142話 お泊まり会 ★2
「お、おじゃまします」
「失礼、します……」
晃夜と夕輝が、緊張した面持ちでウチの玄関の敷居を跨ぐ。
「太郎のお友達ね。わかってるとは思うけど、変な真似でもしたら……」
やけに高圧的な態度で姉が二人と俺を隔てるように、腕組みをしながら親友達に何かを言いかける。
「姉、何で不機嫌なのか知らないけど、俺の友達にあたらないで欲しい」
「あたってなんかいないわ。まぁ太郎が信用してるって言うなら、私は何も言わないけど……二人とも、いらっしゃい我が家へ」
何も言わないとはいえ、姉は口角だけをぐにゃりと釣り上げた。その瞳には猛獣が獲物を狙うが如くの鋭さがあり、かなりの殺気が込められている。目は雄弁に物を語るというか、あの視線は怖すぎるだろう。
そんなこんなで姉の睨みの下、親友達には我がマンションに入ってきてもらう。
そして久しぶりに俺の部屋へと案内し……。
「で、姉は何で俺の部屋にちゃっかり入って来てるの」
「見張るためよ」
晃夜たちを凝視する姉。
あからさまな監視姿勢に、俺は思わず溜息をついてしまう。
「姉……俺だって今はこんなナリだけど、れっきとした高校一年男児なわけで、友達に相談したい事の一つや二つはある。ついてこないで欲しい」
「だけど太郎!」
「頼むよ、姉」
いくら仲の良い家族とはいえ、自分の好きな人に関する話題を赤裸々に語るなんて愚行、できるはずがない。
恥ずか死ぬ。
「わ、わかった……後で麦茶を持ってくる」
「毒入りとかやめてね」
「む、わかった……激辛香辛料入りにしておく」
「普通のをくれるとありがたいかな」
こうして姉が俺の部屋を出ていくと、親友たちはホッと安堵した。
茜ちゃんがトワさんだとわかってから、俺はすぐにクラン・クランをログアウトして、二人にラインで連絡を取ったのだ。
恥ずかしながら、パニックの中『どうしたらいい』と泣きついたと言っても過言じゃない。
二人にはウン告白という一大事を目撃され、庇われてから、俺は何かが吹っ切れたように、親友たちに甘えっぱなしだ。
そんな無様な俺のSOSに、二人は快く返事をしてくれた。
『今日の夕方にでも会って話すか』
『ボクもOKだよ。話し合おう』
登校日二日前という事もあり、あまり時間もないってことですぐに対応策を考えようと言いだしてくれた事に、心から感謝している。こいつらあってこそ、今の俺の冷静さは保たれている。
だから、姉のあんな態度には申し訳なく思ってしまう。
「ごめんな……わざわざ来てもらったのに」
メッセージを送ってから三時間と経ってないのにも拘わらず、こうして親友たちは集まってくれたのだ。
「いや、いいぜ。姉貴さんの気持ち、わからなくもないしな」
「うんうん。だけど、訊太郎……その、さ」
「ん?」
「家ではいつも、そんな恰好を?」
チラッと夕輝は俺を見て、そんな質問を浴びせてくる。
俺の今の服装と言えば、シュナモンというキャラ物の目と口が描かれている、白い薄手の半袖パーカーだ。それに合わせてショートパンツを履いている。足の大部分を見せてはいるけど、これは涼しいので快適、至ってシンプルな部屋着だ。
パーカーの裾が長いため一見、下半身は何も履いてないように見えるが、きっちりと装備している。ちょっと短めの短パンと思えば、違和感はない。それに、このゆるっとした服が存外に着心地が良かったりする。
「最初は抵抗あったけど、わりと過ごしやすくてな。人目もないし、いっかなーって。あと、姉が女性物の服装にも慣れておくべきだってうるさくて。それに前に着てた服は、サイズが合わなくてかさばるんだ」
「いや、俺達がいるから人目はあっ」
晃夜の肩をこづいて、言葉を遮断させた夕輝。
「そ、そうか」
「なるほどね」
晃夜は眼鏡をクイッとしながら、何故か壁を見だした。
夕輝はニコニコしながらも、ベランダの方を眺め始めた。
おい、なぜ目線を俺から逸らす。
「お前ら、何見てんの?」
「おう? あ、前来た時と比べて、へ、部屋の雰囲気が変わった気がしてな」
「ううん? 今日はいい天気だなって。登校日も暑くなりそうだなって」
「ん? 別に何も変わってないだろ。それに今は夏だし、暑くなるのは当たり前なんじゃないか?」
「そ、そうか。俺の勘違いだったな」
「そう言われれば、そうだね」
「まぁいいや……それで茜ちゃんの事なんだけど……」
◇
「言うしかないよな……」
「言うしかないね……」
「それしかないな……」
仏訊太郎が実はゲーム内のタロで、今日一日、一緒に遊んでましたと。
だけど急にそんな事をラインなどで言われても、茜ちゃん本人に何をおかしな事を口走ってるんだと思われてしまう。
話し合いの結果、登校日の日に直接伝えた方がいいという結論に至った。
当初は登校日について二人はけっこう慎重派というか、俺を慮って学校に行くこと自体を否定してくれていた。
「別に登校日の一日や二日ぐらい、サボってもいいんじゃない?」
「訊太郎が、気持ち的に負担が大きいと思ったら、それもありだと思うぞ」
「理由は病欠とかね」
「ウソではないだろうしよ」
病欠……まさに俺は今、『性転化病』という病気だけど……。
しかしソレは、問題の先送りにしかならない。
「その事でさ、一応『虹色の女神』教会系列の学校である特待交換生として、シスター・レアンに電話したら……なるべくしっかりとした態度で、学校生活に臨んで欲しいって言われて……」
教会での俺の立場は、特待生兼交換留学生扱いだから、品行方正でいないと教会の威信にも関わるって話だった。仮にも女神さまに仕える身でありながら、怠惰な行いはいけませんよって。元々、今の学校に通い続けたいという俺の望みを尊重し、無理を押して特待生枠を設けてくれた手前、教会の方針に背くのは得策ではない。
その上で俺は今、スマホを握りしめ……茜ちゃんへと送る言葉を考えていた。
「まあ、まずは無難に『久しぶり』とかでいいんじゃないか?」
「それから『夏休み、どうだったー』とか、『暑いよね』とか、『元気だった?』とか他愛のない話をほんのちょっぴりしてさ」
「『明後日は登校日だな』って」
「そこから本題の文を送ればいいんじゃない?」
本題は『登校日に宮ノ内さんに大事な話がある。当日、少し話せたりしない?』だ。
これで決まり。
二人がいなかったら、こんなにもスムーズに事は運ばなかっただろう。
晃夜と夕輝のアドバイスは、非常に頼もしい。
あとは『久しぶり。夏休み中は元気だった?』と月並みな文を送るだけだ。
だが、なかなか送信をタップできない。
ここまでお膳立てをしてもらったのに、踏み出せない理由は……。
「茜ちゃん……好きな人がいるらしい……」
俺なんかが、彼女に説明する必要があるのだろうか。
どうでもいいんじゃないだろうか。
こうやって、話すきっかけが再びできた事に俺は嬉しいと感じている。しかしその反面、彼女がどんな反応をしてくるのか怖くて、自分の指が動いてくれない。
「お前らゲーム内で、もうそんな話までしてたのか?」
晃夜の問いに、俺はトワさんから聞いた事を順番に話していく。
「なるほどな。でもソイツに落胆したって事は、チャンスなんじゃないのか?」
「こんな姿になって、どこがチャンスなんだよ……ただでさえ、不利な状況なのに……」
同性愛なんて……一般の女子高校生からしたら、ハードルが高すぎる問題だ。
学校の制服だって、新しい物が届いていたりする。女子生徒用の制服だ。
「お、おう……それはそうだな……」
自然と俺達の視線は、壁にかけてある制服へと集まっていた。もちろん、『性転化病』患者への配慮として、男子生徒用の制服着用も許可はされているけど……。
「でも訊太郎、だからって宮ノ内さんへの気持ちを諦めるつもりはないんでしょ?」
「うん……」
「だったらウダウダ言ってんな! なにかあっても俺らがいるだろ!」
バシッと俺の背中を景気良く叩く晃夜。
今では厚くて大きな手が、全身にピリッとした熱を伝えてくる。
その痛みが、不思議と気落ちしていた俺を元気づけてくれた気がした。
「あれ? 晃夜は訊太郎に彼女ができなかったら、ボクたちが代わりになるとでも言いたいのかな?」
「バッ! そんなんじゃないからな! 俺は純粋にっコイツを励まそうと!」
「わかってるって、ロリ眼鏡くん」
「なっ! この腹黒野郎がっ」
いつも通り、チャカしては絡み合う二人の姿に俺は思わずクスリと笑いが漏れる。
「あはは、二人ともありがとな」
こうして、俺は茜ちゃんへとメッセージを送る事が出来た。
◇
「もう今日はウチに泊って行けよ」
時計を見れば、既に夜の七時を回っていた事に気付き、俺は何とはなしにそう提案する。相談にのってくれたお礼も夕食とかでしたいし。うちの姉の料理は美味しいからな。
着替えとかだって俺が以前に着てた物でも、ギリでサイズは入るだろうし。
「お?」
「ん?」
なぜかちょっと固まり気味の二人。
「早い話……えーっとな……」
「いま、なんて?」
なぜか聞き返してくる夕輝。
「いや、だから今日は泊って行けって話」
「おおう!?」
「うーん?」
「なに驚いてるんだ。去年とか晃夜と夕輝の家に泊まりまくったじゃん。合同受験勉強じゃーって」
二人は互いに互いの顔を見合わせていた。
数秒間、何かを確認するように見つめ合っている。
おい、そこ。何、男同士で熱い視線を交わし合っているんだ、と突っ込もうとする頃には、なぜか二人はちょっと溜息をつき苦笑いで肩を揺らした。
「ったく、仕方ないな。そんなに一人が嫌なら、今晩ぐらい付き合ってやるよ」
「不安がってる訊太郎を一人にしたら、心配だもんねぇ」
「お、お、おまえらっ! 俺は別にそんなのじゃないからな!」
しかし、笑う二人はひらひらと手を振って、完全に呆れた態度だ。
「早い話、わかってるからよ」
「というか訊太郎、間違ってもこういう誘いはユウジとかにしちゃダメだよ」
「いや、あいつにはしないから」
それから俺達は晩御飯を食べ、久しぶりに遅くまで色々と語り合った。
何故か夕輝と晃夜は、俺がベッドでコロコロしていたり、お風呂上がりに『風呂あいたぞー』と伝える時にソワソワしているのが少し不思議だった。
やっぱり、うちには姉もいるし、他所だと気を使う事もあるのだろうな。
寝る時は不在の父や母、妹用の布団を敷いて、みんなで川の字になって寝転がった。だけどなかなか寝付けず、結局は明け方まで喋り、ちょっとクラン・クランなんかもインしたりとふざけ合った。
「ふわぁ……ねみぃな」
「そろそろ寝るとしよっかぁ……」
「……ん」
互いの身体を横たえる位置が、ほんの少し、以前の泊り会より距離があった気がして。
ちょっとだけ寂しくなったのは秘密だ。
空は白みかけているのか、陽光がカーテンの隙間から入ってるのをぼんやりと見つめる。
「……おやすみ、二人とも」
背中を向けて寝転がる親友たちに声をかける。
「あぁ」
「うん」
返答はたった一言だけど、安心できる声。
二人の優しい声音は、俺の心に響き――
まどろみの中へと溶け合っていった。
ブックマーク、評価よろしくお願いします。
イラストはお友達の佐藤賀月さまに
持ってる服等の写真を送り付けて、描いてもらいました(*´∀`*)
にょへへ〜
ちなみにサン○オとしま○らのコラボ品ですね!
し○むらは、ゆるい普段着に最高なのですよ。
値段も安いですしふへへ
素敵なイラスト、ありがとうございます。