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133話 南西戦線の秘密


「レべリングといったら、『ビッグスライム』だな」


「今じゃすっかり、『ミケランジェロ南西戦線』なんて言われてるんだよ」


 コウとユウの提案に応じて、やってきました始まりの草原。

 未だにタフ・スライムの進化系、『ビッグ・スライム』がこぞって大量発生してはミケランジェロに迫ってくるという、通称『運営のレべリング慈悲』と呼ばれているイベント? 現象は続行されているようだった。



「ふふ、初心者さんの手助けですって? (わたくし)にお任せなさい!」


「リリィさんはお呼びじゃないです。あなたはどちらかと言ったら、狩る方ですよね?」


「う、うるさいですわよ! タロさんのお知り合いなら話は別ですの!」


「いい子ぶっちゃって、なんかヤな感じですね」


「ミナさんこそ、嫌な感じですわよ?」


「うるさいです。リリィさんみたいな人が天士さまの近くをウロウロすると、天士さまが危なくなっちゃいます」


「あなたこそ、タロさんにひっ付き過ぎですわよ!?」



 トワさんのレべリングには、リリィさんとミナも参加してくれている。


「タロちゃん、モテモテだね?」


 トワさんがミナたちの喧騒を見て、ソッと耳打ちをしてきた。

 何故かドキりとしてしまったが平静を装って言葉を返す。


「あははー。あの二人はよく喧嘩するけど、本心からいがみ合ってるわけじゃないだろうし、大丈夫だよ」


「あ、うん。そうだね」



 リリィさんたちと初めて、黄色いスライムの大軍を迎え撃ったのが懐かしく感じる。他の傭兵(プレイヤー)たちも『ビッグ・スライム』の接近ログを聞いたのか、レベル上げをするためにチラホラと集まり出しているようだ。


「貴様ら! 隊列を乱せば勝機はないと思え!」

「了解であります!」

「失礼しました!」


「わかれば良い。『黒塗り(ブレイズ)』……」


 RF4you(ユウジ)はやけに気合い満々だ。

 前回も指揮官じみた事をしていたなぁとボンヤリと思い返す。

 ユウジは全身を『偽装スキル』で真っ黒に染め上げ、例の如く戦闘体勢を整えていた。

 ぶっちゃけアレって暗闇に姿をくらます補助をするアビリティだよな。こんな真昼にやっても意味ないと思うけど、あれがあいつなりの意識の切り替え方法なのかもしれない。


「貴様らは右翼を担当し、貴様は左翼に陣取れ。中央に座す天使閣下の指令の下、敵を発見次第、即座に戦列を整えよ。小官ら精鋭部隊は奴らと一番に激突し、なんとか頭を抑える。その隙に左右より挟撃態勢に移行せよ!」


「「「サァーイェッサー!」」」


「今日は閣下御自ら、戦場へ出向いてくださっている」


 ユウジの周りに集まっている軍服もどきの傭兵(プレイヤー)たちは30人ほど。

 その誰もが何故か俺に、熱い視線を送って来ている。



「この意味、諸君らならわかっているだろう?」

「「「サァーイエスッサァー!」」」


「我らが天使閣下の御旗の下! 正義の鉄槌を下すのだ!」

「「「我ら、銀の軍人(シルバーレイ)! 出動!」」」


 うん、なにかなアレは?


「あれ、なに?」


 思わず隣にいる夕輝(ゆうき)に尋ねてしまう。


「実はここの戦線をあーやって支え続けてるのって、RF4youなんだよね」

「あいつのおかげで、ここらのレべリングはスムーズになってるし、ミケランジェロに被害が出てないんだよな」


 知らなかった。

 いつの間にユウジがそんな頑張っていたとは。



「へぇ……じん、RF4youくんってすごいんだね!」


 トワさんがとっても嬉しそうに、その話題に喰いついてきた。


「一部じゃ割と有名な話だけどな。イネ村とコムギ村の被害を鎮静化するまでには至ってないけど、あいつの働きはバカにならないぜ」


 む。

 コムギ村は大事な『お日様と金麦色(コルタナ)』の採取地だ。

 タフ・スライムの存在を今までスルーしてたけど、貴重な金色の取得地を失うわけにはいかないし、ビールが作れなくなるのは困りものだ。タフ・スライム問題を、今度しっかり調査するべきかも。



「最初はビッグスライム戦も苦労してたけど。今じゃ、あの集団のおかげで余裕を持って撃退できるまでになってるんだよ」


 すごいなユウジ。

 確かに前回俺が参戦したときは100人以上の傭兵(プレイヤー)がいても、切羽詰まった空気だった。でも今は70人を超えるぐらいの人数しかいないのに、緊張している感じがあまりない。ここでのユウジは、他の傭兵(プレイヤー)にとってかなりの影響力があるのだろう。

 だが、一つ気になる事があった。


「なんか妙に、銀のなんちゃらって集団が、俺に注目してるのは何で?」


「そこは、あれだな」


 しきりに眼鏡をクイクイし出す晃夜(こうや)

 おや、この反応は後ろめたい事や焦っている時に出る兆候だよな。

 顔だけはクールだけど、長年の付き合いから俺が見逃すはずはない。


「気にしなくていいと思うよ?」


 俺が不審になって晃夜を問い詰めようとするけど、ニコッと笑った夕輝(ゆうき)がソレを遮った。


「んー言い間違えた。気にしない方が精神衛生上、いいと思うよ?」


 うん、夕輝の笑顔が怖い。

 これはきっと俺のために言ってくれてる事なんだなと判断し、言及するのはやめにしておいた。



 そんなこんなで、ビッグスライムとの戦闘は始まった。

 前と同じように『望遠鏡』で敵の位置を知らせ、迎撃陣形へとみんなが移動していく。

 そして一応、『古びたカメラ』で再び情報を抜き撮っておく。



『ビッグ・スライム』【写真】

【本能的に飢餓を植え付けられたスライムの進化形態。タフ・スライムとなって暴食の限りを尽くし、蓄えた栄養はそのまま巨体となって表われる。弱点属性は青だが、タフスライムに比べて耐性が高い。水などに触れると、その身は弾かれるように反発し合う】


:ビッグ・スライムの魂が抜き取れました:

:撮ったビッグ・スライムを討伐すれば『豊満な黄色(プランプ・イエロ)』が写真に宿ります:



 ふむ……前回同様、一言一句写真の説明欄に変化はない。

 となると、特に警戒する要素はなく、『溶ける水(ウォタラード)』を散布していけばいいだろう。


 傭兵(プレイヤー)たちとビッグスライムたちが激突し、敵の勢いを削いだあたりでトワさんの護衛は夕輝(ゆうき)に任せ、俺は『空踊る円舞曲(ロンド)』を身にまとい前戦へと飛び込んだ。


 風乙女のフゥと共に空にフワリと浮かび、敵の上から酸の雨を降らす。

 リリィさんも負けじと、スライムをトランポリンにするかのようにジャンプしながら空中から矢を放っていく。


 順次、事は上手く進んでいた。

 トワさんも手持ちのムチでスライムをペチペチ叩いていたし、あの様子だと安全なレベル上げができるだろう。

 そう思っていた矢先、急にトワさんが変な行動を取り始めた。



「トワさん!? ちょっと、何を!?」


 ギョッとしてトワさんの方へ戻りながら叫ぶ。

 すると彼女は、ビッグ・スライムの上に腹ばいになった状態で叫び返してきた。


「上に乗って欲しいって! この子が言ってるみたい!」


「はい!?」


「上に乗ってって! よくわからないけど、敵じゃないかもしれないから!」


 今、まさにキルし合ってる相手を指して、理解不能な発言をするトワさんに頭をひねってしまう。



「危ないですよ! トワさん!」


「ほら! 大丈夫だから、タロちゃんも乗ってみて!?」


「ええっ!?」


「あれ、ほんとだ。上に乗ると大人しくなるんだけど」


 トワさんの隣で別のビッグ・スライムの上に乗った夕輝(ゆうき)までもが呑気そうに、首を傾げ始める。


「あぁ、なんかこの座り心地、わるくないな」


 晃夜(こうや)まで座禅を組むかのようにビッグ・スライムの上に座っていた。

 おいおい…………みんながそこまで言うなら……。


「よっと」


 俺も乗ってみた。

 ジャンプの踏み台にするためではなく、どっかりと。

 するとどうだろうか。ボヨンブインッと凹み、何ともいえぬ感触が足元から伝わり、ぷるるんッと心地よい反発が走る。


 そのままスライムは暴れようとしなかったので、試しに腰を降ろしてみると……ふぅむ、まるで水の入った風船の上にいるかのようで、案外に良い。


「あれ、いいねコレ」

「いいだろ?」

「なんかタロがスライムの上に座ってるとか、ちょっと……アハハッ」


 周りが必死にビッグ・スライムと交戦している場所で俺達三人、いや四人は呑気にスライムを椅子化、もといバランスボール化する事に成功していた。


「なんだよ、ユウ」


(なご)んじゃうって言いたいんだよ、きっと。タロちゃん可愛いからー」


 トワさんが夕輝の苦笑に対し、変な事を言ってくる。



「天士さまっ! わたしも座れましたっ」

「タロさんができて、私にできないなんて事はありませんことよ」


 ミナとリリィさんまでもがスライムにライドオン。

 あはは。

 確かに、なんだろう。これは夕輝の言う通りシュールかもしれない。


 なんて笑いそうになっていたら、突然スライムたちがビィヨォオンッと大きくジャンプした。もちろん、上に乗っている俺達も一緒に。


「わ!?」

「なんだこれ!?」

「トワさん!?」


「わたしにもわからないっ! ごめんね!」


「天使閣下が! 天使閣下ぁあああ! 総員、救助活動ににっ! ぐほっ」


 

 あ、ユウジがビッグスライムに吹き飛ばされた。

 きっとこちらの様子に気付いて、自分の戦闘から眼を離してしまったのだろう。



「天使閣下ぁぁぁああ! 我らが可憐で麗しい、絶対至上の最高司令官! 究極の萌えを体現せしめた、万民の頂点に座す、我らが愛する天使閣下がぁあああっグハッ」


 ユウジが俺達の方へと手を伸ばしながら、スライムに殴打されていく。

 おい、待てユウジ。そのままタコ殴りにされたら、HP全損しちゃわないか? こっちは割とビョンビョン跳ねてるだけだし、大丈夫だから。



「RF4you! こっちは平気だから!」


 しかし、彼の足は止まらない。

 全ての敵を無視し、涙を流さんばかりの形相で、執着心を全開にしてこちらへ近付こうと懸命に走っている。

 おいおい、スライムの攻撃全スルーしてまでやる事じゃないだろ……。



「まずいから! キルされちゃうよ! ガードして! 避けて!」


 しかし、俺の叫びはユウジには通じなかったようだ。

 ユウジの執念じみた行動は、俺達に微妙な空気をもたらした。



「天使閣下ぁぁあああ! 我らの天使閣下が拉致されッッグホァッ! ゴハッ! キュッ!?」



 ユウジ、狂気の中で死す。

 いや、まだギリギリ、キルはされていないようだった。






「ゴキブリみたいですね……」


 スライムの上に座りながら、ポヨンと宙を飛ぶミナが冷たく言い放つ。



「いつも思うのですが、あの男は気色悪いですわ」


 リリィさんが吐き捨てるようにユウジを見下している。



「えっと、えと……スライムさんも危険じゃないみたいだし、このままどこかに行ってみてもいいかなぁーって」


 ほぼ初対面のトワさんにですら、避けられ気味のRF4you(ユウジ)

 ビッグスライム > ユウジ。

 

 


「軍曹! アールエフフォーユー軍曹、お気を確かに!」

「天使閣下が拉致された!?」


「アール軍曹、右翼の守りが崩れました!」

「軍曹! 自分達はどうすれば!?」


「戦線を維持するので手いっぱいです、アールエフフォーユー軍曹!?」



 そんなユウジの悲惨な姿に、晃夜(こうや)夕輝(ゆうき)も困ったような笑みを張り付けている。ピョンピョンと戦場から離れていくスライムたちに座りながら、俺達男陣営はユウジへのフォローの言葉が思い浮かばなかった。

 なにより、このスライムの上に乗れるという新たな発見が、一体どんな意味を持つのか……興味を引かれていたという事もある。



「そういえば、トワさん!」


「ん、なにタロちゃん」


 俺はなんとなく、これ以上女性陣たちの冷たい視線をユウジに浴びせる訳にはいかないと思い、気になっていた事を聞き出すことにした。



「どうしてスライムの上に、乗っても大丈夫ってわかったの?」


 

 それはみんなも同じ気持ちだったのだろう。

 ユウジの事は既に意識外にいってしまったのか、みんながトワさんに注目した。


「えっと、実はね……」

 

 こうして俺達の、スライムに揺られての冒険が始まった。





 RF4you(ユウジ)の現在のレベルは9です。

 何回もビッグ・スライムとの戦闘を経て、タロよりもレベルが高くなっています。


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