114話 イケメン執事の出番は……?
「きゃっ……お客さま、困りますっ」
シズクちゃんの助けを請う声を耳にして、何事かと思い俺達は『屋台』の表側へと急ぐ。
すると、メイド服のシズクちゃんの右手を強引に取った男性傭兵が、ニヘラっと笑っているのが見受けられた。
「おいおい、俺達はお客様ですよ? であるならば、フレンドになるぐらいのサービスも付けてくれないと、こんな石っころに何の興味も持てませんよ」
そいつは金髪碧眼の美形な青年だった。
そして同時に、一目でかなり強そうな傭兵であることがわかった。なぜなら防具にも武器にも細かい装飾が施されており、見た事もない装備ばかりで全身をかためていたからだ。
銀色の分厚い鎧は防御力の高さを誇らんばかりに輝き、赤黒い丸盾はその歪さの前ではどのような攻撃も弾き返すと主張しているようだった。なにより目を引いたのは、腰に吊るされた剣。珍しい形状で、剣先にいけばいくほど太くなるデザインだった。
つまりは最先端を攻略している、トップ傭兵の集団なのだろう。
そう、シズクちゃんに絡んでいるのは一人だけではなかった。
美青年の後ろには三人の連れがいるようで、みな一様にニヤニヤとこちらを見下すような、気分が悪くなる笑みを張り付けていた。
「傭兵団『傍若武人』だ……」
「うわ……嫌な奴らに絡まれてるな」
「いや、でもここは祭りの会場だし、PvPはできないんだろ?」
「なら放っておいても大丈夫じゃないか?」
「ヘタに介入して目を付けられたら最悪だしな」
「なんか粘着してくるって聞いたぞ……」
「あいつらにPvPで付け狙われるとか、キツイな」
周りにいたお客様も相手が悪いと判断したのか、一歩後ろに下がって傍観する事に決めたようだ。
そんな反応を見るに、どうやらそこそこ知名度の高い傭兵団らしい。
「フ、フレンドには、なりません……」
か細い声で拒絶の声を、精一杯に絞りだすシズクちゃん。
「はぁ? おまえ、俺達が『傍若武人』だってわかって言ってるのです?」
金髪青年はすこぶる不機嫌そうに、シズクちゃんの右手を握ったまま一歩詰め寄った。
「まぁまぁヘラルドさん、落ち着いてくださいって。なぁーメイドちゃん、俺らとフレになっておけば、いい狩り場とか、珍しい素材をドロップするモンスターの討伐とか連れて行ってやるぜ?」
ヘラルドと呼ばれた態度の大きな傭兵の取り巻きの一人が、シズクちゃんを説得しようと歩み出た。
こんなときに一番頼りになるジョージはいないし、どうする。
俺がこの場をどう収めるか逡巡していると、我らが親友たちは迷うことなくシズクちゃんを庇いに出た。
「失礼、お客様。ウチのメイドを困らせるのであれば、お引き取りください」
シズクちゃんの腕を握るヘラルドの手をパシっと叩き、シズクちゃんをこちらに引き寄せた夕輝がニコリと微笑む。
唇こそ弧を描いているが、ヘラルドを見据える瞳は微塵も笑っていない。
「早い話が、営業妨害だろ」
シズクちゃんを誘っていた取り巻きの一人の前に、サッと身体を割り込ませた晃夜。冷徹そうな表情とは裏腹に、メガネの奥で鈍く光る双眸が容赦はしないと威嚇している。
柔和なイケメン執事と、眼鏡のクールイケメン執事がここに参上した。
だが、相手もさすがはトップ傭兵の端くれだからなのか。
引くどころか余計に食いついてきた。
「おーおーおーおー? なんです、この爽やか君たちは」
「なんだ、お前ら。こーんなに可愛い傭兵ちゃんたちを、メイドちゃんたちを独り占め、いや、二人占めしようってのかぁ?」
「独占欲つよすぎだろ」
「一緒に遊ぶぐらい、別にいいんじゃねえの?」
トップ傭兵のメンツを守るためといっても、フレンドの強要はぶっちゃけハラスメント行為だと思う。こんな事を平然とやってのける彼らは、傍若無人という傭兵団名通りの行動指針が、それぞれの胸に深く根付いていたりするのだろうか。
「お前ら男共に用はないですよ。今、俺達が話しかけてるのは、このメイドちゃん……ん? そこのメイドちゃんでもいいですよ?」
「おっ、銀髪メイドちゃんとかいいねぇ」
なんてはしゃぎ出す始末。
なんかタゲが俺の方にも向いてきてビックリだ。
それに対して、晃夜と夕輝の殺気もますます膨れ上がっていく。
今回ばかりは、俺もこんな奴らとは仲良くしたくないと思い、奴らに向ける目は険呑なものになってしまう。
いよいよもって本格的に物騒な空気がただよい始め、周囲のお客様たちもどよめき出した。
そして、この小さな諍いに、全く予想外の所から助けの手が差し伸べられた。
「……うせろ、邪魔よ」
それは『傍若武人』の横柄な態度より、さらに一回りも上回る尊大な物言いだった。
そんな発言を彼らに浴びせ、言葉通り邪魔扱いして、後ろからグイっと押しのける傭兵は……俺にとって馴染み深い人物だった。
「姉……」
俺の呟きに姉はニコリと応じつつも、『傍若武人』のみなさんにはゴミクズを見るように凍てついた視線を向ける。
絶対零度の怒りをその身に宿し、颯爽と登場した姉はかなりの異彩を放っていた。
圧力、オーラ、それらを向けられてなお、全身が凍てつくような冷たさを感じても失われない美しさ。
双剣を携え、漆黒のレザーアーマーに身を包んだ、黒髪の麗人美女。
全員の注目を一瞬にして奪い去ったのだ。
そんな姉の後ろから、陽気な声も続く。
「姐さん、面倒だから宣戦布告しちまわねか? 戦争しようぜ戦争~なぁトム」
「おぉぅ、おれぁジェリーに賛成だ。傍若無人だか武人だか知らねえけど、強いなら狩り甲斐があるってぇなぁ」
姉の傭兵団『首狩る酔狂共』に所属し、なおかつリア友のトムとジェリーさんだ。
現実では姉と同じ大学に通う二人だが、クラン・クランでは渋いオッサンキャラでプレイしている、ちょっと変わり者の二人組も姉に同行していたようだ。
「……もう一度だけ言うわ。邪魔だから消えて」
さすがにPvPで強豪と囁かれている傭兵団のご登場とあっては、『傍若武人』のみなさんにも動揺が走ったようだ。
金髪美青年のヘラルドが、チィッと舌打ちをして心底恨めしそうに姉を見つめる。
だが、姉はその視線に物怖じせず、『あぁ、そう。やるわけね』と不敵な笑みを浮かべれば、ヘラルドはすぐに俯き、そそくさと取り巻き達を引き連れて撤収していった。
事態を収拾してくれた姉に感謝を述べようと、トトトっと近寄る。
すると姉は俺の頭を撫でつつも、静観していた周囲のお客様たちに向き直った。
「あぁ、それと一応言っておくわ。億が一でも、この銀髪美少女が目当でこの『屋台』に来ている人がいるなら、私を倒してから話しかけなさい」
そして、静かに威圧するような言葉をばらまいたのだ。
「うわぁ……タロちゃん、すっごい守護神ついちゃったね」
そんな姉の宣言を耳にしたシズクちゃんが、やや驚愕気味でポツリと呟く。
……恥ずかしいからやめてくれよ姉。
なので、俺はクイッと姉の手を引く。
ん、なんだ? とキョトン顔をする姉に、俺は容赦なくダメ出しをした。
「姉、それ営業妨害だから。やめて」
「ぐっ」
さっきの強気がウソのように、叱られたネコみたいに首を縮めた姉に言いそびれた事を言っておく。
「でも、さっきはありがとう」
「くっ」
今度は何かに耐え忍ぶような顔をしたかと思えば、あぁ、もうダメだっ! と囁き、衆目を前にして俺をギュッと抱きしめたのだった。
とまぁ、こんな感じで騒動は一件落着した。
犠牲になったのは俺の羞恥心だけだった。
めでたし、めでたし……。
◇
姉やトムとジェリーさんに浴衣やジンベエを買ってもらい、俺のペイントサービスを塗り終えた時、姉がふと気になる話をふってきた。
「そういえばな、ルルスちゃんから太郎に伝言がある」
「ん?」
双子姉妹のアイドルユニットの片割れ、妹のルルスちゃん。先日リアルでゴディバやパスタを彼女と一緒に堪能したのは、非常に貴重な経験だった。そんな楽しい一時を思い返しつつも、俺は姉の言葉にドキドキとする。
現役アイドルから言伝とか、それはもう男の子ならそうなっちゃうよね。
「クラン・クランの夏祭り……楽しみにしててね、太郎ちゃん。だ、そうだ」
「うん?」
言われなくとも楽しんでるし……もしかして、ルルスちゃんもクラン・クランを始めたのかな? それでこの『祭り』の会場に来てるとか?
「ルルスちゃんも、このイベントに来てるの? というか、クラン・クラン始めたの!?」
「それは言えない。こっちも事務所に所属している手前、守秘義務があるんだ」
「なんだよそれぇ~」
俺の不満声が響くなか、いつの間にか背後にいたRF4-youこと美少女アニメ好きのユウジが声を上げる。
「ルルスちゃんとは、まさか! 今や怒涛の勢いでアイドル界を駆け上がっている『クラルス』の妹君でありますか!? 小官のデータベースによりますと、彼女の生年月日、スリーサイズは……」
なにやら熱く語り始めたユウジを、俺は無視した。
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