145話 姫君のご入場
どうにか、こうにか。
ひっきりなしに注がれる疑問と驚愕の目をかいくぐり、俺たちは教室まで辿り着く事ができた。
ここまでの道中、何度話しかけられたかわからない。
『その子は誰?』『朝比奈くんの友達?』『どうして小学生が?』『外人さんなの?』などなど、その度に晃夜や夕輝が『後で学校側から発表があるから、そこを通してくれ』『今はソッとしておいてくれないかな? このままだと時間に遅れそうだよ』と表面上は穏やかに、その実有無を言わさぬ迫力で生徒たちをいなしてくれた。
それでも予想以上に時間をくってしまった。
前述のように直接聞いてくる生徒たちもいれば、遠巻きに珍しいモノを観察するように様子を窺ってくる人達もいて、それらに晒されながら校内へと入っていくのには、やはり精神がすり減った。
どう見積もっても今の俺は小学生中学年から高学年あたりの姿をしてるわけで、そんなのが高校の敷地を歩いていたら珍獣同然だろう。
わかってはいたけど、この容貌で高校の制服を着てるのは、それだけ珍しいって事なんだと実感した。
今着ている物だって、わざわざサイズを俺に合わせて裁縫された特注品らしいし。
「訊太郎、教室に入るぞ?」
「大丈夫?」
「おう、少しだけ慣れてきたし」
「その調子だ」
「ボクたちも何だか、人をさばく手際が良くなってきたよ」
軽く笑って、先に教室へと入ろうとする二人。
「あ、二人ともちょっと待って」
ここまで、親友たちが作ってくれる双璧には感謝している。
だけど、ここは、この教室だけは二人の影に隠れるのではなく、俺から入らなくてはと思った。
ここが俺の居場所で、ここにいるのが俺の日常なのだから、今日は無理でも今後は何も気負う必要なんてないはず。俺から入る事で、その在り方の表明になると、自分自身の心を納得させる上で必要な行動だと感じられた。
「俺から、この教室には入る」
二人は振り向いて、一瞬だけ俺の顔をジッと見つめてきた。
「あぁ……わかった」
「じゃあ、いこうか」
何かを察してくれたように、親友たちは道を開けてくれた。
まるで俺を姫か何かのように扱う仕草で前を譲ってくれる二人に、なんだよその芝居がかった動作はと内心でツッコミつつも、照れくさい気持ちになった。
「よっと」
不安を打ち消すように軽口をたたき、いつもの教室へと入る。
そうして一歩、足を踏み入れると――――
ザワリと空気が波打った。
そして、すぐに静寂が辺りを包む。
それはまるで異質な俺を拒むかのようにも感じられて、思わず近くにいる夕輝のワイシャツを掴んでしまう。
しかし、そんなんじゃダメだと自分に言い聞かせ、この静まり返った空間を打破しようと、俺は極力平然な表情を保って歩み出す。
ここからは俺の戦い。
晃夜や夕輝に甘えっぱなしでは決して作れない、俺の居場所を確保するための戦い。
……俺の席、俺の席。
あ、あった。
未だに視線は集中しているけど、自分の席に腰を着けると少しだけホッとした。
そんな折、首を傾げている男子生徒が目に入った。
あ、ユウジもいる。
というか、あれだ。あそこの連中は水泳部のクラスメイトたちだ。
そういえば、あの時は必死すぎて何も言えてなかったと思い出す。シャワー室を借りた件のお礼でもしておこう、それを皮切りにクラスメイト達とのコミュニケーションを図ろう。
そう思い至り、俺はちょっと早歩きで山田くんたちの方へと歩を進める。
「閣下、ご登校御苦労さまであります」
忍者かとツッコミたくなるほど、いつの間にか真横で傅いているユウジに『はいはい』と適当に返事をしておく。
おかしいな、この四面楚歌じみた状況だと普通に話しかけてくれたユウジの挨拶ですら、ほんの少しだけ嬉しいと感じてしまう。
「おい、なんかこっちにくるぞ!?」
やっぱり、動揺しきっている山田くんたち。
しかし、こっちも気持ちはいっぱいいっぱいだ。
さてさて、どうにか彼らの対面へと到着し、水泳部員の前で立ち止まる。
なんて言おうか。
お互いの視線が交錯し、しばらく無言の時間が続いた。
なんというか、クラス全員が俺の一挙手一投足に意識を集中している感じがして、なかなか言葉を紡ぎ出す事ができなかった。
だからだろうか。
俺は自分の説明を抜きに、用件から口走ってしまった。
「終業式の日、シャワー室を貸してくれてありがとう。あれは本当に助かった」
「……シャワー室?」
山田くんや佐川くんが、首を傾げる。
そこで俺は自分の事を伝えてないと気付き、改めて彼らに説明をする。
「あぁ……えっと、俺だよ、俺」
俺俺詐欺みたいな台詞を吐いた俺に、水泳部員の彼らは首の角度をついに90度曲げてしまっている。
これじゃあ、いけない。
どうにかこうにか要点をまとめて、もっとわかりやすくだな……。
「訊太郎、おれ、仏訊太郎なんだ」
「は?」
冗談はよせよ、と聞き返してくる山田くん。
「俺さ、性転化病にかかっちゃったみたいで……」
「え?」
「いやいや……そんな……」
サラッと事情を伝えると、水泳部員の目が点になってしまった。
何度も何度も、俺を凝視する彼ら。
教室内もザワザワと騒ぎ出す。
そんな中、妙に一つの音が異彩を放って俺の耳に届いた。
それはパタリと、何かが落ちる音。
気になって音源の方へと振り返り、顔を向ける。
そこには――――
茜ちゃんがいて……ノートを床に落としていた。
驚愕の眼差しで俺を見つめ、『タロちゃんが、訊太郎くん?』とうわ言のように呟いている。
俺も俺で、『あの、宮ノ内さん、これは、その……』と、本人を目の前にすると用意していた言葉は上手く出て来てくれなかった。
「おーい、お前ら廊下に並べ~。そろそろ全校朝礼だぞ。仏、おまえはちょっとこっちに来い~」
教室が騒然とするなか、担任の先生であるユキっちの気の抜けた声が響き渡った。