体を眺めたシズクちゃんが呟く。

 

 (まばゆ)く光る液体を四つ目の素材として投入。



 変化はすぐに起こり、釜から青い煙がモクモクと上がった。



:『モクモク草』+『石コロ』+『紅い瞳の石』→『ケムリ玉』:

:『ケムリ玉+3』が生成できました:

:合成レシピに追加されました:



 む。

 ログを見る限り、『ようせいの粉』は必要なかったようだ。


 だが生成できたアイテムの+値が3と、今まで一番出来のいいモノができた。


「お、なにかアイテムが作れたみたいだな」


 晃夜(こうや)が俺の手に握られた玉っころを凝視しながら指摘してくる。


 スモークピンクな玉を片手で上に軽く放り、キャッチする。

 それを何度か繰り返して俺は言う。



「『ケムリ玉』の完成だ」


『ケムリ玉』

【使用すると周囲に白い煙が発生する。ケムリの量は+値によって変化する。一時的な目くらましに効果的】




「ケムリ玉……? また新種のアイテムだね」


 夕輝がケムリ玉を眺めながら、未知のアイテムだと言ってくる。


「なんか目くらましに有効なアイテムらしい。俺も今初めて生成したアイテムだし、詳しくは使ってみないとわからない」



「しかし、錬金術とは不思議なもんだな」

「錬金術って、なんだか楽しそぅ」


 ケムリ玉をポンポンしながら彼らに、キメ顔を向ける。


「おもしろいだろ?」


 うなる晃夜と、興味を抱いてくれたシズクちゃんにドヤる。



「あぁ。聞いていた錬金術スキルのイメージとはだいぶ違うな」


 しぶしぶと(うなず)く晃夜。


「よし! じゃあタロの錬金術も見れたことだし、クエスト報告のためにもそろそろ帰ろうか?」


 全員が錬金術のイメージに少なからずプラスのイメージを抱いたことで、俺は満足した。


「「おー」」


 俺とシズクちゃんが夕輝の提案に賛同する。




「待ってくれ。一応、周囲の索敵(さくてき)を頼む」


 そんな中、晃夜(こうや)はシズクさんに何かの魔法を頼み始めた。


「あっ、そっか」


 了承したシズクさんは早速、詠唱をし始める。


「『動きあるもの、水面を揺らし我に知らせよ』」


 あぁ、『水に沈む草原』に入ってから何度かシズクちゃんが発動させている魔法は索敵の効果があるものだったのか。


 目を閉じて杖の先端を頭の位置に持っていくシズクちゃん。

 杖が光り、その姿は本当に魔法使いに見えて、少しかっこよかった。



 そんなことをぼんやりと考えていたら、シズクちゃんが急に(けわ)しい顔をした。



「みんな! 傭兵(プレイヤー)がいる!」


 シズクちゃんの緊張した声が響く。



「シズク、どこにいるのかな」


 そこに冷静な対応で盾を構えつつ、油断なく周囲を(うかが)い始める夕輝。



「位置まではわからない。多分、隠蔽(いんぺい)スキルか、隠密(おんみつ)スキルを習得している傭兵(プレイヤー)かも」


「ゲスだな」


 晃夜(こうや)が苛立ちを(あら)わにする。


 どうして傭兵(プレイヤー)が近くにいるだけで、こんなに三人はピリピリしているのだろう。




「タロの方は、見た目が15歳以下(・・・・)だし、初撃で狙われることはないかな」


 右往左往する俺に夕輝(ゆうき)が横目で、語りかけてくる。

 

 確か、クラン・クランのPvP戦におけるシステムでは、15歳以下の場合、HPを削る行為を15歳以下の傭兵(プレイヤー)が取らなければ、攻撃をすることができないといった事を思い出す。



 待てよ。

 PvP戦、傭兵(プレイヤー)傭兵(プレイヤー)における?


「狙われる?」



 俺の疑問に夕輝(ゆうき)は渋い表情をする。


「多分、わざわざこちらに位置を把握されないようにしているのは……」


「早い話が、俺たちを襲おうとしている傭兵(プレイヤー)がいるってことだ」



 晃夜が籠手(ガントレット)をゆらりと構える。


「それって……」


「あぁ、『戦争』中の傭兵団(クラン)。『百鬼夜行』の連中だろうな」


「眠らずの魔導師グレンがログアウトしてるって、ゆらちから聞いていたから油断したね」


「……どうして、ゆらちが眠らずの魔導師さんのログイン状況を知ってるんだ?」


「ゆらちとグレンはリアル兄妹らしい」


「マジか」


「タロ、いいか。変に警戒するな。警戒して自然なのはPTの盾役であるユウだけだ。俺達は普段どおりにしていろ。じゃないと俺達が相手の存在に気付いたということがバレて奴らも警戒する。そうなると奇襲が鋭いものになる。まずは、初撃で敵の位置を割り出すのが俺たちの役目だ」


 小声と早口で説明し終えた晃夜(こうや)は、ゆったりと構えていた。



 その、ヒト対ヒトの戦いの思考へと瞬時に切り替わった晃夜(こうや)を見て、友人が何回もの場数を踏んできたことに感嘆した瞬間、それ(・・)は飛来してきた。



 ビュンビュンっと音を立て、水面へと立て続けに吸い込まれていく。



 それは弓矢。




「ぐっ」


 そのうちの一本が晃夜の肩に突き刺さり、命中した勢いによって湖に倒れた。



 晃夜のHPが180 → 137とガクンと減少する。



 

 俺は小太刀を構え、弓矢が飛んできた方向を睨む。

 だが、相手の姿は見当たらない。


 木々の陰に身を(ひそ)めているのだろうか?


「やっぱり敵だね……」


 夕輝の一言でPT内に緊張が一層深まった。



 心拍数が速くなっていくのを、嫌でも感じる。

 


 ゴクリ。

 つい、生唾を飲み込んでしまい、その音が妙に大きく響いた。





 傭兵(プレイヤー)VS傭兵(プレイヤー)



 PvPの始まりだ。






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