119話 親友エンカウント
河川敷にて行われる、毎年恒例の花火大会。
中一の時は、夕輝とその他クラスメイトと数人で行った。
中二からは晃夜が加わり、中三では三人だけで見た。
去年は……同じ高校に受験しようって話で盛り上がったっけ。
俺の学力ではけっこう厳しめの偏差値を誇る高校だったけど、二人に喰らいつくために必死に夏休みから受験勉強したっけな。
「今年は、どんな話になるのやら」
なんて軽口を叩いてみて、重くのしかかった何かを胸から吐き出す。
例年とは違い、楽しみという感情は湧いてこない。
緊張とはまた異なる興奮にも似た感覚を引きずりながら、高鳴る心臓を抑え、川沿いの道を歩く。
「集合場所まで……あとすこし、だ……」
約束の場所は、会場から少しだけ離れたコンビニの駐車場だ。
そこで一旦集まってから、屋台へと繰り出し、最後は河川敷の階段で腰を落ち着けて花火観賞をする。これが俺達にとって恒例の流れとなっている。
集合場所であるコンビニまで、家の立地方面的に一度屋台通りを俺は歩かなければならない。
そんなわけで夕闇迫る夏空の下、人で賑わう屋台通りを一人でテクテクと歩を進めているのだけど。
「…………」
すごく見られる。
道行くいろんな人々に。
「ねぇー! ママ! あの女の子すっごく可愛いー!」
「あたしも、あの子と同じ浴衣が欲しい!」
「こらっ、静かにしなさい。おねえちゃんが困っているでしょう」
なんてはしゃぐ微笑ましい子供たちもいれば。
「おい、今の女子、見た?」
「まだ少しちっこいけど、かなりの美形だったよな」
「外人さんだよね」
「銀髪で浴衣とか反則だろ。やばいよアレは……」
「芸能人かよ」
「いや、それ以上だろ」
なんて高校生ぐらいの男子たちが、ヒソヒソと通りすぎた後に囁いている。
ふぅ、やれやれだぜ。
まったく、もって――――。
とっても恥ずかしい!
内心で強がって、どこ吹く風を装うにも限界があった。
だから自然と、目を合わせないように俯きがちな歩き方になってしまう。
早くチョコバナナが食べたいとか、かき氷をシャクシャクしたいとか、じゃがバタでホクホク、ラムネでシュワっとしたいとか、何だか今年はわたあめ? 四角い袋のようなモノを持ち歩く人々が多いなー、とか。俺もわたあめ買おうかなとか、そんな事をひたすら考えながらやり過ごした。
「よし、ついたぞ」
そしてついに、集合場所のコンビニへと到着。
「ふぅー……すぅー……はぁぁぁああ」
深呼吸をしつつも、チラッと周りを窺う。
二人組の男子は……いないか。どうやら、晃夜と夕輝はまだ来てないようだった。ちょっと離れたところで、高校生らしき男女のグループがキャッキャウフフと騒いでいるぐらいだ。
っち、パリピめ。
こっちは一世一代の大勝負を控えているというのに、とんだ浮かれ具合だ。
と内心でディスってはみても、男性陣の方はヤッフゥー! しているでもなく、どちらかと言ったら女性陣のテンションが高めな気がした。
っち、モテ男の余裕ですか。
冷静でクールなイケメン共ですか。
そのグループは女子三人男子二人の合計五人で、コンビニ前にて立ち話をしているようだった。リア充オーラ満載なことだ。
ったく、こちとら男三人でこれから花火大会だっていうのに、少しはあやかりたいもんだ。
まぁ、でも。
こっちも大事な友達にカミングアウトする重大イベントが控えてるわけだし。
それを乗り越えさえすれば、スッキリ気分で今年もきっといい花火が見れそうだ……二人なら、うん……大丈夫なはず!
そんな親友たちへの期待や、自分の覚悟、色々な思いは――
リア充たちの中に顔見知りがいたと気付いた瞬間、粉々に砕け散り、消え失せた。
五人グループのうち、男子二人は……長身で眼鏡イケメンと魅力的な笑顔イケメンの、晃夜と夕輝だった……。
「なんで……?」
そして俺の親友達に『これから花火を見に行きますー!』と、言わんばかりのテンションで話しかけている女子二人。さらに、そっと佇むように四人のやり取りに耳を傾けている三人目の女子に限っては、茜ちゃんだった。
俺の大好きな茜ちゃんは薄いピンク色の浴衣を見事に着こなし、周辺に建つ屋台の明りにぼんやりと照らし出されていた。その可憐さに脳天をガツンと叩かれた錯覚に陥る。
「なにが、どうなって、あの五人が……?」
茜ちゃんの可愛さに引かれるように、俺の両目は茜ちゃんに釘付けだ。
そんなぶしつけな視線に気づいたのだろうか。
彼女と目が合ってしまった。
その瞬間。
「あれ? もしかして学校で会った、シスターちゃん?」
キョトンと、俺を見ながら確かにそう言った。
そんな茜ちゃんに反応したのは、夕輝と晃夜だった。
彼女が見ている方向、こちらへゆっくりと視線を流し、止めた。
二人は俺を見て……。
ジーッと俺を眺め、次に茜ちゃんへと視線を移し、また俺を観察。
「は? えっ……?」
「じんた……んん? えーっと……」
二人は口を開き、そして閉じた。
その後、目をごしごしとこすり、夢でも見ているのでは? と自分のほっぺをつねっていた。親友たちの動きがシンクロしている。二人の表情も同様に、唖然、疑念、確認ときて、そして再び疑念に戻り、驚愕へと、変化するペースが全く同じタイミングで、なんかもう、ぐちゃぐちゃになっていた。
二人の顔も俺の内心も。
まずいまずいまずい。
二人にカミングアウトしないと!
でも、茜ちゃんの前でそんなことをしたら……茜ちゃんに、あの時のシスター女子は、実はキミにウン告白をした仏訊太郎です。心配と不安で無様にもキミにかまをかけるという無様な男だったんです。ウン告白なんてした生徒は嫌だよね、なんて……かました張本人であることを隠し、素知らぬ顔でキミの本音を聞き出そうとした、ヘタレ野郎だったんです。
と、あの場で自己申告しなければならない。
もちろんいずれは、言うつもりではあったけど!
今! このタイミングで! しかも直接、面と向かって言うなんて! 親友たちへのカミングアウトと同時にソレをやってのける!?
晃夜や夕輝だけでもギリギリの容量だったのに、そんなのはとても無理だ!
ぐるぐると惨めな感情が渦巻き、俺はその奔流から逃れるように、クルリと後ろを向く。
そして脱兎の如く、駆け出した。
「ごめんね、みんな! それに、こっちから誘ったのに宮ノ内さんもごめん。今日は一緒に花火を見てる場合じゃないかも」
すぐに早口で謝る夕輝の声が聞こえる。
だけど、俺の脚は止まらない。一刻も早く、この場から立ち去るためには、全力疾走しかない。浴衣だと走りづらいので、膝元までまくしあげる。見てくれなんて構っていられない。
「え、どうしたの朝比奈くん?」
「ちょっと、どこにいくのー? 花火始まっちゃうよ!?」
「んん、仏くんは?」
名前も知らぬ女子二人と、茜ちゃんの戸惑う様子が見なくても手に取るようにわかった。それでもスピードを一切緩めずに、コンビニ近辺から離脱するために走り続ける。
「わるい! 早い話……俺ら、大事な用ができた!」
晃夜の叫ぶ声が、彼女たちを強制的に鎮静化させる。
そして背後から、ジャリッと二人分の走り出す足音が響いた気がした。