135話 けもみみ少女は危険
「たいへん、たいへん、琥珀どうするり?」
「わからん、わからん、白銀どうするり?」
銀髪と金髪の双子巫女さん達は、あたふたとその場でクルクル回っている。警戒心があるようでなさそうな、微妙な様子だ。いや、こっちをチラチラ見たり、ウ~っと唸って威嚇しているあたり、俺達を警戒しているのは間違いないのだろうけど、迫力の欠片もない。
「なんでしょうか、あそこのオカッパな少女さんたちは」
「雲の上に鳥居があるなんて奥ゆかしいですわね。日本らしい発想ですわ」
「獣耳の巫女さんたちがいるとはねー、RF4youがいたら喜んでたろうに」
「早い話、ここが何なのかさっさと聞いてみようぜ」
「もふもふ……もふもふがいる。さ、触ってみたい!」
うん、こっちはこっちで色々と思惑がバラバラでまとまりがない。
「ビッグ・スライムたちは……あれ、普通に付いて来てるな」
というわけで、スライムを引き連れてとりあえず獣耳な少女たちと会話を試みるべく、鳥居をみんなでくぐっていく。
「人間、神域に踏み込んだり」
「人間、無用に立ち入ったり」
「琥珀、やるり?」
「白銀、やるり?」
ぴょんぴょんと跳ねる巫女さんたち。
その様子は、こちらを和ませるに十分な可愛らしさを誇っていた。
だが、次の瞬間。
「『氏子の御霊に在羅ず者』」
「『去寢射寝伏すまじ、真矛然り』」
詠唱に似たような言葉を吐いた巫女さんたちの尻尾が――
金と銀の尾が槍のように肥大化し、鋭い閃光の如くこちらへ飛来してきた。
「なっ! みんな下がって! 『鉄化』」
夕輝の全身が鈍色へと変貌し、とっさに前に出て金の長槍を盾で受け止める。
「早い話、迎撃か。『衝撃掌』!」
もう一本の銀槍は、晃夜がはらりと身をかわして横ばいから柄を殴りつけ、明後日の方向へと弾いていた。
しかし、槍の形をした尻尾は一瞬にして、バサリと多量の毛へと変質する。そのまま二人にファサファサと絡まり始めたではないか。
「な、なにこれ!?」
「ぐっ、なんだ?」
俺は慌てて晃夜に絡みついた尻尾を絶ち切ろうと小太刀をふるう。
となりでは、ミナがメイスで夕輝の動きを封じた尻尾を殴っていた。
「眼には眼を、ですわ。『必中・二草矢綴り』」
さらに、リリィさんが弓矢を獣耳巫女さんたちに連射。
彼女が放った二本の矢は見事、二匹に命中し……していなかった。金髪巫女には肩に突き刺さっていたけど、銀髪巫女はまさかの鷲掴みで防いだようだ。どれだけの瞬発力があるんだと驚いたものの、その矢からは植物の蔦がみるみる発生していき、それらは巫女少女たちの動きを阻害するべく、身体を締めあげているようだ。
「あ、タロ、ボク、ダメだ……」
「わりぃ……眠い……おちる」
尻尾から解放されたにも拘わらず、夕輝と晃夜はその場でダウンしてしまった。
まさか。
急いでPTメンバー表に目をやると、『睡眠』のバッドステータスが発生していた。
これは……可愛らしい見た目だからといって、油断できる相手じゃない。一瞬にしてこちらの主力メンバーが、二人も戦闘不能になってしまったのだ。
本気で戦いに臨まないと、こちらが全滅してしまう。
「『二草矢綴り』は、動きを少しだけ鈍らせるしか効果がありませんわ! タロさん、追撃を!」
弓矢を次々と放ち、相手を牽制し続けているリリィさんが俺に指示を飛ばしてくる。銀髪の巫女は驚異的な反射神経で、リリィさんの乱れ撃ちをことごとく尾で弾いている。どうやら、金髪の巫女を庇っているようだ。
「私もいるです! 『我こそ水の導き手、流れに薙がれよ』」
ミナも青属性の魔法詠唱を唱え出す。
レベルアップしてMPにレベルポイントを振ったことで、いくつかの魔法は行使できるようになった成果をさっそく見せてくれた。
「『両断の水波門』」
バシャッと波紋が広がるように水しぶきが上がり、矢を避けていた獣耳巫女さんたちを襲う。
しかし、あわやその液体に触れるか否かの寸前で、金髪の巫女がまたまた妙な詠唱を口ずさむ。
「『無し成し、お暇、朝霧乃』」
その効果が何だかはわからないが、魔法の水によって金髪の巫女はスッパリと上半身と下半身を、銀髪の巫女は胴を斜めに両断された。
ミナさんの魔力が半端ないとわかる、容赦ない一撃だ。
その後、霧のようなモヤが巫女たちの亡骸を包み込み、姿が視認しづらくなっていったので、俺もぼうっとしちゃいられない。あの様子だとキルした可能性は十分にあるが、ダメ押しとばかりにミナの魔法に続き『打ち上げ花火(小)』をぶっ放す。
:一尾の狐巫女『白銀』を討伐しました:
:一尾の狐巫女『琥珀』を討伐しました:
:『銀狐の耳』をドロップしました:
「倒せた……?」
霧は晴れ、二匹の姿は跡かたもなく消えていた。
どうやら、NPCらしきモンスターを倒してしまったようだ。
しかも何やら、装備品らしきモノをドロップした模様。
「『妖死、化か死、恐美恐美』」
と、一安心したと思ったら、聞き覚えのある声が虚空にこだます。
ぼふんっと金箔銀箔が辺りに散り乱れ、煌めきと共に現れたのは先程倒したばかりのNPCたち。
「どういうことだ?」
金と銀の獣耳少女たちは、元気いっぱいにニコニコと笑っている。
キル、できていなかった?
もしかして狐に化かされた?
そんな思いが胸中に浮かぶけど……ドロップ装備があるって事は倒せたはずだし……もしかして、時間差で発動する復活系の魔法!?
「人間、つよしつよし。でもでも白銀たちは負けぬなり」
「人間、うつけうつけ。たられば琥珀たちは逃げるなり」
「いなりおいなり~一いなり~」
「二尾さまに言い付けるなり~」
そんな捨て台詞? を吐いて二匹の巫女さんたちは今度こそ本当に姿を消してしまった。
お、おう……。
何やら、逃してしまったようだ。
「え、えっと……タロちゃん、これからどうしようか?」
狐につままれたような顔で、トワさんが今後の方針を尋ねてくる。
それから俺達は話し合い、とりあえずコウとユウが睡眠状態から戻るのを待ってから、雲山へと昇る事に決定した。
「そういえば、みんなは何かドロップした?」
二人を待つ間、未だについてくるスライムと睨めっこするのもばかばかしいので、先程の戦利品について語るとしよう。
「いえ、私は何も……ただ、けっこうな経験値でしたわよね」
「わたし、Lv4になったよ! ドロップはしなかったかな」
「え、えと。私は『金狐の耳』という装備をドロップしました」
「おお。実は俺も! あれ? こっちは『銀狐の耳』っていう装備なんだけど」
どうやらミナと俺にだけドロップしたようだ。
さっそく詳しく説明文に目を通していく。
『銀狐の耳』
【神獣『九尾の妖狐』に仕える霊獣、銀狐の耳。その獣耳は物理系スキルを音で聞きわける事ができ、危機察知能力が非常に高いと言われている】
装備条件:MP30
レア度:8
ステータス:MP+40 物理防御+15
特殊効果:モンスターと傭兵が、自身に物理系アビリティを発動したとき、音で知覚できるようになる。
レア度が高い。
ミソラさんからもらった『空踊る円舞曲』がレア度9で、自分が所持している装備の中では二番目にレア度の高い物だ。
つまりレアドロップの可能性がある。
さらに特殊効果の内容だが、どおりで銀髪巫女の方はリリィさんの矢の全てに対応できていたわけだ。
この耳で物理系のアビリティに対する処理速度が上昇するわけか。
一体、どんな感じなのだろうな。
ちなみにミナの装備も一旦譲ってもらい、説明文を見たところこんな感じだった。
『金狐の耳』
【神獣『九尾の妖狐』に仕える霊獣、金狐の耳。その獣耳は魔法系スキルを音で聞きわける事ができ、危機察知能力が非常に高いと言われている】
装備条件:MP30
レア度:8
ステータス:MP+40 魔法防御+15
特殊効果:モンスターと傭兵が、自身に魔法系アビリティを発動したとき、音で知覚できるようになる。
なるほど……金髪巫女がミナの水魔法攻撃を一早く察知して、復活魔法を仕掛けておいたのもコレで頷けた。
「かなりいい装備みたいだ」
「やったです! 天士さま!」
魔法を使うミナにとってはMPも増えるわけだし、嬉しい装備だろう。
俺も風乙女のフゥの力を借りるにはMPを消費するわけだし、効果的にはかなり喜ばしい装備だ。
「天士さまとお揃いです」
ホクホク顔でさっそく狐耳をつけているミナ。
もともと彼女の髪の毛は金色だったので、金のけもみみがついていても何ら違和感がない。むしろすごく似合っていて、その姿にはほっこりしてしまう。
「嬉しいですね、天士さま」
あぁ、うれしいよ。ミナのけもみみ姿は眼福だ。
「天士さまもはやくっ! 私とお揃いなのです!」
ん?
「え、俺はちょっと……」
「はやくはやくですっ」
ふわふわ獣耳をピクピクとゆらし、俺を見つめるミナの両目は輝いていた。
それはもう、満天の星空も凌駕しそうな程にキラッキラと。
「でも、すこし恥ずか……」
しいから今は付けたくないかな、と断わろうにも……。
うぅっ。
いたいけな年下少女にこんなに喜ばれ、期待の眼差しを向けられたら……装備するしかないだろう……。
この時ばかりは、晃夜と夕輝が、まだダウンしてて良かったと思ってしまった。




