137話 白い炎
「ようこそ、二尾の寺閣『天守楼』へ」
そう言って半月の如く双眸を歪ませ、ほくそ笑む白き狐耳の巫女。
彼女の様子はどこか白々しく、歓待の台詞とは真逆の態度で、俺達一同に冷たい視線を浴びせていた。特に、付いてきたビッグ・スライムたちに目が行った時、その極彩色の瞳に憎悪の陰が走ったのを見逃さなかった。
そんな怪訝な様子を見せるNPCに、俺達はやはり警戒度をぐんっとあげる。
思えばNPCとの関係性はスキル『名声』を使用していれば、一早く悟ることができたはずだ。さっきの双子巫女戦のように、不意を突かれる事も避けられたはず。
そう思い至り、俺は『空気を詠む』を発動し、白巫女を観察する。
「わちの名は、空狐の白焔と申すなり」
NPC/モンスター【空狐 白焔】
:傭兵タロとの関係性 → 好感度【中立】:
:特に他意はない:
あれ……?
予想とは違い、関係性は中立と出た。
という事は別段、敵意はない?
「遥かな昔、人の子は……わちの事を、満たされぬ空腹に溺れた、喰う弧とも呼んでおったが……わちには空羅刹さまより頂いた、白焔という名があるなり」
律儀にも自己紹介をしてくれた白焔。しかし語った内容が微妙に物騒であり、なおかつ袴の袖から何かを急に取り出す仕草をし始める。
「ボクが前に!」
すかさず夕輝が前面に盾を出し、みんなへ戦闘態勢に入るように促す。
しかし、白焔が取り出したのは薄っぺらい茶色の何か。
よーく見ると……アレは油揚げではないだろうか。
俺達の動きなど一切気にせず、ソレを己の口へと放り込み、むしゃむしゃと咀嚼し出す白焔。
「美味なり」
なんだ、この腹減り巫女は。
しかし、さっきの双子少女とは違い、何やら対話が可能な雰囲気であるのも確かだ。
「えーっと白焔さん、はじめまして。タロって言います。ここでは何をしてるのですか?」
「ふぅむ? 主は……また面妖な、人とわちらの間子なりか……おやおや、もう一匹おるなりなぁ」
白焔は俺とミナを見て、特に頭の部分を目にして奇妙な事を言い出した。
なにやら、この狐耳を付けていたのも無駄ではなかったようだ。
「しかも、これまた奇怪な質問をしてくる間狐なり。それはこちらの台詞なり。大方、其処なスライム共の戯言でも耳にして、駆け付けた、と言ったところなりか」
またも白焔はパクリと油揚げを平らげ、ふむふむと何度も頷く。先程よりも多少は柔らかい眼差しを、こちらに向けてくれるようになった。
「間子、間狐ゆえ、無知なのは仕方あるまいなり。どれ、わちらの信奉すべき真の親を教えねばならぬか……ならば、其処なスライム如きに惑わされる事もあるまいに」
そうして、主に俺とミナに対して子供に言い聞かせるような声音で、この地にあった出来事を語り始める白焔。
俺達は急に始まった昔話に警戒を解いていいのかどうか、困惑しながらも彼女の話に耳を傾けることにした。
「太古より幻想郷の東域を見守るのが、わちらが親である九尾の空羅刹さまの御役目じゃったなり」
この辺りはやはり、巨人の故郷である幻想郷だったようだ。狐巫女たちの親玉は神獣の九尾であり、その力は絶大だったそうだ。
「空羅刹さまの最大の神力は、想像を絶する欲の力。あの母様が何かを望めば、世界のあらゆる事象は母様の、空羅刹さまの意のままじゃったなり」
その尾の数通り、九つの欲を司る神獣、九尾の空羅刹。
そんな超生物の加護の下、妖狐族は幻想郷でまったりと暮らしていたようだ。
「しかし、全ては……あの忌々しい、図々しくも、対等に空羅刹さまの友を名乗る、『小さき友人』とやらの発した言葉によって、事態は一変しよったなり……」
白焔が言うには、みなが信奉する空羅刹さまは、どうやら一人の友人に『お前は欲深すぎるし、欲が多過ぎる。もう友達は辞める』と言われた事がきっかけで、己の全ての欲を封印するべく、この辺りに自ら眠りについたようだ。
その際、悲しみによって溢れ出た九尾の炎が幻想郷の周囲を焼き、地下へともぐり、土を溶岩のように溶かし消滅させ、丸々と幻想郷を地に落としてしまったらしい。
結果的に他所から侵入者を阻むのに役立っているから、他の神獣は何も言ってこないし、生態系に大きな影響を与えなかったとの事で静観されているそうだ。
というか友達と喧嘩しただけで、そんな大仰な事をしでかすなんて……すねたのか、神さま。いや、神獣か。とにかく、神獣の考えることは俺達みたいな、ちっぽけな人間には理解できないなと思った。
「わちは空羅刹さまから『食欲』の力を賜った、二尾なり……」
妖狐族の中には特別に九尾から力を得た者が八匹いて、その誰もが他の個体とは違い、尾の数が多いらしい。白焔もそのうちの一匹らしく、自慢げに二つの尾を揺らめかせて、油揚げをつまんでいる。
九尾が眠りに付く間際、妖狐族は『己が気ままに生きよ。我は捨て置け』という九尾の望みと願いを聞き入れ、元々好奇心旺盛で悪戯好きな性質も相まって、世界の各地へと散らばっていったらしい。
「今もこの地に残って、空羅刹さまの復活を待つのはわちら三匹のみ……なんとも他の尾持ちは、薄情な奴らじゃと思わぬなりか?」
そうして何をしているのかと思えば、白焔は背後にそびえ立つ、白い毛が螺旋状に絡まっている巨木のような建物に目を移す。
「あの木は幻想郷に立つ、世界樹の一本なり」
「ん? 幻想郷って、この雲の下にあるんですよね?」
「いかにも」
となると、俺達が今いるのは多分、幻想郷の上にある雲であって……。
その遥か下にある幻想郷から、あの木が生えていると言う事は……。
「あの世界樹って、何メートルぐらいの高さになるんですか?」
「ふぅむ……ざっと高度で言うなら、5000メートルぐらいじゃなかろうか?」
5キロメートルもあるんかい!
でっかすぎるだろ!
30メートルで大きい木だなと思ってたけど、あれってちょろっと天辺が雲から出てるだけの一部分って事か……スケールが違いすぎる。
「あの巻きついている、白い毛のようなモノは?」
「あれはわちらの母様、空羅刹さまの尻尾なりよ。一本だけじゃがの」
どんだけ長いんだ、九尾の尻尾は!
5キロメートルって怖すぎる。
「いや、なに。わちの力で空羅刹さまのお力を借り、あのスライムを生みだす世界樹の働きを阻害し、九尾さまの加護を与えているなり」
スライムを生みだす木?
それが世界樹の一柱の効能なのか。
「困った事にわちらの母様は自らの欲を清めるために、世界樹の根元で封眠に入ってしまっての……スライムは古来より穢れや欲を浄化する能力を微々ながら有しておるなり」
やれ、困った困ったと、なぜか爺くさい仕草をする狐巫女。
「そこで、九尾さまの欲を少しずつ浄化されてしまうのを、こうしてスライムを変質させて防いでいるというわけなり」
獰猛で、禍々しく、荒々しい、それこそが九尾さまなり。それこそが、わちらが畏怖すべき真の九尾さまのお心とお姿なり、と俺とミナに力説してくる白焔。
「幻想郷に、浄化の種なんて撒かせぬ」
白焔は、きつくトワさんの後ろにいるビッグ・スライムたちを睥睨する。
「九尾さま復活の日まで、わちらが蒙昧なスライムたちに祝福を与え、飢餓の心を宿標すなり」
そうして、白焔は木と尻尾が絡まりあった建物に右手をつけた。
「飢えろ、肥えろ、萌えろ」
詠唱らしきモノを唱えると木が青白い光を帯び、白焔の手から黄色い閃光がほどばしる。
「『進化の原理』、餓鬼の心を魂に結びましまし」
黄の光は、巨木の青い光を浸食するかのように押し寄せ、融合していく。
「妖弧の祝福、与え増し」
びゅるるっと音が弾け飛ぶと共に、木の頂上からは真っ黄色で大きな大きな花が急激に芽吹いていく。
その花から、何やら丸い粒が大量に放出され、まるで花粉のように空を舞い上がる。しかし、それらは重力に引かれて当然のごとく落下していく。
その丸い粒の正体は、数十匹もの黄色いスライム、『タフ・スライム』だ。彼らは雲の上にボフンと弾み、着地するとピィピィと混乱しているように騒ぎ出す。
「まるで、スライムシャワー?」
トワさんの呟きにピンと来る。
「もしかして、このスライムたちは本来、雲を突き抜けて落ちていき、雨のように幻想郷へと降り注ぐのか?」
今は飢餓を植え付けられ、強制的にタフ・スライムへと進化させられてしまったため、水分に反発する特性がある以上、雲を通過できなくなってしまっている。
「いかにも。人間とちがって、間狐ゆえに理解が早くて嬉しいなり」
「で、このスライムたちはどうするつもりなのです?」
「知れたことなり。九尾さまに近づけぬよう、とめどなく飢餓の心に塗れさせ、後はどこへなりとも行けば良いなり」
こうしてタフ・スライムたちが飢えを凌ぐために、雲を超え、イネ村やコムギ村、ミケランジェロ近郊にまで出現するようになったってわけか。
「トワさん、スライムたちに触れてみて欲しい」
「え、うん……」
俺は白焔から目を逸らさずに、トワさんにお願いする。
「なんて言ってる?」
「えっと……『苦しい』、『お腹空くのイヤ』、『助けて』『黄色の仲間を増やさないで』……」
諸悪の根源はあれのようだ。
「白焔さん。何か他の方法を考えませんか?」
「なに?」
「スライムたちもああ言ってますし……」
「スライムごとき、わちらの知った事ではないなり」
周囲でぼてぼてぽよぽよ彷徨うスライムたちを、さも邪魔だとでも言うかのように顔をしかめて袖であしらう。そして油揚げを食べる白焔。
「ほれ、スライム共。散るがよいなり、散れ散れっ」
我関せずだ。
俺はそんな態度にちょっとだけ、どうかと思った。
モンスターとはいえ、こんなスライムの扱いは酷い。
「ちょっと、白焔さん。他の妖狐族の方も、親である九尾さまの意見を尊重して、各地に散り散りになったのでしょう? 自由気ままに過ごすことが、九尾さまの願いでもあるのでしょう? それに反して九尾さまの欲を浄化しないように行動してる白焔さんって、反逆行為に値するじゃないのですか?」
そんな俺の物申しに、白焔は……耳がピンと立ち、二つの尻尾が激しくバサりと揺れた。その毛は逆立っており、俺はマズイと思って即座に名声スキルの『空気を詠む』を発動する。
「うつけが。そうまでして、他族であり、今も空羅刹さまを浄化せしめる生物に肩入れするなど、お灸が必要な間狐なり。どれ、少し可愛がってやるなり」
『空気を詠む』は、変わらず【中立】状態を示しているのに……白焔が牙を向き、獰猛な目で俺達をぐるりと見回す。
次に見えたのは、彼女の後ろから雲の塊と見紛う程の、白く揺らめく、高熱の領域。
白き焔が唸りをあげて、津波の如く俺達を襲ってきた。
名声スキル……あてにならないな……。
新作、始めました!
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