129話 初心者狩り
茜ちゃん視点です。
「で、この辺がいろんな素材や防具、武器、道具なんかが売ってる通り。俺もよくここの道具屋で、錬金術の道具を買ったりするんだ」
成り行きで例の銀髪シスターちゃん、タロちゃん達にこのミケランジェロを案内してもらうことになった私。せっかくだから、敬語は使わないでとお願いしたところ……タロちゃんは男の子みたいな喋り方をするなぁ、と思いながら紹介された商店通りを見渡す。
「わぁー……赤レンガ倉庫みたい」
落ち着いた色調、暗めの赤いレンガを積み立てて造られた店々が並ぶ通り。
なんとなくデートスポットで有名な神奈川県の横浜にある、赤レンガ倉庫を思い浮かべてしまう。
「そう言われると、そう見えるかもしれない」
「天士さまはお近くに住んでるのですか?」
タロちゃんの傍らで常に待機している神官服の少女は、ミナヅキちゃんという。
ちょっと私に対する態度に棘があるけど、きっと仲良しの友達が誰かに取られないか心配しているのかもしれない。小学生の時にはよくある事で、可愛らしいなぁと思ってしまう。
彼女の質問に、タロちゃんはチラッと私を見て、ミナヅキちゃんをなだめるように優しい声音で微笑む。
「ん、その話はあとでな」
「はいっ!」
タロちゃんのプライベートな話題を聞ける、と知って喜ぶミナヅキちゃん。
タロちゃんが私を一瞬見たのは、出会ったばかりの私がいるから、お互いのためにも現実に触れる話題を出すのはやめた方がいいって気遣いなのかもしれない。
私はその素振りを見て、ネットでのマナーに関して思い出す。たしか、現実での出来事や内容は、なるべく話題に出さないのがルールだっけ。
それでもタロちゃんは後で話すと言っているあたり、それだけ二人は仲が深いって事なのかな。
対する私はタロちゃんのリアルを少しだけ知ってるけど、それをここで言うのも何だか違うような気がして。なるべく黙っていた方がいいのかもしれないって思えた。
「て、天士さま、傭兵たちが運営してるお店の説明をした方がいいかもです」
「あぁ、そうだった。ミナはいいところに気付いてくれるな。えらいぞ」
「えへへ」
この二人、ちょっとしたギャップがあるなぁ。
見た目はタロちゃんの方が年下に見えるのに、妙にミナヅキちゃんの扱いがタロちゃんは上手なの。タロちゃんの口調から、兄と妹みたいって感じちゃったりする。
そんなはずないのにね。
あと、タロちゃんは俺っ子? なのかなぁ。たまに腐女子のクラスメイトが『俺』って一人称を使ってるけど、もしかしてタロちゃんってそういう方面に興味があったり……?
「NPCが経営してるお店以外にも、職人スキルを使って様々なモノを作って販売してる傭兵たちもいるんだ」
「ふーん? ありがとね、タロちゃん、ミナヅキちゃん」
「いえいえ、トワさん」
「天士さまの御心に従ったまでです」
幼い少女たちが仲睦じく私を先導していく。
こんな子たちが初心者傭兵に、親切でゲームの事を説明してくれるなんて……とっても微笑ましいし、クラン・クランっていいゲームなんだなぁ……二人の様子から、ちょっとでも大人に近付こうとか、背伸びしている感じはしないけれど、とっても胸がほんわかしてしまう。
それから一通り、このゲームでの注意点や警戒しなくちゃいけないこと、得する情報などを教えてくれる二人。
「よし、じゃあ俺はご飯を食べるので、一旦オチようかな」
「天士さまがログアウトするのでしたら、わたしも」
休憩に入ると言いだす二人。
そっかそっか、一緒にやってる傭兵がいるから、突然は普通のゲームみたいに止める事ができないんだね。これもマナーのうちの一つね。
「えっと、私はもうちょっとミケランジェロを散策してみようかな?」
「なら、ビンとか木箱とかツボとか、花壇とか。町のいたるところに素材の採取できるポイントがあるから、それを拾って『競売と賞金首』に出品するといいよ」
「色々、教えてくれてありがとね」
二人にお礼とお別れを告げると、タロちゃんが嬉しい提案をしてくれる。
「いえいえ。じゃあ、せっかくだしフレンドいい?」
「え? いいの? もちろん、なりたい! ミナヅキちゃんもどうかな?」
「わたしは、まだいいです」
「そっかぁ……」
私はジト目で見てくるミナヅキちゃんを横に、タロちゃんとフレンドになる。
「じゃあ、またねトワさん」
「さよならです」
「ばいばいーふたりとも!」
うーん、これがオンラインかぁ。
知らない人とネット上で繋がっていくってやつね。
タロちゃんに関しては、私が現実で一方的に知ってるけど……もう少し仲良くなったら、タイミングを見て打ち明けてみようかな?
学校で会ったときは、訊太郎くんの噂をどこかで耳にしたのか『気持ち悪い』なんて酷く言ってたけど……とってもいい子なんだなぁ。
それにしても、コレってけっこう楽しい?
あの二人が戻ってくるまで、教えてもらった通り、素材とかたぁーっくさん集めて、がんばった成果を早く見せてみたい!
そんな気持ちでいっぱいになり、軽い足取りで街中を探索していく。
ミケランジェロは広くて大きいし、路地裏なんかもたくさんあって。たまに野良ネコちゃんなんかもいたりして、本当に町が息づいてて、歩き回るだけでも高揚しちゃう。
「えっ……噴水から湧き出る水も取れるんだぁ……ふーん『上質な水』ね」
思わぬところで素材を入手できたり、この素材が何に使われるのか想像を膨らましながら散策を続けていくのはやっぱり楽しい。
「わぁあ……きれい……『瑠璃ガラス』かぁ」
人気の少ない、すこしカビ臭い裏路地で壊れた街灯? ランプの残骸みたいなモノがあって。そんなモノからも素材が採取できるので、どんどん夢中になっちゃう。
「あれ……ここ、どこだろう。えっと、マップを表示して……」
いつの間にか背の高い建物に囲まれ、日の光が届かない狭い袋小路に迷い込んでしまった。
「おやおやおやおやぁ? こんな所で初心者が一人、何をしてるのかなぁ?」
私がマップを凝視しながら、来た道を戻ろうと回れ右をした途端。正面にだぼっとしたローブを着て、フードを被った男性らしき傭兵が道を塞ぐように立っていた。
「え、えっと……だれ……えっと、何か用ですか?」
その人の表情はフードの影に隠れて見えない。
「何か用ですかー? だとさ。ククククッ……これだから、初心者ってのは面白いなぁ」
なんて言えばいいのかな……。
私をバカにするように押し殺した笑い方とか、右手で剣を抜き放った事とか。
たぶん、絶対に、友好的な態度じゃない……。
「用ねぇ、用ならあるかなぁ? キミの、初心者の、恐怖で歪む顔を拝ませてくれるかなぁ?」
「何を言ってるんですか……意味がよく、わかりません……」
私はそう言いながら、一歩、後ろに下がる。
タロちゃん達に教わった注意点。それはクラン・クランが他の傭兵とPvPができること。だから、傭兵を簡単に信用するのは危ないってこと。特にこんな怪しい人とは関わらない方がいい。
私は相手が何か答えるよりも早く、後ろへと駆け出す。
「なぁーんだ、ちゃんと意味が分かってるねぇ。初心者狩りの時間が始まったってことがさぁ?」
心臓をなでられたかのようにゾワリとする。
そんな嫌な声が、後ろから響いた。




