139話 おそろい ★
「なんだか、気持ちが落ち着くね……」
「綺麗です……」
「うーん、壮大だ」
三者三様の反応をする俺達。
ちなみに、一番最初に感想を漏らしたのはトワさん。
次にミナで最後が俺。
俺達は白焔との戦闘を終え、絶景を前にしていた。
そう、あの強暴かつ無慈悲な白焔との戦いを、無事に乗り切ったのだ。
生き残ったのはこの三人だけ。
まるで激しい戦いを切り抜けた報酬と言わんばかりに、その輝きは俺達の疲れた心を洗ってくれた。
見渡す限りの雲海に、遥かな向こうへと紅が落ちていく。
夕焼けだ。
「ふぅ」
特等席で見るその光景に、ホッと息をつく。
俺達がいるのは、スライムが生まれる世界樹の頂上。
空狐の白焔が好きに探索していいと言ってくれたので、さっそく世界樹とソレに絡まる九尾の尾を伝ってここまで昇って来た。もふもふ白毛でできた階段や部屋、モノ珍しい造りの建物に驚く部分はたくさんあったけど、やっぱり一番の見所は天辺だった。
「あそこでタロちゃんがお酒? 投げてくれなかったら、私たち全滅だったね」
「天士さまは、天才錬金術士さまですから。いつでもカッコイイのです」
「ほんと、タロちゃんってカッコイイよ」
「えっ、そんな事、ないひゅっ!?」
女子たちにストレートに褒められると、動揺してしまう。
返事の声なんか裏返っちゃったし、ほら、既にかっこ悪い。
だけど、ミナやトワさんはクスクスと笑うだけで、特に何も言わず、雲海にオレンジ色の残滓を残してゆく太陽を見つめていた。
「空狐の白焔も、食の魅惑には勝てないか」
美しい景色を眺めながら、さっきの戦闘の結末を思い返す。
『苦みまろやかな金水』、ビールを投げつけた時、白焔の態度は激変した。『くんっ』っと匂いを嗅ぐ動作をしたと思えば、空中で散らばった液体を器用に飲みほしたのだ。文字通り、空中ダイブをしながら。
一瞬で匂いを嗅ぎ分け、飲み物だと判断した白焔の嗅覚、恐るまじ。食に対して貪欲すぎる。
何事かと思った俺達は、混乱して攻撃する姿勢を止めるも、再び武器を向けて仕掛けようとした。だが、それは『待つなり、間狐よ。この飲み物はなんて名じゃ?』という言葉で、戦闘を中断されてしまったのだ。
そこからは端的に言えば、買収とでもいえばいいのだろうか。
餌付けに近い気もするが……。
『美味なり。この何とも言えぬ苦さが、やみつきじゃ……さらに、ほどよい喉への刺激、そして飲んだ時の得も言えぬ高揚感、なんと素晴らしい飲み物なり』
と、なぞの高評価を得て、トントン拍子で和解した。
この飲み物の原材料が、イネ村やコムギ村から撮れる『お日様と金麦色』という事を伝え、それらを生成する畑がタフ・スライムやビッグ・スライムに荒らされている現状を訴え、このままでは作れなくなる可能性もあると指摘した。
すると白焔は『確かに……九尾さまの意にそぐわぬ行動を、わちらは続けて来たのかもしれない』と掌を返し始め、スライム達への干渉を今までより控えめにすると約束してくれた。
『その代わり、わかっておるじゃろ?』
定期的に食物や、飲み物を持って来いという条約を交わす流れとなり、こちらも承諾して万事解決に至ったというわけだ。完全にスライムたちを解放できたわけではないけど、ここが現時点での最大の落とし所といった感じだ。
古来より荒ぶる神の怒りを鎮めるのは神酒という言い伝えがあるが、今回はまさにお酒によって助けられた。
ちなみに報酬アイテムも、ドロップしてたりする。
:初回討伐報酬として『スキル祝福の油揚げ』を手に入れました:
という討伐ログ? が流れた時は不思議に思ったので、名声スキルですぐに白焔を見ると、【認定】と表記されていたのだ。
討伐はしてないのに、何故と思ったが……倒してはいないけど認められたって事で、もらえたのかもしれない。
初回限りの討伐報酬となるだろう、このアイテムの効果はなかなかに優れている。
『スキル祝福の油揚げ』
【使用するとスキルポイントを3ポイント得られる】
地味に良い消費アイテムだった。
晃夜や夕輝、リリィさんにフレンドチャットで確認したところ、そんなアイテムは届いてないとのことで、どうやら生き残ったPTメンバーにしか配布されないアイテムのようだ。
「ほんと、たった三時間ぐらいなのに……色々あったなぁ」
トワさんの薄桃色の髪の毛が風になびく。
顔にかかったその前髪を、彼女はすこしいじりながら、しみじみと呟いた。
「タロちゃん、ミナちゃん、今日はありがとね。色々教えてくれて、力になってくれて」
改めてお礼を言ってくるトワさん。
「いえ、トワさんこそありがとです」
「そうだよ、トワさんの称号がなかったら、こんな所に来れなかったし」
「えへへーそうかな? でもタロちゃん達がいなかったら、レベルも上がらなかったし、新しいスキルも習得できなかったよ?」
そうなのだ。
『ビッグ・スライム』を駆使して行った戦闘で、トワさんは『モンスター調停士』という新スキルが発現したそうだ。
「すごいスキルですよ、それ」
「うん、魔物を一時的にでも仲間にできるスキルなんて聞いたことないよ」
正直、ちょっぴり羨ましい。
苦労して箱にモンスターを作っても、俺の錬金術では味方にすらならない……錬金術って……。
いや、錬金術は偉大だ。
リッチー師匠ほどにでもなれば、俺だってトワさんと同じ事ができるかもしれないし、他にも可能性は無限大!
なんてたって、白焔が新しい食に繋がる可能性があるなら、ここ『天守楼』で好きに素材を採取していいと許可をくれたので、たくさんの素材を漁り済みだ。
「でも、まだまだ調停士には色々条件があるらしくって……『モンスター調停士』、難しそう。それに、なんだろーなぁー……いっつも人の目ばっかり気にしてる私には、お似合いって感じだよね……敵であるモンスターのご機嫌伺って仲間にするなんてさ」
シュンと沈むトワさんに、俺もミナも現実が入った発言だったので、不用意に言葉をかける事は出来なかった。
「あっ、でも! これは純粋に嬉しかったよ!」
ちょっと暗くなりそうだった空気を、パッと振り切るようにトワさんが持ちだしたのは、金色の狐尻尾。さらに彼女は巫女服にもドレスチェンジした。
尻尾は新たな食の文化を運んで来てくれたお礼にと、白焔が俺にくれた。さらに、ここまで酒を運ぶ発端となる声を聞き取った報償として、トワさんにも与えられたのだ。
俺が銀色でトワさんが金色の尻尾。
ミナは残念ながら、もらえなかった。
巫女服は今後、この食物交易で『天守楼』に入る際は着てこいとの事で、全員がもらえた。これで人間でも、鳥居番である銀狐と金狐も襲ってこなくなるそうだ。
『巫女服 紅奈憑き』
【妖狐族に伝わる伝統装束。九尾の神力と加護を高める性質を持っている】
装備条件:妖狐族との関係性【認定】以上
レア度:6
ステータス:防御+25 魔法防御+55
特殊効果:赤属性の耐性8%強化
『銀狐の一尾』
【神獣『九尾』に仕える霊獣、妖狐族の尻尾。その毛は強い魔力を帯びている】
装備条件:妖狐族との関係性【認定】以上
レア度:8
ステータス:MP+50
特殊効果:固有アビリティ『尻尾の悪戯』を発動できる。使い慣れる、もしくは祝福を受ければ二尾に進化することもある。
尻尾はなにやら今後に期待できそうな装備品ではある。
俺も白焔みたいに、二本のふさもさ尻尾を生やす時がくるかもれない。
そんな感じでワクワクしていると、ミナがちょっとだけ不満そうに頬を膨らませていた。やっぱり尻尾をもらいたかったのだろうか。そんなミナを見かねたトワさんが、急にとんでもない事を言い出す。
「でもこの装備、色が金なんだよね。私の髪色とは合わないかな……良かったら、今日のお礼って事でミナちゃんにあげる!」
「えっ」
レア度8の装備品ですよ?
現時点のクラン・クランの攻略状況からして、レア度8というのはかなり希少なモノだ。
「ほら、尻尾と耳。これでお揃いになるでしょ?」
「いいのですか?」
「いいのいいの。戦いじゃ、私はあまり役に立たなかったし?」
「でもでも……」
ミナの言いたい事はわかった。
トワさんの称号がなければ、そもそもここに来れてなかった。
そしてトワさんは……なんて言えばいいのだろうか。
彼女の在り方に、なんとなく間違っていると言いたくなってしまった。さっきまで人の目を気にして生活している事を、あんなに悲しそうに話していたのに。ここでも、そんな気遣いをする素振りに、俺は何だか悲しくなった。
だから、ここは唯一の男として俺が立ち上がるしかない。
「ミナ、俺のをあげるよ」
だがしかし、ミナはさっきよりも困った顔をし出す。
「それじゃあ意味ないんだよ、タロちゃん。変なところが鈍いねー」
と何故か半ば呆れられ、結果的にトワさんの尻尾をミナが譲り受けるという形になった。
ミナは頬を上気させ、何回もトワさんにお礼を言っている。
最初はトワさんに対して、険呑な態度が目立つミナだったけど、自分からフレンド申請の話を持ちかけ、『何でもお手伝いしますね!』と感謝の気持ちを何度も述べていく。
「これで本当に、二人はお揃いになったね」
屈託なく微笑むトワさんの表情は、少しだけ大人の女性に思えた。
その笑顔は純粋で、俺の隣で巫女服に着替え『天士さまっ! 早く着替えましょっ』と心底嬉しそうにはしゃぐミナを、愛おしそうに眺めている。
そんな彼女の柔らかな表情を見て、俺はトワさんが気を使っただけで、装備を譲渡したのではないとわかった。
ぐぅぅ。
可愛いらし過ぎるイラストを、『ぽよ茶』さまよりいただきました。
ありがとうございます。




