113話 ちきしょうめ!
本日はがんばって、二話更新します。
「おい、タロ。何かもっと目立つのにいい案はないか?」
これ以上ないまでに繁盛している俺達の『屋台』を、更に盛り上げようとする晃夜の発言に応じ、試しに店先に置いてみた『生命を灯す種火入れ』。
『太陽に焦がれる偽魂』を屋台前に置いておけば、明りで目立つかなと。
「なにこれすげー」
「中の人間みたいの生きてんのか?」
「お、こっち見たぞ!?」
「これ、おいくらですかー?」
「あ。それ売り物じゃないです」
案の定、少しは客寄せとして役に立ったけど、売る気は毛頭ないのできっぱりと答えておく。
「うおっ、ここの『屋台』、女の子多いな!」
「しかも店員さんのレベルたけえええ!」
「いえ、まだレベルは7です。それより一杯ビールとかどうですか? ジンベエや浴衣もありますよ」
まずまずの成果に満足しつつ、俺はいそいそとお客様への対応をこなしていく。
「うっす、ジョージさん!」
「ボンジュール、マドモワゼル!」
そんな光に群がる虫のごとく、お客様たちで賑わう我らが『屋台』で、二人組の傭兵がオカマメイドに気さくに声をかけていた。
「あらぁん、あなたたちんっ☆」
もしかしてジョージの知り合いか?
それにしては、なんというか……二人の服装は至極まっとうなモノだった。
両名とも簡素な鉄製の胸当てで上半身を守り、下半身は前掛けを斜めにずらしたようなデザインで、もちろん下にはズボンをしっかりと履いていた。
パッと見、傭兵稼業と職人を兼業してそうな出で立ちだ。
こんな普通の恰好をした人たちが、あのジョージのフレンド?
「あちきたちの傭兵団の屋台は順調かしらぁん?」
あぁ、ジョージと同じクランの団員なのか。
たしか『サディ☆スティック』とかいう優秀な職人傭兵が多く所属している傭兵団だっけか。
それにしても、もう一度言おう。
すごく、普通だ。
ジョージの同類とは思えない程に、まともな服装をしている。
「こっちの『屋台』ほどではないっすけど、なかなかに好評っすよ」
「ボン客たちで賑わいッ、コンッアモーレィイッ!」
ん?
なんか片方はジョージと同じようなテンションな気がしてきた。
「あらあらぁんんっ!? じゃあ、すこしあちきもそっちを覗きにいきましょうかねぇん?」
「あっいえ、大丈夫っすよ!?」
「ノンノン、ダァマ。ジョージさんの御手を煩わすような事はしませんとも」
妙に恐縮して固辞する彼らを見て、仮にも副団長のジョージを独占するのは、迷惑かもしれないなぁと今更ながらに気付いた。
氷晶ジョッキに関しては、在庫分をこちらが預かっておけばいいし、少しぐらいジョージだって自分の所属する傭兵団に顔を出しておきたいだろう。
「あ、えっと、いつもジョージさんとは仲良くさせてもらってます」
というわけで、常識人っぽい二人に挨拶をする。
「おおうっす!?」
「ファッ!?」
二人は電撃が流れたかのように背筋をピィンと伸ばし、こちらを凝視する。
「タロと言います。ジョージ、こっちは少しぐらい空けても大丈夫だから、この人達と一緒に傭兵団の『屋台』の様子を見てきなよ」
「うふふ、ありがとん天使ちゅわんっっ! お言葉に甘えさせてもらうわぁん!」
「雲行きがあやしくなってきたっす……噂の天使ちゃんも一目見れたし、早めに退散っすよ」
「激しくコンソンツモォン!」
何やらコソコソ密談するジョージの傭兵団仲間。
「また副団長に尻を撫で回されるのだけは勘弁っすからね」
……聞かなかった事にしよう。
「あらぁ、ヴァナタ達ぃん。案内よろしくねぇん」
そして彼らは魔の手からは逃れられなかったようだ。
「う、うっす!」
「はひぃん!」
◇
「おまえら、何ナンパしてるんだよー……」
ジョージさん、こっちでイケメン共が調子にのってます。
お尻をひとなでしてやってください。
と、今はここになきジョージにテレパシーを送りながら、親友である夕輝と晃夜に冷めた視線を送る。
親友たちは、ゆらちーシズクちゃんコンビと組み、武器や防具の元となる『鉱石』系の素材を中心に販売している。また、知り合いから安く譲り受けた武具の転売もしているのだが……。
「いや、違うからな!?」
「接客だよ!?」
隣からボソっと散らした俺の怨嗟に、二人は過剰に反応した。
きっとジョージへのテレパシー脅しが伝わったのかもしれない。
もちろん接客なのはわかっているのだが、それで納得できる俺ではないのだ。
ビールを注ぎながら、手を休めずに思う。俺がむさいオトコ客ばかりを相手にしているのに、おまえらときたら、何故か女性客ばっかり寄ってきてるじゃないか!
「ちきしょうめ! くまさんのプーめ!」
俺がクマさんの絵をジンベエに描き終えると、目の前のお客様がポカンとしてしまったので、慌てて接客スマイルで見送る。
まぁ、どのみち俺なんかじゃ初対面の女性相手に接客とかハードル高過ぎだから、文句をいう資格はないんだけどね。
それでも羨ましいと思ってしまうのは男の性だろう。
「うわぁ、タロちゃんいじましぃー!」
「タロちゃん、大丈夫だよぉー? 私達がちゃーんと見張ってるからね?」
ん?
ゆらちーやシズクちゃんがむふふと妙な笑みを浮かべながら、俺をぬるい目で見てくる。
「それにあいつら、口を開けばタロがどうの、なんだのって! しょっちゅう、タロちゃんの話題を出してくるし、ロリコンだから心配ないって!」
「そうだよー。このお姉さんたちに任せてー。タロちゃんの大事な先輩たちが、変な女に引っ掛からないように目を光らせてるからねー?」
ロリコ……。
いや、何か違う方に勘違いしてません!?
◇
「どんどんお客様がくる……」
ひっきりなしに来る傭兵たちの応対に、少し気疲れしてしまった。なので、俺は売り子をミナとリリィさん、アンノウンさんに任せて屋台の裏へと腰を落ち着け、小休憩を取らせてもらっている。
「タロの方は調子がいいな」
少し疲れたのか、ふぅっと息をつき、気だるげにつぶやく晃夜。
こいつも俺の隣で座り込み、休憩中だ。
カチっとした執事姿なのに、裏方の資材にもたれかかった姿勢はだらしなく弛緩している。
なのに、様になっているから不思議だ。
メガネイケメンちきしょうめ!
「まぁな……で、そっちはどんな感じ?」
「あー、まぁまぁだな。でも、タロ達には売上的に負けてるぜ。やっぱ、タロの商品の方がインパクト強いわ」
「だるぉおー?」
「あぁ、参った参った」
俺の自慢に親友は肩をすかして、手をヒラヒラとさせる。
傍から見ればこいつはクールだ。だが、しかし。付き合いの長い俺は、メガネをクククイッと三度も調整したのを見逃さない。
顔こそ、売上げなどに興味なさそうにしているが、あれは内心で悔しがっている。
ふはははは。
「ふっふっふ、もっと俺達を崇めたてまつってもいいんだぞ?」
「調子にのんな、こんにゃろっ」
「わっ! このっ! やったな」
「あー……コウ、一人でサボるなんてズルイよ、こっち大変なんだから」
晃夜と俺がもみくちゃになって騒いでいると、夕輝もずいっと割り込んできた。
「どうせ商品じゃなくて、ユウ目当ての女ばっかりだろ」
「それはコウも同じじゃないか」
「っち、爆ぜろイケメン執事共め」
何か申されましたか、お嬢様? とニコニコ笑う夕輝はとりあえずスルーしておく。下手に反撃すると何倍に返ってくるかわからないからな。
「早い話が、武器にできるものは利用する」
「まぁーそれで接客が上手くいって、商売繁盛ならいいもんね」
さすが生まれ持ってのイケメン達。
自分の優れた容姿を誇るどころか鼻にかけることもない。驕らず、淡々と長所を活かそうと戦略に組み込む姿勢。
その余裕っぷりが羨ましい。
俺なんか、俺なんかなぁ!
あんなに初対面の女子に囲まれたら、てんやわんやだかんな!
ちきしょうめ!
「どっちにしろ、ここじゃ見た目なんてさして重要じゃないしな」
ふと、晃夜が遠い目をして、零した言葉。
先程よりワントーン落とされたその声音は、妙にこの場を静かにさせた。
「ん?」
思わず、何の事を言っているのか聞き返してしまう。
すると晃夜は、なぜか難しい顔をしてとある方向を指差す。
「ほれ、アレを見ろ」
親友の長く、すこし角ばった指先が示す方向に目を向けると、そこにはユウジがいた。
RF4-youである奴の見た目は、現実のぽっちゃり体型とは異なり、庇護欲を掻き立てられそうな美少年っぷりを滲みだしている。だが、言動が残念過ぎるため、母性本能をくすぐられる女性は現状では皆無だ。
「アールと同じで、キャラクターなんてどうにだって作れる」
あぁ、見た目なんかは初期に設定したキャラクタークリエイションでいじれるって話か。
「この世界でリアルモジュールなんてシステムを使って、キャラクリしてる傭兵なんて滅多にいないぜ」
リアルモジュールか。現実の容姿と全く同じキャラクターデザインにするというシステム。俺もキャラクリがめんどくさくって、リアルモジュールにしちゃってプレイしてるけど……そんなに珍しいことなんだ。
「偶然、ボクらの周りに多いってだけでね。ゆらちーとタロのお姉さん? それにコウとボク」
だから、ここでの世界の見た目なんてなんの効力もない、一種の幻想と同じだよと、夕輝は溜息を吐くように台詞を結んできた。
なんだろう……親友二人の横顔に、わずかな陰りが差したような気がした。
「普通に考えたら、リアルモジュールが集まり過ぎらしいぜ」
「リアルモジュールでキャラクリしてるのって、1000人に1人もいないって噂だしねぇ」
予想以上に少ないな。
そうなると夕輝の言う通り、俺の周囲はリアルモジュールでプレイしている人が多い。確か、ミナやリリィさんも現実の姿と同じキャラを使用してるって聞いてるし……。
「ま、ここでの見た目なんて、なんの意味もない」
「タロなんかいい例じゃないかな?」
「そんな少女姿で、実際は違うもんな」
「そういえば、バグはどうなったの? まだなおせなそうなの?」
かなり真剣な面持ちで俺に尋ねてくる二人に、俺は目を逸らす事しかできなかった。
「まだ……わからないそうです……」
「そうか」
「そっかー」
一瞬、微妙な空気が俺達を包んだ。
でも、それはほんの数秒だけで――――
ま、元気出せや天使さまと、グリグリと頭を乱暴になでてくる晃夜。
「こ、子供扱いするなよっ」
少しだけ重くなったこの空気を振り払うように、俺はわざと元気な声を出して、晃夜の手を振り払う。
「おやおや、天使さまはご機嫌ななめのようだね?」
なんて、晃夜でフッて、夕輝でノッてくれる。
「天使じゃないからな。俺は天才錬金術士、略して天士だからな!」
重たい何かを払拭できるよう、会話を誘導してくれた二人に、粗雑な言葉とは裏腹に感謝の念をひっそりと送っておく。
何とはなしに、俺達は目で語らい合い。
いつものようにアハハっと笑い合い。
じゃれあった。
「……アンタラさ~、やっぱちょっとロリコンなの?」
突然、裏方にゆらちーが顔を出してきたので、うひゃっとビクつく俺達。
まじまじと俺達を見詰めたゆらちーは、呆れるように小さな溜息を吐く。
その後、しかたないなぁと呟き。
「仲良しなのはいいんだけど、タロちゃんは超が付く程の美少女なんだよ? そんなタロちゃんとわちゃっとする暇があったら、そろそろ休憩交代してほしいんだけど。そしてその役得を、あたしと交代するべしっ! べしべしっどいてどいてー」
ゆらちーはいつもの如く、元気はつらつな動きで親友達に場所を譲れと、こちらへ押し寄ってくる。
こうして、ゆらちーによる俺に対するスキンシップ大会が開催されるのかと、内心でドキドキしていたけどそうはならなかった。
「きゃっ……お客さま、困りますっ」
それは、動揺するシズクちゃんの声が『屋台』から聞こえてきたからだ。
彼女は助けを求めているようだった。