121話 ステイタス?
「宮ノ内のこと、突然で悪かったな……」
晃夜はしっとりと、茜ちゃんがお祭りに来ていた件について説明してくれた。
大方、俺の予想通りで二人のお節介というか、ナイスなアシストだった。
俺が少女化さえしていなければ。
「ごめんね、訊太郎……」
「いや、こっちこそスマホとか見てなかったから……二人に気を使わせちゃってごめん」
と、しばらくは三人で謝る祭り。
「にしても、二人はけっこう冷静で驚いたよ。俺なんか自分の身に起きた事だったとはいえ、初めはしばらく茫然自失になったりしたんだ」
「いやいや、内心はビックリ仰天だったからね。自分の目を疑ったよ?」
「まさに驚天動地ってやつだったぞ。まさかクラン・クランのあの姿と同一だったなんてな……」
やはり二人もそれなりに動揺はしていたようだ。
ただ、俺を追いかけている間にこんがらがった思考をまとめるのに丁度よい時間があっただけ、と二人は言う。
「しかし、アー…………その銀髪は本物なのか?」
「え? あ、うん」
おもむろに晃夜が、俺の頭髪に興味を示してきた。
「ゲームで見るより、綺麗な色をしてるよねぇ」
それに乗じて、夕輝もしきりに俺の髪の毛を観察しだす。
今は光源が花火しかないため、それ程ハッキリ見えるわけではないだろうに、熱心に見詰めていた。
「えっと、そんなに見なくてもいいだろ」
なんだか、恥ずかしい。
「あぁ、わるいな。つい、銀色とか珍しいと思ってな。少し触ってみてもいいか?」
「うん? 別にいいけど」
晃夜の質問に当たり前のように答えると、夕輝が微妙に渋い顔で俺を見てきた。
「ん、夕輝、どした?」
「いや、なんだろうねー」
『おー』とか『サラサラだな』とか、整髪料の付け方を一から伝授してくれた晃夜さんは遠慮なく俺の髪をいじり回しながら感嘆の唸り声を上げている。
「おい、夕輝。お前も触ってみろよ。思った以上に良い感触してるぞ」
「いや、あのねぇ晃夜。うん、まぁボクも触るけどさぁ」
「さっきからどしたんだよ、夕輝」
妙な態度の夕輝に問い掛けてみると、ヤツはゆっくり俺の髪をなでながらこう答えた。
「少し、無防備すぎるんじゃないかなって。一応、今は見た目が女子なわけなんだしさ。他の男子にもこういう事を簡単に許しちゃうと、あらぬ誤解を招くことにも……」
そんな事を言いつつも、夕輝のなでりこが止まる気配はない。
「はぁ? こんなの夕輝と晃夜だけにしか許さないに決まってるじゃん」
「……サラっと言ってくれるよねぇ」
「お、おう。おまえ、そういうところがだな……」
なんて、少しだけ赤面する親友たちの照れ顔を見れて、なんだか良い気分になった。さっきのからかいを帳消しにするには丁度いい報復だ。
それからしばらくは、近況報告をし合った。
と言っても、主に俺の病状だったり、ここ最近どんな出来事が起きたかについての話がメインだった。
「おいおい、現実で『虹色の女神』教会に入信しただって?」
「まぁお姉さんの言う通り、見方を変えればスパイ的な行動も可能だけどさぁ……」
「危険じゃないか?」
「危なくない?」
二人は口をそろえて、危惧してくれる。
「でも二人と変わらず、同じ学校に通うにはソレしか方法がなかったし……その時は、マイナー宗教かと思ってたから……戒律とか全くなくて、チョロい雰囲気だったんだ……」
「チョロかったのは訊太郎だったってわけか」
「うーん……でも訊太郎の選択は、状況的に仕方ないよねぇ。キリスト教の消失なんて、ボクたちでさえ夢にも思わなかったもん」
「その辺はお姉さんの方針を支持せざるを得ないか」
「情報収集は大事だもんねぇ……」
二人は神妙な面持ちで現状についての結論を述べる。
「ま、情報収集と言えばだ。早い話、現実で面と向かってハッキリとわかったな」
「クラン・クランでキャラをリアルモジュール作成した傭兵は、現実で起きてる不可思議な現象について認識できるって事実がね」
親友達はやはりと言うべきか、銀髪少女な俺を眺めてくる。
この通り、俺も現実の姿と同じキャラでゲームをプレイしていると、この身体をもって証明したのだから。
「ただな、少なくとも俺達みたいに変化を感じ取ってる奴らはいるはずだ。それなのに、何の対応も見られないとはな……」
「何かしらの動きがあってもおかしくないはずだよね」
そこで俺は、先日クラン・クランでゲリラライブを行った現役アイドルのクラルスのルルスちゃんの事について思い出す。
彼女のように有名人である場合、リアルモジュールによってその正体をゲームで晒すというのは危険なのではないだろうか。彼女たちはアイドルであるがゆえに、それは仕事や宣伝の一環として、容認できるのだろうけど。
例えば、財閥のお偉いさん、大企業の社長さんなどが自らの見た目という最大のプライバシーを信用できないネット住民に晒すだろうか。
ある意味リスクが高すぎる気がする。報道で顔出しをしている政治家さんにしてもゲームをする時ぐらいは自分の現実での立場や、体面を捨てて心おきなくプレイしたいのではないだろうか。
ただでさえ、クラン・クランは対人戦が闊歩する世界なのだ。
恨みや妬み、対立はいたるところで勃発している。
だからこそ、有名人になればなるほど、『アイツはゲームでこんな事をしていた』と行いを流されたり、現実の活動に影響が出るような風評被害だって起こりうる。おおげさな話、身代金を要求される誘拐事件にだって巻き込まれる可能性も否定できない。
リアルモジュールの危険性について、あげ出したらキリがない気がする。
だったら、初めからリスク軽減策として有名人など、ひいては権力者という存在はリアル・モジュールをする事はないのではないのだろうか。
「権力者とかってさ……リアルモジュールで万が一、身バレすると大変なことになりそうだよね……うちの姉とかは顔を売るのが仕事みたいなようなモノだから平然としているけど、これってけっこう危険なシステムだった?」
「あぁ、確かにそうだ……なるほどな。早い話、社会に大きな影響力を持った人物が、一連の変化に気付けて、行動を起こす確率は低いってことか……」
「そうなるよね……そうなると、詰んでるね……」
俺達のような一般市民が数人、変化を察知したところで、警告を促しても頭のおかしい奴で一蹴されるのがオチだ。
実際に姉は大学の友達を相手に、夕輝や晃夜は家族相手にソレが立証されてしまっている。
「んん……訊太郎が性転化病にかかったのって、クラン・クランをプレイする前? 後?」
「する前。この姿になってからリアルモジュールで、ゲームをプレイしてるし」
「だよね……そうなると、訊太郎の性転換はクラン・クランが原因ではないよね?」
「だが、待てよ? 性転換のニュースが報道されたのってクラン・クランのベータテストが開始された日と近くないか?」
「確かに、時期的に被るね……」
晃夜の指摘に俺達はしばらく黙りこむ。
まさか、性転化病もクラン・クランと何か関係があるのか?
そんな疑問符が浮かぶけど、そうは思えない。だけれど、晃夜はハッと何か重大な事実に思い至ったのか、早口で俺達に説明を始めた。
「おいおいおい……俺と夕輝がクラン・クランのベータテストに当選したのって第三次募集の時だったよな……つまり、三週間近くクラン・クランは俺達がプレイする前から稼働していて、性転化病もその辺りから発症している。そして、俺達は、今ならわかる。こうして訊太郎っていう親友が、この奇病にかかったのを目の前にして、この異様さに気付けた」
「つまり、すんなり……ニュースの性転化病について受け止めてたね……」
「そうだ。すごい変化を、深い考えもなしに、こういう病気もあるんだと。当たり前のようにニュースを見て、そう捉えてた……」
「ボクたちがゲームをプレイしてない期間に起きていた、今までの常識を覆すような出来事を、何の問題もなく受け入れてた……」
二人が言いたいことは、つまり。
「もしかして、ゲームをプレイしてないと、このファンタジーの浸食に気付けない? そして、違和感を抱けるのもリアルモジュールの傭兵のみ?」
「ッ……」
「…………」
俺の出した結論に、二人は再び黙った。
否定できる材料を探しているのだろう。
だけど、ソレはきっと、今のところ見つけ出すことは困難だ。
「かも、しれないね……」
「それしか、考えられないよな」
ただ、納得できないのは……なぜ、俺が性転化してしまったか、だ。
しかも、見た目は義妹と似ている。
そこだけは、不明なままだ。
二人も敢えて、そこらへんを指摘してくることはなかった。おそらく、原因がわからない事で、俺を不安にさせたくはないのだろう。
「よし。ここまでお互いの認識をすり合わせ、特に齟齬が生じているわけではないとわかった。ならば、もし仮にだが、クラン・クランでの出来事や、物質が現実に影響するって話が成り立つならば……」
「ボクたちは、どうすればいいんだろうね」
晃夜の言葉を夕輝が引き継ぐようにして、俺達の今後の課題とも言うべき尤もな疑問を落とす。
「それなんだが、今のところ一介の高校生である俺達にできることは少ない。でも、世界がおかしなことになってる事は気付けた」
「その原因……一番怪しいのは、クラン・クランに出てくる『虹色の女神』教会だよね」
「いかにも黒っぽいよな……訊太郎と姉さんがやっている通り、情報収集は必要だけどよ……」
うーん、としきりに唸る俺達。
できること、できること……。
特に思い浮かばないし、どれも現実味のない対処方法でしかない。
「早い話が、予習と考えればいい」
「……なるほどね」
そこで晃夜がとりあえずといった物言いで、自分たちを納得させるために導き出した答えが『予習』だった。
「現実で何か起きた時に、クラン・クランで培った知識が、経験が……必ず、クラン・クランでのプレイが役に立つ時が来るはずだ」
「例えば、モンスターが現れたときとか?」
冗談にしてはひどく現実味のありそうな夕輝の意見に、俺はまさかと思う。
だけど否定しきれない怖さもあった。
「まぁな……でも、現代には科学兵器という文明の利器があるから、モンスター相手じゃ俺達の出番はないだろう。だが、対応策がないよりはマシだな」
確かに。
結局は最悪のケースになったとしても、俺達にできる事は少ない。
「ゲームでの出来事が、現実で具現化ねぇ」
「小学校ぐらいの時だったら、この状況を楽しめたかもしれないけどな……多少わくわくするだろうし。だが、訊太郎がこんな事になっている以上……どんな事が起きるかわからない……」
チラリと親友たちは、気遣うような視線を向けてくる。
「それともう一つ。訊太郎を追いかけていて確信したんだが……」
「訊太郎、足が速すぎない?」
「ん、そう?」
さっきはなぜか、あっさりと二人をまいて逃げおおせることができたけど。
そこまで俺の運動神経は良くない。
むしろ小中高の体力測定なんて、調子のいい科目で中の上ぐらいだったし。
「お前さ、俺らの運動神経なめてる?」
「ボクたちこれでも、けっこうスポーツは得意でしょ?」
「あ、確かに……しかも、今の俺の身体って……」
小学生女子ですよね。
それが運動神経抜群な男子高校生二人よりも足が速いって……おかしい。
上手く二人から逃亡できたと、自分で感心していたけど……晃夜の口ぶりから、またも何かありそうだ。
「俺さ、最近すごく力が強くなったんだよな……ほら」
そう言って、晃夜はいきなり石でできた階段を殴りつけた。
すると、どうだろうか。
ほんの少しだけ欠けていた。
「え!? ……拳、大丈夫なの?」
力が強くなったっていうレベルじゃない気がした。
「あぁ……かなり痛いけど、我慢できない程でもない。それよりほら、階段がちょこっとだけ、削れてないか?」
「あ、うん……すごい……」
「でだな、何が言いたいかというと。多分、ぎりぎり石造りの階段を脆い箇所を殴って、ほんの一部を砕くことは人間ならできるレベルではあると思う。だが、早々にできるモノじゃない。まず骨を痛めるはずなのに、大丈夫なんだよな」
先程、打ちつけた拳をまじまじと見直しながら語る晃夜。
「そして、この凶器の拳を普通の人間に打ちつけたら、けっこうな怪我を負わせてしまうのが普通だよな?」
そう言って、今度は夕輝の頬を思いっきり殴りつけた晃夜。
「ちょっ! おい! 夕輝、大丈夫か!? 晃夜、急になにしてるの!」
「……ちょっと、いきなりはやめてよ」
だが、俺の予想に反して、平然と苦笑混じりで文句をたれる夕輝がいた。
「え? はっ!?」
「なんかね、晃夜は力? 微妙に体も軽くなったらしいんだけど、ボクも防御力って言ったらいいのかな……笑える話だけど、さっきの殴打が痛いには痛いんだけど、我慢できるぐらいなんだよね。あー、いったいなぁもう。あんなのが後、10回もきたらボクだって厳しいんだからねぇ……」
なんて頬を何度もなでる夕輝。
石を砕くパンチを10回も耐えられるのか……。
「ちなみに一昨日、ナイフを持った数人の男たちが一人の女子を脅してるのを見かけてな……けっこうヤバい雰囲気だったから、男達を軽く殴り飛ばしてみたら、相手が血反吐にまみれて大変なことになったんだよ。結果は何カ所も骨折させた……警察や病院搬送で大事になってな」
なにしてんの、晃夜さん。
そんなシチュエーションにたまたま遭遇するとか、どんだけ治安の悪いところを歩きまわってるんですか。しかも、多人数相手に無双して女子を救うとか、主人公ですか。
というか、その鉄拳を受けてケロっとしてる夕輝さんは何者。
「ユウジの事を引き合いに出すのも悪いんだが、あいつ、あの体型で水泳部のレギュラーって少しおかしくないか?」
「欠かさず練習に出てる努力は認めるけどさ。うちの高校の水泳部ってソレなりにレベルは高かったりするんだよねぇ」
「疑問に思って色々調べたら、ここ最近で様々なスポーツ界で、新記録が次々と更新されてるらしい」
つまり、ゲームをプレイしている人物に身体的変化が出てきていると?
晃夜や夕輝の現状も踏まえ、リアル・モジュールをしてないユウジも例外ではない?
「そして、訊太郎。お前も他人事じゃないだろ。お前、クラン・クランでのステータス、何に振ってたよ」
「そりゃあ、知力と……素早さだ……」
そう質問に答えて、気付いた。
「そういうこと。話を戻すけど、お前、足が速すぎ」
…………。
素早さ、つまり足が高校生よりも速かったのはゲーム内で振ったステータスが関係してると?
だとしたら、身体にもすごい影響が……って、今更こんな姿になってしまった俺がその可能性の有無について、一番わかりきっている結論だった。
「そうか……ステータスか……」
「とにかく、俺達のように違和感に気付けてる奴らは他にも絶対いるはずだ」
「当面の目的はそこだね。数を、仲間を集めようか」
「うんっ」
こうして俺達は当面の目的を定めた。
花火のキリもよかったのか、そろそろ終盤に近付き始めてるようで、フィナーレらしく派手なモノが打ち上がり続けている。
そんな中、急に花火が打ち上がらなくなった。
「あれ? どしたんだろうね」
「何か、問題でもあったのか?」
そんな親友たちの疑問に答えるように、不意に雑音まじりのアナウンスが流れた。
『それでは――としも――妖精――し灯籠――――来ました。みなさま、どうぞ――したちの――――いを込めて――』
ここからじゃ、少し距離があって何を言ってるのか聞こえない。
「何だ?」
「去年は、あんなアナウンスあったっけ?」
「よく聞き取れなかった……」
それぞれの感想をもらしつつ、俺達は花火のフィナーレが来るのを待っていた。しかし、代わりに打ち上げられたのは……いや、浮かびあがって来たのは、淡く小さな灯たち。
ふわり、ふわりとお祭り会場にいる人達の手から無数の光が、漆黒の空へと解き放たれていく。
「おいおい、アレは何だ?」
「もしかして……今年のお祭りはやけにわたあめの袋? みたいのを持ってる人達が多いなーって思ってたけど、それって今飛ばしてるアレなんじゃない?」
夕輝の発言に、そういえばと気付く。
「あ……確かに、わたあめの袋っぽいのを持ってる人はたくさんいたけど、ちょっとゴツめの感じだった?」
「でもお祭り特有のアニメっぽい絵柄とか描いてあったし、特に気にならなかったんだよねぇ」
「なんか、こう見ると『妖精の流し灯籠』みたくないか?」
「晃夜、その例えはシャレにならないからね」
今、そんな事を言われたら、本当にそうなんじゃないかと勘ぐってしまう。
「確か、ポーランドとかであーいった小型の熱気球に灯火を備えた、えーっとスカイランタンだったかな?」
「天灯だろ? あるにはあるけど、今年からこの花火大会にそんなイベントが加わったなんてな」
こうして、今年の俺達の花火大会は、夜空へと舞い上がる美しい気球群を眺めながら終わったのだった。
まだ、この時の俺達は、気付いてはいなかった。
幻想が加速度的に、浸食していることに。
夕輝と晃夜のイラストを『ぽよ茶』様よりいただきました。
各イラストは、108部の【キャラクター紹介】にて載せてあります。