111話 武志 VS 錬金術士
「風よ風よ、其方と踊りましまし────『風土・遠来』」
武志による詠唱の文言が完成すると、奴の見事なばく宙の着地地点は、何もない空間となった。高さにして約1メートルの地点に足を落ち着けた奴は、一刀で切り捨てると言わんばかりの気迫をぶつけてくる。
どうやら、グレン君に急接近を果たした、空中に足場を作る例の精霊魔法のようだ。獲物を見出した鷹の如く躍動感あふれる動きで、空中をあしがけにし、その脚力を以ってさらに斜めに飛翔してくる。
「遠!」
武志はそう叫び、ほんの数瞬の間で5メートル程の距離を詰めてくる。
「来!」
次に叫んだ時は、わずか半歩程の進行。
空中移動という、その不規則かつ予想がつきにくい動きから、花火の照準を定めづらい。距離を詰められている以上、こちらも移動して接近を許すべきではないのだが、あのレベルの素早さを誇る相手に、自分が移動しながら『打ち上げ花火(小)』を当てるなんて不可能に近い。
「捉えてみせる……」
動く代わりに武志を狙いつつも、観察するのに徹した。その甲斐あって、奴の掛け声から相手のアビリティの特性を即座に看破することができた。
「遠ッ」
奴の空中歩法は、遠と来、長距離と短距離の地点を交互に移動する技だ。だとすれば、次の一歩は長い。ならば、武志が敢行するであろう長距離飛翔の軌道を予測し、その前進ラインの中途地点目掛けて、『打ち上げ花火(小)』を放つ。
これを外してしまえば、武志にとって俺との距離はあと一歩までに縮められてしまう。だから俺は、花火の爆発に巻き込まれないようにも、左斜め後方へフワリと跳躍し、武志との距離を稼いでおくことも忘れない。
高度にして4メートルほど浮いてしまい、空中で身動きを取りづらい事にはなってしまったが、接近を許すよりはマシだ。
「当たれ!」
俺の願い通り、狙い違わず、寸分の狂いもなく一筋の紅が武志の身体に吸い込まれていく。
だが、武志は花火が着弾するかどうかの瀬戸際で、刃を花火に当てず、下から上へと刀で切り上げた。
「結界刀術──『結ビ語リ・ニノ太刀』」
奴がそう言った瞬間、切った場所から遥か後方へと長方形の壁が出現した。
それは花火の衝突角度から斜めに伸び、下方へと向かう薄緑色の道。
その道の果ては、武志がさっき刀をふるって遠くから花火を迎撃した際に切り下ろした場所、つまり斬撃地点へと帰結していた。
花火はその半透明の壁を滑るように滑空していき、武志の遥か後方下で爆発。
「結界とは──界と界を結ぶなれど」
一ノ太刀を振るった剣筋から、二ノ太刀を振るった剣筋の空間を結ぶように、壁を発生させたとでも言うのか。いや、この場合は俺の攻撃と武志を断絶させたと言った方が正確なのか?
「結べるのならば、絶ち切ることもできうるでござるです」
そう宣言し、奴は俺まであと数メートルという場所まで肉迫してくる。
互いに空中に身を置くさなか、俺は更なる移動を試みようと、咄嗟にフゥへと目を向けるが、どうにも相手の刃が俺の喉元まで迫る方が早そうだ。
なぜならフゥは武志の動きに、狐火を纏わせる制御に必死だった。
「来っ!」
さらに半歩、詰め寄ってくる武志。
こちらが再び迎撃体勢に入るよりも、あちらの接近が早い。
武志もそれを把握しているのだろう。
「お覚悟っ! 遠っ!」
奴がようやく俺を捉えたと、獰猛な笑みを浮かべる。
だが、しかし────
「覚悟するのはそっちだよ」
「む!?」
こちらに向かって猛進する武志の背後を突くようなかたちで、二つの光玉、イガイガきょうだいが赤い『熱球』となって奴の背中に激突した。
「ぬぅっ、いつの間に拙者の後ろに!?」
実は三発目の花火と一緒に、ここぞとばかりに『太陽に焦がれる偽魂』たちも飛ばしていたのだ。いわば、花火はホムンクルスたちの突撃を気取られないようにするための、カモフラージュだった。
花火自体は壁にぶつかり、そのまま軌道を逸れて爆発する運命にあったが、イガイガきょうだいは武志を通りすぎ、奴の後ろで旋回して、再び攻撃を仕掛けたのだ。
「かかった。いまだ、フゥ!」
俺は『ケムリ玉』を二つ、投げつけ自分の姿をくらます。
ついで、フゥに俺を上空へと逃すようにお願いしたところで気付いた。
タロHP90 → 55
俺のHPがごっそり減っているのだ。
それは何故か?
「たろりん、りょーかいっ!」
フゥの返事とともに、さらに上昇を遂げた俺はケムリから飛び出してすぐに自分の身体を確認する。
「やはりか……」
腕や足、あらゆる箇所で蒼い狐火が燻っていた。
武志の接近を許す=フゥの風によってコントロールされた『狐火の燈宙花走』がまき散らす蒼炎の粉も、俺に触れてしまう事に他ならない。
そして、俺までもがダメージを受けたとなれば……。
『狐火の燈宙花走』はフレンドリーファイア、つまりPTメンバーや自分もダメージを負うという、かなり使いどころを選ばなければいけないアイテムだという事がわかった。
「たった1秒かそこらで、このダメージ数……かなりのダメージを叩き出すことができるな……」
冷静に新アイテムの性能を分析しながら、今や10匹以上に増えた『狐火の燈宙花走』が出す蒼い火の粉を、ケムリを目印に流すようフゥへとお願いする。
大量の蒼い火が煙幕へと群がっていく。
「これで奴も終わりだ」
そう判断した俺は、ホムンクルス達が俺の周囲を飛び回っているのを確認した後、ダメ押しとばかりに最後の『打ち上げ花火(小)』を下に向けて放った。
「神世七代におわしめす……天津神の子、眷族の末席、精霊の呼びかけに応え、風神の領域にて我を守らん……」
武志へととどめの一撃が、流星のような軌跡を残して、狐火が煌めく煙の中へと直進していく。だが、蒼炎と煙が交る混沌から響いた武志の低い声が、この戦いはまだ終わらないと告げていた。
「結精刀術────禁足神域・敷軌風陣」
武志は、ケムリを吹き飛ばし、蒼い霧を散開させ、飛び散る火花を斬り伏せた。
その剣筋は無色。
だが、その太刀筋は、風と同化した刃の奔流によって強制的に斬り裂かれていく、煙幕が、蒼炎が、花火が、如実に語っていた。
武志を中心に半径3メートル圏内は奴の、風精霊の力が織り混ざった神域だと。
縦横無尽に閃く刀の剣風が、無数の刃となって、俺のアイテムの全てを斬り防いだのだ。
そして、その風陣が消失すると、武志は再び獲物を狙う鷹のように鋭い目付きで俺を射抜く。
「参るでござるです、来っ!」
どうやら、俺の錬金術はまだ奴の神を侵すまでには至らなかったようだ。
これが、デイモンド師匠だったらどうなのだろうか。
きっと、師匠だったら、神の力すらも凌駕していたに違いない。
ならば、弟子として最後まであがき、抗うべきだ。
「フゥ! 武志に近付かれないように、逃げ回って!」
「よけるん、たろりん、がんばるん!」
空中での移動制御は全てフゥに任せ、俺は武志を迎え撃つべく、右手で小太刀を握りしめ、左手で『溶ける水』を持つ。
「遠っ!」
「つっかまらないよぉーん!」
「いいぞ、フゥ!」
フゥの風と俺による宙空演舞は、奴の移動法よりもやや小回りが利くので、空中戦での立ち回りでは一歩、俺達が秀でている。
だが、接近戦、剣と剣を交えるまでになってしまったら、勝ち目は限りなく低くなってしまう。きっと奴もその事を理解した上で、こちらに突貫し、追いすがってくるのだろう。
「く、これでもくらえ!」
フゥの風に身体を揺さぶられつつも、『溶ける水』をばらまく。時に錐揉み降下しながら、時に急上昇しながら、右に左へと空中を激しく逃げ惑いながら、武志のふるう刀の剣先を避けつつも『溶ける水』をふりかけていく。こちらに喰らいつこうとする武志を、なんとか遠のけようとするが奴もしぶとい。
序盤と形勢が逆転し、攻守が完全に入れ替わってしまったが、この激しい攻防をアイテムの続く限り俺はねばり続けるつもりだ。
「おいおい……なんてレベルの高い戦いなんだ」
「空中戦とか笑えるぜ……」
「天使、宙を舞うか……」
「武志、空を斬るか……」
「まさに天使と化け物の戦いだな」
「武志の奴に負けんな!」
「武志の野郎を叩きつぶせぇ!」
「天士さま、がんばってください!」
「天使ちゅわんっ! あきらめちゃらめよぉおおおん!」
下で観戦している傭兵たちや、ミナとジョージの声援が耳に入る。苦境に立たされているからこそ、余計に仲間たちの声が胸に響いた。
だから、俺はここで勝負を仕掛けることをした。
フゥは俺を飛ばすので精一杯だ。
残る手札は、もうわずかしか残されていない。
ならば、まずは『太陽に焦がれる偽魂』の一匹に『熱球』で牽制をしてもらう。
「切り捨て、御免でござるです」
熱球で突進させたイガイガボールは、あっけなく刀の錆となった。
一撃か……。
「覚悟ぉおでござるです!」
いよいよ、武志の間合いに入ってしまった俺は、奴の攻撃を受けるべく『閃光石』を取り出す。
「むっ、それはっ」
奴に気付かれたか。
なるほど、NPCとはそこまでの判断能力があるのか。
そう……『閃光石』を小太刀で切りつける瞬間、奴も俺同様に目を瞑り、視界を奪われないように対策をしたのだ。
目を開けた俺と武志の間には、鮮烈な閃光がほどばしる。
だが、俺と武志の目と目は、互いの敵をしっかりと見つめている。ぶつかり合う視線が示すは、互いの視覚は正常で、ただ眩しいという認識がある程度だと語る。
俺の目くらましは失敗したかに思えたが────
「かかったな」
武志の目の前に浮遊させておいた、残りの『太陽に焦がれる偽魂』が真っ黄色に染まり、眩い光を放った。
「ぐぬぅ、ぬかったでござるです」
二段構えの目潰し、イガイガくんに『強発光』を発動させたのだ。
「最後のチャンスだ、フゥ! いくぞ!」
「あいー! でも、たろん?」
俺の最大の攻撃力を誇るアイテムは全て使い果たしてしまった。
残るは右手に握った小太刀、そして風乙女のフゥのみ。
ならば、武志がやっていたあの技を、風精霊の恩恵か何かで『風刃』とか言う、刀の威力を高めていたアビリティを俺たちでもできないかと。
半ばやけくそ気味で、最後の一振りをフゥに願う。
「風乙女よ、刃となって!」
「んん? んんっ!」
この小太刀を強化して欲しいと、風のように鋭い刃に変えて欲しいと。
「わかったぁーん!」
どうやら、あっけなく理解してくれたようだ。
俺は武志へと小太刀を振り下ろそうと上段に構えて、フゥの変革を目にする。
「え!? フゥと剣が合体!?」
なんと、フゥは俺の小太刀へ寄り添ったと思えば、その身体が溶けるように融合していった。
小太刀の刀身は黄緑色に輝き、その長さを10センチ程伸ばした。
これぞ、まさに『風刃』ならぬ、『フゥ刃』!?
「いけるっ!」
これで勝負は決まった!
俺は武志の顔目掛けて、大上段から切りかかる。
「てぇえい!」
『フゥ刃』が武志の頭を割り切れるかどうか、渾身の力を込めて最後の攻撃が触れる間際。
しかし、武志の目が戻るのが、予想より少しだけ早かった。
「え、なんで?」
あれ? まだ三秒も経ってないのに……と疑問の声を上げたのも束の間。
「む、視えたでござるです!」
俺の斬撃は軽く左斜めへと、武志の刀に滑るようにいなされ、返す刃で胴体をひと撫でされてしまった。
予想どおり、俺のHPは0になってしまう。
:模擬戦が終了しました:
:傭兵タロの敗北です:
:戦績・敗者・善戦:
というログが流れた頃に、俺は自分が犯した痛恨のミスに気付いた。
俺としたことが……てっきり、『太陽に焦がれる偽魂』の『強発光』も『閃光石』と同じ効果かと思いこんでしまっていた。
『強発光』は敵視を稼ぐ効果もあるので、その分視覚を奪う時間が短縮されているのか……。
体感にして2秒程だろうか?
それに、『強発光』を放ったとしても、必ずしも相手がホムンクルスに攻撃対象を切り替えるわけでもないようだ。蓄積された俺に対する敵意が、武志の敵意をぶらすまでには至らないという事もあるように。
錬金術士として……今回の模擬戦はいろいろと、よい勉強になった。
◇
「其の方には素質があるようだ。善戦を称し、この武器を譲り渡そう。せいぜい精進するが良いでござるです」
模擬戦相手の武志に会釈し、おつかれさまでしたとなんとなく声をかけると、そんな称賛の言葉が返ってきた。
:『ローヌの木刀』を手に入れた:
さらに、何やらイベントの参加報酬? 模擬戦の善戦報酬? として武器をもらった。
『ローヌの木刀』
【レア度】:0
【必要ステータス】 力1 HP20
【攻撃力】+2
……ん?
なんか見覚えのある武器だ。
そう思って装備ストレージを確認すると……同じ名前の武器がもう一つあった。
こ、これは……俺が最初にクラン・クランで手に入れた初期装備の武器だった。
まじですか。
道場破りイベントの、『門下生』に対する善戦プレイの報酬アイテムがローヌの木刀とか……。
「なぁ……あんた、一体何者なんだ」
負けたから期待はしなかったけど、微妙にガッカリな結果にちょっとドンヨリしていた俺に、横から声がかかる。
「ほ?」
観戦していた傭兵の一人のようだった。
「あ、いや……嬢ちゃん。おめえさんは一体……どんなレアスキルを持ってるんだ?」
「すげえ強いスキルを習得してるんだろ?」
「かっこよかったぜー!」
「負けちまったとはいえ、風の武志の野郎相手にあそこまでいい勝負したのは、今のところおめえさん一人だけだ」
「超いいスキルなんだろ?」
すると、さらに何人かの傭兵たちが集ってきて、俺にそんな疑問を浴びせてきた。
かっこよかったか。
報酬は残念な結果に終わったけど、錬金術で奮闘した事がそう映ったのは非常に嬉しい。
だから俺は、つい笑顔で答えてしまう。
「いえ、ふつーの錬金術ですよ?」
そんな俺の返答に、彼らは何故か硬直する。
「おおう……」
「う……あ、ぃえ」
「かぁぃぃ……」
「や、でも……」
「れんき……ん?」
なんか反応が微妙だ。
しかも、変に頬を染めてる人までいた。
なんだろう……錬金術のようなゴミスキルを使ったなんて本当か? なんて俺がウソをついたと思い、顔が真っ赤になるぐらいご立腹なのだろうか……。
「はいはぃん、質問タイムは終わりよぉん。するなら、ワ・タ・シ・にしてねぇん?」
「天士さま、お疲れ様です! それはそうと、そろそろ『屋台』の方に戻らないとかもしれません」
なんだか、周りの傭兵の反応には釈然としないものもあったけど、ここはしつこく錬金術の有用性を説き伏せ、食い下がる必要もないだろうと判断する。
ミナの言う通り、百騎夜行のみんなや、ユウジ、リリィさんにばかり『屋台』の準備を任せるわけにもいかない。本当は、他の属性の社にも赴いて、それぞれの属性の武志がどんな戦法を取るのか見て回りたい気持ちはあるけど。
こうやって自由を許された身で、これ以上のワガママを通すのはダメだ。
と、なると……少しぐらい宣伝とかしておいた方がいいのかもしれない。
「あ、あのっ、『屋台』を出すので、よかったら見に来てください……メイドさんと執事さんが目印です!」
修練場にいた傭兵たちは俺の宣伝を聞いて、なぜかポカーンとした後、ざわめいていた。
「メイドって天使ちゃんがなるのか!?」
「どうなんだ、銀髪の嬢ちゃん!」
なんか妙に迫力満点な勢いで尋ねてくる傭兵たちが怖かったので、ジョージの後ろに隠れるように身を潜める。
そんな態度だけでは失礼に値すると思い、俺は顔だけ出してコクリと頷いておく。
「うぉぉぉぉおおお!」
なんか雄叫びを上げ始めたギャラリーを遮るように、ジョージがニコっと俺に笑いかける。
「バカな男どもは放っておいてぇん、そろそろ『屋台』にもどりましょうかねぇん」
「ささっ、天士さま。あんな怖くて醜い怪獣、ロリゴンさん達は放っておいて『屋台』に戻りましょうね」
「は、はい」
こうして俺は、ミナとジョージに手を引かれ社を後にした。
ミナはともかくジョージまで俺の手を握るのは、ちょっとやめてほしい。
なんだろう、オカマと神官少女の間で手を引かれて歩く。
周囲から妙にチグハグな光景として映っているのではないかと思うと、すこし恥ずかしい。
「ちょ、二人とも、手なんか繋がなくてもいいんじゃ……」
「あらぁん、今日の天使ちゃんわぁん、はしゃいでるから心配なのよぉん」
「天士さま、大丈夫ですよ。私に任せてくださいね」
妙にミナが、世話焼きお姉ちゃんっぽい雰囲気を醸し出している。
あれ、もしかしてこれって……。
今日は何だかんだ、ここまで二人を振り回して、模擬戦までやらかしちゃったのは事実。放したら、どこに行かれるかわからないとでも思われているかもしれない。
「は、はい。『屋台』までよろしくお願いします……」
そうなると、今回は手を取られるのも仕方ないように思えた。
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