126話 反逆の誓い
ゲームの進行度が現実の侵食率と関わっている。
姉の発言に、確かにそうかもしれないと周囲の面々がざわつく。
「正確には傭兵たちの間で認知度が高まれば、現実に侵食してくる可能性が大きくなってくると言う事ね」
「なるほど……『虹色の女神』教会なんてのは、傭兵の素行を取り締まる神兵が守護してるから、クラン・クランをプレイしてれば最初の方で傭兵たちは教会の存在をなんとなく認識している、か……」
まず晃夜が『虹色の女神』教会に関しての見解を述べていく。
「あたし達もミケランジェロの『虹色の女神』教会の前ではPvPしないように気を付けないとねって言い合ったもんね……」
ゆらちーが納得顔で初期の頃を思い出しているようだ。
「宗教っていうのは思想や概念に密接に関わってるし、そこから侵食っていうのも人類が歩んできた根本的な歴史を書き換えるって意味では、確かに最初に着手すべき点かもしれないね……」
夕輝は神妙な顔をして怖い事を言いだす。
まるで人類に仇成す侵略者でもいるかのような口ぶりだ。
「次に現実で出現した妖精の存在については、イベント『妖精の舞踏会』でワンステップ、次にイベント『花火大会』でダメ押しとばかりに『妖精の流し灯籠』やエルフの武志まで使い、傭兵たちに印象付けたわ」
「フゥに聞いた話だと、妖精の存在がサラっと世界史の中に混ざり込んでたし……」
ここで姉の予想を裏付けるような事実を俺が言い足す。
「ただ、例外としてアイテムや装備、ステータスに関しては不明だわ」
「アイテム……俺が錬金術で作った『閃光石』なんかは、ゲームの進行度が関係しているのか、わからないか。もしかして俺が作らなければ存在しなかったとか?」
「その辺はどんどん検証していくしかないわねぇん……」
ジョージの出した結論からわかるように、俺達に残されている選択肢が非常に少ない。検証なんて悠長な事をしてる状況じゃない。だけど、しなければ真実はわからない事だらけだ。
みんなが『どうすればいいのかしら』『何もしようがないでありんすねぇ』と囁き合うなか、姉が厳かに言い放つ。
「ただ、一つだけ。今の私達にもできる、最も有効な手段があるわ」
メンバー全員が一気に視線を姉へと集中させる。
俺も例外ではなく、『何があるの?』と頼りがいのある姉を見つめた。
「クラン・クランの攻略を停滞させること……攻略をなるべくさせない、新たなる未知のエリアを踏破させない、ゲームを進めさせない、これに尽きるわ」
しかし、それはわかっていても俺達だけでできるはずがない。
クラン・クランには何万という傭兵がいて、その人たちのプレイを止めるなんてできるわけがないのだ。攻略が進めば侵食が進むとわかった時点で、ここにいるみんなは当然、その対策案が一番最初に脳裏に浮かんだはずだ。
「でも、姉……そんな無茶、どうやって……?」
「このゲームの性質、つまりPvP推奨の姿勢を逆手に取るの」
「というと?」
「攻略組、いわゆる最先端を行く上級傭兵を狩り尽くす傭兵団の同盟を組織するのよ」
姉はニコリと笑う。
「それって……」
「そうね、私が現在団長に就いている『首狩る酔狂共』を、もっと強化していくのよ。そして私達に迎合する傭兵団と同盟を組んで、勢力拡大を図るわ」
「早い話、攻略の阻害勢力を形成するのか……」
「悪質な傭兵団も増えそうだよね……」
百騎夜行のユウコウは、心底感服したように頷き合っていた。ただ、姉のことを見る目は、恐怖で慄いているような気がする。
「戦闘狂たちを上手くまとめ、最低限の規範を作り、私の『首狩る酔狂共』が模範となるようにするのが私の役目ね。そして攻略組にぶつけ、攻略速度を遅める」
PvPが大好きな傭兵……そんな荒くれ共を統率することなんて、できるのだろうか……なかには陰湿な傭兵とかもいそうだし。
PvPでその名を馳せる『首狩る酔狂共』だからこそ、姉だからこそ出来そうな気もするけど、すごい負担になりそうだ。
「攻略の阻害は目下、私の傭兵団『首狩る酔狂共』が受け持つ。なに、ダンジョンなどで待ち伏せして攻略組を狩り尽くせばいいだけだ」
「それって全プレイヤーに対しての宣戦布告に近い行為じゃ……」
「そこはPvP推奨のクラン・クランだからプレイスタイル的には問題ないな」
「攻略の阻害ね……」
「運営に対する反逆行為ってやつか……」
「んーっと……つまりタロちゃんのお姉さんが中心になって、『アンチ傭兵』というか『アンチ攻略』勢をコントロールしながら、悪質な傭兵団に対しては厳しく取り締まったり、制裁もするってことー?」
「それを実行するだけの力を手に入れられてからになるけれど。まずは『アンチ攻略』勢を早急に拡大させていくのを最優先にするわ」
百騎夜行やリリィさんの質問に淀みなく答えていく姉には、既に具体的な方法が思いついているのかもしれない。
「このクラン・クランでもわかるように、一番恐ろしいのは人間よ。殺し、奪う、これがゲームのコンセプトであり……人間が生物である限り、それは本質の一部でもあるわ」
「ただ生きるだけで他生物を食し殺す、どの生物にも共通ですわね」
「でも、人間だけは経済を回すために戦争をしたり、自分の快楽や自己満、憎しみで殺しをしたりするよね」
「これは現実世界で、万が一、PvPなんてのが起こってしまった場合を考慮してのストッパーよ」
「あらかじめぇん、最低限のルールを傭兵間で浸透させておけばぁん、現実でPvPが起こってしまった際でもぉ、大惨事を未然に防げるって事かしらぁん?」
名目上は成り立つだろうけど、実行力はあまりなさそうだ。
その人の意識にプレイヤーキル……現実での人殺しを緩和させるルールを刷り込めるかどうかもわからない。
ただ、やらないよりはやっておいた方がマシ、そんな具合だろうか。
「一番、懸念すべきはスキルよ。これが現実化したら、大変な事になるわ」
ここにきて、最大の不安要素を語る姉。
これまでステータスの具現化は認められても、スキルが発症したという確認はできていない。ただし、それはこのメンツ内のみでの認識だ。
「どこかで既に……スキルを発動できる人間が、現実にいてもおかしくないわ。さらに言うなら、職人たちが生みだすアイテムや装備よ」
姉は俺の方をチラリと見た。
『閃光石』が現実にある以上、その危険性は消えない。
「スキルに目覚めた超人が、火を吹く剣なんて持ったら危ないよね……」
ゆらちーは自分の両手剣『大輪火斬』を見つめながらボソリと独りごちる。
「太郎、あんたの錬金術だったら、『溶ける水』だったわよね。硫酸みたいなモノでしょう? そんなのが手軽に手に入る世の中になったら……」
危険極まりないな……。
「もう一度言うけれど、人間が一番怖いわ。現実でどんなスキルを使ってこられるか、どんなアイテム、武器、防具を使用してくるのか、事前に知っていると知らないじゃ取れる対策の種類は雲泥の差よ」
じゃあ、つまり……。
「攻略を止めるだけでなく……進めないといけないわ」
さっきと言っている内容が矛盾している姉。
だけど言わんとする事は理解できた。
できるならばゲーム攻略を遅らせたい。
かといって、自分達の攻略速度を抑えて、最新の情報を入手できず、現実でのゲーム具現化内容について後手に回るぐらいなら、率先して自らクラン・クランの情報をいち早く入手して独占した方がいい。
「一番、理想形なのは攻略スピードを緩和させながらコントロールすることだわ。最先端組の強力かつ大規模傭兵団の力を借りて、最新の攻略地点に常にいてもらい、情報を横流ししてもらうの。同時に攻略の優位性を独占させるように、他の傭兵団の攻略を牽制して進行速度を遅めてもらう」
「そして、中堅である『百騎夜行』は今まで通りのプレイスタイルで、最先端情報に取りこぼしがないか、じっくりと情報収集とゲームプレイをしていく中間ポジションってわけか」
「ええ、理解が早くて助かるわ」
「それで手に入れた情報は、秘匿、隠蔽して多くの傭兵たちに認識されないように扱うってことー?」
「そういうことになるわね。攻略を遅らせる組と、攻略を進める組に別れるわけ」
「じゃあアチキやアンちゃん、天使ちゅわん、職人勢は生産職同士の繋がりを広げて、どんなアイテムや装備が作れるか情報収集を深めるってことかしらねぇん」
「その通りよ、ジョージ。ひとまず、ここまでを目標にしようと思うのだが、どうだろう?」
姉がみんなを見回した。
ゲーム攻略をしながら、現実に迫る変異も攻略する。
その準備を進めるための時間稼ぎと情報収集。
「ボクたちに取れる対策ってそれしかないよね。やってみようか、みんな」
一番最初に答えたのは傭兵団『百騎夜行』の団長である夕輝だ。
「おう、今まで以上に真剣にゲームをしないといけなくなるな」
「シズはピンと来ないかもしれないけど、協力してくれる?」
「うん……みんなの真剣っぷりがーこっちにも伝わって来たよ……本当なんだね……」
百騎夜行の面々は、この方針に異論はないようだ。
「傭兵をキルするためには、どんなアイテムや武器、スキルがあるのか把握する必要がありますものね。元々、私はそういった情報を積極的に集めながらプレイしていたので……より背後から効率よく男たちを刺すためには、丁度いいかもしれませんわ」
噂通りの発言をするリリィさん。その黒さに、ゆらちーが『うへぇ』と顔をしかめている。
現実では、そんな事しないでくださいよ。
「武器、防具、素材、どんな隠し要素が現実で具現化するか、でありんすねぇ」
「あちきたち職人にとっても、その三つの情報収集は重要だしねぇん」
アンノウンさんやジョージも乗り気のようだ。
リアルモジュール勢じゃないフレンドの反応が少し怖かったけど、二人も協力してくれそうなのでホッとしてしまう。
「今まで以上に、廃プレイで……クラン・クランを知る必要がある! ジョージにアンノウンさん、一緒にがんばろ!」
「はらはら、タロ氏に頼まれてしまったら断われないでありんすよ」
「天使ちゅわんとは今後もたぁーっくさん、新アイテムの研究もしたいしねぇん♪」
不安がはびこるなか、ジョージが敢えてゲームを楽しむ事も忘れないように、と暗に言ってくれた気がした。
こうして『輝剣屋スキル☆ジョージ』で会した一同の方針は決まった。
「ここに、ゲームへの反逆を誓おう」
姉の掛け声に、この場の全員が賛同したのだった。
◇
結局、花火大会では訊太郎くんに会えなかったなぁ……。
夕輝くんや晃夜くんは、何だか血相を変えてどこかに行ったきり、戻ってこなかったし……。
残念だな。
そんな、もやもやーっとした気持ちを抱えながらベットに横たわる。
ふと、枕の横に置いておいたゲームのパッケージを見つめる。
「明日、やってみようかな」
晃夜くんに薦められた時はさして興味もなかったけど、訊太郎くんがやり始めたって耳にして、つい買ってしまったゲーム。
なんとなくパッケージの裏を読んでいく。
「自分のキャラクターの名前とか設定できるんだぁ。ちょっぴり楽しそう」
私だったら、本名が宮ノ内茜だから……うーん、『宮ノ内』を省略して『のっち』ってキャラクター名が可愛いかも。
迷うなぁ、どんな名前にしようかな。
ようやく。。。
一年前に考えた展開に持って来れました。
まだまだ書きたい内容はてんこもりです。
そして茜ちゃんのキャラ名は作者自身、未だに迷ってます。
何か案がありましたら感想かメッセージでお願いします。
もしかしたら・・・そのキャラ名を採用させていただくかもしれません。




