117話 追憶と中二病
つまらない。
イライラする。
それが中学二年の時の俺、日暮晃夜が常に抱いていた感情だ。
母が中学一年の時に他界したのをきっかけに、生きるのが退屈に感じるようになってしまった。毎日毎日、学校へ通う。そして、みんなと同じ事をやらされ、やりたくもない事を強制的にさせられる。それが常識、それが規律、それが人生。
そんな生活を送っていると、母が死に際に残した言葉が脳裏を毎度よぎった。
「自分の好きな事をして生きなさい。私は幸せよ」
訊太郎や夕輝と出会い、高校一年にもなればわかる。
母が残した言葉の意味を。
母は父さんと結ばれた事。
俺と弟を生み、育てた事。
その全てが母にとって好きな事で、愛のある言葉を息子たちに残したのだと思う。
病に侵されて人生を終えるとしても、悔いはないと。
だが中学生の俺は、この言葉にうろたえた。
母を失った悲しみや寂しさもあり、俺達を置いていって何が幸せだよと、亡くなった母に反抗していた。
不貞腐れてもいたのだろう。
泣き虫な弟の手前、兄として涙を見せて不安を増長させるわけにもいかず……こんなに苦しいのに、好きな事をして生きろだと?
俺の好きな事って何だ? 幸せって何だ?
母の言葉は退屈な日常を送る俺に、楔のように深く突き刺さっていた。
だから、無茶をしてみた。
気分の赴くままに、興味の向く方へ全力を出してみたのだ。
幸い、俺にはソレらをやり遂げるスペックが備わっていたようで、色々な事にトライした。
体育祭では5メートルにも及ぶ自作の旗を作り、駆けずり回ってクラスメイトを扇動しつつ鼓舞。みんなもノリにノッてくれ、リレーの最高記録を叩き出すため、アンカーである俺は走行中にボールを投げてゴールテープを切るという偉業を成し遂げた。もちろん無効だったが、盛り上がった。
全校朝礼にて、校長の話が前々から長いと思っていたので、短縮できないかと挑戦してみた。放送室を乗っ取り、『校長先生の話は長いのでカット。重要な報告を他の先生方がサッサと報告してください』と校長カット事件を引き起こしてみたり。
また、クラスメイトが他校の奴らに殴られボコボコにされたのを聞いて、報復活動に乗り出たりもした。中学生にしては長身な俺の体格は、ここでも役に立った。いわゆるヤンキーとの抗争だが、これがなかなかに面白く、相手を殴り倒すとスカッと爽快な気分になれた。スリルもあって楽しかったのだが、決まって殴り合いの後は、何かドンヨリとした物が腹の底にたまる不快感を味わうのがいけなかった。
最初は目的があってふるっていた拳も、知らず知らずのうちに目的のないモノへと成り変わっていたからだろう。絡んできた奴らを片っ端から殴るという意味のない行為に辟易していたのかもしれない。しばらくすると、近隣の学校にいるヤンキーが全くちょっかいをかけてこなくなったせいもあり、これ幸いにと暴力活動も終わりにした。
もちろん、こんな事をしていれば停学処分をくらうこともしばしば。
そんな時、ジョノンボーイとかいう女性向け雑誌のスカウトにあって、ファッションモデルの真似事もしてみたりした。
13歳から22歳を対象とした少年青年たちが、互いの美を競う感じの種目にも似ていた。
いいバイトになったと思うが、すぐに飽きて辞めた。
もちろん真面目方面でもチャレンジした。停学が解けて、授業に物凄く集中してみたりもし、予習復習を完璧にこなす。周りは停学処分に対して、態度を改めたのかと思っていたようだけど、そんな気持ちは微塵もない。五日間の勉強だけで期末テストをどこまでいけるかという、縛りプレイを行ってみただけだ。自分がどこまでいけるのかと。結果は上位8人に食い込むことができた。
その後も、他人から見たらぶっとんだ行動を取ってはみるが、どうもしっくりこない。
満たされない。
学校生活という縛りがある以上、いや、そもそも学校の敷かれた場にいて、俺の本当に好きな事なんて見つからないのでは?
『自分の好きな事をして生きなさい』
母の最後の言葉は、燻り、消えない。
こうして行き場のない苛立ちを募らせる日々を、悶々と過ごしていた。
そんな時。
面白い奴に会った。
それは中学二年の初夏。
休み時間に数人の不良っぽい奴らに絡まれるソイツは。
一言で表すと地味で、どこにでもいるような男子生徒だった。
廊下にほっぽり出されても、不良たちにつっかかっていく逆境に立ち向かう姿勢には好感が持てた。
だがなによりも目に付いたのは、そいつが取った行動は珍妙なモノだったからだ。
「沈まれッッ! 俺の右腕!」
なにやらソイツは苦しそうにうめき声を上げ、右手を抑えている。
「お前ら、コレ以上俺に関わると封印されし闇の力がっ! 目覚めることになるぞ! 危険だから離れろっ、ぐうぅぅううあああ」
もだえるソイツを見て呆然とする。
あいつはなんなんだ……未知の存在だ。
しばらく観察してみる。
不良は、邪気眼どうのと喚いているアイツを見て面白がっている。
確かになんだか愉快だった。
そして休み時間終了。
なんと、あいつは良くわかない謎の言語と演技? それとも本気なのか、とにかく意味不明な行動を、休み時間中ずっと続け、不良たちをやり過ごしたのだ。
そして、次の休み時間も、そのまた次の休み時間も邪気眼が爆ぜるとかどうのと、不良たちと張り合い続けていた。
「くっ、この時間になると、うずきやがる。俺から離れろ! 危険だ!」
「うわぁ、痛々しいな」
「あぁいうのって気持ちわりぃ」
「その右腕様がどうなるか説明してくれよ?」
あいつの周りから普通の生徒は離れて行く。不良たちは依然、あいつをいじっている。
その様を見て俺は気付いた。
こいつは、ただの痛々しいキャラじゃない。自分の持ち味? を活かして弱者なりに抵抗し、必死で頑張っているのだ。
今まで頑張る奴は見た事あるが、これは新しいパターンだと思った。ちなみに後に知り合う事になる、この怪しい男子の友人、朝比奈夕輝は他人のために頑張っているところを目にして、興味を抱くことになったがそれはまた別の話。
とにかくこうして俺は、仏訊太郎という人間に興味を持ったのだ。
◇
放課後、また不良に絡まれているアイツを見かけた。邪気眼ネタもさすがに限界が来て、不良たちも飽きている様子だった。
「そろそろボコるか」
何が原因で目をつけられたのかはわからない。
だが、不良のリーダー格らしき奴があいつの前に一歩出た。
「俺も、混ぜてよ」
ひょっこりと俺もその輪に入る。
「え、って晃夜さんじゃないですか!」
「え……あの喧嘩が神強い鬼畜メガネって噂の晃夜!?」
「さん付けしないと!」
鬼畜メガネって……ひどいなオイ。
リーダー格の取り巻きらしい奴らが俺の参入に驚いているようだったが、肝心のリーダーは俺を睨んでくるだけだった。
「なんだよアンタ。コーヤだかゴーヤだか知らねえけど、あの厨二病は俺のオモチャだから。アンタは手出しすんな、関係ないだろ」
中二病?
俺たちは中学二年生で、あいつも中二。
なにか病気でも患っているのか?
「中二病? なんだそれ?」
「あぁ? アイツみたいに自分は特別な能力があると妄想を吹いてる、痛い奴の事を厨二病っていうんだよ。ほら、わかったらサッサとどっかにいってくれや」
「ふぅーん、まぁいいや。俺はそいつの、中二病を患ってる側で混ざるって意味だから」
「「「は!?」」」
ザコ共は一様に驚いていた。
「……え?」
中二病とやらの面白そうなコイツも、ハトが豆鉄砲を喰らったようなアホ面をしている。
「ビビんなや! 四対二だぞ! しかも相手の一人はモヤシ野郎だ! うぜえから、誰か呼ばれる前にやっちまうぞ!」
リーダーが取り巻きに喝を入れると、喧嘩の時間が始まった。
ただ倒すのでは面白くないな。
俺は相手の出方を窺いながらも、楽しみ方を模索する。
そこで覚えたての中二病とやらを使ってみるか、と閃いた。
「えーと、あれか、あれ。うなれ! 俺の右腕」
これが中二病ってやつか?
なんとなく、高揚するこの感じ……うん、悪くない。
ヒーローになったみたいで、少しだけ楽しい。
俺のストレートパンチを顔面に受けたリーダー格は、一撃でぶっ倒れた。
すると取り巻きは半泣きになってリーダーを必死に引っ張り、退散していった。
なんだ、まだまだこれからだってのに。
そんな物足りなさが胸の内に満ちるが、まぁいい。
それよりも、気になるのは中二病患者だ。
俺は逃げていく不良共を見送ったあと、ゆっくりとソイツに振り向いた。
「お前のその右手には何があるんだ?」
するとそいつは、最初はぽかーんとしていた。
だが数秒もすると、鼻息をあらくし、頬を紅潮させ、急に熱が入ったかのように話しだした。
「お、俺の右腕にはな、ダークメビウスドラゴンの暗黒魔術パワーが入ってるんだ!」
なんてダサく、くどい単語なんだ。
だけどなぜだろう。今まで聞いたこともなかったからなのか、とても新鮮に聞こえる。
だから、そいつのノリに合わせることにした。
「……なんだと!? お前はあの選ばれた人間だったのか!」
するとソイツは喜色満面そうに、うんうんと何度も頷いた。
さらに上着を脱いで見せてきた。ひょろーんとした身体に赤と黒のマッキーペンで書いた傷がある。所々に人工的な切り傷、おそらくカッターか何かで薄い切れ込みもいれてある。
「バレてしまったなら仕方ないな。これがその証拠だ。幾多ある聖魔大戦を生き残り、その激しい戦闘によって生じた傷がまさにこれだ!」
自慢げに自作の傷を俺に見せてくる、中二病野郎。
中二病は傷自慢することが分かったので、意外とこれは馴染めるかもしれない。戦歴や傷の自慢は不良の世界でもやってたのを見かけた事があった。刺激を求めて不良の世界に首を突っ込んでいたのが吉と出たようだ。
「この傷は、闇と契約する際にできた傷。ヒトを捨てたこの痛み、苦しみ、貴様にはわかるまい」
現実世界でこんな事を言う人間がいるのか。だけど、そいつは大まじめに言っている。おもしろいなと思ったので、俺は不敵に笑った。
「その程度の苦行、俺だって経験したぜ。いいぜ、お前になら見せてやろう」
なんだか俺もノリノリだ。
豪快に上着を脱いでみせた。
細身ながらも一応は鍛えているので、岩のような質感を誇る筋肉に覆われた身体をむき出しにしてみた。父に成長期だから無理な筋トレはするなと言われていたので、ほどほどにはしているつもりだ。
そして、その俺の筋肉には、まるでミミズが這っているかのように傷跡が浮かびあがっている。一つではなく、無数にある。
これらは全て、喧嘩、イタズラ失敗による事故、など様々な原因でこしらえた本物の傷。
「どうだ?」
予想とは裏腹に中二病野郎の反応はよろしくなかった。
せっかく同じように見せたのに、そいつはあろうことか、腰を抜かすようにして後ずさっていた。
「え……うぁ……」
まさか、やり過ぎたのか?
俺は慌てて上着を羽織って、死にかけの魚のように口をパクパクさせているそいつに駆け寄った。
「いやぁこれは早い話……えっと、階段とかで転んだ傷だから。お前の傷の方が億倍かっこいいぜ」
取り繕った笑顔で必死に説明する。
すると中二野郎は、幾分かは落ち着きを取り戻したらしい。
「うん」
「あ、わかってくれたか?」
「うん……わ、わかった」
まだ少し怯えているようだ。
中二病の世界に馴染むのは、思ったよりも難しい。しかし同時に、なぜか謎の魅力も感じた。
俺はびびるソイツに手を差しだす。
「驚かせて悪かったな。俺の名前は日暮晃夜っていうんだが。お前の名前は?」
「お、俺は……仏……だ」
「ん?」
「……仏、だ」
「もっと声張れよ。自信もって名乗れよ。不良に勝ったんだから」
「俺は戦ってないよ」
「それは俺が途中で、邪魔したからだな」
「いや、でも……」
それ以上言うなよ。
そいつ……仏は俺の無言の意思を察したのか、さっきの出来事について言及することはなかった。
「存在ではお前が勝ってた」
メガネのズレを直しつつ、仏にそんな言葉を投げかけた。
四対一でずっと精神的にも物理的にも戦い続けていた仏に向かって称賛の言葉を述べた。
自然と口元が和らいでしまう。
「お、おうっ……お前も厨二病なのか? いや、なりたいのか?」
「んーまぁ面白いならな」
「面白いぞ! 厨二は! いや、厨二というより、想像力を具現化する能力といった方がいい! 素晴らしい技を習得できるようになるんだぞ!?」
俺の手を取り、仏は叫んだ。
本当によく表情がコロコロと変わる奴だなと思う。
「よし、世界制覇同盟だ!」
「なんだそれ?」
またまた、よくわからない単語が出てきた。
羅列された単語から察するに、世界を制覇する同盟だろうか?
「俺とお前の、その、あー…………ダークスパイラルスゴイパワーで世界制覇だ!」
「お、おおう?」
俺にもスゴイパワーが眠っていることになったらしい。
「そうだ! 俺達はここに同盟を結成する。これは小さくも、世界を揺るがす偉大なる一歩だ! この町、この国、いや地球そのものを手中に治める。そしたらそれを足がかりに、宇宙遠征して月も制覇だ!」
「すごいな……月まで制覇するのか。じゃあ俺は宇宙まで飛んで、月まで行って星条旗ブチ折ってきてやるよ」
「じゃあその暁には、貴様を月面大元帥に拝命してやる」
「なんだそれ、意味分からないがすごそうだ」
「そして俺は世界大統領、仏訊太郎だぁああ!」
こいつは面白過ぎじゃないだろうか?
「わかりました、大統領」
「じゃあ特訓だぁああ! いくぞ月面大元帥」
「おう、行きますよ世界大統領」
なんとなく合わせているだけだが、そこはかとなく俺も楽しい。
「くらえ、超必殺、煉獄流星群」
ただのパンチである。
しかし、新しく聞く単語はどれも新鮮であり、訳わからないけど高揚感はあった。
だが、悲劇が起きた。つい、はしゃぎすぎて、俺は仏に鮮やかなカウンターをかましてしまった。
やつの額が拳で切れ、うっすらと血が滲み出ている。
「あ、ごめ。おーい、大丈夫か?」
「……うん」
目から大粒の涙をこぼす世界大統領と、抱え起こす月面大元帥。こうして世界を超えて、月面まで制覇する同盟が生まれたのだ。
「と、とにかく、実戦訓練はまだ早かったようだ。そ、そうだ、映像で学ぶ事から始めようか、月面大元帥。マンガやアニメを見て、ゲームなんかをプレイするのをお勧めする」
ここから俺は、未知なる世界にどっぷりとハマっていった。
全ては良く分からない仏訊太郎のおかげで……何をしても満たされない俺は少しずつ変わっていった。白黒だった俺の世界を、こいつは色彩豊かにしてくれたのだ。
訊太郎のおかげで自分の好きなモノを発見でき、今では将来何になりたいか、目指すべき地点も把握できた。ゲームプログラマー、もしくはゲームデザイナーだ。
俺に転機を促してくれた訊太郎は、中三になると中二病を卒業し、今度は普通至上主義者の、普通人となった。俺は変わらず、アニメや漫画、ゲームに没頭していたのだが、訊太郎と変わらず共に行動することが多かった。
そんな訊太郎だが、高校に上がると恋をしたようだ。
アニメや漫画じゃよく出てくる話だが、俺の周りで実際にそういった色恋にまつわる話はあまりない。母が亡くなってから、自分の好きな事に全力を傾けるのに集中していて、恋愛に興味がないって言うのも起因してるかもしれないが。
とにかく、世界大統領である訊太郎の世話は俺がしなきゃいけない。少し強引かもしれないけど助太刀しないわけにはいかない。
「……あいつは弟に似ていて、泣き虫だからな」
額から血を流し、微笑みながら泣いているアイツの顔を思い出し、そんな事を思った。
っと、花火大会までの時間が、もうないな。
そろそろ出かけるとするか。
思い出に浸る思考を打ち消し、俺は準備に取りかかる。
中学からあいつとは一緒に花火大会を見に行ってるが、今回は一味違う。
やはり夕輝のやつが、訊太郎にも宮ノ内茜が花火大会に一緒に来ることを報告した方がいいと粘着してきたが、結果的にサプライズになってしまいそうだ。
どうか、このチャンスをうまく活かして欲しいもんだ。
それに……。
現実がおかしいことになっているのも気がかりだ。
この事象に気付いているのは、クラン・クランをリアルモジュールでプレイしている傭兵だけだっていうのが俺と夕輝の見解だった。
だが、幸いなことに訊太郎もキリスト教が消失しているという認識はしていた。俺達の予測は間違っていると思った矢先、どうやら訊太郎曰く、この予想は合っていると言う。しかも、自分で証明してみせると……。
あいつはいつも、俺達の斜め上を行く発想で行動を起こしてくる。
中学時代にしろ、クラン・クランでの錬金術の数々にしろ。
今回もきっと、俺達の考えも付かないような答えを導き出してくるかもしれないな。
早い話、あいつは普通人ではない。
「面白い親友だな」
そんな独り言を呟いてしまいながら、俺は家の玄関扉を開けた。
さて、集合場所に行くとするか。
更新ペースが落ちてしまい、申し訳ありません。
ここのところ、体調を崩しがちで……。
重要な場面にさしかかっているので、晃夜や夕輝、タロたちの考えを丁寧に描いていきたいと思ってます。本来は、この話で夕輝サイドもアップする予定でしたが、身体の具合が悪くて文の改稿や見直しができず……。
色々と、もうしばらくお待ちください。